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如月駅  作者: 小島もりたか
停泊
7/17

見える、見えない

トンネルの先は相変わらず森が広がっていたが、明らかに違う景色があった。


進行方向の空が僅かに赤を帯びている。


「あの赤い光の所が三途の川なの?」


「もっと上れば三途の川がある。今見えてるのは地獄谷だ」


「地獄? ここから行けるの?」


弥生は自分の膚が粟立つのを感じた。


「谷から落ちたら直ぐだな。近付けば引き落とされるから、平和に過ごしたいなら近付くな」


弥生は言葉もなく何度も頷いた。


如月の車は緩やかに速度を落とし、細道からさらに別の細道へと進路を変える。


ナビを確認すると、道の先に家のマークがついていた。

おそらくそこが家なのだろう。


少し走ると、四角く白い建物が見えた。

タイル張りで所々が別の色にされている。

家の隣には車庫も設置され、よく見ると家からはウッドデッキが延びている。

ウッドデッキには木製のテーブルと椅子が2つ置いてあった。更には隣にひっそりとバーベキューコンロらしきものを置いてある。


「何このブルジョア感?!」


「こらぐらいでブルジョアっていうなよ」


「というか、案外洒落乙!?」


「ちょっとぐらいこだわらせろよ」


「つまり自分がおしゃれだといいたいの?!」


「おしゃれとは言ってないだろ」


如月は恥ずかしそうに頬を膨らませた。



車を車庫に収めると、周囲は急に闇を深めた。


如月は特に灯りを点けることもなく、慣れた足取りで玄関に向かう。

弥生は手を引かれて歩いた。


弥生には物がうっすらとしか見えない。


「よくライトなしで歩けるね」


「見えてるからな」


「夜目が利くってこと?」


「明かりもないのに夜目もないだろ」


「え、でも私、一応少しは見えてるよ?」


如月が立ち止まって弥生を振り返ったのが手の感覚でわかった。目視でもうっすらと確認できたが…。


「光ってるんだよ」


「何が?」


「お前が」


「は?」


思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。


「質が良い魂は光るからな」


弥生は頭に手を当てる。

納得はし難いが、なんとなく理解はできた。


「自分でいうのも恥ずかしいけど、つまり私の魂は質が良いから光ってて、そのお陰で私はライトを使わなくても周りが辛うじて見えてたってこと?」


「そうだな」


もういいか? とばかりに如月は再び前を向いて歩き始めた。


玄関のドアに手をかける。

特に鍵などはかけていないようだった。


「そもそも可視光線がないのに、夜目もないだろ。見えてたら人外だな」


「あー…」


弥生はその一言で非常に癪ではではあるが、腑に落ちた。


人間は可視光線の範囲でしか物を見ることができない。

熱があるということは、赤外線は出ているのだろうが、赤外線を見られるのは蛇や昆虫ぐらいなものだろう。


如月は家に上がるが、照明をつけないまま廊下を進む。


「まあ、今は光ってないから安心しろ」


「え? 今も周りちょっと見えてるよ?」


弥生は改めて周囲を確認する。

やはり周りが薄く見えている。


「それは自分が『見える』と思い込んでるからだ」


「あー…」


再び弥生は納得した。


リビングらしきところに入るが、如月はやはり照明をつけようとしない。


「電気つけないの?」


如月に導かれ腰を下ろす。

どうやらソファーに座ったらしかった。


如月は短く答える。


「つけない」


「なんで?」


「光がなくても見えるからな」


弥生は思わず顔をしかめた。


「申し訳ないけど、私は見えないから、できればつけてほしい」


如月がクスリと笑ったのが聞こえた。


「そろそろ覚えろ。見えないと思ってるから見えないんだ」


「あ…」


またしてもその発想か。


弥生は小さく唸った。


先程から何度も言われているのに、その発想になかなか至らない自分に腹が立った。


それを聞いてさらに如月が笑う。


「じきに慣れる」


弥生は目を閉じ、何度も何度も自分は暗闇でも目が見えると念じる。


念じて、目を開いたが景色は変わらなかった。


瞳は闇と、闇にうっすら浮かぶ如月の姿しか捉えない。


弥生はそのサイクルを三度ほど行った。



「見えない…」


弥生が目を擦りながら呟くと如月はまた笑った。


「最初はどうしても固定観念が邪魔をするからな」


「あー…」


