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ヤイバガタマシィ  作者: 夜方宵
1/7

剣に埋もれた世界で、少年は少女に出逢う


 桜の花も散り、四月のカレンダーもそろそろ捲れようかという頃。雲の一つもない、晴れ渡った空模様だった。


 今日は日本全国どこも快晴らしい。ここへ来る途中にどこかで見たニュースの中で誰かも分からない女の人が言っていた。


 けれど、今となってはそんなことなどどうでもいいと思いつつ。


「随分とでっけえ門だなあ」


 少年――雑木噺(ぞうきばなし)ミノルは見上げるようにして溜息をついた。


「ひょっとしてこんくらいでけえ入口を用意しなきゃいけねえほど巨体の学生でもいるってのか。って、んなわけあるかよ」


 自分で言って、ぷくく、とミノルは笑う。


 ミノルの眼前に構える門は縦に十メートル、横に五メートルはあろうかという巨門だった。そんな門を独り占めできる人間が存在するはずもない。


 門の奥には中庭、広大なグラウンド、そしてそれを『コ』の字に囲むへんてこな風体の建造物が見えた。どれもが規格外。どれもが他を圧倒するような威圧感を放っていた。


「まあなんにせよ」


 臆した様子なく、ミノルの健康的な白い歯が光った。


「私立刃ヶ剣山学園(しりつやいばがけんざんがくえん)。ここが新たな俺の学び舎ってことか」


 そう。ミノルの前に聳え立つそれは学校。高等学校であった。


 今日、十六歳の彼はここの二年部へ転入してきたのだ。


 今一度その巨門を睨み上げて、ミノルは不敵に笑む。


「ふん。妙な匂いを感じるぜ。これが俗に言う、ただならぬ気配ってやつだな」


 どこをとっても普通じゃない目の前の存在がミノルの好奇心を刺激していた。


 期待が膨らみ、漲り、充満し、ミノルの瞳を無邪気に輝かせる。


 やがてミノルの足が進む。


「よし。そんじゃいっちょ、少しばかり遅めの新生活を始めるとしますか」

 そんな台詞を風に乗せて。

 まるで悪戯好きの子供みたいな笑みが、颯爽と校門をくぐった――。


「――遅すぎるぞこのたわけがアアアアアアアアアアアッ!!」


 敷地内に立ち入って早々、ミノルの頭を怒声が叩いた。


「うい?」


 顔を向けると、ミノルの前に立っていたのは複数の男たちだった。


 その誰もがミノルと同じ制服を着用していたが、ぴかぴかしたミノルの物とは違ってよれよれで薄汚れていた。おそらくは、上級生。


「貴様、名を何と言うッ!」


「雑木噺ミノルだけど。なんすか」


 興味なさげにミノルが言うと、男たちはより一層顔を赤くして眉を吊り上げた。


 その中でも一際屈強な見た目をした男が声を荒げる。


 屈強とはいいつつも背はちっこく不格好で、まるで達磨のような人間だった。


「なんすかではないわアアアッ! この私立刃ヶ剣山学園の登校完了時刻は午前八時二十分! だというのにのこのこやって来おって貴様ァ! 一体今を何時だと思っている!」


「そうだな。俺の見立てによると、おそらくはまだ午前中のはずだが」


「当然だろうが馬鹿者! 現在午前八時二十二分三十八秒だッ!」


「いやいや、そこまで顔を真っ赤にするもんだから相当に遅れちまってるのかと思えば実際はたったの二分かよ」


 というか秒数までは必要ないだろとミノルは思った。


「たった二分だと……ッ!?」


 達磨男のボルテージがどんどん上がっていく。


「貴様それはこの後に学園理事長様による朝礼があると知っての痴れ言かアアアアッ! 貴様のその怠惰が朝礼の開始を遅らせるようなことがあってみろ! 死をもって償う他はないぞッ!」


「いやいや死って、んな大げさな。つか俺、転校生なんだよ。だからこの学園の決まりとかあんまりよく分かんないわけ。そんなわけだから今日だけ大目に見てくれたりしねえかな?」


 けらけらと笑うミノルを前に達磨男の形相はみるみる歪んでいき、果てには荒々しく肩を上下させる。


「転校生だから何だと言うのだッ! この学園へ編入してくる者ならば予め校則を暗記してくることくらい当然だ! それが刃ヶ剣山学園の生徒として在るべき心構えというものだろうがあッ!」


