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09 首飾り



 王都に入る前に、グミに手入れをされ、身形を整えられる。髪はサイドを三つ編みにし、後ろを纏めた。ドレスを買うべきだと金切り声を上げられたけれど、そこまで着飾る必要はないと一蹴した。城に入らずに、済むかもしれない。

 慣れた格好となった。首にストールを巻き付けてマントを纏う。魔物の目から、隠れるためだ。


「王都はどんな街なんですか? ルア様」

「王都は初めてだから、わからない」


 旅の始めは、腕を磨くために人間の国を右往左往して、侵入して暴れていた魔物を退治していた。だが、王都には近付いてもいないので、足を踏み入れるのは初めてだ。

 でも、迷うことはない。魔王とは比べられないが、立派な城が入る前から見えている。

 王都も平和を祝う祭りで、賑わっていた。今までの街より、盛大だ。

 人々は紙で作った白い花を空に向かって投げる。拾い上げてはまた投げるから、白い花は降り続く。


「テビレ。出逢いと平和を象徴する国花だ」


 降り注ぐ花を一つ、受け止めて、フードの中にいるグミに渡す。真横で、目を見開いて見ている。

 純白の花がくるくると回りながら降り注ぐ景色は、綺麗だ。でも人間が多すぎて、馬で通ると危なっかしい。

 中にはまだ朝だというのに、ジョッキを持っている者もいる。老若男女問わずに、皆が笑顔で英雄の名と平和を叫ぶ。

 ぽかーん、と王都の街並みを眺めていたグミは、顔をしかめた。

「英雄はルア様なのに、ルアリス様なのに、ルアリス様なのに」と、私の肩でぶつぶつと呪いのように呟いている。静かならいい。

 苦労をして人混みを抜けて、城の前に到着した。石で積み上げられた坂を登り、門の前で馬から降りる。門番を務めている鎧の衛兵が、身構える中、ポーチから布を取り出す。


「アマルフィテラス王国の国宝の首飾りを届けに来ました。渡してください」


 布の中から、それを見せた。そこで気付く。人間と話すのは、久しぶりだ。姿が人間のものとばかり会っていたけれど、人間と会うのは三年ぶりくらいだろう。

 目をするなり、衛兵は飛び退いた。受け取ろうとしない。渡してくれと突き出すも、激しく首を横に振られてしまう。

 衛兵の一方が、慌てた様子で門を潜って行ってしまった。受けとればいいものの、他の者の指示を貰いに行ったようだ。


「ここでお待ちください!」

「……受け取ってください」


 私を引き留めるその衛兵に突き付けるも、絶対に嫌だと言わんばかりに首を左右に振られた。


「……では、投げるので受け取ってください」

「は!?」

「落としたら……割れるかもしれませんね」


 固まった衛兵に、投げる構えを見せる。真っ青になった衛兵がおろおろする間に、ブンッ! と投げるフリをした。


「ぎやあぁあ!!?」

「……ぶっ」


 悲鳴を上げて慌てた衛兵は、あっちこっちと目を向けて首飾りを探す。

 その慌てっぷりに、私は吹き出す。肩にいるグミも、口を押さえて笑っていた。


「ひ、人が悪い!」

「……すみません」


 泣きそうな衛兵に、私は笑いを堪えて謝罪だけしておく。

 妖精と遊んでいたから、つい。

