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如月駅  作者: 小島もりたか
停泊
8/17

鬼の宴

ゆるゆると熊童子と金熊童子に導かれ歩いていく。


如月に視えるようにしてもらった景色外の景色は、とても奇妙なものだった。


空には星が一つもなく、延々とどこまでも闇が広がっていた。


その闇の中を、時には鳥のような何かが羽ばたいていき、時には風に飛ばされた洗濯物のようなものが飛んでいく。


ふと如月と車で通った道を探したが、不思議と車が通れそうな道はどこにもなかった。


影がないせいでのっぺりとしたように見える木々には、心なしか目や口がついているように見えた。


いや、気のせいだろうとよく目を凝らして目のような部分を見つめていると、ギョロりと黒目らしき部分が動いて目があった。


驚いて小さく悲鳴を上げると、如月が可笑しそうにクスリと笑う。

目が合った木も笑った。


「木々も妖怪だ」


「それを早く言ってよー」


「ここに住まうものはほとんど妖怪ですよ、弥生様」


「ほとんどって、じゃあ妖怪じゃないものは何ですか?」


弥生が熊に問いかけると如月がコツりと弥生の頭を叩いた。


「時々は考えてみろ」



弥生は小さく唸る。


確かに何もかも訊いてばかりでは、そのうち自分の頭は腐ってしまうかもしれない。


しかしながら、ここにいる生物らしきものがほとんど妖怪であることに弥生は驚きを隠せないでいた。



ーーあ、でも、一応ここは死後の世界だから、逆に生き物がいる方がおかしいのか。


じゃあ逆に、妖怪でないものはなんだろう?


木も妖怪ならば、草も妖怪なのだろうか?

生物がいないということは、微生物もいないのだろうか?

微生物がいないならば腐食等が起きないのだろうが、その辺の仕組みはどうなっているのだろうか?



