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如月駅  作者: 小島もりたか
停泊
6/17

境界

弥生が寝ていた建物から出ると、そこには真っ白な世界が広がっていた。


見渡す限りの純白。


そこに一筋の線とそれに繋がる浮島の様な茶色と灰色でできた駅があった。

橙色の電車が停泊しているのが伺える。


線路はそこの駅で途絶えている。


「あそこは何て駅なの?」


「法廷前」


如月が短く答える。


どこかで聞き覚えのある感じがしたが、どうも思い出せなかった。


「私も乗りっぱなしだったらここに着いてたの?」


「そうだな」


「それでそのままあの世に逝ってた?」


如月の顔を伺い見る。

無表情だった。

視線が合っても如月は特に表情を変えない。


「いや、お前の場合はまだ肉体は生きてたから戻されただろうな」


「え…」


弥生にとって、かなり衝撃的な発言だった。


「私乗り続けてたら、死んでなかったってこと?」


「そうだな」


弥生が語気をあらげても、如月は特に表情を変えることなく頷き返す。


「ネットでもそのまま乗り続けてたら戻れるって書いてあった気がするけど?」


「嘘?!」


慌ててスマートフォンで調べようとして、自分がそれを持っていないことに気がつく。


死後の世界に物質は持ち込めない。



あまりの事実に弥生は暫く崩れ落ちたまま立ち上がれずにいたが、やがて如月に引き起こされて駅とは反対側ーー弥生が出てきた白色の建物に連れられた。


また建物に入るかと思いきや、如月は壁に沿って歩いていく。

少し歩くと建物の端にこれまた白色の車が停めてあった。


如月は力のない弥生を助手席に詰め込み、自らは運転席に座ると車を発進させた。


ゆるゆると滑らかに車が走っていくと、やがて白色以外何も見えなくなり、さらにしばらくすると先に黒い点が一つ見えた。



如月は未だに黙ったままの弥生に声をかける。


「まぁ、運が悪かったんだ、お前は。…俺にとってはかなりの幸運だったけどな」


弥生は久し振りに顔を上げた。

如月をねつめる。


「不条理感しかないわ」


「そんなもんだろ。俺もある意味不条理を味わってる」


如月の言葉に弥生はなんとなく納得した。


そういえば、如月は妖力をなくしていることを思い出す。


ーーそれなら一番悪いのは、如月の妖力を奪った原因?


「…そういえば、今どこに向かってるの?」


白の先にある黒い点は段々と大きさを増している。


「家」


「如月の?」


「そう。これからはお前も住むことになるけどな」


「あぁ…」


確かにそういうことになるのだろうと、どこか乾いた気持ちで納得する。


ーー慶太以外の人と同棲することになるなんてなぁ…。あ、如月は人ではないからノーカンでいいのかなぁ?