 今にもこの場から逃げ出してしまいそうな衛兵は、門を叩いた。その門が大きく開かれる。

 中には兵がずらりと並んでいたものだから、グミが小さい悲鳴を溢して、ストールにしがみついた。

 カツンカツン、とその兵の間を一人の男が歩いてくる。

 髪は明るいオレンジ色で、ボリュームある短髪。彼の顔をくるりとはねた毛先が包み、外に向かってはねていた。細い瞳は優しげで、私に微笑んだ。

 白いローブ。その下も金色の縁取られた白い衣服。兵ではないが、高貴な役職についているとはわかる。相当な魔力の持ち主だと感じ、魔術師と判断する。

 優れた魔法の使い手の称号、または役職だ。この国一番の魔術師に違いない。

 この人に渡せばいいと思い、無言で差し出した。しかし、この魔術師も陽の光を浴びた首飾りを見るだけで、受け取ろうとしない。

 私はムッとした。この人に投げ渡しちゃだめだろうか。


「……どうぞ、中にお入りください」


 興味深そうに私の顔を覗き込むように首を傾げたあと、城へ入るように促された。


「う、疑われていませんか?」


 ビクビクしているグミが耳打ちするが、私は黙って魔術師の後ろを歩く。ローブには、国花のテビレの刺繍が大きく描かれていた。

 魔術師の頭を越えて、上に視線を向ける。大きなバルコニーが突き出ていて、城全体は下からでは見れない。

 大きな扉が、開かれた。広々とした玄関ホールに足を踏み入れた途端、足枷がついたかのように重くなり、足を止める。


「申し訳ありませんが、拘束させていただきます」


 魔術師は振り返ると、物腰柔らかい口調で告げた。

 まだ把握できないが、どうやら想像以上に面倒になってしまったことは確かだ。

 偽の英雄が妙な嘘をついたのかもしれない。思えば、偽の英雄は首飾りはどうなったと話したのだろうか。偽の英雄の登場を、軽んじていた。

 肩を竦めたあと、私は右足を上げてから床に叩き付ける。魔力も放って、拘束の魔法を打ち破った。初歩的な魔力の使い方。でも、魔力の消費は大きい。まぁ、私の魔力は膨大だから、これくらいは痛くも痒くもない。

 マントが舞い上がり、腰に携えた剣が見えたらしく、取り囲むように立っていた兵が槍を構える。


「これは驚いた……。何者ですか?」

「首飾りを届けに来た者です。……何故受け取らないのですか?」


 また私を興味深そうに見ながら、魔術師は訊ねた。大事な国宝を受け取らない理由はなんだ。

「ルア様、自分が本物だと名乗るべきでは」とグミが耳打ちするが、まだ状況が見えない。知る必要がある。


「素性もわからねぇ者が、突然首飾りを持って現れた! はいそうですかとは、受け取るわけないだろうが!」


 そこで降ってきたのは、刺々しい低い声。目の前の開放的な階段から、甲冑を纏う男達が降りてきた。騎士、だろうか。

 戦闘の男が私を見下ろしている。声の主だろう。

 毛先が明るいダークブラウンの髪、明るいブラウンの瞳。金の刺繍が施されたマントを靡かせる下で、立派な剣を握っている。

 彼から視線を外し、二階に集まる人だかりにフードの下から見た。

 貴族、だろうか。男性も女性も、上質な衣服に身に纏って着飾っていた。マントをつけた騎士が厳重に取り囲む男を一人、目に留まる。美女二人に寄り添われた男は、癖の強い黒髪を垂らしていて、少し老けた顔をしていた。


