魔王の素質その5 自分で出来ることはすすんでやる
ふたりきりの、最初の朝がやってきました。
カーペットの上で毛布にくるまって眠っていたので、やはりというか、身体はバッキバキです。
「いたたた……お嬢様、おはようございま——んん?」
わたしが眠っていた、その右隣。
夜には確かにお嬢様が眠っていたその場所は、ただカーペットとやたら大きな毛布があるのみ。
これはまさか。
お嬢様がわたしを置いてどこかへ——!?
お嬢様、わたしのかわいいお嬢様は一体どちらへ……!?
ことと次第によっては、わたしはこの17年余の人生に自ら幕を閉じなければなりません。
11歳から6年も魔王城にいた身です。転職先なんて乞食ぐらいしかありません。お嬢様がいなければ生きていても無駄なんです!
あああああ……と声に出してしまうほど、頭の中が焦燥感や絶望感やその他もろもろごった煮スープと化していたさなか。
外の方から、トントンドンドンという音が聞こえてきます。
凝り固まった肩を回しながら外に出てみると——
いました。わたしのご主人様!わたしはまだ生きていられます!
「おはようございます、お嬢様。外にいらしたんですね」
「あらタレイア、おはよう。あんまり身体が痛くて、明け方にはもう起きちゃってたの」
「そうだったんですね。それでお嬢様、何かお作りになっていたんですか?」
お嬢様の周りには、元々は薪棚に積んであった薪や丸太だったと思われる木の端材がそこかしこに転がっていました。
「クラフト魔法とこの木材を使ってね、荷車を作ろうと思って。今日は村に行って買い出し、するでしょ?」
クラフト魔法というのは、モノを加工する魔法や切り分ける魔法にくっつける魔法、組み立てる魔法など、モノや道具を作るのに使う魔法の総称です。魔王城の討伐対策トラップ作りに大活躍なので、わたしも習得してあります。
「そんな、わざわざお嬢様がなさらなくても、おっしゃって下さればわたしがやるのに…」
「タレイア」
「は、はい?」
ぴしゃりと。そんなまさに水を打ったような口調。お嬢様がそんな口調でモノを言うのはお仕事でミスをした時くらいなので、久しぶりです。
なので、ちょっとドキッとしました。
「私はもう魔王の後継者じゃないの。ましてや魔王でもない。あなたは使用人でもなければ侍従長でもないの。今のあなたと私は対等の関係。私に出来ることなら私もやるわ」
「お嬢様……」
「だから、その"お嬢様"っていうのもやめない?立場が対等で、しかもタレイアは歳上なんだから、こう……もっと友達に接するみたいに?」
「わたし、生まれてこのかた友達いたことありませんよ」
「まあ、私もなんだけどね」
ここでわたしたちは、顔をつきあわせて笑いあいました。
虐めを受けていたこと。
友達なんて一人もいなかったこと。
母を亡くしたこと。
近所の人に騙されたこと。
そんなわたしの過去も。
魔王の娘に生まれたこと。
友達を作れる環境じゃなかったこと。
そもそも年の近い人間に飢えていたこと。
数時間とはいえ実際に魔王になってしまったこと。
そんなお嬢様の過去も。
こうして二人で顔を突き合わせていれば、笑い話にできるんですね。
「でも、わたし今更"ペルセフォネー"だなんて呼べません。6年間散々"お嬢様"とお呼びしてきたわけですから」
「そうよね。そう思って、ちょっと考えたことがあるんだけど——荷車、作っちゃいましょ。お腹がすいたわ、はやく村の市場で食べ物買いたい」
「そうですね。お手伝いしますよ」
荷車はというと、パーツはもう出来上がって、後は組み立てるだけ、という状態でした。
そして、組み立てると見た目も機能もバッチリの出来栄えです。
「よく設計図もなくここまで正確に作りましたね」
「加工魔法に設計機能ももたせてあるのよ。魔導建築できる黒魔道士に教えてもらったの」
魔王城には色んな人材がいます。
なんで魔王城なんかで働いてるかわからない人もいっぱいいます。わたしもそんな風に言われたことがあります。
魔導建築できる人なんて魔王城なんか来なくたって間違いなく食いっぱぐれないのに。
「……さて、これで完成ね」
「さっそく村に行きますか?」
「そうね、買うものは歩きながら考えましょ。品揃えはどんなもんかしらね」
「夜には小さな村かと思っていましたが、机に置いてあった地図帳を見るとけっこう大きい村みたいですよ。昔よりは小さくなったとはいえ、このあたりまで家があったわけですから」
ここらの国における、街と村の区別は簡単です。
城壁とお城があるのが街、ないのが村です。規模は関係ありません。人口が100人に満たない「街」も、人口が10万人を超える「村」も存在します。
城主がいて、その下に人が集まるのが街で、明確なリーダーはおらず、便利だったり肥沃だったりな土地にわらわらと人が集まって集落が形成されたのが村、というわけです。それで、利便性が良いとかで集落に人がたくさん集まり、大都市のような村ができたりもする、という寸法ですね。