次々に浮かぶ疑問のスパイラルに、弥生は無意識のうちに小さく唸っていた。


再び如月に頭を叩かれて、やっと自分が思考に耽っていたことに気がつく。


「考えすぎだ」


前方を歩く金熊と熊が笑う。


「考えろって言ったのは如月でしょ?」


「疑問が飛び火しまくってたろ?」


「う…」


正解を言われてしまい、言葉につまる。



「弥生様は、探求心旺盛なんっすね!」


「いや、そうじゃなくても全然知らない原理って色々気になるじゃないですか」


「探求心なかったら、原理とかそんなこと気にしねぇよ」


「う…」


再び言葉につまる弥生に、熊が笑いかける。


「ここについては、あまり深く考えない方がよろしいですよ。人の暦で千年近くにここに住んでいる我等にも、分からないことは多いのですから」


「え、千年ここに住んでるんですか?!」


「そうっすよ」


ことも無げに金熊が頷く。


如月が千年以上生きていることにも驚いたが、二人ーーいや恐らく如月もここに千年近く住んでいることには更に驚いた。


驚く弥生に如月はさらにコツンと頭を叩く。


「とにかく、熊の言う通りこの世界の成り立ちとか深く考えるな」


でも、と弥生が抵抗する前にさらに如月は付け足す。


「お前は生きてたときあっちの世界の成り立ちを理解できてたか?」


弥生は慌てて首を横に振る。


何度も考えたことはあったが、結局答えは分からなかった。

そもそも弥生が一人で考えても分かるはずがない。現代の科学でも宇宙が存在する場所や、正解な宇宙の成り立ち、果てには生物の存在意義は解明されていないのだ。


そんな弥生の姿を見て、如月は深く頷いた。


「それと同じだ。中で生きてる俺たちには分かりようがないことなんだ」


それもそうかもしれない、と弥生は納得した。



どれくらい歩いたか分からない。


十分歩いただけなのかもしれないし、もしかしたら一時間以上歩いたのかもしれない。


何せ時計がなかったので、時間の計りようがなかった。

おまけに肉体がないせいだろう、いくら歩いても疲れなかったので、余計に時間の経過が分からない。


とにかく、如月の家からある程度歩くと生き物ーー否、生き物はいないので妖怪のざわめき声が聞こえ始めた。


思いの外声が多い。

十人、二十人どころの人数ではなかった。


森の先は暗いまま、ただ声だけが届いてくる。


更に歩くと、田舎にある古い屋敷のような家がちらほら見え始めた。


木々の隙間から赤いチロチロとした光が見える。

目を凝らす。大きな木製のテーブルと、大きめのバーベキューコンロがいくつも並んでいるのが見えた。

その回りを何人もの影がゆっくりと行ったり来たりしている。


おーい、と金熊が声をはりあげた。


瞬時にその全ての影がこちらを向いた。


嬉しそうに金熊が言う。


「如月様が戻られたぞー!」


弥生達が森から顔を出すより先に、何十もの影が森に殺到した。


皆口々に如月の名を呼び、一目でも如月の顔を見ようと混雑する。


しかし不思議と如月に触れようとする者はいなかった。

皆最低でも如月と二歩分程度距離を置いている。


一番如月の近くにいるのは弥生だった。

弥生はあまりの人数に驚いて如月の服の袖を掴んでいた。


多くの者が如月を見る一方、一部の者は如月の後ろに隠れるようにいる弥生も興味津々に見ていた。光りもないはずなのに瞳が爛々と輝いているように見える。


「皆の者、弥生様が怯えていらっしゃるじゃありませんか。せめてお出迎えは広場でしなさい」


熊が皆に言うと、やっとじわじわと人垣が崩れて広場までの道が開けた。



極小の蟻が散るようにノロノロと森から散り、さらに集るように広場に集まった。


如月を中心として扇形に鬼達が広がる。

そうして弥生はやっと鬼達の顔を伺い見ることができた。


全体を何となく見ると皆一様に人の姿をしているように見えるが、一人一人を見ていくと角らしきものが額や額横からでていたり、目がやたらとギョロりとしていたり、口が大きすぎたりと鬼の要素が残っている。


弥生が呆気にとられていると、広場の奥の方からやたらと大きい男が小走りでやってきた。

如月を縦にも横にも1.5倍、させた体格をしている。


弥生には肉体のほぼ全てが筋肉でできているように見えた。


筋骨隆々な男は如月に寄るなり、如月と熱い抱擁を交わした。


「お久しゅうございます!!」


如月があやすように男の分厚い背中を叩く。


大きさが違いすぎて、父親が子供を抱き締めているようにも見えた。


「お前にはいつも世話をかけるな」


「いえ、お頭のお役にたてることは至上の喜びでございます!」


男が如月を解放する。


よくよく顔を見てみると、体つきのわりにはあっさりとした顔をしている。


弥生が男を観察していると男と目が合った。

満面の笑みを浮かべて握手を求められた。


おずおずと手を差し出すと、両手でがっちりと握られた。


掌の肉まで分厚い。

その気になれば弥生の手など一瞬でジャムにしてしまえそうだ。


「あなた様がお頭の半身になられた方ですね」


「…はい」


強い眼力に思わず目を逸らしてしまう。


心の中で小さく、成り行き上そうなっただけですが…と呟いた。

如月の妖力が安定しただけでこんなに多くの者が喜ぶなんて思ってもいなかったので、なんとなく居心地が悪い。


「私は茨木童子と申します」


「月並弥生です…」


「とても素晴らしい魂ですね。軽く触れただけで力強さと美しさが伝わってきます」


弥生には理解できない褒め言葉に、はあ、と頷く。


如月が茨木と弥生の間に割り込むように入る。


「茨木は一番古い馴染みなんだ」


「いえいえ、お頭、手下と言ってください。ついでに、一番のと付けて頂けると更に嬉しいです」



どうやら鬼達による如月の復活を祝う宴は、バーベキューパーティーのようだった。


鬼といえば古めかしいイメージがあるが、如月といい、その他の鬼といい、弥生の想像よりも遥かに現代的だった。


棲みかは田舎の古民家のようだが、着ている服はTシャツにジーパンなどで現代っぽい。


鬼といえば半裸に虎柄のパンツと金棒だが、そんな格好をしている者は一人もいなかった。


鬼達は次々に鬼ころしの一升瓶と盃を片手に持って如月を訪れては、嬉しそうに挨拶と盃を交わしあって入れ替わっていく。


弥生も始めは如月の隣に座って、次々に訪れてくる鬼達と挨拶を交わしていたが、毎回酒を勧められるうえ、何度も何度も似たような言葉を交わすことに疲れ、金熊と熊のところに逃げ込んでいた。


