逢瀬
「ちゃんと時間通り来たね、木芽」
木芽はぶっきらぼうに頷きながら時計を見た。
時刻は午後六時半丁度。
待ち合わせとしてよく使われる駅前の金時計は、金曜とあってかかなり混み合っている。
「今日は絶対遅刻するなって弥生が煩いからじゃん。こっちは残業にならないように苦労したんだよ」
「だって何回言っても絶対遅刻するもん。絶対木芽気に入ると思うのに、印象悪くなったらいやじゃん」
「その科白も何回聞いたことやら……」
「今回は絶対! 絶対気に入るって!」
「弥生の審美眼はあてにならん」
そう言って木芽は弥生をじっとりと睨む。
「その前に木芽の目が肥えすぎなの! 頑張って探してる私の身にもなって」
「いいじゃん、さっさと先に慶太さんと結婚しちゃえば。もう社会人になってそこそこ経ってるし、貯金もかなり貯まってるんでしょ?」
「そういうこと言わないの! もう、折角お洒落で可愛いのに、そんなこと言ってるから彼氏ができないんだよ」
「別に弥生がいればいいもーん」
「たった今、私に結婚しろとのたまったのはどこの誰?」
「弥生が結婚しても双子権限で二人の愛の巣に転がり込むから大丈夫」
「双子の姉の邪魔をするのか、この妹は!」
多少なりとも木芽が遅刻をすると見込んでいたため、思いの外時間が早い。
二人は帰宅に急ぐ会社員の流れに逆らいながら、のたのたと歩く。
待ち合わせは駅を挟んで反対側の銅像の前だった。
ふと、木芽が感慨深そうに溜め息を吐く。
「早いねぇ、もう弥生があの電車事故に遇ってから今日でまるっと六年だよ」
「あ、今日だっけ? 早いねぇ。社会に出てからもう四年目だし……」
「なんで私の方が覚えてんのよ。ホント、弥生が生きてたのが奇跡みたいだわ……」
「重症だったけどね」
弥生は苦笑いをする。
目覚めてからのあの痛みは今でも忘れられない。
「乗客の九割が死んでるんだもん、生きてただけでも上々」
「そうだけどさぁ~。本当に痛かったんだよ」
「まあ、そのお陰で弥生は今の会社に就職できたんだけど?」
弥生は頷きながら、恥ずかし気に頷く。
「でも、車掌にならなかったのは勿体ない。絶対話題になれたのに!」
「何度も言わせてもらいますけど、私は整備士が良かったんですー」
弥生が遭遇した電車事故の原因は、車両の整備不良によるものだった。
元々機械は好きだったし、大学も機械工学を専攻していた。
だから電車事故をきっかけに鉄道の整備士を志すのは弥生にとっては順当な流れだった。
待ち合わせの銅像前も人で溢れていた。
待ち合わせをする人が多過ぎて、もはや待ち人を探すのにも苦労するレベルだ。
慶太にチャットで連絡しようかと考えていると、視界の端に弥生に向かって手を振る人が映った。
慶太だ。
慶太の隣には一人の男性が並んで立っている。
慶太より少し身長は低いが、整った顔立ちをしている。
肌の色は少し白いが、健康的な笑みを恥ずかしげに浮かべているのが印象的だ。
木芽が一目惚れしていることを僅かに期待して顔を確認すると、本当に一目惚れしたように表情が固まっているから弥生は心底驚いた。
人の流れが鬱陶しそうに二人を避けていく。
下手に何かを言うと裏目に出そうなので、そっと無言で腕を引いて歩くように促した。
「待った?」
「さっき来たとこ」
慶太はそれだけ弥生と言葉を交わすと、すぐに男性に振り向いた。
見ると男性も先程の笑みは消え、急に緊張したように顔が強ばっている。
「彼女がこの前言ってた月並木芽ちゃん。弥生の双子の妹で、今は化粧品会社に勤めてる」
「ど、どうも……」
珍しく心底狼狽えている木芽を見て弥生は意外に思った。
普段ならば弥生にはない女子力オーラですぐに男性を魅了しているところが、今はその気配が感じられない。
慶太は続ける。
「彼は市役所の僕の一つ下の後輩で、今年から同じ部署に配属された美月輝夜」
「は……初めまして」
輝夜も恥ずかしげに挨拶する。
これにも違和感があって慶太に向かって首を傾げる。
一度輝夜には会っているが、前回の彼はこんな調子など一度も見せたことがなかった。
弥生と初めて会った時は、弥生に対して英国の紳士風にお辞儀してみせたものだ。
食事をしているときも、初対面の弥生がいるにも関わらず、常にどこか余裕があり歳上の慶太以上に落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
慶太も調子が狂ったらしく、弥生に首を傾げてみせる。
ーーもしかして、お互いに?