「なんだよそれよ。ったく、ケチくさい野郎だな」


「ケチくさい、だと……ッ!」


 俯き、ぷるぷると震える達磨男。


 しばしの沈黙の後、張っていた糸が切れたように彼の口から言葉が漏れた。


「……もうよい」


 達磨男がカッと目を見開く。


「貴様には何を言っても無駄だアアアアアッ! 言葉の通じぬ輩には痛みをもってこの学園の規則を刻み込むしかあるまいッ!」


 達磨男から凄まじい威圧感が噴き出す。


「今何時だ!」と達磨男が言うと「はっ! 只今午前八時二十三分二十六秒! 朝礼開始まで六分三十四秒であります!」と傍らに立っていた者が即座に答えた。


「充分ッ! これよりこの俺、刃ヶ剣山学園五年〇組の浜地田正平(はまちだしょうへい)が貴様に鉄剣()制裁を下すッ!!」


 続けて達磨男――浜地田が叫んだ。


「いでよ我が魂ッ!! 《ヤイバ》召喚――――――ッッッ!!」


 途端に浜地田の全身を稲妻が駆け巡る。


 ――バチバチッ! ――バチバチバチイッ!! 弾けるそれはやがて形を成していき、最後は浜地田の手のうちに収まっていく。


それは、剣――日本刀の形をした剣だった。


紛れもなく本物。鈍色の輝きを放つ鋼の刃がミノルの目の前に掲げられていたのだ。


にやり、と浜地田が口端を歪めた瞬間、刀は深紅の炎に包まれた。数メートル離れたミノルの肌をもじりじりと焼く、猛烈な火炎だった。


「どうだアアアアッ! これが我がヤイバ、《猛ノ刀・炎虎(たけりのとう・えんこ)》だッ!!」


「へえ。それがあんたのヤイバか」


 ミノルの正面、自信たっぷりに浜地田は笑った。


「そうだッ! これが俺のヤイバ! 具現化された俺の魂だッ! どうだ、見事なものだろう! ふはははははッ! ここまで強力なヤイバを具現化できる者はいかにこの学園といえどそうはおらんからなッ!」


 ――《ヤイバ》。


 それは具現化された魂。


 所有者の心を映し出す超常の武器。


「なるほど。性格通りの暑苦しい見た目をしている」


「ぬふはははははは、何を余裕ぶった表情をしている! 覚悟はいいだろうな愚かな転校生よ! これが刃ヶ剣山学園流の――」


 煉獄に抱かれた刃がミノルに振り下ろされる。


「――先輩から後輩への教育的指導だアアアアアアアアアアアアッ!!」


 襲いかかる斬撃と炎。


 当たれば肉片となるか、もしくは消し炭と化してしまうであろうその攻撃。


 それをミノルはひょいとかわす。


「ぬん! ぬん! ぬん! ぬううううううん!」


 気合の入った唸りと共に次々と振られる剣を、ミノルは「はい、ほい、よっ、ほっ」と軽々かわしていく。直情的な本人と同様、剣筋は素直で実に読みやすいものだった。


「ぬうううん! ぬんぬんぬんぬんぬんぬんぬんぬんぬうううううううん!!」


「そんなんじゃいくら剣を振ったところで当たりゃしないぜ。せいぜいお前の筋トレになるくらいのもんだ」


「むううううううううんぬえああああああああああッ!」


 ミノルの言葉を遮るように浜地田が剣を振ると、刃から炎の波が噴き出した。


 ボゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!! と空気が弾ける音を伴って、それはミノルを飲み込もうと迫る。


「おっと」


 即座に軌道を読み、ミノルはそれを回避する。


 紅い波動は、ゴウッ、という音をミノルの耳に残すだけで遠くへ走っていた。


 対峙するミノルと浜地田。


 数秒の、静寂。


「何故だ」


 浜地田が口を開いた。


「何故、貴様はヤイバを使わない」


 厳つい視線がミノルを見る。


「これは俺による貴様への指導に他ならないが、だからといって貴様が俺に抗うことを妨げはせんぞ。この学園では強者こそが絶対。仮に貴様が俺を下した場合には、指導は帳消しだ」


「ふーん。それで?」


「分からんのか? ヤイバを出せと言っているのだッ! 丸腰のまま前に立たれては、指導以前に俺の怒りが収まらん!!」


 大声と一緒に浜地田のヤイバ、猛ノ刀・炎虎の剣先がミノルに突きつけられる。


 だがしかし、ミノルは飄々として笑った。


「なるほどお前の言い分は分かったが、それは無理な話だ」


「なにィ?」


 眉をひそめる浜地田に、ミノルは言い放った。


「具現化できるようなヤイバ、俺は持ってないんだよ」


「ば、馬鹿なアアアアアッ!?」


 目を見開き、浜地田が声を張り上げる。


「貴様はさっき、自分のことを転校生だと言ったではないか!」


「ああ言ったな」


「ならばあり得ん! そんなことは断じてあり得んのだ! 何故ならここは、この学園は! 己の魂を具現化できる者、ヤイバを持つ者のみが入学を許された学園なのだぞッ!」


 浜地田の狼狽は当然のことだった。


 私立刃ヶ剣山学園は普通の高校ではない。それは外観ばかりではなく、そこに通う生徒らにも言えることだ。


 この学園の生徒は、その全てがヤイバを扱う者である。それが絶対的な前提として存在しているのだ。


 何故ならここは、ヤイバ所有者を鍛え上げるための学園なのだから。


 そこにヤイバを持たぬ学生が存在するということは、すなわち女子校に男子学生が在籍することくらいに異常な事態であった。


「まあまあ。そんなことはどうでもいいじゃねえか」


 ミノルが言った。


「今の話から導き出される結論を言うとだな、つまりあんたは気にせず俺に向かってその刀をぶんぶん振り回しても大丈夫だってことだよ。心配すんなって。あんたが制裁とやらを諦めるか、腕が痺れて刀を振れなくなるまで付き合ってやるから」