それに、弥生は元々あまり社交的な方ではなかった。

数人までならなんとかやり過ごせるが、何十人も知らない人がいるとどうしても人見知りをしてしまう。


金熊と熊も出会ってから一日も経ってないはずだったが、他の鬼より出会ったのが数時間早かった分、まだ二人のいるもとの方が落ち着いた。


如月がチラチラと横目で弥生を見ていたことは知っていたが、まだ如月の横に戻る気にはなれなかった。



鬼達の挨拶ももう一通り終わったようだが、鬼達は何度も何度も如月を訪れる。

一人が長い時間如月を独り占めしないように気を使っているようだった。


もう四順目に入っている鬼もいる気がした。


如月は延々と巡ってくる鬼達と、延々と酒を酌み交わし続けている。


一度で一升瓶を約四分の一ほど空けているので、大まかに目算するだけでも如月は一升瓶三十本分の鬼ころしを飲んでいることになる。


そんなに同じお酒を飲んで飽きないかという疑問と、それだけお酒を飲んでも顔色と態度が一つも変わらない如月に弥生は少なからず驚いた。



そもそも肉体がないから酔わないのか? と思ったがそうでもないらしい、代わる代わる如月の所に飲みに行っていた熊と金熊はしだいに酔い潰れていった。


気がつくとまともに座っているのは弥生と如月だけで、他は酔い潰れて寝るか嘔吐しているか変なテンションで盛り上がっているかになっていた。


熊は弥生の隣で涎を滴ながら高いびきをかき、茨木と金熊は他の鬼達と如月を囲み変な音頭をとっている。


人垣から如月の視線が飛んできた。

目が合う。

如月の目元は笑っていた。


こっちに来いよと如月の目が言っているのがわかった。


あの変なテンションに巻き込まれるのはなぁ、と思いながらも弥生はゆっくりと立ち上がった。


少しずつ飲んでいたお酒が弥生も回っていたようだーーそもそも飲み物が酒しかなかった。

立ち上がるとなんだか楽しい気分になってきた。


弥生が如月の元に行くと、変なテンションになっていた鬼達はそれはもう歓迎した。


誰も何も行っていないのに、如月の隣を空けて弥生を如月の隣に座らせ、更に変なテンションで盛り上がる。


飲みサーのテンションってこんな感じなのだろうか? とぼんやり思いつつ、気がつかない間に酔っていた弥生も少しその波に乗ってみる気分になった。



金熊に勧められるまま、少し小さめのグラスに注がれたストレートの酒を一気に飲み干す。


一口飲み込む毎に喉が焼けるように熱い。

グラスから口を離して一息吐くと、強いアルコールと熱が口から放射された。


今までほとんどアルコール系を口にしたことがなかったが、キツいお酒はこんなものなのかと思い知った。


飲んだお酒からは、辛さとアルコールらしきもの感じることができない。

如月達がこんなお酒を美味い美味いと飲み続けているのが不思議でならなかった。


喉から胃までの道のりが、熱で感じ取ることができる。

頭がクラクラした。


歓声が上がったが、弥生に二杯目と勧められたグラスは如月が横から奪い取られた。


「無理するな」


如月はそう言って易々とグラスを空にした。


今度は別の意味で歓声が上がったが、弥生はそれどころではなかった。



「慣れていないのに無理をすると酷い目にあうからな」


「うん…」


返事はしたものの、弥生には如月の言葉が頭に届いていなかった。


次々に注がれる酒を、如月は淡々と、しかしどこか嬉しそうに飲んでいく。


如月の顔色は一向に変わらない。



弥生は呆っとお酒を処理していく如月を見ていると、茨木がどかりと弥生の隣に座った。


茨木はそれが当たり前かのように弥生の盃に酒を酌み、ついでに自分の盃にも酒を酌んでしまう。


弥生が注がれた酒に手をのばすと、それより先に横から手が伸びてきて弥生の酒をかっさらってしまった。


からん、と弥生の目の前に空の盃が返ってくる。


茨木はニヤニヤと楽しそうに再び弥生の盃に酒を酌む。


呆っと酒を見ているだけなら、どこからも手は伸びてこなかったが、いざ弥生が手をのばすと、弥生の手が届くより先に酒を奪われてしまう。


弥生はじとりと如月を睨んだ。


「なんで私の分まで飲むの?」


如月は呆れたように弥生を見返した。


「お前、もう潰れかけじゃないか」


弥生が口を尖らせて拗ねると、如月は困ったように頭を掻いた。


「おい茨木、お前、果実酒も作ってたよな? 弥生にはそっちを出してくれ」


「お頭のお頼みとあればなんなりと。何が宜しいです?」


「ニヤニヤしながら言うな。一番軽いやつで頼む」


如月がそう言うと、茨木は嬉しそうにどこかにフラフラと歩いて行った。

少しすると、茨木は梅酒と大きくラベルが貼られた大瓶も持って戻ってきた。


「ほら、ちゃんと食い物も食え」


如月に無理やり皮が剥いてある柿を口に入れられる。


淡く熟した柿はほどよく柔らかく、甘かった。


茨木が弥生の盃に梅酒を注ぐ隣で、如月は弥生の口に柿をいれ続ける。


正常な頭をしていれば、それがとても可笑しい状況だと気がつくのだが、酔っ払った弥生には無理だった。



弥生は梅酒を飲んだ。


何となく甘みを感じ、それ以外はさっきまでの酒より飲みやすいということしか思わなかった。


茨木に注がれるまま、二杯目の梅酒を頂いて…それ以降の記憶はぷっつりと途切れてしまった。

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