表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

06 魔王



 後ろは振り向かない。

 敵は多すぎるが、私の召喚獣はそれほど弱くはない。振り向かなくていい。

 私は、前に進む。


 胸の鼓動が張り裂けそうなほど乱れる。

 巨大な扉を、お手製のボムで吹き飛ばす。

 私の心臓まで爆発したのかと思うぐらい、静まり返った。

 マントを脱ぎ捨てながら一つ深呼吸をして、中に入れば、長年目指してきた魔王がそこにいた。

 その姿はドラゴン。たった一晩で国を滅ぼせるとも言う。そんなこと、十歳になる前から知っている。

 広々としているはずの広間に、その身体は大きすぎて溢れそうだ。

 背中から生える蝙蝠のような翼は、広間の柱を切り裂くことも出来そうな鋭さがある。

 黒光りする身体は、硬そうな皮膚。普通のナイフでは傷一つ、つけられないとわかる。鋼で、何より強い鎧だ。胸の鱗の隙間からは赤い光が漏れる。

 炎の類いは効かない。

 大きな口には牙がずらりと並び、火の粉が溢れた。熱を感じる。

 その凶悪な顔は、私の身長の三倍。黒い角が二本伸びていて、顎はどんなものでも噛み砕けそう。

 ギロリと睨み下ろす紅い瞳に、笑っている私の姿が映った。


 挨拶もなく、戦闘は始まる。


 吐かれた炎は、魔法を相殺する(コルカルド)で叩き切って道を作った。

 顔目掛けてボムを放ち、攻撃を食らわせる。

 踏み潰されれば一溜まりもない前足まで、滑り込んで(コルカルド)で切った。やはり堅い。だが、この剣は魔法で強化した私の傑作品だ。ぱっくりと傷を作った。

 しかし、相手は不死身の魔王。忽ち、自己治癒されて傷が塞がる。

 そんなこと、十歳の頃から知っている。驚きはしない。

 首を切り落とすつもりで、氷の魔法を掛け合わせた斬撃を放つ。巨大な槍のような氷柱の斬撃は、太い首を半分も切れなかった。

 魔王は反撃に出る。

 噛み付こうと顔を近付けたから、一端離れると、私を追って床から火柱が幾つも飛び出す。


「"――清浄を凍らせ"」


 逃げ道を塞がれると気付き、炎も凍らせる氷の魔法を詠唱を始めた。

 魔力を込めた言葉が、強い魔法を発動する。

 空気が、凍り始めた。


「"炎をも封じて、純白の色に染めよ――"!」


 渦巻く火柱は、言葉の通り白に染め上げるように凍り付く。

 凍りついた炎を階段にして、魔王に向かえば、深紅の翼で阻まれる。一振りで広間は竜巻が発生したかのように、広間に風が吹き荒れる。

 飛ばされる私を飲もうと魔王が大きな口を開くから、そこにありったけのボムを投げた。

 爆風を食らうが、距離も取れた。


「"――光を解放せよ、喚き瞬き纏われ"」


 広間の柱を駆けるように移動しながら、詠唱する。

 (コルカルド)に火花を散らすように小さな雷がまとわりつく。

 魔王は尻尾で先の柱を壊してきた。尻尾とぶつかる前に、力一杯蹴り上げて魔王の頭に向かう。


「"閃光の刃――"!」


 と、見せ掛けて、落雷の斬撃を放って、片翼を切り落とした。

 ドラゴンの悲鳴が、巨大な城を揺さぶる。

 私は攻撃の手を緩めない。


「"――震わせ風よ、集えそよ風。見えなき刃を数多尖らせ、振るえ、荒れ狂い踊れ――"!」


 背中に着地して、詠唱しながらも、魔法道具を転がす。発動すれば棘となり、爆発するスピだ。ドラゴンの背に突き刺さっては、爆発する。

 放ったスピが全て爆発し終わったと同時に、詠唱も終わった。

 私の周囲に集まった鋭利な風が、暴れまくる風の魔法。さっきのお返しだ。

