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08 偽の英雄


追加更新。

20160527




 黒の深い森。日が昇っていても、僅かな光が照らす。ずっと夜のように鬱蒼としているが、儚い光を放つ妖精達が舞う神秘的で静かな森。

 そんな黒の女神の深い森の中は、もう祝いの会を始めていた。


「おかえり、英雄。さぁ、飲め」


 二年ぶりに会うというのに、黒の女神はそれだけ言うと、木を削って作ったジョッキを差し出す。赤いワインだ。

 今日だけは一緒に飲み赤そうと、受け取った途端、たくさんの妖精達が乾杯が目当てなのか、抱擁が目当てなのか、わからないが突撃された。百人近くの妖精に飛び付かれた上に、顔も覆われて、更には足に重たい妖精にしがみつかれ、私は倒れる。

 黒の女神も妖精も笑った。私も吹き出して、笑い転げる。

 色とりどりの淡い光を放つ妖精の舞いを眺め、妖精の合唱を聴きながら、その日は夜が更けるまで、女神に付き合った。


 二年もの間、気を抜けない日々だった分、一日や二日眠り込みたかった。なのに、翌朝はグミに起こされ、小太り妖精達に湖に落とされた。世話好き妖精達のお手入れだ。もうグミのせいで慣れた。

 しかし、落とされたのは腹立たしい。だから風の魔法で、また小太り妖精達を、湖に落としてやった。

 すっきりした私は、丈の短いワンピースを着せられる。ちょっと胸元がきついが、楽チンだ。


「ルア様が住むので、たくさん作ったそうです! ……しかし、胸が大きくなったので、直さなくてはいけませんね」


 妖精達が二年の間に作ってくれたらしい。まぁ、少しばかり成長したから。グミの食事制限のおかげ。


「おお、本当だ。実ったな」


 今頃起きた女神が、ポンと私の胸に手を当てて笑う。女神の胸に比べたら、小さいだろうに。

 私の髪を一房だけとって、三つ編みにする妖精達を一瞥してから、剥き出した木の根に腰掛ける黒の女神を見る。

 湖の底で靡くように揺れている黒髪。艶やかな黒の肌。瞳も黒。夜にとけそうな黒き女神。

 白い布に包まれた豊満な胸の間には、グミが選んだ首飾りが垂れている。白い大きな宝石は、虹色の輝きを持つ。グミらしい選択だけれど、やっぱり女神には相応しくないようにも思える。

 小太り妖精達が遊びたがって、私を取り囲むようにしがみついた。蛙のような皮膚、そして色。湿ってて柔らかい。喉はぷくぷくと膨らむ。お腹は弾むから、ボールのように弾みそうだ。

 一人を横にしてから転がせば、ケラケラ笑って私の元に転がって戻ってきた。次は全員順番に思いっきり遠くまで転がしていく。ぶつかって弾むと、一同は爆笑した。


「国宝の首飾りは、いつ人間の国王に渡すのだ?」

「んー……なるべく早く、届けるつもり」

「それがいいだろう。魔王の残党も、お前の命を奪うために人間の王国を襲う。結界が必要だ」


 魔王封じは永遠には続かない。術者の死が魔法を徐々にとかす。

 魔王の復活のために、魔物は私を狙う。人間の国がそんな巻き添えを喰らう前に、首飾りの結界を張る必要がある。


「魔王軍の残党の動向なら、把握している。今はまだ大丈夫」

「把握している?」

「十年は長い。強い魔物は潰しておく」


 寿命はあと十年。その間にやれることはある。把握する術は用意しておいた。

 ニヤリと笑えば、黒の女神は信用しているのか、笑い返すだけで深く知ろうとはしない。


「王国も戦う備えをしているだろう。人間の軍と戦えと言われるのも覚悟した方がいいな」


 それを聞いて、私は顔を歪める。


「戦うなら、一人がいい」

「何故?」

「前に、やむ終えず、魔物の群れと戦ったことがある。その軍の指揮官は周りを把握できていなかった。弱いものを戦わせ、みすみす死なせていた」

「戦争とはそんなものだ。数と数がぶつかり合う。ルアリスは己と召喚獣が強いからな、戦い方が違いすぎる」


 数と数がぶつかり合う戦争。ぶつかり合っては、そこで双方の死体の山が出来る。

 確かに、私の場合は一方的に凪ぎ払う攻め方をして、勝利を納める戦いだ。違いすぎる。

 私が指揮官ならば、弱いものを戦わせず、私が先陣切って戦う。弱いものは鍛えるべきだ。


「性に合わないから、一人で旅をしたんだ。……はぁ、面倒だ」


 魔王を倒したいなら、王都に行き騎士や魔術師になるための勉強をするのが普通。元々、協調性を学ばなかったし、軍の戦いを目の当たりにして、人間の軍などから仲間を募るような気はなくなった。

