決意
少女と過ごす日々は、彼や鬼達に楽しさだけでなく幸福感をももたらした。
毎日のように嘘や事実を織り混ぜた鬼の極意を教えたり、人に負けぬように鍛えたりもした。
「鬼になりし時の名を決めた」
山の頂上の大岩に腰掛け、夕陽を眺めているときに少女が徐に口を開いた。
顔を橙に染め、どこか誇らしげに笑む少女が眩しくて、彼は目を細める。
十六夜月が東の空に浮かぶ。
次の八日月で少女と出会って丁度五年になる。
全く鬼らしくない少女に彼は少し苦笑いした。
「何ぞや?」
「キサラギ」
ほう、と彼は呟く。
少女と出会ったのも如月ーー2月だった。
また鬼と書いてキサラギとも読む。
少女なりに頭を捻った名前に彼は笑みを漏らす。
「好き名前なり」
彼が褒めると少女は嬉しそうに振り向いた。
「であろう?」
彼は照れ臭くなって少女の頭を無造作に撫でた。
ついでに本当に額から角が生えてないかひっそりと確認し、安堵する。
それを知ってか知らずか少女は彼の琥珀色の角を見上げる。額の横から二つ生えた誰もが見惚れる程の立派な角。それは彼の真っ白な髪と相まって一際美しく見える。
「まろもそなたのような角が欲しい」
少女が彼の角に触れる。その心地に彼はうっとりと瞳を閉じた。
他の者は全く触ろうともしないが、少女だけは何の躊躇いもなく、美しいと触れてくる。
「ーー」
少女の触れる手が恋しくて、彼は結局言うべきことを言えないまま、あっという間に八日月の夜が来てしまった。
宴の席で始終額の確認をする少女を、彼は切ない気持ちで見つめる。
少女の盃に酒を酌み、ついでに自分のにも手酌する。それを一口で呑み込んだ。
「ーー主はまだ仇討ちを望むか?」
きょとんとした顔をしてから、少女は唸りながら頭を捻った。
「心根を話すと、まろにも分からぬなってきておる…」
彼は鉛を呑み込んだように重い口を開いた。
「ーー人里に戻らぬか?」
少女が驚いて振り向いて凍りついたように固まる。
少女と共に人間について様々なことを学んだ。
時には人に化けて寺に行き、説法を聴くこともした。
「主が人として幸せになることが、敵討ちになろう」
それは彼なりに悩んで出した、少女への答えだった。
「…戻らぬ」
少女は迷子になったような顔をして立ち上がる。
「まろは鬼になり、そなたらとずっと暮らすのだ!」
「主は鬼にはなれぬ」
己が吐いた嘘だったが、諭すように言った。
気がつくと手下の鬼達も静かになってことの成り行きを見守っていた。
手下達はずっとこの嘘に付き合っていてくれていた。
「まろが鬼に成れぬとは、どういうことじゃ…?」
「そのままの意味なり。我は嘘を吐いておった」
少女の顔色がみるみる青白くなっていく。
「すまぬ…」
無意識のうちにそう言ってしまっていた。そう言った自分に驚き、彼は顔をしかめる。
ただ立ち尽くすだけの少女に、彼はこれ以上立ち向かう気力がなかった。
だから顔を合わさず、
「今日が主の我らの仲間としての最後の晩じゃ。明日には山を発つがよい」
と言うだけで手一杯だった。
「ーーっ」
走り去る音が聞こえた。
鬼のように美しい娘がどこかそこかの村に現れて暮らすようになった、と噂で聞いた。
*****
弥生は萌木を現世に送った日から、幾度も迷いこんだ魂を如月と共に現世に送り返した。
何度も何度も現世に行ったが、地獄谷を渡ったのは最初の一度きりだった。
あの時以外は地獄谷の上流にあたる三途の川を渡った。
迷いこむ魂が現れるのはまちまちで、現世の時間で一週間空くこともあれば、一日だけのときもあった。
地獄谷から聞こえる声も生活音の一部になり、あまり気にならなくなった。
鬼の村にいる鬼の約半数と顔見知りになり、ちょっとしたお使いなら弥生一人で向かうようにもなった。