指摘されて確かにと納得してしまう。


できると念じてはいたが、心のどこかでやっぱりできないだろうと思っていた可能性は十分あり得る。


「そういう意味では、幼い子供方が適応力はいいだろうな」


じゃあ、と如月が立ち上がる。

弥生の後ろに移動した気配があった。


如月は弥生の目を両手で覆った。


「慣れるまで簡単な呪いをかけてやるよ」


「目が見える呪い?」


「そうだな。そっちの方がお互い都合がいいだろ」


「そもそも、なんで照明をつけないの?」


「ここには電気の供給源がないからな」


「あー、電化製品も使うとしたら全部妖力? を使わないといけないから、省エネってことね」


如月が頷いたのが顔を覆う手からわかった。


「それに暗闇の中にある光は目立つからな」


「目立つ? 目立ったらダメなの?」


「あまりよろしくないな」


「なんで?」


「…まあ色々ある」


不自然な間に弥生は疑問を抱いたが、如月がさあやるぞというので問いかけるタイミングを失ってしまった。


如月は弥生の目を覆ったまま言う。


「目を閉じろ」


「閉じてる」


「知ってた」


「じゃあなんで言うの?」


「…流れ的に?」


如月が息を一つ吐くとーーそもそも、呼吸もしなくて良いことに弥生は今更気がついたーー掌がじんわりと熱を帯びた気がした。


ぶつぶつと何かを言っているのでよく聴いてみるが、何かよく分からない言葉だった。


妖怪の言葉なのだろうか。


如月は何かを言い終わるとゆっくりと手を退けた。


呪いが終わったらしい。


「ゆっくり目を開けよ」


言われた通りにゆっくりと目を開いた。

弥生は思わず小さく感嘆の声をあげる。


瞳はしっかりとあるはずのない光を捉えていた。

モノトーンを基調とした部屋なのか、部屋自体にあまり彩りは感じられないが、観葉植物の緑などもしっかりと見ることができた。


しかし一つ違和感があった。

今までの見え方と全く違うところーー。


「影がない…?」


如月が弥生の後ろでクスリと笑う。

振り向く。


今度は如月の表情もきっちりと見ることができた。

笑んだ如月の顔を見て、弥生は何度も目を瞬かせる。


如月の笑みが思いの外優しかったからだ。


「光がないんだから、影もなくて当然だろ?」


「…確かに」


弥生が頷いた時だった。


コン、コンとノック音が聞こえた。


弥生は不意打ちのノック音に思わずビクリと肩を震わせる。


「そんなに驚くなよ」


「いや、驚くでしょ。誰?」


ノック音は玄関扉からしているようだ。

自分達以外に物音をたてるはずの者はいなかったので、その音はよく家に響いた。


コン、コン


再びゆったりとノックされる。

音の主はそんなに急ぎの用ではないらしい。


如月は頭を掻きながら玄関に向かう。

弥生は玄関が見えるギリギリの位置から覗き見ることにした。


如月はノック主に特に返事をしないまま、ガチャリと扉を開く。


扉の先には二人の男性がいた。


「あ、お久しぶりです!」


「お久しぶりです」


後ろにいた男性は威勢よく、手前にいた男性はゆったりと言った。


二人ともどこか興奮した様子で、弥生には二人の目が爛々と輝いているように見えた。


如月はまだ頭を掻いている。


「…よう。耳が早いな」


如月は二人に短く答える。


「そりゃあもう、この日を待ちに待っていましたもん!」


「その前にどうやって知ったんだよ」


「常にトンネルの様子と如月様の気配を伺っておりましたから」


「ストーカーかよ」


「親分の復活は俺たち鬼の悲願ですから、しゃーないっす」


「復活ではないけどな」


ストーカーは否定しないんだ、と弥生が思っていると手前の男性と目があった。


「あちらの方が如月様の半身様でございますか?」


全員に注目されて弥生はドキリとした。


「そうだな」


まあ上がれよと如月が二人を促すと、二人は失礼しますと腰も低く家に上がってきた。


弥生は慌ててリビングに頭を引っ込めたが、自分がどういう態度で如月のお客を出迎えればいいのか分からすおろおろとリビングをさ迷った。


自分の実家ならば、手慣れた様子でリビングの入り口で待っていただろうが、何せ来て間もない家である。

勝手が分からなかった。


そうこうしている間に如月達がリビングに入ってきた。


弥生を見るなり如月は愉快そうに眉を潜めた。


「何してんだ?」


「え…いや、あの…」


弥生は慌てて姿勢を直す。

気まずさから顔が火照ってきている気がした。


