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如月駅  作者: 小島もりたか
停泊
5/17

法廷前

深い悲しみと胸を貫くような孤独感が弥生を襲った。


ただあてもなく暗闇の中で何かを待つ。


寂しくて寂しくて寂しくて、胸を何かで貫いて楽になりたいのに、貫く物も、貫く胸もそこにはない。


空虚の闇を必死でもがいていると、頬を熱いものが伝った。


急に感覚が現実的になってくる。

あぁ、これは夢だったんだと弥生は安心した。



靴の踵が床をならす音と、衣擦れの音で弥生は目が覚めた。


まだ目覚めたくないと、目を閉じたまま寝返りをうつ。


ーーあれ、ここ私の部屋じゃない?


自室なら靴の音がするはずないと思った時、若い男性の声がした。


慌てて開こうとした目を閉じ直す。


男性は声の若さの割には、とても落ち着いた口調で話す。


「やっと見つけたのですね」


「ああ、やっと見つけたーー」


聞き覚えのある低い声が、遠い声で言った。


声の主が思い出せずに、気になって薄目を開けると目敏く気付かれた。

気付いたのは、知らない声の主だった。


黒髪で中肉中背のこれといって特徴はないが、とても優しそうな顔をした人だった。


「知らない所で驚かせたかな?」


「あの…」


弥生はゆっくりと起き上がろうとしたが、視界の端に見えた人影を見て飛び起きた。


全部思い出した。


ーー私、こいつに首を絞められてーーー!