 なにより、一人は楽だ。

 魔王を封じたとなれば、国王に会うはめになり、祭り上げられ、今後の戦いについて求められかねない。全く面倒だ。


「行きたくなければ、行かなければいいじゃないですか」


 青と赤に揺らめく帯を靡かせながら、一人の妖精が果物のペルチカを渡してくれた。


「そうもいかないんだ。魔王封じの魔法が長続き出来るようにもしないとね」


 皮を向いてかぶりつく。

 魔王を倒しても、魔物の軍が残る。その後始末をする義務があると、リューベルには散々言われてきた。行かないとリューベルが来て、怒鳴り散らすだろう。

 私の寿命が短い点も、伝えなくてはならない。城にあるであろう古い本を漁り、魔術師の力も借り、魔王封じが半永久的に続く方法を見付ける。課題の一つだ。


「暫く滞在することになるな」


 黒の女神が言うから、私はげんなりする。


「早く済ませてしまおう。今日、経つ。馬を用意してくれる?」

「召喚獣でひとっ飛びしないのか?」

「目立ちすぎる。この森からガルダが飛び立ったら、魔物に警戒される」


 人間に注目されたくないし、魔物の目もある。

 この森に私がいることを知るのは、リヴェッシュと召喚獣くらいだ。今は魔物に襲われる心配はないが、細心の注意が要る。


「せっかくだ。楽しんで長居をしてこい」

「何故?」

「英雄で美しい娘となれば、求婚者も現れる。人間から愛される日々を送ることも考えておくがいい」


 この森に住む約束だったのに、そんな提案をされて、私は眉間にシワを寄せた。


「私に、森に住み着くなと言いたいなら、はっきり言って構わない」

「ルアリスよ、この森はお前を愛しておる。好きなだけ居ていい。だが、十年は長いのだろう?」


 女神や妖精にとって、十年なんて一時。私にとっては、長く感じるものだ。だから、考えることを与える。


「わかった」


 一応、考えることだけを承諾する。

 湿った地面に投げ出した足に、太い毛に覆われた真ん丸い妖精がしがみついた。

 魔法道具の材料を集めて欲しいと頼めば、小さな足でよちよちと駆け出して、他の妖精達に声をかけて集めに行ってくれる。

 そんな妖精達と、静かな森を眺めながら、ほんの僅かだけ考えてみた。

 愛している、か。

 この心地よさが、愛されているということならば、十年ここにいたいものだ。

 この森以外に、居心地いい場所が見付かるかどうか、疑わしい。それでも、行くしかない。

 少しの魔法道具を作り、動きやすい服をグミに着せられた。ブラウンの馬に跨がり、黒の女神の森を出る。

 そして、三日かけて、久しぶりに人間の国に足を踏み入れた。

 アマルフィテラス大国。城が聳える王都を目指す。どの街も、平和がきたと祝って賑わっていた。

 街の外れで馬を休ませ、野宿をする。材料を見付けて、魔法道具を作る習慣は、染み付いたようだ。


「ルア様。何故宿屋で休まれないのですか?」

「宿は怪我や魔力切れの時にしか使わなかったし、好きじゃない」


 屋根やベッドがなくとも、眠れるなら必要ないだろう。人間の国を出れば宿屋なんてないから、いい練習にはなった。おかげで何処でも眠れる。

 ボムを丸めながら、グミを横目で見る。宙に浮くグミは、離れていても賑わいが耳に届く街に視線を送っていた。人間の国は初めてだから、気になるのか。


「興味があるなら、見に行けば?」

「いえ! わたくしはただ……ルア様を中心に、祝う会を見たいです! お城で!」


 国の隅っこの街の祭りより、城で開かれる祝いの会の方が盛大だ。待ちきれないと、グミは細い足をバタバタさせた。

 私は想像するだけで、もう嫌なんだけれど。祝いたいなら、勝手に祝えばいい。 通過するどんな街も、朝も昼も夜もお祭りだ。

 一体誰が封印したんだ、という話を耳にする度に、グミは鼻を高くした。お前じゃないでしょ。

 王都に近付くと、別の話を耳にした。


「英雄の名は、サリマンダ! 彼こそが平和をもたらした救世主!」


