雷光
ひどい嵐がやって来て、そこら中の木々を揺さぶり、夜の闇を雷の光が切り裂くと、俺たちは並んでベランダの大きなガラス戸にへばりついて外を見る。
年に数えるほどしかない雷の到来に、妹は興奮の笑みを浮かべているほどだ。
隣りで「うわぁ」とか「すっごー!」とか感嘆ばかりを述べてぼうっとベランダ越しの狭い空を見ている。
俺はというと、そんなに長くはそこに立っていない。せいぜい二、三分程度だろう。
雷が何度か光るのを見たら、すぐに自分の部屋の机に着いて、動き始めたパソコンのスクリーンセーバーを消し、プログラムに釘づけ。雷からは離れてしまう。
子供の頃のようにワクワクしたりしないわけではないが、蝶のようにガラスに鼻息を吹きかけてまで必死に見ようという感情は薄れてしまったようだ。
「あっ、また光った」
蝶が興奮して言うのを耳を素通りさせて何気なく「うん」と言う。
「うっ、そろそろ来るぞー」
蝶がそう言うのとほぼ同時に、空から何か怪物でもうめいているような音が響く。
「なんか俺、お腹減ったかも」
音を聞いていると自分の腹音のような気がしてきて、俺はのっそりと立ち上がり、台所に向かった。
開け放したままの扉の向こうで、蝶がまだガラス戸にへばりついているのが見える。
「蝶、おにぎりいるか?」
夕食の残りのおにぎりを手に訊ねると、蝶は顔も向けずに答えた。
「夜食べたら太るんだよー! 朝香ちゃんが言ってたもん。私ダイエット中」
ダイエット中なんて初めて聞いた。そのわりには夕食がんばって食べてたような気もするが・・・。
俺はおにぎりのラップを解いて齧り付いた。
中身はない。夕食で残ったご飯に玉子ふりかけを混ぜ合わせただけのおにぎりだ。
俺がリビングのテレビを付けると、蝶がようやく俺の部屋から出てきた。
「ねぇ、すっごいピカピカしてるよ?」
そう言いながら、テレビを覗き込むようにして、「テレビに落ちたりしない?」と呟いた。
「大丈夫だよ」
しかし・・・・・・。
「パソコン付けっぱなしだし。パソコンに落ちたって話聞いたことあるよ?」
「大丈夫だって。そうそう落ちるもんじゃないから」
「・・・・・・」
「蝶?」
黙ってしまった蝶を、テレビから目を離して見ると、彼女はなぜかほっぺを膨らませて怒った顔になっていた。
「どうしたんだ?」
「・・・・・・パソコン切って」
「えっ?」
そのとき、ようやく俺は蝶が雷を見ているうちに怖くなってきたことに気づいて、おにぎりの最後の一口を口に入れると、ラップをゴミ箱に放り入れ、部屋に戻った。
不思議の国のチェシャ猫がひたすら穴を落ちて行くスクリーンセーバーは、俺がマウスに触れると即座に消え、幾つか開いたファイルが現れる。
「切った?」
ドアに寄ってきたが部屋には入らないで、蝶は入口でそう訊いてきた。
「まだ」
「・・・・・・・・・・・・切った?」
「まだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・切った?」
「まだ」
「・・・・・・」
ファイルの保存がまだなのだ。保存しようとマウスを動かしていた俺は、パチッという軽い音と共に硬直した。
ディスプレイが黒一色になっている。
一瞬、停電?と思ったが、それなら部屋の電気も消えるはずだ。
おかしいと思い、蝶を見て俺はがっくりと肩を落とした。
彼女の手にプラグから抜けたコンセントがぶら下がっていた。
「蝶っ!!」
怒られるのがわかっていたのか、俺が何か言う前にコンセントを放り投げ、すごい速さで自分の部屋に駆け込んでしまう。
「・・・まだ保存してなかったんだぞ」
パソコンに雷が落ちる確率なんて低いだろう。低いはずだ・・・・・・。
また最初から言語を組み直すことを考えて、俺は怒る以上に悲しくなった。
その悲しい俺の背中越しに、ベランダから白い雷光が何度も鬱陶しいぐらいに光り輝いていた。




