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ヤイバガタマシィ  作者: 夜方宵
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エピローグ


 仁王川との一件からしばらくが過ぎた。


 日は朝を迎え、ミノルは目を覚ます。


 快適な眠りだった。というのも彼はとうとう床に布団を敷いて寝る毎日からの卒業を果たしたのだ。


 そもそもミノルが床に布団を敷く必要があったのはベッドが使用不可能だったためであり、何故ベッドが使えないかといえばそこは千氷火ヶ吏なる少女の休眠スペースだったからであり、どうしてベッドの占有権が火ヶ吏にあったのかといえばそこは火ヶ吏の部屋だったが故であり、如何なる理由があってミノルが火ヶ吏の部屋で暮らさなくてはならなかったのかといえばそれは彼女がミノルを一般人だと思い込んでいたこと以外にはなく、つまりはミノルが一般人などではなくむしろ超がつくほど強いヤイバ所有者だと分かってしまえばもう寝屋を共にすることは不可欠でなくなったのだから晴れて彼は男子寮へと移り住むことになったといわけだった。


 ……なんてことはなく。


 むにゅり。とそんな快感にも似た感触を左腕に覚えたミノルは顔を横に向ける。


「……すぅー……すぅー……」


 ミノルの目と鼻の先には、それもう実に可愛らしい寝息を立てる、それはもう実に可愛らしい火ヶ吏の寝顔があった。


 すなわちミノルは、ベッドの上に火ヶ吏と二人並んで夜を明かしたのである。


 別にやましいことは何もしていない。普通に眠り、身体を休めただけだ。


 再び天井に視線を戻し、ミノルは思いやられる。


 実を言えばこの状況を創り出したのはミノルでなく火ヶ吏なのだ。


 まずはミノルが火ヶ吏の部屋を出ていこうとした。


 それを受けて火ヶ吏が言ったのだ。


「私たちは真・生徒会の仲間だぞ。であるならば常に行動を共にするのが当然だ」


 勿論のことミノルは反対した。


 しかし火ヶ吏は、ミノルに対して「これは会長命令だ!」などと独裁理事長に反旗を翻す集団のトップとは思えないほど醜い職権の濫用を行ったのだ。いや、むしろ潔いとさえ感じるほどの清々しい濫用ぶりだった。


 まあ頑固な火ヶ吏と言い合うのも疲れるし、よくよく考えてみれば荷物を移動させるのも面倒だということでミノルは頷いたのだが、次に火ヶ吏はミノルに対して「これからベッドは君が使うといい」などと言い出したのである。


 確かに紙切れのようにぺらっぺらの布団で寝るおかげで背中の痛みに悩む毎日を送るよりも重厚な低反発マットレスの敷かれたベッドに身を委ねて毎晩心地良い夢を見ることができる生活の方が望ましいミノルだったが、しかし、だからといって年頃の女の子を床に寝せて自分ばかりが快い気分を味わうよりは今までの方が幾分朝の目覚めもマシでいられるに違いないとその首を横に振ったわけだ。


 しかし首を横に振るのは火ヶ吏とて同じことだった。


「私は君に身も心も助けられた。そんな君より高い位置で、しかも安布団の君を差し置いて私ばかりがベッドで寝ることは絶対にできない」


 そんなことを言い張るものだから長いこと議論は続くこととなった。


 果てなき水掛け論の後、ようやく落ち着いた結論が『ベッドで一緒に寝ること』だったのである。


「こいつとの言い合いに関してだけは、やたらとねじ伏せることもできずに退いちまうんだよな。天敵ってやつなのか、もしかして」


 そうぼやいて、ミノルは溜息をつく。


 その間もずっと、マシュマロのように柔らかいそれはミノルの左腕に絶え間ないアタックを続けていた。


 顔を洗いにも行きたいことだし、いつまでもこのままではいられない。


 再びミノルは顔を左に傾ける。


 火ヶ吏はミノルの左腕にがっしりとしがみついていた。


「ったく、俺を抱き枕かなにかと勘違いしてるのかよこいつは」


 いくら引っ張っても左腕は抜けない。


 仕方がないと自由な右腕を火ヶ吏の方に回し、肩を押して引き剥がそうとしたときだった。


「……うぅーん……すぅー」


 夢の中で一体何をしているのか、徐に持ち上げられた彼女の左手がミノルのそれを掴み、また落ちたのだ。


 結果としてミノルの右手は、図らずも火ヶ吏のふくよかな乳房をパジャマの上から鷲掴みにしてしまっていた。


「あ……な……!」


 焦り、咄嗟に手を引こうとして、しかし火ヶ吏の左手に掴まれたままでは引くこと叶わずに、ミノルの手は一度だけそれを揉んでしまった。


 なんて柔らかいんだ、なんて思ったのも束の間だった。


「何をしているんだ、君は」


 火ヶ吏の目が、開いていた。


「か、火ヶ吏お前起きて――つうか違うぞ! これはお前を引き剥がそうとして」


「引き剥がそうとして私の肩ではなく胸を押したのだな」


「だからそれはお前が」


 ミノルの言葉を遮って、喉元に冷ややかな物体が押しつけられる。


 言うまでもなく、それは純白の剣だった。


「問答無用だ。淑女の寝込みを襲うようなケダモノには、それなりの調教を施さねばな」


「ちょ、おま、ここで!?」


 どうにか逃げようと策を模索し、しかし見つからず。


 やがて諦観と共にミノルは苦笑した。


「それでも俺はやってない」


「おはよう、ミノル」


 涼やかな風を感じつつ、舞い上がったカーテンの隙間から差し込む朝日を浴びて、ミノルの身体は宙を舞った。





 昼休み、ミノルと火ヶ吏は学園の屋上にいた。


 いつか放課後に街並みを眺めていたときと同じような格好で、二人並ぶ。


「今朝もまた死ぬかと思ったぜ」


 ミノルの溜息。


「死を覚悟するほどの事態に巻き込まれたというのに」


「そのくだりは既にやった」


「身体を張った天丼とは、君はもしや」


「そのくだりもやっただろ! つか本当に何回天丼やってんだよ、一緒に住むようになってから毎朝だよ、毎朝天丼だよ、いい加減に胃が重たいよ、たまには他の味も食べさせてくれよ」