「抜かしおって……ッ!」


 ぎりぎりと奥歯を噛む浜地田だったが、しばらくして不敵に笑んだ。


「よかろう。指導の後、貴様には事情聴取を行う」


「俺を捕まえることができたらの話だがな」


 ミノルの言葉を受けて、浜地田はさらに口角を上げた。


「心配は要らん」


「――――っ」


 その言葉をミノルが理解したときには、もう手遅れだった。


「既に貴様は俺の手に握られている」


 痛みを感じるほどの熱気がミノルの背中を覆っていた。


 巨大な手の形をした炎が、瞬く間にミノルの身体を掴み上げる。


「あちちちちちっちっ!?」


「ふううはははははッ!! こんの間抜けがアアアアッ!! 流石はヤイバを持たぬ一般人! 固有スキルの存在を知らなかったようだなッ!!」


 浜地田は大変愉快そうに哄笑した。


「間抜けな貴様に教えてやろうッ! ヤイバにはそれぞれ固有スキルというものが存在するのだ! 物理法則、その他あらゆるものに縛られぬ絶対の能力がな!」


「……いやまあ知ってはいたんだけど」と独りごちるミノル。


「ちなみに俺の猛ノ刀・炎虎が持つ固有スキルは《一体化(エクストラ・ハンド)》!! 今、貴様を掴んでいるそれのように炎を我が身体の一部として操作することができるのだアアアッ!」


「ちょっと油断し過ぎたわ。つかあぢー。それにせっかく買った制服が焼けちまうよ」


「もう貴様は逃れられん! この俺、浜地田正平の前に敗れたというわけだッ! ふははははは!」


「転校初日だってのに焼け焦げた制服を着て行った日にゃぼっち確定だぜこりゃ。憂鬱になるわ」


「人の話を聞けええええええええええええええいッ!!」


 健気に話を垂れていた浜地田がとうとう怒鳴った。


「え、あ、すまんすまん。途中から聞いてなかったわ。で、なんだって?」


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……! もうよいわ! 朝礼開始まで時間がない! まずは貴様への指導を終わらせる! そして朝礼の後にみっちりと事情聴取だッ!」


 じゃき、と浜地田は火炎纏う刀を構え、腰を低く構える。


「歯を食い縛れよ転校生イイイッ! 今度こそ俺から貴様への――」


 そして勢いよく地面を踏み蹴り。

 浜地田はミノルを目がけて猛進した。


「――鉄! 剣! 制! 裁! だアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 燃え盛る浜地田のヤイバがミノルを貫く寸前だった。


 ――竜巻のような旋風。


 軽自動車程度だったら吹き飛ばしかねないほどの疾風が、浜地田とミノルの間に轟々と吹き荒れたのだ。


「なななななななんだアアアアアアアッ!?」


 浜地田の付き人らを巻き上げた旋風が、やがて止んでいく。


 晴れ渡っていく砂煙の中から、姿を現したのは――。



 ――純白の剣で浜地田の攻撃を受け止める美しい少女だった。



「き、きっきききききき貴様はアアアアアアッ!!」


 目玉が飛び出すんじゃないかと思えるくらい忌々しげに少女を睨みつける浜地田。


 その汚らしい顔を見ることを少女が拒んだように、再び風が吹いて、今度こそ浜地田を弾き飛ばす。


 その風はミノルを掴んでいた炎をも吹き消し、おかげでミノルは自由の身となって地面に着地した。


 改めて目の前に現れた少女を眺めるミノル。


 やはり美しかった。腰まで伸びた烏羽色の髪が風になびく様は荒々しくも実に優雅で、その向こうに見える凛とした横顔は、それだけで美人だと分かるほどに整った造りをしていた。


「少年、大丈夫か」


 少女が言った。


 可憐な見た目に相応しい、美しい声音だった。つい聞き惚れてしまいそうになって、ミノルはハッとして意識を繋ぎ止めた。


「ああ。新品の制服が早速灰になっちまわないか心配だったんだが、どうやらちょっと焼け縮んだだけみたいだ。おかげさまで、少しばかりダイエットをすればそれで済みそうだよ」