ーーまさかだけど、もしかしたら、もしかするかもな。
それが木芽と輝夜の出逢いだった。
弥生が『運命の出逢い』は本当にあるのだと思える程、二人は急接近し、お互い別たれていた期間を埋めるかのように時間を過ごした。
気がつくと二人の関係は慶太と弥生の関係性にまで達し、結局、婚約も結婚式も二組同時に行ってしまった。
「綱にいちゃん、おえかきして!」
「おえかきして!」
「えー」
むくれる綱に弥生が笑いかける。
木芽の長男の綱は慶太とテレビのシューティングゲームに夢中だ。
「かいてよー!」
無言の拒否を続ける綱に紅葉と若葉がのし掛かる。
その影響で綱の残機が一つ減った。
綱がむくれる。
「弥生ママに描いてもらいなー」
慶太が画面を凝視したまま二人に言う。
「そうだそうだ。やよいママに かいてもらえ!」
綱がゲームをしながら器用に二人を引き剥がしていく。
二人の視線が弥生に集中した。
弥生は笑む。
「ほらほら、一緒にお絵描きしよ」
紅葉と若葉は左右対称に動きながら弥生の両側に座った。
ーー本当に双子みたい。
弥生はクスリと笑む。
紅葉と若葉は同い年で、外見も全く同じだが双子ではない。
それぞれ双子の木芽と弥生が産んだ子供だ。
双子それぞれの子供ではあるが、二人は本当の双子の弥生と木芽以上に双子に見えてしまう。
弥生と木芽は一卵性の双子だが不思議と趣味嗜好や性格が似ていない。
不思議だったが、なんとなく運命じみていて面白いと、弥生は思う。
「パパおふろ まだかなぁ?」
「さっき入ったばっかだろ」
「このめママは きょうも おしごと おそいね」
「今は忙しい時期だからね」
窓から隣の家の庭を窺う。
まだ駐車場に車が帰っていない。
家を二家族隣同士に建てたお陰で、忙しい時お互いの子守りを出来るのが便利だ。
「さて何を描く?」
「おもしろいの!」
「おもしろいの!」
「うーん……」
面白いものと最初から言われてしまうと逆に描き辛くなってしまう。
どうしようかと考えていると、ふと不思議なものが頭に浮かんだ。
徐に弥生は描きなぞる。
描いてから気持ち悪いかもしれないと思ったが、子供には概ね好評かのようだった。
「なにこれー?」
「かわいいー、なんのキャラ?」
目をキラキラさせながら、弥生の絵に食いつく。
それは植物のヘタの帽子を被った、顔から前足は鼠、胴体は雀、そして爬虫類の脚と尻尾が付いた生物だった。
弥生は答えかねて首を捻る。
ーーなんでこんなの描いたんだろ?
「ねぇねぇ、なんて なまえ?」
「おいしそう!」
美味しそうという言葉にさらに首を捻る。
ーー名前。名前……?
何となく描いたキャラクターに名前なんてあるはずがない。
しかし、なんとなくこれには名前があった気がした。
ーーずっと前に、これを生で見たことがある気がする。
でなければ、そこまでの独創性は持ち合わせていない弥生にこんなものを描くのは無理だ。
こんなキメラのような生物なんて存在するはずがないのに。
不思議な話だ。
とてもヘンテコりんな名前をしていた気がした。
「いっつも弥生の絵は不評なのに珍しい」
騒ぐ二人が気になったのか、綱と慶太がゲームをわざわざ止めて弥生の落書きを見に来た。
しかし慶太は弥生の絵を見て顔をしかめる。
「これ、可愛いか?」
「かわいいよー」
「パパへんなのー」
「えー、おかしいのは若原と紅葉だろ?」
騒ぐ三人を他所に、綱は絵を見て一人で頷く。
「これ、まえに ママがかいてた」
「え? 木芽が?」
「うん」
意外な事実に弥生は驚く。
何となく描いた絵が同じなんて、やっぱり双子だったんだ、と瞬間的に思った。
「やよいママも しってたんじゃないの?」
「知らない、知らない」
「そうなんだ」
そう言って綱は愛しそうに絵の頭を撫でる。
「なまえ あるんだよ」
「え、そうなの? ママがつけたの?」
「うん」
綱が嬉しそうに頷く。
「何て言うの?」
「ププペポポンチーノ!」
最後まで辛抱強く読んでいただき、誠にありがとうございます。
そして、読んでくださったあなたが最初の読破者かもしれません(笑)
今後の参考に感想や批評を頂けると助かります!
是非是非、面倒くさいことついでに書き残していって頂きたく……!
(ここの話つまらん・余分・盛り上がりに欠ける、設定が矛盾している、説明足りん・鬱陶しい、ここは丁度いい…等々)
それでは、また何かしらで読んでいただけると嬉しいです。
否ーー読んでいただけるように精進したいと思います!
ありがとうございました!!