その時も弥生は如月にお使いを頼まれて一人で鬼の村に来ていた。
如月が作った不思議な食物達を届け終わると、三人の鬼に呼ばれた。
何度か顔は合わせたことはあるが、名前もまだ覚えていない鬼達だった。
まだ若く、変化も上手くできなきらしく、大きな牙がそのままだったり、目玉が大きすぎたり、爪が長すぎたりしている。
また若い鬼ほど言葉遣いが現代に近く、こういった鬼の年齢による違いを比較するのも弥生の小さな楽しみだった。
「弥生様。ちょっとこちらへ、見せたいものがあります」
「何、何?」
弥生は呼ばれるまま、好奇心の赴くまま鬼達についていく。
なんとなく、一瞬嫌な予感がした気はしたが、そんなもの気のせいだとその時は心に留めなかった。
鬼達は弥生連れて村からどんどん離れていく。
「どこに行くの?」
「お楽しみです」
鬼達は怪しく笑む。
向かっている方向は地獄谷だ。
如月や熊童子達にも気安く地獄谷には近付くなと言われている。
木々の隙間から覗く荒れ地を見て弥生は急に不安になった。
「ねぇ、何があるの?」
鬼達は答えない。
やがて森の端に程近いところで立ち止まった。
木の裏からするりと小さな人が現れる。
髪が一つも生えていない、それでいて頭がやたらと長い老爺だった。
「ぬらりひょん、彼女です」
「どれどれ」
皺垂れた顔に埋もれた瞳がぎらめき、弥生の顔を覗く。
後退ろうとすると鬼達に両腕を掴まれた。
全てのことが予想の範囲外で、弥生は思わず気圧された。
「あの…」
「ふむ…流石は如月といったところだのう、良い魂の持ち主だわい」
そう言うともう放してよいぞ、と鬼達に指示をする。
いったい何に巻き込まれているのだろうと放心した心で考えようとするが、全く思い付かない。
弥生が黙ったままでいると、ぬらりひょんと呼ばれた老爺は怪しく笑んだ。
「しかし奴は主に碌な説明をせぬまま、無理矢理こちらの世界に連れてきたな」
「え…」
図星だった。
しかしその話は鬼達には誰も言っていない。如月も言っていないと認識している。
鬼達のあの喜びようを見ていると、それを言うのは野暮なように思えたからだ。
鬼達が声を荒げる。
「それでは話が違う!」
「昇華するおつもりはないのか?」
「やっぱり俺らの予想はあたっていたんだ!」
何のことを言っているか理解できず、弥生が目を白黒させていると、ぬらりひょんが鬼達を手で制した。
「主はこれからどうしたい?」
底光りのする目を笑みらしきものに歪めながら、ぬらりひょんが問い掛ける。
「私?」
「そう、主だ」
「私はーー」
直ぐには気持ちが上手く纏まらなかった。
ここの生活はそれなりに楽しく、満足はしていた。
しかしこれからも、ずっとここに居たいかというと、それは分からない。
弥生が口を開けないでいると、ぬらりひょんが薄気味悪い笑みを浮かべた。
ねっとりと弥生の首に手をかけるような笑み。
「主は生前、大切にしていた約束があったな」
弥生は思わず硬直した。
それこそ、本当に誰にも口に出して言っていないことだった。
如月は知っているかもしれないが、それについて会話したことは一度たりともなかった。
「な…なんでそれを…?」
「さてのぅ…?」
ぬらりひょんは笑む。
「主は今一度己の心を知るべきだ」
そう言って着物の懐から人の顔の大きさ程度の鏡を取り出し、弥生の顔を映した。
しかし鏡面映った弥生の顔は瞬時に消え、虚になった。
弥生はその虚に吸い込まれていった。
キーンコーンカーンコーン
「ーーっ」
チャイムの音で弥生は目が覚めた。
先生や周りの学生がそそくさと片付け始める。
メモをとろうと広げたルーズリーフには一時限分の睡魔との格闘の痕が残っている。
「弥生、爆睡だったね」
頭の斜め上から友人の声が聞こえた。