「そうか。それはよかった」


 言って、少女は正面へ向き直る。


 大型バス一台分ほどの距離を空けた先では、ちょうど吹き飛ばされた浜地田が起き上がるところだった。


 低く唸り、憎々しげに浜地田は少女を見る。


「おのれ、制裁の邪魔をしおってええええー……千氷火ヶ(せんぴょうかがり)イイイイッ!!」


 千氷火ヶ吏。なんとも珍しい名前だと、ミノルは自身の名字を差し置いてそう思った。


 猛獣の雄叫びみたいな怒鳴り声を受けても、火ヶ吏は微動だにしない。


「貴様! またもや我らの指導を妨害しようと言うのかアアアアッ!」


「そうだ」


 躊躇いなく火ヶ吏は答えた。


「貴様ら理事長の犬による学園生徒への非道を私は一つたりとも見逃しはしない。躾のなっていない飼い主の代わりに、この私が薄汚れた家畜共の教育をしてやるのだ」


「ふざけたことを抜かしおって小娘がアアアアッ! その言葉の全て、学園理事長様への冒涜であるぞッ!」


「冒涜なものか。それは崇高な存在、もしくは神聖な存在を貶める際に使う言葉だ。あの女のどこが崇高で神聖な存在なものか。あれはただの、狡賢い女狐だ」


「口を閉じんかアアアアッ! それ以上理事長様の愚弄は許さんッ! お前たちよ、ヤイバを構えろッ!!」


「「「「はっ!!」」」」


 何処かへ吹き飛ばされていた付き人たちが一瞬で浜地田の元へ戻ってきて、一斉にヤイバを具現化すると火ヶ吏に向けて構える。


「一、二、三、四……全部で五匹か」


 至って冷静に火ヶ吏は敵の数を数える。まるで大したことはないとでも言うように。


 四人を味方につけて、浜地田は余裕綽々の笑みをたたえていた。


「何をぼそぼそと言っているッ! 怖気づきでもしたのか!」


「まさか」


 ふっと、火ヶ吏は緩めた口から息を吐いた。


「一度に五匹纏めて躾られるとは、手間が省けて非常に助かる」


 それを合図に、浜地田以下五人が一緒に地面を蹴る。


「ふぁーーーふははははふはっ! その自信たっぷりの顔、我が炎虎の劫火で焼き尽くしてくれるわアアアアアアッ!!」


「「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」


 そして五つのヤイバが、一斉に火ヶ吏へと斬りかかった。


 その全てを、火ヶ吏の瞳が捉える――。


「いいだろう。刃ヶ剣山学園、真・生徒会会長、千氷火ヶ吏が貴様らの性根を叩き直してやる!!」


 刹那、澄み渡った声が響き渡ると同時に。


 ――幾多の疾風が浜地田らへ向かって飛び交った。


「ぐ、ぐぐぐぐぐがあああああああああああああああッ!」


「「「「っげぐふぁああああああああっ!!」」」」


 瞬く間に衣服を斬り裂かれ、付き人たちはまた遠くへ飛ばされていく。


 たった一度の、それも一瞬の剣戟の後、制服をぼろぼろにしながらもかろうじて火ヶ吏の正面に立ったのは浜地田正平ただ一人であった。


「どうした。顔を焼き尽くすどころか、火の粉一つすら私に触れてはいないぞ」


 挑発的な火ヶ吏の言葉に、浜地田は強く唇を噛んだ。


「おのれ……おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれええええええええッ!!」

 怒りが頂点に達したらしい浜地田は刀身どころか全身にまで火炎を纏わせて、鬼のような形相で火ヶ吏へ突っ込む。


 火ヶ吏は剣を掲げる。


 白銀の刀身に羽を模した純白の鍔、そこから伸びるしなやかな柄。それはまるで真っ白な鳳のようだった。


「貴様のように安っぽい朱色では、我がヤイバ――《剣姫白鳳(つるぎはくほう)》の潔白を染めることは決して叶わん」


 彼女の言葉に応じて、再び疾風が吹き荒れる。


 それはまるで鋼鉄の壁のように浜地田の動きを堰き止めた。


「ぐぐぐっぐぐ、す、進めん――――ッ!!」


「固有スキル《不染の領域(オフ・リミッツ)》。言っただろう、貴様では私のヤイバを染められないと。すなわち、貴様はそれ以上私に近づくことはできん」


「な、ん、だとオオオオオオオ…………ッ!?」


「さあもうお終いだ。あまり長引かせて、大事な朝礼を遅らせてしまうようなことがあってはいかんだろう、なあ?」


 言って、火ヶ吏は腰を落とし、剣姫白鳳を構える。


 雪色の刀身に風が巻きつく。それは小さな竜巻のようで、空気の裂ける音ばかりが一つ呼吸を終える暇もなく周囲を満たした。


 浜地田の額に汗が滲む。


 それはきっと、炎を纏っていたせいではなかった。


「ま、待て……ッ」



「貫け――――《白き鳳の翼閃(はばたき)》!!」



 振り抜かれた剣姫白鳳から放たれた疾風の渦が、やがて鳥が翼を広げるように横一線の鎌鼬となって浜地田を猛ノ刀・炎虎もろともに斬り裂いた。


 制服を裂かれ剥がれて丸裸になった浜地田が空を舞う。


「ぐうううのおおおおおおおおれええええあああああアアアアアアアアッッッ!!」


 そんな台詞を最後に、浜地田は校舎の向こうへと消えていった。


 筋骨隆々とした裸体の消えた青空をしばし眺めて、火ヶ吏はヤイバの具現化を解く。すると一緒に風も収まって、周囲は朝の静けさを取り戻した。


 千氷火ヶ吏は、無言で佇む。


「ナイスホームラン」


 静寂を破ったのはミノルだった。


 火ヶ吏の顔がミノルへ向く。


「千氷火ヶ吏、だっけか。あんたってめちゃくちゃ強いんだな。ついつい見入っちまっていたよ」


 からからと笑うミノルを火ヶ吏は真っ直ぐに見つめる。


「君、転校生か」


「ああ。俺の名前は雑木噺ミノル。今日からここの二年部に編入してきたんだ」


「そうか」


「そういやあんたは何年せ」


「あと一分だ」


「へ」


 火ヶ吏の指差す方へミノルは顔を向ける。


中庭に立つ時計塔だった。時間は八時二十九分を指していた。


「あと一分で朝礼が始まる」


「ああ。そういやそうだったな」


「急ごう。朝礼を遅らせては生徒の皆に迷惑だ」


 そう言って火ヶ吏はすたすたと校舎へ向かう。


 少し行ったところで一度足を止め、火ヶ吏は振り返った。


「案内するよ、雑木噺君」


 そして、初めて穏やかに微笑んだ。


「私も君と同じ二年生だからな」





 火ヶ吏に連れられたミノルが向かったのは、二年二組の教室だった。


 ちょっとばかし建てつけの悪いドアをさっと開け、既に着席している他の生徒の合間を縫って、火ヶ吏は窓際の席の前に立った。


 そして、ちょい、とミノルに向かって手招きをする。


「来たまえ雑木噺君。ここが君の席だ」


「教室の場所を教えてくれるだけでもよかったんだが。悪いな、手間をかけさせて」


「なに、礼には及ばんよ。大した手間じゃなかったさ。それより早く席に着くんだ」


 火ヶ吏に促されてミノルは席に着く。


 その様子を見届けた火ヶ吏は。


 ……すとん。


 ミノルの後ろの席に腰を下ろした。


「いやお前の席そこだったのかよ」


「そうだが」


「なるほどそりゃ手間もかからないはずだ」


 どうりでドアを開ける手つきが妙に慣れた様子だったと、ミノルは内心で納得した。


 席に着いて数秒も経たないうちにチャイムが鳴る。


 途端に――――ガタガタガタガタガタガタガタッ!!


