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如月駅  作者: 小島もりたか
登り線
1/17

地図にない場所

今日の大学は疲れた。


午後から特に休憩時間もなく約三時間、物理学実験があったからだ。


前日にしなければいけない、実験の予習もさることながら、なにより実験が神経を使って疲れる。


今日は剛体の捻れ運動の実験だった。


鉄の短い円柱を真っ二つに割ったものの断面の中心に太めの針金を繋げてぶら下げたもの

(シルエット的にはぶ厚めのたくあんの直線になっている部分に針金を刺してぶら下げたものに似ている)

を針金を中心に捻って回転させ、その運動を計測する。


針金は捻れを戻そうとしては捻れ(たくあん型の鉄のせいである)、戻そうとしては捻れの捻れ運動を繰り返すのだが、その間に針金を固定している部分やその他諸々で熱エネルギーに変わり、やがて捻れ運動が終息する。

この実験はその現象を考察するものであった。


最低でも10回は鉄のたくあんが回転するのを見続けなければいけないことが、この実験の最も辛いところだった。


気を抜いて一度でもたくあんの回転角を見逃してしまうと、捻り直して計測し直さなければいけない。


しかも、捻るときも針金が地平に直角になるように、少しでも角度をつけてしまわないように細心の注意を払わなければならなかった。


実験は各グループ三人ずつで行うのだが、弥生の他の二人が曲者で、二人とも揃って不器用な上あまり勉強ができない。


予習は一応してきているようだが、そもそもこの授業に適性がないらしく、計測結果の計算もできない。


実験中は実験中で計測ミスも多い。


実験は正しい実験結果がでなければ合格点が貰えない。


したがって、弥生は三人いるにも関わらずほぼ一人で実験しているようなものだった。

いや、むしろ足手まといがいる分、マイナスだ。


これがまだ仲が良くない人なら、裏で文句も言えるが、中途半端に仲が良いためそれもできない。


弥生は疲れを吐き出すように溜め息をつき、電車のボックス席に深く座り直した。


約二時間ストレスをため続けたあと、約一時間脳をフル回転で使ったため、頭がとても重い。


電車は仕事帰りのサラリーマンやOLと、学校帰りの学生で溢れていた。


学生が賑やかにするなか、サラリーマン達が疲れた顔で最寄り駅への到着を待っている。


今寝てしまっては最寄り駅で起きられないと思い、弥生はスマートフォンを弄って眠気を冷まそうとしたが、5分もしない間に寝てしまった。



「ーーっ」


何の前触れもなく、何となく目が醒めた。


ーーやばい、今どこ?!


慌てて腕時計を見る。


18時31分


時刻的には最寄り駅の次の急行で停まる駅を出発した頃合いだ。


ーーしまった、下り過ごした…。


弥生は小さく頭を掻いた。

眠りが深かったせいか、突発的な焦りのせいか、目はしっかりと醒めてくれていた。


やらかしたなぁと思いつつ、一応また眠ってしまわないようにスマートフォンを弄り始める。


「ーー?」


ふと、違和を感じて車内を見回す。


原因に気がついて妙に納得した。

車内がいつもより静かなのだ。

電車の走る音しかしていない。


普段なら誰かしら学生が喋っているのだが、今はそれがなかったのだ。


車内は早朝の電車のように、静まり返っている。


隣に座っている人も寝ているし、通路を挟んで向こう側の人も、寝ている。

いや、立っている人も寝ていそうだ。


そこそこな人数がいるのに、弥生以外の全てが寝ているように見えた。


違和ではなく、それは異様な光景だった。


吊革に捕まって揺れる人々が、そよ風に揺れるススキの様で気持ち悪かった。


静寂な車内で一人、弥生は次駅への到着を待つ。



ーーあれ?


起きてから、もうかれこれ10分は経ったはずだが電車が次の駅に停まる気配がない。


急行の停車間隔は、時間にするとおよそ10分程度のはずだ。


最寄りの次の次の駅は、15分くらい掛かっていただろうか?


ーーいや、次の次は8分ぐらいだったはず…。


ふと不安が胸を過った。



最寄りから先の電車は、滅多に乗らないが大方の乗車時間は把握している自信があった。


車内のクーラーは寒いくらいなはずなのに、薄く汗が滲む。



外の景色を確認すると近くに山が見えた。


電車は山の間を縫うように走っているようである。



更に嫌な汗が滲んできた。


ーー山?