「いや今日の朝食は目玉焼きにウインナーとそれから」


「例え話だよ! 本当に朝飯に天丼出てきたら流石に引くだろ!」


「そもそも私は朝食に天丼を用意したことは一度も」


「一回つっこんだんだから引っ張るなよ! ああもう俺が悪かったよ! だから許してくれよ!」


「待て、そう言えば以前に一度だけ作ったことがあったような」


「結局あんのかよ! 頼むから今後そのチャレンジは勘弁してくれよ!」


 ひとしきりの漫才を終えたミノルは柵に寄りかかってうなだれる。


 それを見た火ヶ吏はおかしそうに笑った。


「すまない。あまりに君のつっこみが的確で面白かったものだからつい調子に乗ってしまった」


「意外とお前にボケとしての才能があって俺は今驚いている」


「それはありがたい褒め言葉だ」


 そして屋上は静けさを取り戻し、二人はぼうっと空や街並みを眺める。


 その視線はやがて、学園内に落ち着いていた。


 どれくらいの静寂があっただろうか。


 穏やかな声音をして火ヶ吏が言った。


「仁王川を倒してから数日経ったが、学園に大した変化は見られないな」


 彼女の言う通り、学園には何の変化もない。


 号令をかける特待上級生が他の教師役に変わっただけで相変わらずミガカの朝礼は毎朝行われるし、力のない生徒たちが怯え暮らす日常は変わらない。


 何一つ変わらない華画ミガカの独裁が、この学園には蔓延ったままだ。


 ミノルはそっと視線をグラウンドに落として。


「これからさ」


 そう言った。


 懲罰台の残骸は、もう跡形もなく片付けられていた。


「俺たち真・生徒会の仕事はこれから始まるんだよ」


「そうだな」


 火ヶ吏はこくりと頷く。


 そうして何かを考え、言おうとして。


 しかし彼女より先にミノルが口を開いた。


「何も言わなくていい」


「まだ何も言ってはいないさ」


「どうせお前のことだ。この期に及んでまだ、私に与するようなことをして本当に良かったのか、なんて言い出すに決まっている。だから先に釘を刺しておくんだよ」


 火ヶ吏は困った顔をして黙り込む。


 どうやら図星だったようだ。


「言っただろう。これは俺が俺自身の意志に従って決めたことだ」


「プラスにもマイナスにも大きく振れるような選択、か。言い換えれば可能性に満ちた選択ってやつか?」と火ヶ吏。


「ああそうさ。俺は俺自身が退屈をしないためにお前の味方をすることに決めたに過ぎない。だからそのことについてお前が責任を感じるのは傲慢ってもんだぜ。それにこうも言っただろ。大抵の場合、俺の選択はプラスの方向に大きく振れるってな。だからお前は気にするな。気にせず会長らしく副会長の俺を振り回していればそれでいいんだよ」


「そうか」


 と、火ヶ吏の一言。


「しかし、どうしても君に言わせて欲しいことが一つある」


「なんだよ」


「お礼さ」


「お礼?」


 首を傾げるミノルに頷き、笑む火ヶ吏。


「そうさ。仁王川との戦いの最中、私の礼を、君はまだ早いと言って受け取ってくれなかっただろう。あれからまだ、私は君にお礼の言葉を言っていない」


「ああ、そんなことも言ったっけな」と、ミノルは数日前を思い出す。


「いらねえよ、今さら」


「そういうわけにもいくまい」


「いらねえって言ってんだろ。俺は受け取らないからな」


「はて、困ったな。礼の言葉を受け取ってもらえないとなれば、どうやって君にこの気持ちを伝えるべきだろうか」


 わざとらしく困った素振りを見せる火ヶ吏。


 一体何を企んでるんだ、と。


 そう言おうとして。


「それならばこうするとしよう」


 ミノルの言葉よりも早く。


 ――火ヶ吏の唇がミノルの頬に触れていた。


 さらりと風になびいた彼女の髪からは甘い花の香りがした。


 驚いた顔をするミノルに、火ヶ吏は悪戯っぽい笑顔を向ける。


「どうだい、副会長。私の気持ちは伝わったか」


 ほんのりと頬を赤く染める火ヶ吏は、ミノルの瞳にとても美しく可憐に映った。


 ミノルは、笑む。


「ああ。充分に伝わったともさ、生徒会長殿」


 そうしてまた遠くの空へと目線を移した。


「ったく」


 転校してきた日とそっくりに晴れ渡った青空に向かって。


 続けて一言、ミノルは呟く。



「この前の選択が早速プラスの方向に大きく振れてくれたみたいだぜ」


拙作に目を通していただきありがとうございました。これでこの子も浮かばれます。

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