 教室内にいた生徒全員が窓際に身体を向ける。


「お、ん? どうした」


「朝礼が始まる。君もグラウンドの方を向け」


 火ヶ吏の言葉に従ってミノルも身体を窓の方に向けると。


 ウィーーーーーーン、ガシャン!


 まさか今まで自分らの目の前にあった壁がなくなってしまったではないか。


 校舎が、変形したのだ。


「おうおうおう。どういう仕掛けだ、こりゃ」


 瞬く間に校舎は、グラウンドを囲むスタンドと化していた。


 そんなことに驚いている暇などさほどなく、今度はグラウンドに巨大な立体ホログラムが投影される。


 ――現れたのは、年端もいかぬ風貌の少女だった。


 漆黒に染まったゴシック&ロリィタの衣装に身を包み、髪はピンクブロンドで、瞳はまるで金貨のようだった。日本人らしからぬ外見をしたその小柄な少女は実に礼儀正しく、けれど思わず頭を垂れてしまいそうなほどに堂々とした佇まいで荘厳とした造りの椅子に鎮座していた。


 学生全員が一斉に立ち上がる。


 グラウンドの中、ホログラム投影機の前に整列する学生らのうちの一人、やたらと背の高い細身の男が声を張り上げた。


「これより刃ヶ剣山学園理事長、華画(かが)ミガカ様による朝礼が行われる! 一同、礼ッ!!」


 寸分の狂いもなく、一斉かつ同時にミノルを除いた全ての生徒が腰を折る。それはミノルからして、実に宗教的な光景だった。


 その様子をホログラムの向こうから満足げに眺めて、少女は口を開く。


『皆さん、おはようございます。理事長の華画ミガカです』


「まさか、あの子供が?」


「驚いたか」


 ミノルが言葉を零した隣、火ヶ吏が言った。


 肩をすくめながら、ミノルは大げさに頷く。


「ああ。そりゃもう盛大に驚いたさ。普通は学校の理事長っていえばもっと年食った人間がやってるもんだからな。俺はてっきり理事長のお孫さんかなんかが映り込んじまったんだと思ったんだが、まさか理事長本人だったとは」


「以前は君の想像通りの人間が理事長をやっていたんだがな」


 火ヶ吏は話を続けようとして、しかしミガカの声が大音量で学園内に響き渡る。


『皆さん、日々の努力を怠ってはいませんか。現状に甘えず、研鑽を積む毎日を過ごしていますか。ヤイバは宝。貴重な宝石のようなものです。それを腐らせることなく、日々磨き続けて欲しいと私は常日頃より考えています。毎日同じことを聞き飽きたという方もいらっしゃるかもしれませんが、これは皆さんがこの学園の学生である上で最も大切なことなのです。ですから、こうして毎日朝礼の際に話をさせて頂いています』


 見た目に反して落ち着いた声色で、ミガカは話を続けていく。


『私が理事長に就任する以前、つまり私がこの学園の生徒であった頃、状況は悲惨でした。せっかくの才能を磨こうともせずに怠惰な日常を送る人間ばかり。《ヤイバ》という力を手にした事実に満足し、慢心し、自分は選ばれた存在なのだと驕り高ぶって、下は見ても上は決して見ない。そんなつまらない人間の溜まり場だったのです』


 よよよ、と悲しげに眉を下げるミガカを、ミノルは少しだけ嘘臭いと感じた。


『ですから私は理事長の座に立ちました。腐敗し、溜まった学園内の膿を洗い流し、私立刃ヶ剣山学園の名に恥じぬよう、真に選ばれし存在が集う場所へとこの学園を昇華させるために、私は立ち上がったのです。そうして苦悩を重ね、試行を重ね、努力を重ねて再建してきたものが今日この日ここに存在する学園、そしてその学園に所属するあなた方に他なりません』


 自身の演説に気分が高まってきたのか、やや興奮気味にミガカは言葉を並べていく。


『けれど、まだ完璧ではない。まだどこかに淀みを感じます。私はそれが許せない。我慢ができない。この学園の輝きを濁すものなど放ってはおけない。何故ならば私たちの学園は、この私立刃ヶ剣山学園は、常に頂点に在り、常に至上の誉れと栄誉を纏って燦々と他を照らすべき存在であるからです! 我々よりも上があっては決してならない。きっと皆さんも私と同じことをお思いのことでしょう』


 そして、頂点に達した興奮を開放するように勢いよく手を掲げた。


『ですから、今一度宣言致します。この学園に、玩具を与えられてはしゃぎ回るだけの子供じみた凡人は必要ありません。いえ、そんなものは人間ではなく、言葉を話さない家畜と一緒です。誇り高き刃ヶ剣山学園の中を糞尿臭い豚共が闊歩するなんて許されるはずもない。だから淘汰するのです。膿んだ汁を流し、醜い畜生を屠り、溜まった塵屑を掃き捨てて、私たちは私たちの学園をさらなる高みへと導くのです!』