口から少し出かかっていた涎を拭う。
「ごめん、またノートコピらせて」
「いいよー」
弥生も慌てて片付けをして席を立つ。
「今日も皆爆睡だったよ」
「あー、だよねぇ」
弥生の学科では森永先生の講義は眠いで有名だった。
先生の低く心地いい声と、揺ったりとした口調が眠さの所以である。
そして講義の内容はかなり細かかったりするので毎年単位を落とす者が少なくない。
弥生の学科ではある種の難関講義の一つになっている。
弥生はゆっくりと伸びをする。
午後一番の森永先生の講義で、今日の講義は終了だった。
スマートフォンを確認する。
慶太からチャットのメッセージが入っている。慶太も講義が終わったらしい。
「ごめん、今日はもう先に帰るね」
「はいはーい」
「彼氏か」
「デートですか」
弥生は特に返事はせず、代わりに愛想笑いをして友人らに別れを告げた。
大学構内のいつもの待ち合わせ場所に行くと既に慶太が来て、ベンチに座っていた。
「お疲れー」
「お疲れ」
「お待たせ?」
「今座ったとこ」
慶太が立ち上がる。
自然と伸ばされる手を弥生は自然に握った。
特に会話をしないまま淡々と歩き、地下鉄に乗る。地下鉄からさらに在来線に乗り継ぐ。
地元までは在来線で30分程度だ。
慶太とは幼稚園からの付き合いで、正式に付き合い始めたのは高二の頃。慶太からの告白だった。
地元の駅に着くと、二人はいつもの花屋に寄った。
彩り鮮やかな花束を二つ分、自転車の篭に乗せて走る。
初夏の風が頬を撫でた。
寺に着く。
自転車置き場に自転車を置いて、弥生は水を汲みに、慶太は線香に火を点けにいく。
二人は迷いなく一つの墓の前に行くと、それぞれの紙業をした。
そして重く手を合わせる。
慶太の目頭にうっすらと涙が滲み、それはやがて滴となって鼻を伝って流れて落ちた。
今日で慶太の家族が死んでちょうど三年になる。
「行こう」
「うん」
目を赤くした慶太と再び手を繋ぐ。
初夏であるのに冷たい慶太の手がすがるように弥生の手を握った。
そのまま慶太の自宅に行き、リビングのソファーに寝転ぶ。
残された慶太の家族、ダックスフンドの茶太郎が弥生のお腹に乗った。
「重いよ」と退けると、仕方なしと言わんばかりに、顎だけ弥生のお腹に乗せた。
「いつもありがとな」
そう言って慶太は弥生の額にそっと口付けをする。誘われるまま弥生は慶太に口付けをした。
「約束したでしょ。それに私が傍にいたいんだもん」
茶太郎と一緒に慶太の頭もクチャクチャに撫でる。
慶太の髪はごわごわで茶太郎の毛はよく手入れが行き届いていて滑らかで気持ちがいい。
「ね、茶太郎?」
呼び掛けるも茶太郎はなんのこっちゃと視線を弥生に向けるだけだ。
慶太の家族は事故で死んだ。
車で、自滅の事故だった。
なんとか無事だった車載カメラを警察と一緒に慶太が確認すると、車の前を横切る犬が映っていたらしい。
犬を避けようとして、慶太の両親や妹は亡くなった。
慶太は広い家に一人残された。
亡くなって一年目は慶太も死んでしまったかのうように、ただ日々を消化するように淡々と暮らしていた。
無表情で受験勉強をし続け、弥生と同じ大学の入試を受け、二人で合格し大学に通い始め、一周忌を迎えた時に慶太は堰を切ったように泣いた。
一度に家族を失った傷は大きく残り、慶太を蝕み続ける。
声もなく慶太は泣いた。
弥生は慶太の頭を撫でる。
「ずっと傍にいるからーー」
弥生は改めてそう宣言した。
ーー主は想い人に添い遂げる約束をしておったのだな。
ゆっくりと頭の中で声が響く。
弥生はその声に、そう、と返事をした。
ややあってから違和感に気がつく。
何か大切なことを忘れている気がした。
しかし慶太の頭を撫でる感触も、慶太の家の匂いもしっかりと感じることができる。
ーーなにが?