「あれ?」


弥生は思わず自分の身体を確認した。

ついでに腕の皮膚も捻ってみる。


ーー痛い。


確かに捻った箇所は痛かった。


「私、死んでないの?」


弥生が喜んだ瞬間、男性はまろやかにそれを否定した。


「死んでいるよ」


絶望した顔で振り向くと、男性は僅かに困ったような顔をした。


もう一度、答案が間違っている生徒を諭すように繰り返す。


「君は、死んでいるよ」


「死んでる…」



ーー私は、死んだ…。


心の中で何度も同じ言葉を反芻する。

そうしてやっと心が落ち着きを取り戻した。


ーーごめん、慶太…。


ゆっくりと涙が頬を伝う。

伝った涙は熱かった。


弥生の背中を撫でた男性の手は温かく、優しかった。



「…ここは、どこでしょう?」


一頻り泣いた後、弥生は男性に質問した。


「ここは『法廷』、死んだ霊達が地獄か天国に逝くか決める所」


「決める? 閻魔様がですか?」


男性は静かに首を横に振る。


「違う、霊達が自分自身で決める。閻魔はただそれを手伝い、見守るだけ」


「私も自分でどちらに逝くか決めるのですか?」


これにも男性は静かに首を横に振った。


「君はまだどちらにも逝けない」


「何でです?」


自分も死んでいるというのに、それはおかしな話のように思えた。


男性はゆっくりと弥生の首を絞めた白髪の男を指差した。


「君は彼の一部になった。だから逝けない」


「え?」


困惑する弥生を、男性は手で制した。


「ごめんね、ちょっと彼に言いたいことがあるから待ってて」


男性はゆっくりと白髪の男に振り向く。

白髪の男は振り向いた男性から気まずそうに視線を反らした。


「如月、本人の合意もしてなかったの?」


弥生からしてみれば、男性は言い聞かせるように叱っているように見えるのだが、男ーー如月はかなり怯えているようだった。


「それは…その、今にも戻りそうだったから…」


如月の視線は絶えず泳いでいる。

弥生は会話の意味が分からなくて目を何度も瞬かせた。


「マナーってものがあるでしょ?」


「はい、ごもっともです…」


「償いはちゃんと考えてるよね?」


「はい…」


そこまで確認すると男性は怯える如月を放っておいて再び弥生に振り向いた。


怒られていないからかもしれないが、弥生には如月がそんなに怯える程、男性が恐くは見えない。


「意味がわからないよね、説明しよう」


男性はとりなすように弥生に微笑んだ。


「結論からいうと、君は彼、如月のせいで死んだんだ」


そこはなんとなく理解していたので、弥生は軽く頷いた。


「そして君の魂の半分は、如月のものになった」


「魂が半分誰かのものに? そんなことできるんですか?」


弥生は他人事のように質問する。

正直に言って、弥生にはそんな実感は全くなかった。


「如月は妖怪だから、魂を食べて自分のものにできる」


「あ…」


やはり彼は人間ではなかったのだ、と弥生は改めて思った。


「なんで私の魂を食べたの…?」


如月に問いかけると、如月は少し気まずそうに頬を掻いた。


不思議と怒りは湧いてこなかった。

先程の男性とのやりとりで、あまり頻繁にそんなことはしてないと、なんとなく感じたからかもしれない。


しかし代わりに、何故私なのだろう? という疑問が沸き起こる。


「調度よかったからだよ…」


如月はぶっきらぼうに言った。


何がどう調度よかったのか、理解できないでいると男性がため息をつき、如月を一睨みする。


「ちゃんと説明する」


「分かったよ、頼むから怒んなって」


如月は僅かに面倒臭そうに頭を掻いた。


「お前は霊力が人一倍強くて、尚且つ俺の妖力と波長が合ったんだ」


「霊力? 私、お化けとか一回も見たことないけど…」


「霊力が少ないと見えないことが多い、だけど霊力があるからとはいって見えるとは限らない」


「必要条件、十分条件の関係?」


「そんなもんだな」


如月は相変わらずぶっきらぼうに頷く。


「俺は今、妖力の核が欠けてるせいで力の制御ができないでいた。そこに欠けた部分を補えるお前が来た。だから、喰った。それだけだ」


「なんで欠けたの?」


如月は弥生の質問に明らかに眉間に皺を寄せた。


「それはーー言えない」


「なんで?」


弥生の更なる質問に如月は閉口した。

代わりに男性が答える。


「所謂、呪いだよ。如月の力が欠けた理由に関することは誰から誰へも伝えることができない」


「あなたは知っているんですか?」


男性は首を重く縦に振った。


「知っている。でも、それは私にも言えない」


「伝えられないのに、どうやって知ったんですか?」


「自分で考える分には呪いに引っ掛からない。月並弥生さん、私からもどうか君にお願いしたい。如月の力をどうか取り戻してくれないかい?」


男性の瞳がきらりと光る。

一方で如月はばつが悪そうに顔を歪めた。


弥生が考え込んでいると、男性は更に言葉を付け足した。


「勿論、私からもお礼はします。お礼はーー」


「そもそも、如月が私の魂を手放してくれないとあの世には逝けないんですよね?」


「そうですね」


男性は苦笑いする。


「じゃあ、頼まれるまでもなく、やります。お礼とかそんなものいらないです。私は私のためにするだけなので」


「ありがとう」


男性が一つ笑む。柔らかい笑みだった。


「やはり君は天国に逝ける魂だ」


男性の一言に弥生は目を何度も瞬かせる。


「どういうことですか?」


「そのままの意味だよ。君は本来なら天国に逝ける魂なんだ」


「なんでそんなことが分かるんですか…?」


そういえばさっきも、名乗ってすらいないのに彼は弥生の名前を知っていたことを思い出す。


弥生には彼が不思議でならなかった。


「こいつが閻魔だからだ」


本人の代わりに如月が答えた。


「え、閻魔? 閻魔って、あの…閻魔様?」


「そうだな」


「嘘ついてない?」


「俺、この短い間にお前に嘘ついたことあるか?」


「ない…のかなぁ?」


二人のやりとりに閻魔が微笑む。


「閻魔って言うのは役職の名前なんだけど、確かに私は閻魔だよ」


「ここにいて大丈夫なんですか?」


なんとなく、閻魔様といえば、閻魔様の前に魂の行列ができていて常に忙しそうなイメージがあった。


「あくまで役職だからね。閻魔は何人かいるんだ」


なるほど、と弥生は頷いた。


しかしながら閻魔が実在するとは、弥生にとっては大きな驚きだった。

閻魔はあくまで空想の人物かと思っている節があったのだ。


「それに閻魔が直接裁く訳じゃない。私達はあくまで死んだものがどちらに逝くかを決めるのを手助けをするだけだから」


「どうやって手助けするんですか?」


「閻魔は人によって違う姿に見える。魂が美しいものには優しい仏のように見え、穢れたものには恐ろしい鬼のように見える。閻魔は一種の鏡見たいなもんだ。魂を写すな」


「そうそう。君は私が優しそうな人間に見えている。だから、天国に逝ける」


「如月さんは閻魔様どう見えているの?」


「俺は妖怪だぞ? 言わなくてもわかれよ。あと呼び捨てでいい」


「じゃあ…如月、あなたは閻魔様が恐く見えてるのに普通に喋れるの?」


「要は慣れだ。妖怪や人間の多くは悪だが、閻魔は必ず善だ。閻魔は根本的には妖怪にも優しいんだ。そこさえ分かっていれば慣れる」


「外見が恐いとそもそも関わりたくないんじゃないの?」


「俺は関わる必要があったからな。嫌でも慣れる。流石に怒られるのは許容範囲外だが…」


如月は皮肉そうに笑った。


「如月の妖力? が足りないと何か問題があったの?」


「如月の妖力は一般的な妖怪が比じゃない程強い。けど、欠けたせいで妖力の制御ができなくなってね、それはもう色んな厄災を引き起こしていたんだ」


「それが私を食べて直ったんですか?」


「完璧とはいえないけど、そうだね。だから君には申し訳ないが、感謝しきれないよ」


弥生はここまでの説明を聴いて、なんとなく自分の立場を理解でき始めた。


閻魔は続ける。


「図らずとも君には相当な負担をかけてしまうことになる。だから、如月がもとに戻った暁には、私からもお礼をさせて欲しい」


閻魔は優しく笑む。


「君の願いを3つ、私ができる範囲にはなるが、叶えさせて欲しい」


「願いを3つ?」


「そう、3つだけ。例えば来世ではお金持ちの家に産まれたいとか、美女に産まれたいとか、そんなところなら大抵可能だ」


「それなら、元の生活に戻るとかもできますか?」


「どこから元に戻りたい?」


「どこからーー?」


具体的に問い掛けられると思わず言葉に詰まってしまった。


咄嗟に死ぬ前から戻りたいと思ったが、閻魔が言っているのはもっと広い範囲も可能ということだろう。


悩む弥生を見て閻魔は優しく笑んだ。


「それを含めてよく考えておいて欲しい」


「あ、待ってください。そもそもお礼なんて頂けません…」


とても惜しい申し出だったが、自分のための行動である以上、受けとるのは気が引けた。


しかし閻魔は笑みながら首を横に振った。


「お礼を受けとってもらうのも含めて、私からのお願いだ。君はこの願いもきいてくれないだろうか?」


「あ…えぇと…」


そう言われてしまうと、受け取らざるを得なくなる。

閻魔は口が巧いと思った。


尚も悩む弥生に閻魔は笑いかけた。


「どちらにせよ、如月の力を取り戻すのは簡単なことじゃない。無理だと思ったら、諦めて如月とのんびり暮らすのも手だということを覚えておくといい」

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