 達成感と快感に満ちた表情で言い終えたミガカに、雄叫びのような歓声と拍手が止むことなく降り注ぐ。


 その中、ミノルだけはぺちぺちと適当に手を叩いていた。


「そりゃまた大層な理想を掲げなさったもんだ」とおかしそうにミノルは笑う。


 そろそろ朝礼も終わるかと思われたとき、思い出したようにミガカが言った。


『ちなみに今朝方、学園内に迷い込んでいた汚らしい豚さんが五つほど見つかったようなのでご紹介しておきますね』


 ミガカの台詞を受けて、グラウンドに並んでいた学生たちが何かを運んでくる。


 それは五つの磔台だった。


 そして、それにはりつけられていたのは。


「おいおいマジかよ」


 見覚えのある面々だった。忘れるはずもなかった。


 だってそれは、ついさっきまで面と向かっていた浜地田正平と他四人の付き人たちだったのだから。


『この者たちは素行の悪い生徒の取り締まりを任されていたにもかかわらず下級生に打ちのめされた挙句に任務を怠りました。こういう豚共なのです。学園を汚染する輩というのは。ですから、学園理事長の名をもってこの豚共を今日づけで退学に処します』


 再び湧き上がる歓声と拍手。


 今度ばかりは流石にミノルも手を叩かなかった。


 ちらと横目に見れば、火ヶ吏はそれだけで相手を射殺せてしまいそうなほどの眼差しを大きく映るミガカの笑顔に突き刺していた。


 もう一度グラウンドに目を向け、


「なんつー学校だよ、ったく。ここまで普通じゃないとは流石の俺も思いもしなかったぜ。まあ、退屈はしなさそうだけどな」と、ミノルはぼやく。


 幾許もしないうちにミガカの言葉が響き渡る。


『以上で朝礼を終了致します。これ以上、学園内にこのような不要物が存在しないことを心から祈っております。それでは』


 ミガカは最後までにっこりと笑んでいた。


 いつまでもホログラムに向かって拍手の手を止めないクラスメイトたちをぐるりと見渡したミノルは、思わず吹き出してしまった。


 そして、一言を零す。


「なんだよ。誰も笑ってねえじゃん」





 その後、一日の授業を終えたミノルはまたもや火ヶ吏と一緒にいた。


 どこに、といえばそれは部屋だった。


 どんな、といえばそれは殺風景なものだった。


 必要最小限の道具だけが揃えられた、最低限の衣食住を保証するだけの部屋だった。


 ただしその部屋は、女子寮にあった。


「で、どうして俺がこんなところに連れ込まれているんだ?」


 刃ヶ剣山学園は敷地内に男子寮と女子寮を設けており、確かに女子寮の方が校舎からは近い。


 だがそれは問題ではなかった。


 問題なのは現在のミノルが置かれた状況そのものだった。


 女子寮に男子がいてはまずいだろう。


 ミノルはそう思うが、当の火ヶ吏は全くもって気にした様子はない。


 それどころか、


「どうだった、転校初日は」


 などと質問に質問で返す始末だ。


 ひとまずミノルは自分が女子専用の生活空間にいることを忘れた。


「そうだな。少なくとも眠気には襲われない一日だったさ」と言って、ミノルはソファーにもたれかかる。


 転校初日の朝から刃物で斬りかかられ、巨大ホログラム越しにロリっ子理事長のありがたいお言葉を拝聴できる学校などここをおいて他にはない。大抵の人間なら退屈しないどころか既にお腹いっぱいだろう。


「特にあの華画ミガカとかいう理事長には驚かされた。あんな小学生がここの理事長をやっていることにも、そんでもって今時珍しいほどのスパルタ教育者だってことにもな。まさに脱ゆとり教育って感じだったぜ」


 すると火ヶ吏はふっと息を吐き、すぐに表情を険しくした。


「あの女は教育者などではないよ。あれは独裁者だ。ついでに言うと小学生でもない。むしろ年齢は私たちよりも四つほど上だ」


「おいマジな話なのかよそりゃ。するとつまり華画ミガカは二十歳もしくは二十一歳ってことになるのか。お触り禁止の天才飛び級幼女かと思っていたが、実は攻略可能な合法ロ理事長だったってことかよ」


「そっちに食いつくんだな、君は」と火ヶ吏は溜息をつく。


 テーブルを挟んでミノルの向かいに座っていた火ヶ吏は、すっと立ち上がると窓際にもたれかかった。


「まあいい。せっかくの機会だし、転校してきたばかりの君にとっては重要で有用な話をするとしよう」


「と、言うと?」


「華画ミガカという人間、それとこの学園の現状についてだ」


 火ヶ吏の目がすっと細くなり、眼差しが鋭さを増す。


 それから彼女は、重々しく言葉を紡ぎ始めた。


「ここ私立刃ヶ剣山学園は、創立当初よりヤイバ所有者を対象とした教育施設だった。人の身を超えた能力だからな。学力とは別に、その扱い方を教え、また所有者本人を正しく導くことで社会にとって有益な人間を養成する必要があったのだ。言ってみれば、本来は危険な存在であるヤイバをきちんと鞘に収めさせることがこの学園の目的だったというわけだ。それは決して間違っていなかった。そして正しく歴史は重ねられてきた。しかし六年前、誇り高き学園の在り方を否定し、斬り捨てる者が現れたのだ。――――それが、華画ミガカだった」