ぽかりと空いた感覚を埋めるために慶太を抱き締める。
「独りにしないでくれ…」
慶太の声が誰かの声と被って聞こえた。
暗闇のトンネルを見上げて独り佇む白髪の男性の姿が脳裏に過る。
そして弥生は思い出す。
ーー如月…。
そして思い至る。
ーー私…。
自分はもう死んでいたことに。
「…」
改めて五感を探る。
感覚はしっかりとあった。
慶太の感覚を間違えるはずがない。
ーー私、どうなってるの?
弥生は混乱した。
自分は死んだはずだ。
如月に魂の半分を喰われ、元の生活に戻れないはずだ。
もちろん大学にも行けるはずがないし、慶太にも会えるはずがない。
弥生は思いもよらず掴んだ幸福を抱き締めた。
抱き締めて抱き締めて抱き締めて、肩を叩かれた。
「弥生、苦しい…」
「あ、ごめん。嬉しくて…」
慶太が怪訝そうな顔をする。
その顔を見て弥生は焦った。
完全に空気を読み違えていた。
「なにが嬉しかったん?」
「その…生きてて…」
慶太が微笑む。
カフェオレのような笑み。
「弥生はもう死んでるよ」
「…え?」
突然の言葉に弥生は目を白黒させた。
「死んでる。弥生も俺をおいて死んだ」
微笑みはそのままに、慶太は淡々と告げる。
咄嗟に逃げようとした腕を掴まれ、強く抱擁される。
慶太の瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれた。
「え、慶太…?」
「弥生、弥生はそうやってずっと俺じゃない異性の傍にいるの? 俺との約束は破ったのに…?」
「違っ、そんなつもりじゃーー」
「転生すらもできない、それじゃあ来世すらも一緒になれない」
慶太の涙が紅く変わる。
弥生は咄嗟に後退りをしようとしたが、強く引き戻されてそれすらもできなかった。
紅い目から紅い涙を流す慶太が痛々しく、弥生はせめてもと目を逸らす。
しかし、慶太は弥生を責め立て続ける。
耳を塞ぎたかったが、腕を掴まれているせいでそれすらもできない。
だから弥生は謝るしかできなかった。
「ごめん、ごめん…」
「謝ってくれるなら、如月を殺して転生してくれるということでいいんだよね?」
「如月を…殺す…?」
発した声が掠れていた。
「如月を地獄谷に落とせばいい。そうすれば弥生は如月の呪縛から解放される」
弥生は放心して、何も言えずにいた。慶太はーー慶太の姿をした何かは続ける。
「弥生が地獄谷に降りればいい。そうすれば如月も地獄谷に降りる。弥生は妖怪じゃないから、如月に喰われた魂もろとも地獄谷から戻れる」
弥生は小さく頭を振る。
反射的にそれはしてはいけないことだと思った。
「弥生!!」
慶太が一際強く弥生の腕を握る。
「俺を独りにしないでくれ…」
「慶太…」
弥生の頬から涙が溢れた。
一つ瞬きすると、どこかの森の中にいた。
また一つ瞬きする。
記憶が混ぜくり棒で掻き回されたみたいにごちゃごちゃで、頭がぼうっとしていた。
ただ『谷に降りなければいけない』という使命だけが鮮明で、その谷は森の向こうに見える、紅い光が湧いている所ということだけは理解した。
「谷へーー」
脚が重く動く。
身体のどこかが拒否しているのがわかった。
それと同時に他のどこかが向こうを酷く望んでいることも。
荒れ地に一歩踏み出した途端、頭の中に白髪の男性が映った。
どこかの大岩の前に独り佇む男性。ーー彼は千年近くも孤独だった。