電車の路線に山の近くを走る場所は確かにあるはずだが、こんなに近くを長時間走っている所は知らない。



弥生はもう一度時間を確認した。


時間を一時間間違えて、全く知らない土地にまで来ている可能性があるからだ。


しかし、時計の針は18:44を正確に指している。


今度はスマートフォンの時刻も確認するが、同じ時刻を表示していた。


腕時計とスマートフォンの時計が同時に同じ時間だけ狂ってしまったのではないかと思った。


いや、寧ろそちらの方が納得できる。


いったいこの状況はどういうことなのだろうか? と弥生は考える。



乗った電車は普段からよく使う時間の電車だったはずだ。


乗り場も同じであったし、出発時刻も何らかわりなかったと認識している。


ーー列車事故で電車が大幅に遅れてしまったのだろうか?


否、と自ら否定する。


それならこの山道はなんだ?


今まで通学で使用してきて、電車がこんな山道を通ってきたことは一度もない。



そして、列車が遅れることはあっても、早く着きすぎることはあり得ない。


弥生が乗っている電車は、弥生が知っている範疇外の場所を走っていた。


ーーまさか…。


そう思い、慌てて鉄道のダイアが乗っているホームページにアクセスする。


もしかすると自分が知らなかっただけで新たな路線ができていて、間違えてそれに乗っていたのかもしれない。


しかしダイアにはそんな記述は一切なかった。

いつもとかわりないダイアが載っている。


あまりの困惑で弥生の手は震えていた。



ーー意味が分からない。意味が分からない。


これは一体どういう状況だろうか?



一人で困惑のどん底に墜ちようとしていたとき、チャットの通知が届いた。


家族用のグループチャットからで、母からだった。


弥生は慌ててチャットの画面を開いた。



母〉山鉄で車両脱線事故が起きて山鉄止まってるみたいよー


母〉迎えに行くけど、今どこにいる?



ーー脱線事故で止まってる?


そんなことはないはずだ、今乗っているはずの山岡鉄道は動いている。


弥生〉それ何線?


弥生〉普通に動いてるけど…?


母〉中央線の下り、事故は松澤駅前で起きたって


松澤駅とは急行で、最寄り駅の3つ前に停まる駅だ。


まさしく、弥生が通学で使っている路線の話である。



母〉酷い事故だって。


母〉数日は動かないかも…。


母〉それで今どこなの?


弥生〉寝過ごしちゃって、金丸駅下りそびれた…(´・ω・`)


母〉何分着予定だったの?


弥生〉18時13分


弥生〉気づいたら31分で、たぶん笹野駅は過ぎてると思うんだけど


弥生〉飯田駅にまだ着かない…(´・ω・`)


弥生〉起きてからもう20分は経ってるのに、なんで?


弥生〉電車乗り間違えるはずないのに…。



立て続けにメッセージを送ると、弥生はスマートフォンから顔を上げた。


起きてから20分は経過しているのに、同じ体勢のまま、恐らく寝続けている人々が不気味に思えてきた。


電車の走る音がやけに空々しく聞こえる。



弥生〉私以外、皆寝てるみたい。


弥生〉なんか恐いよ…。


吐き出すように呟くと、直ぐにメッセージが入った。



一樹〉なんか、キサラギ駅みたいな状況だな


「ーーあ」


弟のメッセージに思わず言葉が漏れた。


『キサラギ駅』の話は、弥生の通う大学が決まり電車通学も決まった時に、都市伝説や怖い話が好きな弟が嬉々として見せてきた話だ。


暫くは電車に乗る予定はなかったのに、電車に乗るのが嫌になった記憶がある。


入学してからは忙しくてすっかりその話は忘れてしまっていたが、よくよく内容を思い出してみると似ている気がする。



駅に到着しない電車。

寝ている乗客。



慌てて弥生は地図アプリを開いて、現在地の確認を試みた。


ーー嘘、嘘。


位置情報が一向に取得されない。


手が小刻みに震えてスマートフォンを落としかけた。


丁度、電車の走る音が変化する。

どうやら橋を渡っているらしかった。


外の闇の色がうっすらと紅く染まったが、弥生はスマートフォンに目を向けていて気がつかなかった。


弥生が外に目を向けた頃には、橋を渡り終えていた。



弥生〉どうしよう…。


弥生〉本当に、位置情報とれないんだけど…。


一樹〉…え?


一樹〉マジで??


母〉どうしてそんなところに?



母はキサラギ駅については知らないはずだが、どうやら弟が口頭で説明したらしい。


弥生〉分かんないよ…。


一樹〉まだキサラギ駅に向かってるって決まったわけじゃないだろ?


ーーあ。


思い付き、顔を上げる。

もしかしたら車内の電工掲示板に次の停車駅が表示されているかもしれない。


確かに電工掲示板はあったが、弥生はすぐさま顔を附せた。


電工掲示板は直ぐに見える位置にあった。

しかも丁度次の停車駅が表示されていた。


キサラギ駅、と。

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