 窓から覗く空の色は、だいぶ夕陽に染まっていた。


「奴は天才だった。入学当初からその実力において並ぶ者は他になく、そしてそれは奴が学園を卒業するまで続いた。加えて学生だった当時、ミガカのカリスマは凄まじいものがあったそうでな、おかげで奴が三年になる頃には、数多くの学生がミガカの狂信者となり果てていたそうだよ。私としては信じられない話だがな」


 ここにはいない本人に毒づくように言って、火ヶ吏は続ける。


「そして三年前、卒業と同時にミガカは計画を実行に移した。その圧倒的な実力をもって前理事長を引きずり下ろし、自身がその座に就いたのだ。加えて奴は学園の体制を一新した。三年間の月日を費やして揃えた狂信者共を使ってな」


「ってのは、具体的にどんな風に」


「学生主体の組織の全廃、そして教師陣の一斉解雇だ」


 学生主体の組織……たとえば部活や委員会といったものか、とミノルは想像する。


「団結権を剥奪され、学生は自由を失った。そして自主留年した狂信者らが教師役に就くことで、私たちは日々の学校生活の全てをミガカの奴に監視されることになったんだ」


「おい待て、狂信者たちが自主留年ってことは」


「そうだ」と火ヶ吏は首を縦に振った。


「今朝、君に喧嘩を吹っかけてきた浜地田は五年生、周りにいた付き人たちは四年生。その全てが華画ミガカの下僕として学園に残るため自主的に留年した者たちだ」


「そこまでして……なるほど、そいつらは文字通り狂っちまってるってわけだ」


「ミガカは自主留年した者たちを三年部に留めることなく特別な階級として上級学年の称号を与えている。現在は四年生から六年生まで存在するそれらをまとめて《特待上級生》と名づけてな」


「特待上級生、ねえ」


「今、この学園で教鞭を振るっているのはほとんどが特待上級生から選ばれた者たちだ。その中でもやはり最も長い期間をミガカと共に過ごした六年生が大半を占めているけれどね」


 言い終えて、火ヶ吏は窓ガラスに手を置く。


「今日の一日で君が見てきたものの中に、学園本来の姿はない。存在するのは、華画ミガカという悪魔による独裁的恐怖政治と、奴の理想に毒されヤイバの持つ超越的な能力に魅入られた者たち、あるいは地獄にも似た世界に疲弊し憔悴しきったか弱き者たちの姿ばかりだ」


 そこに映った彼女の表情は憤りを感じているようで、どこか悲しげだった。


「どうだい。下手な話だったかもしれないが、大方理解はできただろう。華画ミガカがどれほど狂気に歪んだ人間であるか。そしてこの学園がどれほど悲惨な現状にあるのかを」


「ああ」


 ミノルは言った。


「実に分かりやすい話だったさ。おかげでざっと理解できた。この学園がまるで軍隊じみた有様になっちまってるってこと。それとその軍隊を率いる将軍様が血も涙もない冷血漢……いや、血はないし、男でもないからこの場合は無血婦人ってとこか。そういう奴だってことは重々承知したよ」


 言いながらミノルは思い出し、呟く。


「……実際に軍隊だったとして、自分を慕って隊に残った仲間を平気で切り捨てる奴は愚将以外の何者でもないけどな」


 ミノルの網膜に貼りつくのは、ぼろぼろの姿で磔にされた彼らの姿だった。


「ん」


 と、ミノルの中に一つの疑問が浮かぶ。


「そういや千氷お前」


「火ヶ吏でいい。千氷などという奇妙な名字、さぞかし呼びにくかろう。だから雑木噺君、君は私のことを火ヶ吏と呼ぶといい」


 躊躇う素振りも見せずに火ヶ吏が言った。


 知り合って丸一日と経たない相手、それも女の子のことを下の名前で呼ぶことに戸惑いがないこともないミノルだったが、本人に言われては拒否する理由もない。


「お前がそう言うなら、そうさせてもらう。代わりと言っちゃあなんだが、お前も俺のことはミノルと呼ぶといい。雑木噺なんて珍妙な名字、さぞかし呼びにくいだろう?」


「そうだな。ああ、そうさせてもらう」と、わずかばかり火ヶ吏は口許を緩めた。


「それでだ、火ヶ吏」


「なんだ、ミノル」


「お前はさっき、この学園には団結権はないって言ったよな」


「ああ、言った。確かにこの学園に団結権は存在しない。部活動も同好会も委員会も、何一つとしてこの学園には存在しないさ」


「だとしたら、おかしくはないか」


「なにがだ」


「だって今朝、お前は浜地田たちに対して自分のことを生徒会会長だと名乗っただろう。それってつまり、この学校に生徒会が存在するってことだよな。生徒会ってのは学生が主体となる団体じゃないのか?」


 ミノルの言うことはもっともだ。


 世間一般に聞く生徒会とは、会長や副会長、書記に会計や庶務など、その他様々な役職を学生が務め、学校行事の運営や風紀・治安を守ること等々、いわゆる自治を行う組織のことを指す。これが学生主体の団体だと言われないわけはなかった。