弥生はこの時気がつかなかったが、来客二人は弥生の姿を見て一瞬だけ困ったように顔をしかめていた。


玄関に前側にいた男性が弥生に歩みよる。

男性は朗らかに微笑んだ。


「早々に来てお騒がせしてしまい申し訳ありません。私は青鬼の熊童子と申します。熊とお呼び下さい」


「俺は赤鬼の金熊童子っす。金熊と呼んで下さい」


自己紹介されたので、弥生も慌てて返す。


「月並弥生です」



弥生がどうしようかとあたふたしている横で、如月はてきぱきとお茶の用意なんかをしている。


それをみつけて熊がお気遣いはいりませんと遠慮するが、如月は逆にいいから座れと三人に椅子を勧めた。


如月は一応夏らしく、青が混ざった透明なコップに氷を入れた麦茶とポテトチップスをテーブルに準備した。


金熊も熊も丁寧に手を合わせて頂きますと言ってからポテトチップスを食べ始める。


弥生は二人を見て意外に思った。

鬼と言われていたので、もっと横柄な部分があるかと思ったのだ。



「弥生様は俺たちが怖くないんっすか?」


弥生は金熊の言葉に目をぱちくりと瞬かせた。


質問が漠然とし過ぎていて何を答えたらいいのかが分からなかったこともあるが、何より自分の名前に様を付けて呼ばれたことに驚いていた。


慌てて両手を振る。


「様とかいらないですよ!」


初対面の人に接客以外で様を付けて呼ばれるなんて弥生には信じられないことだった。


「あと敬語とかもいらないですよ!」


しかしそんな弥生に、熊は緩やかに手を振り返した。


「如月様の半身である弥生様は、我々にとってはとても尊いのです。どうかお気になさらないでください」


「でも…」


「そういうことだから諦めろ。こいつら絶対崩さねぇから」


隣で如月がパリッとポテトチップスをかじりながら言った。


弥生は自分が金熊の質問に答えていないことに気がつき、慌てて答える。


「あ、えーと、怖くないですよ。鬼って言われても全然、人にしか見えませんし」


「あー、それもそうっすね」


「如月もそうだけど、今は人の姿に化けてるんですよね? なんでわざわざ化けるんですか?」


弥生が質問すると、熊が丁寧な言葉はいりませんよと首を振った。


「規律がある妖怪は、基本的に目上の者にお会いするときは出きる限り正装ーーつまり人の姿に化ける慣習があるのです」


「へぇ、そんな慣わしがあるんですね」


妖怪の世界はもっと混沌としたものだと、なんとなく勝手に決めつけていた節があったので驚いた。


「じゃあ、如月は閻魔様の所に行っていたから人の姿をしているの?」


「俺はこっちの姿を基本にしている」


「如月様は妖力が高くて、人の姿があんまり苦にならなくて羨ましいっす」


羨ましがる夕に如月は慣れだという言葉で一蹴する。



「そういえば、如月ってそんなに偉いヒトというか、鬼なんですか?」


弥生の言葉に夕と誠は大きく頷いた。

二人は嬉しそうに矢継ぎ早に言う。


「それはもう、とてもとても、我等鬼の中で最も尊い方でいらっしゃいます」


「昔から鬼の頭領をなさっている、凄いお方っす!」


「如月様に成せないことは、まず我等になせません」


「あの、閻魔ですら一目おいてるっす」


「そうです。古くからの妖怪で如月様に一目おいていない妖怪は、まずいないですね」


「とにかく、如月様は凄いんっす!」



二人の言葉に弥生が目をぱちくりとさせていると、如月が恥ずかしそうに二人を止めた。


三人の様子を見て弥生は思わず笑んでしまう。


ーー仲良いんだ。


如月が弥生の笑みを目敏く見つけて、更に照れたように頭を掻いた。


目が合うと気まずそうに視線を逸らされる。


「こいつらは大げさなんだ」


そう言う如月を二人は再び誉め讃えようとしたが、如月がジェスチャーで抑え込む。



「あ、すっかり言いそびれておりましたが、これから如月様を復活を祝して宴を開きますので、是非来ていただきたいのですが」


「これから?」


弥生の言葉に、熊がはい、と頷く。


これからとは、それはまた急な話だ。それなら二人はこうやって座ってゆっくりとポテトチップスを食べていてもいいのだろうか?


弥生の疑問を察知したかのように、如月が説明を加える。


「ここでは時間の概念が薄いからな」


それでも説明が足りなくて、弥生ははあ、と頷くだけだった。



「そろそろ仕度もできた頃でしょうし、一緒に向かいましょう!」


金熊が立ち上がって二人を促した。


こうして弥生は家で落ち着く間もなく、直ぐに出かける羽目になった。

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