 サリマンダという男を叫び、祭り上げている。

 その男こそ、今回魔王を封じた英雄だと言う。


「な、なんですってー!!!」


 被っているフードの中で、グミが金切り声を上げたものだから、私の耳は痛んだ。


「大変ですルア様ルア様!! ルア様も偉業を我が物と語り、国を騙している不届き者が! 早く人間の王に会いに行き、名乗りでなくては!!」


 フードの中で、金切り声がこもるから、逃げ場がない。


「落ち着け、グミ。騙しているとは限らないだろ。もしかしたら、誤解から祭り上げられて、引くに引けなくなった可能性もある」

「はっ! そ、そうですか……それもそうですね。誤解をとけず、困っている可能性もありますよね!」


 ……たぶんだけど。

 魔王封じの嘘の手柄を語るなんて、相当のバカか、それほどの実力を持つ強者のどちらかだとは思う。


「早くルア様が名乗り出れば、解決ですね!」

「いや、この際だから、その誤解はとかないでおこう。案外満更でもないかもしれない」


 物凄く面倒に思えたから、私は名乗りでないことにした。というか、好都合だ。国宝を届けるだけでいい。その他諸々も押し付けられていいじゃないか。


「……なにを言い出すのですかっ!!!」


 間を空けてから、グミが叫んだ。私は馬から落ちるかと思った。耳がキーンとする。金切り声で口煩く言われる前に、フードに手を入れて口を塞ぐ。


「私は嫌だけど、その男は祭り上げられて喜んでいるかもしれない」

「ぷはっ! 悪い人だったらどうするのですか! だいたい、ルア様は自分の偉業を語られて怒りを感じないのですか!?」


 私の手を逃れて、グミはフードの下で騒ぐ。煩いって。

 手綱を握りながらグミをフードから出そうとしたけれど、逃げ惑う。


「国中が騙されてもいいのですか!? いいわけないですよ!!」

「喧しい。事実は変わらないし、人間全員が騙されても、森に住む私には関係ない」

「無頓着すぎますルア様! あなたはいつもそうです! 服装も髪型も食事も寝床も、こだわらない! 魔法と戦いだけ! 挙げ句には魔王を倒したことまでっ!」

「喧しい!」


 今までの不満まで金切り声で投げ付けてくるから、私はフードを剥がして小さい身体を掴んだ。

 森に住む私には、全く持って関係ない。人間の知り合いなんていないし、不便なことは何一つない。


「グミ、様子を見てから決めよう。城で既に持て囃されて場合、誤解だとしてもなんらかの罰を受けるかもしれない」

「うぐ……そう、ですが……」

「私は人間のために魔王を封じたわけではないし、頼まれたわけでもないし、語り継がれたいわけでもない。でも人間達が名前や姿を知りたいなら、人間のために行動できる者の方がいいんじゃない? 無頓着な私より、相応しいかもしれない」


 なんであれ、先ずは彼を見極めてからがいい。グミが言うように、無頓着な私が顔を見せるより、相応しいかもしれない。

 誤解を生んだ原因は、私のように魔王封じを目指していたからもしれない。人間の国を想っている者に、英雄のふりをしてもらう方がいいだろう。


「私は親も友いない人間の国におもいれを持っていないのだから」

「ルア様……」


 グミは瞳を少し潤ませた。

 と思ったけど、私に咎めるような眼差しを向ける。


「押し付けたいだけなんですよね? 偽の英雄がその気ならば、面倒事を全て押し付ける気なんですよね? はっきり仰ってください!」

「駆けろブラン!」

「ふぎゃ!?」


 グミが問い詰めようとするから、私は馬のブランに走り出してもらう。

 しがみつくことで精一杯になるので、グミは静かになる。最初から、こうするべきだった。

 押し付けられれば、幸い。偽の英雄次第だ。

 気分は少し浮いて、休憩もしながら十日かけて、王都に到着した。




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