「ふっ」と、火ヶ吏は真面目な顔は崩さずとも何故かちょっと得意げになる。


「真、が抜けているぞ」


「はい?」


「真・生徒会だ」


「いや、真をつけたところで生徒会の主体が学生から別の何かに変わることはないと思うんだが」


 やや呆れ気味になるミノルの正面に、火ヶ吏は腕を組み、夕陽を背に浴びて立った。


「確かに生徒会は学生主体の団体だ。上にどんな文字をつけたところでな。したがって、当然、学園から組織設立の許可は下りない。だが、そんなこと私にとってさした問題ではなかったのだ。許可などなくとも勝手に創ってしまえばいいだけだったのだからな」


 豊満な胸部を強調するかのように、さらに堂々とした出で立ちをして火ヶ吏は言う。


「そもそも敵の許しなどを請う必要はなかったのだよ。私が創った組織は、華画ミガカを始め奴に従う特待上級生その他の者共を打倒し、在るべき学園の姿を取り戻すために戦う集団なのだから」


 そして、昂然として告げた。


「それが私立刃ヶ剣山学園《真・生徒会》だ!」


 火ヶ吏の瞳には輝きがあった。


 それは希望であり決意であり、彼女の意志そのものだとミノルは思った。


「だからお前は俺を助けてくれたのか」


「その通りだ。ミガカの魔の手から生徒を救い、同時に奴の戦力を削いでいく。それが真・生徒会唯一の活動内容だからな」


「唯一って……露ほども生徒会らしくない活動内容だぞ、それ」


「名前はノリで決めたからな。案としては他に《対学園理事長聖剣戦争反抗軍》や《レジスタント・ブレイズ》、それに《正導・清く美しき剣の集い》なども考えたのだが、どれもしっくりこなかったのでやめた」


「お前って意外とそういうのが好きなんだな」


「それにだ」


 火ヶ吏の声色に優しさのようなものが混じる。


「生徒を守り、学園を守るということは、やはり生徒会の務めだと私は思ったんだよ」


 その悠然とした表情に不安はなく。


 言いようもない安心感と信頼を見る者に抱かせる顔をしていた。


「そうだな」と、ミノルは頷き、笑う。


「確かに火ヶ吏、お前の言う通りだよ。そう考えると、やっぱり真・生徒会って名前は活動内容にぴったりなのかもしれない」


 ミノルの言葉を聞き、火ヶ吏は頼もしげに首を縦に振った。


「それにしてもお前は人が良いんだな」


 火ヶ吏の話を聞くうちに離れていた背中を、ミノルは再び深々とソファーへともたれる。


「生徒会長っていえば、いわば集団のボスだろ? 普通はことが起きればまず下っ端が派遣されて、そいつの手に負えないと分かって初めて上の奴が腰を上げるもんだと思っていたんだが、どうやらお前は違うらしい。一番に会長のお前が飛んでくるなんて、真面目と言うか何と言うか、凄い奴だよ」


「飛んでくるに決まっている。なにせ真・生徒会に役員は私一人しかいないからな」


「は?」


「だから、真・生徒会を構成するメンバーは会長である私一人だと言っている」


 何を言っているんだこいつは、とそんな台詞を無遠慮にもミノルは頭に浮かべてしまわざるを得なかった。


「お前な、『会』って言葉の意味を知ってるか? 会ってのは集まりを指す言葉だ。すなわち、生徒会ってのは生徒の集まりを意味することになるわけだよ。だっつうのに生徒会を構成するメンバーが一人って、お前それ何も構成してねえよ、してるとすれば千氷火ヶ吏という人間だけだよ。生徒会じゃなくて生徒だよ。真・生徒千氷火ヶ吏だよ。何かに目覚めた凄い学生みたいな字面になるだけだよ」


「そんなことを言っても皆がミガカに怯えて真・生徒会に加入してくれないのでは仕方がないというものだろう」


「なんだよちょっと深刻な話じゃんかよ、ごめんな重箱の隅をつつくような真似して」


 なんだかミノルは申し訳ない気持ちになった。


 居た堪れない空気にもなったことだし、とミノルは立ち上がる。


「さてと、もう話すことは特にないだろ」


 首を鳴らし、肩をほぐし、ミノルは火ヶ吏に背を向ける。


「お前のおかげで随分とこの学校について予習ができたよ。これで明日からは上手くやっていけそうだ」


 ミガカに目をつけられることがないように。


 特上級生らに目をつけられることがないように。


 そして困れば火ヶ吏に泣きつく。


 これがこの学園で最も要領よく生きていくやり方だ。


 そうするかしないかは別として、理解だけはミノルの頭の中にあった。


「見ず知らずの俺に対してここまで手ほどきしてくれたんだ、礼を言わせてくれ。ありがとな、火ヶ吏。それじゃ俺は帰る」


 帰る、というか男子寮に行って荷物の整理をしなくてはならないのだ。


 既に外の景色は橙色から紺色へと染まりつつあった。早く引っ越しを済ませねば、自由な時間はやってこないし心身を休めることもままならない。


 もう少しでドアにミノルの手が届こうかというところで、火ヶ吏が口を開いた。


「待てミノル。君はどこにも帰る必要はない」


「は? 何言ってんだよ。早く男子寮へ戻って荷物を片付けなきゃ俺の衣食住はどうすんだよ」


「それならここにある」


「火ヶ吏、お前何言って」


 言いかけて、ミノルは察した。


 千氷火ヶ吏が何を考えているのかを。


 しかしそれを否定しようとして。


「そういえば君はさっき、何故自分のことをここに連れてきたのか、と言ったな」


 ミノルの言葉を待たずして、火ヶ吏は告げた。


「それは、今日よりここが君の住まう場所となるからだ」


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