ーー違う。
歩みを止め、瞬時に一歩下がった。
ーーそれじゃダメなんだ。何も変わらない。
「如月」
自分の半身の名を呼ぶ。
目の前で小麦色の炎が躍っていた。
弥生は炎を睨む。
「ーー私は慶太も独りにしないし、如月も独りにしない!」
そう宣言すると、炎が怯えたように震えたーー気がした。
「?!」
真後ろから嗄れた笑い声が聞こえてきた。
振り向くとぬらりひょんと三人の鬼がいた。
ぬらりひょんは途中で止まったが、鬼達は恐ろしい顔で弥生に迫ってくる。
あと三歩というところで、両者の間に陰が音もなく落ちてきた。
弥生に対しては背中を向けていたが、弥生にはそれが誰かすぐにわかった。
「ーー如月」
「お前ら、何をしている?」
如月は今まで聞いたことがないような低い声をしていた。
鬼達が怯んだのがわかった。
如月の身体から白銀の炎が燃え上がる。
空気が急に氷点下まで落ちたように痛かった。
如月の足元の茂みが白く凍り、如月が一歩踏み出す毎にパリパリと割れた。
「誰ぁぁあぁあ!!」
遠くから誰かの怒声が聞こえてきた。
二呼吸する間に声の主が現れる。
大きく見開かれた目は今にも飛び出さんばかり、怒りで歪めた赤黒い顔には大きな皺が刻まれ、全ての物を噛み砕けそうな強靭な顎は怒りで閉じられ、巨大な犬歯が口から飛び出している。
見上げる程の巨体の天辺には、強情そうな角が姿をうかがわせていた。
その姿は正しく鬼だった。
肩を震わせ怒り狂う姿に脅え、若い鬼達は変化が解けてしまう。
彼等の姿も鬼には違いなかったが、目の前で怒り狂う鬼とは到底同じものだと思えなかった。
「何をするつもりだった?」
鬼が如月よりも更に低い声で問い掛ける。
若い鬼達は答えられない。
答えを待ちきれなくなった鬼は、三人の鬼の胸ぐらを纏めて掴み、持ち上げた。
「何をするつもりだったのかを訊いておる! 答えよ!!」
「…如月様にお隠れ頂くつもりでした」
一人の鬼が蚊の鳴くような声で言った。
「お頭が我等の恩人であることを知っての諸行か?!」
「ひっ」
鬼が三人を荒れ地ギリギリの位置に叩きつける。
尚も肩を震わせる鬼の肩を、如月が叩いた。
「もういい、茨木」
穏やかな声だった。
瞬時に鬼の姿が見覚えのある男性に変わる。
「しかし、お頭…」
「お前がそう怒ってやるな。俺も感情的になりすぎた」
「しかし…」
尚も食い下がろうとする茨木を如月は目で制す。
「こいつらはお前らの為にしたことだろうよ」
押し黙る茨木を無視して如月は木々の間の闇に立つ老爺を睨み付けた。
「久しいな、鬼の頭」
「そうだな。お前は何のためにこいつらに手を貸したんだ?」
ぬらりひょんは穢く嗤う。
「お主が道を違えそうだったからの、正したまでよ」
「お前に示される必要はない」
「しかし、下は迷った」
「それは俺の落ち度だ。だが、鬼でもないお前に手を掛けられる必要もない」
老爺は笑った。
「主は変わらぬのぅ」
「お前もな、相変わらず曲がっている」
「なぁに、それも性だ」
ぬらりひょんの姿が闇に揺らめく。
「またいずれ会おうぞ」
そう言ってぬらりひょんは闇に融けていった。
見捨てられた若い鬼達は困惑した。
声もなく古株の鬼二人を見上げる。
冷たく彼等を見つめる如月の腕を弥生は掴んだ。
如月が振り向き、笑む。
顔に仕方ないなぁ、と書いてあるのがわかった。




