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如月駅  作者: 小島もりたか
停泊
9/17

半身

気がつくと、弥生は古びた、いかにも日本建築の家の一部屋に横たわっていた。


誰かに敷布団に寝かせてもらったようだ。


起き上がる。

胃腸風邪のような吐き気と酷い偏頭痛が一挙に弥生を襲った。


ーーな、何これ?


初めての感覚に弥生は混乱した。

吐いた息につんとするようなものが混じっている。


自分の身に何が起きたのかと考え、ふと寝る前の記憶をまさぐる。


初めて日本酒を飲んで辛かった記憶、如月がいくら飲んでも顔色一つ変えていなかったことは容易に思い出せた。


そして最後に、茨木から貰った甘い酒を飲んだところで記憶が途切れていた。



弥生はこれが俗に言う二日酔いなのだと悟った。


しかし肉体がないのに、二日酔いというのも不思議な話であるが、この時弥生は自分がそれになったということの衝撃でそこまで思い至らなかった。


「うぅ…、気持ち悪い…」


誰もいないことをいいことに、一人愚痴ってみたりするが、症状は変わらない。


気持ち悪さと頭痛に身悶えていると、障子が空いた。


如月が顔を出す。

弥生の様子を見て薄く笑った。


「やっぱり二日酔いになったか」


「今何時?」


部屋の障子はどこも光を吸い込んでいる。

外はきっと暗い、自分は夜まで寝てしまったのかと思った。


弥生の惚けた質問に、如月は更に笑みを深くする。


「ここには時間の概念がほとんどない」


弥生も指摘をされて、あ、と声を上げる。


「そういえば、ここはずっと暗いんだったね」


その言葉に如月は頷き、弥生に小粒の丸薬らしきものも水を渡した。


「飲め、治る」


一拍置いてから如月が何を言っているのかを理解し、弥生は言われるまま手渡された丸薬を水で呑んだ。



「如月はお酒強いんだね」


「そうだな、たぶん一番強い」


「全部一緒のお酒なのによく飽きなかったね」


「正確にはあれはお酒じゃない。あと、あれは瓶が同じなだけで、全部違う味をしてるんだ」


「どういうこと?」


「鬼達がそれぞれ妖力で作ってるんだ。だからお前も他の鬼達もアルコールで酔ってない。他人の妖力に酔ってるんだ」


ふーんと弥生は頷いた。


「酒作りは茨木が一番の上手いんだ。梅酒や、他の果実酒も美味かったろ?」


「うーん…」


正直、一杯目しか記憶になかった。

曖昧な弥生の反応に如月はまた笑む。


「果実酒辺りの記憶はないんだな。やっぱり、あの一気飲みが利いたんだな」


弥生はぽりぽりと頬を掻く。

何となく気まずかった。



如月に敷布団を片付けられるころには、弥生の体調はすっかり良くなっていた。

丸薬が相当効いたらしい。


如月に手を引かれるまま、屋敷を出る。


屋敷は扇状地の頂点にあった。


よく目を凝らすと森に紛れた建物がちらちらと見える。


建物はあるのに灯りが一つもない。


なんとなく、過疎化が進みだれも居なくなった村を弥生は連想した。


弥生は今出たばかりの建物に振り返った。


大きい。下に見えるどの建物より大きい。

地主の豪邸のようだった。


「ここは誰の家なの?」


「茨木だな」


なるほど、と弥生は納得する。


鬼の中で如月の次にーー二番目に偉いのなら妥当なように思えた。

少し高い位置にいるせいだろうか、ここからは地獄の谷が今までで一番よく見えた。


紅黒い光がぼうっと視界の右から左、一直線に続いている。

火の粉が出ているのだろうか? 時折小さな光が舞っては墜ちたり、登ったりしている。


「地獄谷…」


幻聴だろうか、そこから誰かの呻き声が聞こえる気がする。


如月は更に歩き進む。


広い庭の端に緩やかな階段があった。

迷わず下りる。


「あそこは魂のためのものじゃない。魂はもっと違う場所に逝く」


一瞬どこのことを言われているのか分からなかった。少しして地獄谷のことを言っているのだとわかった。


「じゃあ誰のため?」


「妖怪」


光なんてないに等しいのに、如月の瞳が底光りした気がした。

背中が薄くあわ立つ。


「あそこは、どうしようもなくなった妖怪を閉じ込めて、分解する場所だ」


「妖怪を分解?」


「清浄化といった方が分かりやすいか? まあ、妖怪を殺すと言った方が分かりやすいか」


「殺す…」


物騒な言葉に弥生は目を白黒させる。

そんな弥生を見て、如月は笑む。


「日本で言う終身刑の牢獄みたいなものだな。俺達鬼はその看守のようなものだ。妖怪はそうやって課せられた任を行うことで徳を積む。そうやって徳を積むことで、生命に宿れる魂として昇格するんだ」


弥生はへえ、と頷いて地獄谷の方に目を向けた。


「じゃあ、地獄谷に放り込まれた妖怪は魂になれずに消えちゃうんだ…」


それはとても悲しいことのように思えた。


生き物として生まれる前に、その存在は永遠に失われてしまうーー。


「何泣いてるんだ?」


言われてやっと自分が涙を流していたことに気がついた。


「あれ? あれ?」


拭っても、拭っても、涙はなくなる気配がない。


涙に戸惑う弥生を如月は妹をあやすように抱擁した。

優しく頭をぽんぽんと叩かれる。


「お前が泣く必要はない」


気が付くと嗚咽が出ていた。


水道管が破裂したように、涙と悲しみが止まらない。


「地獄谷に落とされた妖怪まで不憫に思わなくていいんだ」


そう言い聞かせてきた如月の言葉にどこか湿っぽさを感じて、弥生は如月を仰いだ。


如月の頬にも一筋、涙の跡があった。


弥生が何故だろうと首を傾げると、如月は素早く涙を拭った。


そして、言い訳を言うようにそっけなく、


「お前の魂と俺は繋がってるからな」


と言った。どこか恥ずかしそうな如月を見て、弥生は微笑む。


「私が悲しいと、如月も悲しいんだ」


「他の感情も全部俺にも回ってくるんだからな、注意してくれ」


「それは私の魂を食べた如月が悪い」


悪戯っぽく笑んで弥生は如月から離れた。



慶太以外の、一応は異性に抱擁されたというのに全く嫌な気がしなかったーーむしろ心地が良いくらいだったと思ったが、少ししてなるほど、と思う。



魂が半分一緒だからだ。

如月は弥生の半身、弥生は如月の半身なのだ。


弥生はやっと、鬼達が口々に言っていた「半身」という言葉が腑に落ちた。



だから異性というよりかは、家族ーーそれも同性に抱擁された感覚に近いのかもしれない。


自分に姉はいなかったら、実際はわからないが、仲が良い姉に抱擁されたらきっとあんな感じなのだろう。

もしくは双子の兄だろうか?



如月が再び弥生の手を引いて歩き始める。

速くもなく、遅くもない程よい歩調だった。


すれ違う鬼に「またいらっしゃってください」挨拶されながら、鬼の集落を抜けていく。

金熊や熊の姿はなかった。地獄谷に看守の仕事に行っているらしかった。



するすると森を歩いていく。


道中、弥生の生前の話を色々とした。

記憶も共有されていると思っていたが、どうもそうではないらしい。


気が付くと、如月の家に戻ってきていた。

よく話をしていたせいか、とても時間が早く過ぎた気がした。

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