「……彼が、噂の……サリマンダ?」

「狙いは奴の殺害か?」

「……」


 的外れな質問を返されたが、肯定だ。あの美女に寄り添われた頼りなさそうな顔立ちの男が、偽の英雄。

 私は額を押さえた。

 間違いなく、前者だ。魔王を封じたと法螺を吹いた大バカ者。なんでバカなことをしたんだ。バカだからバカなことをしたのだろうが、バカすぎるだろう。

 騙されているのは何故だろう。逆に騙せた理由が知りたい。


「あの……彼は、首飾りを持ち帰らなかった理由を、なんと言ったのですか?」

「先ずは顔を見せろ!」


 魔術師に訊ねたけれど、騎士が怒鳴った。

 すると、名乗る絶好の機会だと知り、グミがフードを外す。勝手なことを。


「……子どもじゃねーか」


 騎士が眉を潜め、魔術師達は驚く。ストールで口元を覆っているから、声からも年齢が把握できなかったらしい。


「その首飾りを、どうやって手に入れたのですか?」


 魔術師は微笑んで問う。先ずは私から答えろと言うことか。二階にいる偽の英雄を横目で見張る。少し顔色が悪い。白状するなら今のうちだぞ。


「……魔王封じのクリスタルが出来た玉座の間の奥にあった財宝部屋から見付け出した」


 偽の英雄の顔色は、更に悪くなった。白状しろって。


「つまり! 子どものお前が、魔物の国に入り、魔王の城に乗り込み、財宝部屋から首飾りをとって戻ってきたと?」


 騎士は、にわかに信じ固いと言い放つ。


「幼顔ではありますが、成人を迎えています。二年前から魔物の国に入り、魔王の城に向かって進んでいました」


 突っ掛かる騎士を見据えて、私は子どもではないと伝える。


「奴の一行が魔王を封じたあと、お前一人で財宝部屋に入り首飾りを取ったと?」

「奴の一行?」

「大勢の仲間とともに魔王を封じたそうです。生還したのは、彼のみ。国境で襲われているところを、我が軍が助けて保護したのです」

「ああ……なるほど」


 魔術師が教えてくれて、納得した。

 あの偽の英雄が一人で魔王を倒したなんて、誰も信じない。しかし、腕の立つ仲間と大勢でなんとか倒せたと言うなら、信じなくもないだろう。誰が封じたかわからないところに、沸いて出てきたならそう思うのも無理ない。

 一目見て子どもと思われるような私が一人で倒しました、と言うより信憑性はあるだろう。

 仲間がみな死に、命からがら国に帰ることが精一杯だと言うなら、首飾りを持ち帰らなかった理由にもなる。魔物に襲われていた点も、信憑性を増したのか。

 万が一にも彼が唯一の生き残りなら、彼の死でせっかく封じられた魔王が復活してしまう。保護するのは当然。

 ……意図して騙したのか、誤解されただけか。

 見たところ、さっきの衛兵より小心者だから、誤解から始まったのかもしれない。さっさと白状してしまえよ。

 視線を送り続けるが、偽の英雄は真っ青な顔で立ち尽くすだけ。


「なにをさっきから奴を見ている?」

「私は首飾りを届けに来ただけです」


 あの偽の英雄の殺害を目論む魔物の手先だと疑う騎士に、私は首飾りを差し出す。誰も受け取らない。可哀想な首飾りだ。


「呪いがかけられていることを、警戒しているのですか?」

「無傷で魔王の城から戻った小娘を、信じる理由がどこにある?」


 確かに。私は納得する。


「我が国の軍が魔王の城に向かい、首飾りを取りに行った。魔王の城に着けば、真実がわかるだろう」


 騎士は鋭い瞳を、上の偽の英雄に向けた。

 偽の英雄が事実を話しているかどうかを確かめるためにも、軍が向かったのだ。

 疑われているじゃないか、さっさと白状してしまえよ。また視線を向けるが、言い逃れが出来るとでも思っているから居座っているのだろうか。


「申し訳ありませんが、それまで拘束させてください」


 魔術師は頼んでくるが、嫌に決まっている。

 ただでさえ面倒な事が面倒になってしまったことに、頭を抱えたくなった。押し付けようとした罰か。まだ押し付けてないのに。

 もうこの首飾りを投げ付けて逃げるか。


「お止めください!!」


 そこで響いた金切り声。ストールに隠れていたグミが飛び出した。


「この方こそ、一人で魔王を封じた偉業を成し遂げた本物の英雄!! ルアリス様です!!! 聖獣リューベル様達を召喚獣と従い、ずっと戦ってきたのです!! ルアリス様こそが、世界に平和をもたらした救世主なのです!!!」


 ホールに、小さな小さな妖精の声が響き渡る。

 事態を悪化させかねないことを高らかに告げたグミは、やりきった笑顔で私を振り返っては胸を張った。




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