弥生は変な心配をしていた。




車は緩やかに線路に沿って下っていく。


やがて遠くにあった黒い点は巨大になり、弥生はやっと真っ白なトンネルを通っていたことを知った。


純白のトンネルの外は、純然たる黒が広がっていた。

いや、目がなれていなかったからそう見えただけだ。

すぐさま車のヘッドライトが轍を照らし出す。


草原に二筋、薄い轍が線路と並走していた。


舗装はされていなったが、草が深いのと大きな石が特にないためか特に振動はなかった。

車は滑らかに進んでいく。


「あっちは眩しいくらいだったのに、こっちは光が全くないんだね」


「ここは妖怪のためにあるみたいなもんだからな」


「やっぱり妖怪は光が苦手なの?」


「いや、そうでもないな。単純に必要がないからだ」


「必要?」


如月は弥生との考えの差に気がついたらしく、小さく頷いた。


「こっちはあっちみたいに地面が自転してる訳でもない、だから太陽や月もない」


「そういえば、ここってどこにあるんだろ…?」


弥生は改めて思った。


あの世とはどこにあるのだろう? GPSが届かない範囲にあるのは確かだが…。

確かに自分という存在はある気がするのに、それがどこにあるのか分からないとは何となく気持ち悪い気分だ。


如月は答える。


「強いて言うなら別次元だな。生きている人間には知覚できない場所になる」


「別次元…」


「ここでは次元の境界は3ヶ所ある。さっき通った白のトンネル、お前が通った伊佐貫トンネルそれと三途の川だ」


「さっきのトンネルもそうだったの?」


特に違和感等はなく通過できてしまった。

弥生はそれをとても意外に思った。

次元を越えるとはもっと複雑なように思えたからだ。


如月は頷く。


「構造は複雑だが、通ること事態は容易い。お前が伊佐貫トンネルで急に左腕を故障したのも、次元の境界を越えたからだろ?」


「次元を越えて身体の痛みが伝わるようになったってこと?」


「そうだな。伊佐貫を境に次元が大きく変わるんだ」


「どんな風に?」


「構造は深く知らないが、具体的には魂と肉体を繋ぐ糸があそこを境になくなる」


「糸?」


「そう。お前も出てただろ? まぁお前の場合は綱に近かったけどな」


ふと考えて思い出す、そういえば伊佐貫トンネルを抜けて眠くなった時に自分の胸から光る綱のようなものが出ていた気がする。


「あれがお前の魂と肉体を繋いでいたんだ」


「へぇ…」


まあ俺が切ったんだけどな。という言葉を如月は呑み込んだ。

言ったら鋭く睨まれることは分かっていたからだ。


「その3つの境界で大きく4つの世界が構成される。

白のトンネルの向こうが、所謂あの世。

白のトンネルから伊佐貫トンネルの間が、妖怪の世界。

伊佐貫トンネルから三途の川の間が、鬼の世界。

三途の川より向こうは、生者の世界だ」


へぇと弥生は小さく頷く。


「如月はどこに住んでるの? 鬼?」


如月はそうだなと頷いた。


「じゃあ如月は鬼なの?」


「そうだな。今は人型に合わせてる」


一瞬弥生の頭を駆け抜けるものがあったが、それは突風の様に形もなく素早く逃げていってしまった。


「妖怪ってことは長生きなんだよね? 何歳なの?」


「人間の暦で千年は生きたと思う。途中から数えるのはやめたから、正確な値は直ぐにはでない」


「千年?!」


弥生にとってそれは生きるには途方もない数字のように思えた。


「千年ってことは、えーっと、平安時代?」


「あぁ…平城京の時代だからもう少し前になるな…」


「てことは千三百? 嘘、信じらんない! 人間百歳生きるのに苦労してるのに、千三百とかありえない!」


弥生の興奮した様子に如月は僅かに苦笑いする。


「まぁ、妖怪なんてもともと生きてないようなもんだからな。寿命という概念がそもそも無い」


「なんでないの?」


「寿命は肉体が老化するからくるものだろ? 妖怪はそもそも肉体がないからな」


弥生は如月の腕を掴む。如月は一瞬驚いたようだが、特にハンドルも乱れることはなかった。


掴んだ腕は仄かに温かかった。


「でも触れるよ?」


「それは肉体のようなものであって、肉体じゃない。お前も霊体なのに触れるだろ?」


「今更だけど感覚器官がないのに感覚があるなんて、変な話」


「霊体だけだからな。できると思うことは何でもできる。お前が声も出せて、音も聴けて、目も見えて、物に触れる感覚があるのも無意識にそれができると思ってるからだ」


意外な事実に弥生は何度も目を瞬かせた。


しかし考えてみると、そうでないと理屈がおかしくなってしまう。


弥生はなんとなくここはそういう風にできているのだと理解した。

それを否定するということは、今の自分の存在も否定してしまうことになる。



「何でもできるってことは、家族の所にも行けたりするの?」


「あー、すまん、言葉の綾だ。何でもできるのは三途の川からこっちの話だ」


やっぱりそうだよなぁと思いながら、弥生は言葉を続ける。


「じゃあ、何でもの範囲は何?」


如月は僅かに困ったように頬を掻いた。


「想像と霊力の及ぶ範囲だな」


これまたあやふやな回答がきて弥生は眉間に皺を寄せる。

そして如月も自分の回答に納得ができなかったようで、頭を掻いた。


「今、何か要望とかあるか?」


「家に帰りたい」


「今向かっている所がこれからのお前の家だな」


「実家に帰りたい」


「その要望には応えられんな」


「この車、音楽ないの?」


「何が聴きたいんだ?」


「えー、じゃあYUI」


「曲は?」


「え、一曲しか無理なの?」


「アルバムとか言ってくれたらそれでもいいが…」


「というか、YUI知ってるの?」


弥生からしてみれば、こんな隔絶さらた場所にいる奈良時代生まれの如月がYUIを知っているのはかなりの驚きだった。


「日本の有名どころのアーティストは大方分かるな」


「なんで?」


「なんでって…俺の家はインターネットに繋げるようにしてるからな」


「インターネットなんてどうやって繋がってるの? プロバイダーは?!」


咄嗟に天に伸びる電線のような配線を思い浮かべたが、それは想像の範疇に収めた。


「プロバイダーはないな、妖力で繋げてるんだ。電子的なものならあちらにも繋げられるからな」


「そんなこともできるの? あと妖力とか新しい言葉を増やさないで…」


弥生の頭は今日一日の新しい知識で今にもショートしてしまいそうだった。


如月は一つ頷く。


「普通の魂に中るところの霊力が妖怪では妖力というと覚えておけばいい。それで、アルバムは何がいいんだ?」


改めてアルバム名を訊かれて弥生は困った。

特にアルバム名を認識せず聴いていたからだ。


悩んだ挙げ句、弥生は思考を放棄した。


「YUIならなんでもいい!」


如月が苦笑いしながら指を鳴らすと、車内に明るい夏の日射しの様なギターのメロディーが流れ始めた。


「初夏とはいえ、Summer Songとは安直じゃないですかぁ?」


「文句が多い…。というか、妖力使ったのに気がつけよ」


「あ、本当。CDとか入れてないのに曲がかかってる!」


「そうそう…」


「そういえば、この曲ってアルバムの中途からじゃん! なんで一曲目からかけないの? しかもSummer Songって、やっぱり夏を意識してるよね?」


如月が苛々したようにハンドルを指でとんとんと叩いた後もう一度指を鳴らした。

それと同時にカーナビの電源がつく。


「SDに色々入れてあるから、好きなの選べ」


弥生は車にカーナビが搭載されていたことに驚いた。


「GPS使えないのにカーナビつけてる意味あるの?」


「いいだろ別に」


如月を不機嫌にしてしまったことを察して弥生は逃げるようにカーナビの画面を覗きこむ。


意外なことにナビには道が表示され、車のマークであろうひよこがその道上をきっちりと走っている。


「え…ナビが機能してる?」


「それも妖力だ」


如月が不機嫌に答えた。


「そんなこともできるの?!」


「できる」


弥生は感心して再びナビを覗きこむ。


ナビの地図には二筋線が描かれている。

その内の一つをひよこが移動しており、もう一筋はその筋と平行して走っている。


道の交差はとくになく、延々と二筋の線が延びている。


ーー一本道ならナビは特にいらないような…。


そう思ったが、口に出すのはやめておいた。


そもそも現在走っている道とされている場所は、舗装すらされておらずただタイヤの後に沿って草が倒れているだけで道と言えるかすら怪しい。



平行しているもう一筋は縞模様をしていた。

線路なのだろうとあたりをつけていると、その時を待っていたとばかりに駅の絵が現れた。


キサラギ駅と記載されている。


弥生は、あ、と思い顔を上げた。

前方に薄暗く光る建物が見えた。


純粋な闇の中の、浮島のような場所。


車はキサラギ駅のおよそ100メートル程横を通りすぎていく。


なるほどと弥生は納得した。

一応線路以外の場所も当たり前だが存在したのだ。

ただ光が届いてなかったから見えなかっただけなのだ。


置いていかれるキサラギ駅ひ振り向き、ホームの中を覗きこむ。


弥生はホームに誰も人がいないことに安堵のため息をついた。

そんな弥生を見て如月は笑む。


「今電車は法廷前にいるから、誰か居るわけがない」


「あ、そうなんだ」


確かにあの白い空間に電車が停車しているのは見た記憶がある。


「じゃあ、ここを走る電車はあれだけなの?」


「まあそうだな」


「そういえば、さっきの駅はキサラギ駅って書いてあったけど、如月と何か関係があるの?」


「一応俺の管轄の駅だからそうついてる」


「管轄なんてあるの?」


「まぁな」


「他にも誰かの管轄があるの?」


「今はないが以前はあったな」


「じゃあ如月はわりと偉い妖怪なの?」


「偉いというか、妖力が強かったのは確かだな」


弥生はじっくりと如月の横顔を眺めた。


人の姿をしているためか、如月が強そうには思えない。

そもそも妖力は外見とは関係ないのかもしれないが、少なくとも弥生の目にはそう見えた。


如月がそんな弥生の視線を感じ取ってか口を開く。


「今は昔より遥かに劣るからな。あと外見は関係ない」


車が森に入った。

草原に比べて森の方が道になっていた。


なんとか車一台が真っ直ぐ走ることができる細道をしばらく走ると、ぽっかりと口を開けた闇が現れた。


ナビを見ると近くに伊佐貫トンネルの表示があった。

目の前にある穴は車用のトンネルなのだろう。

こちらのトンネルも如月の車がなんとか通ることができる程度の大きさしかなかった。


しかしこっちにはトンネルの入り口に光すらなかった。


如月は何の躊躇いもなく車をトンネルに踏み込ませた。


ヘッドライトが照らし出すトンネル内は思いの外小綺麗だった。

灰色の壁がヘッドライトの灯りを反射して眩しいくらいである。

しかし地面は特に舗装はされておらず、砂利道になっており小刻みに車が揺れた。


車から下りられない程狭い、毛細血管の様なトンネルを如月はそこそこの速度で車を走らせる。

弥生は少し恐く感じたが、特にそれを口には出さなかった。


弥生が歩いて通過した時は一時間と少し掛かった道のりを、如月は車で10分足らずで通過した。

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