 背中の傷を広げていく。このまま畳み掛けたかったが、そう簡単にはいかなかった。

 背後から尻尾に叩かれて、壁に叩きつけられる。巨大な分、強烈。痛みに悶える暇もなく、ドス黒い炎が吐かれて、私は避けるために転がってから立ち上がり駆け回る。

 目を疑う光景を目にした。

 火柱が四方八方から襲い掛かり、柱の隙間には触れたものを吸い尽くす黒の塊が塞ぎ、炎まで吐かれる。逃げ場がない。

 一瞬、混乱したが、ならば切るしかない。

 火柱を(コルカルド)で切り進む。しかし、その先に尻尾が迫り、振り払われて、また壁に叩きつけられた。

 すぐに起き上がれなかった私の目の前に、牙。

 食われかけて、咄嗟に瞬間移動の道具ルボルを使った。溢れた光の粉が召喚陣を作り上げて、瞬く間に天井へ。最後のボムをそこに使った。

 天井を崩したあと、尻尾を切り落とそうとしたが、残った翼が生み出した竜巻に阻まれて、吹き飛ばされ柱に叩き付けられる。

 その後も、阻むものを削ろうとしたが、駄目だった。翼も背の傷も完治してしまい、私のダメージは計り知れない。

 広間に黒い塊が覆い尽くすように現れた。(コルカルド)で叩き切っても、尻尾の攻撃を受けて身体が悲鳴を上げる。

 床に倒れて、身体が重すぎると感じれば、もう死んでいいのではないかと過った。

 もう十分じゃないか。

 全力で戦ったのではないか。

 もう、ここで食われて、楽になってしまえ。

 瞼を一度閉じたが、またいつものように奮い起こされた。

 これが最期ならば、全てを使い果たせばいいじゃないか。魔力どころか、命さえも使い果たせ。これが最後だ。

 ここまで来たんだ。

 ずっと目指してきた。

 勝つことを夢に見た。

 幾度もくじけそうになったが、ここまで何度も立ち上がって進んだ。

 魔王に挑むために、魔王を勝つために、魔王を超えるために。

 最後ならば、立ち上がってくたばれ。

 最後ならば、最後まで、挑んでいけ。

 最後まで、挑んで挑んで挑んで、それから朽ちろ。

 超えるために進んだ。最後まで、超えるために突き進め。

 そのための命と決めた。


「――うああああぁああああっ!!!」


 気付けば、全てを振り絞るように、腹の底から声を張り上げて立ち向かっていた。

 これが最後だ!

 これが私の最後だ!

 これが私の命だ!!

 私の全てを、ぶちこんでやる!!

 全力で走り、ドラゴンの下を滑りながらスピを放り投げる。爆風を利用して尻尾の下まで移動したあと、雷鳴の斬撃で切り落とした。

 瓶の中から出した液体を二つの氷山に変えて、翼に落として磔にした。


「"――響かせ雷鳴、駆けろ雷鳴、我が刃の先から! 轟音の剣となれ――"!」


 詠唱しながら、こちらに炎を吹こうとするドラゴンに向かい、顎に剣を突き刺す。そして、剣を通して電撃を放つ。

 怯んだ隙に、私はとっておきの魔法道具を出す。これは何年も考えて考えて考えて、そして仕上げた傑作。

 ドラゴンのような巨大な魔物も拘束できる頑丈の魔法道具。

 ベルトを外すと同時に発動すれば、四方の床に釘が刺さる。抜けやしない。釘を結び付ける鉄よりも固い縄が、ドラゴンを締め上げて拘束する。


「"――不滅の者に牢獄を与えん"」


 息を吸い、私は最後の詠唱をした。魔王を封じる魔法。

 十歳の頃から何度も何度も念じて練習したそれは、歌うように簡単だ。


「"我が命によって、囚われよ。我が命によって、支配されよ。我が命の限り、牢獄は不変"」


 私の溢れ出す魔力が、十字形の光となって輪になる。無数の輪が広がり、魔王を包み始めた。それは詠唱に合わせて、踊るような動き。鳥籠のように、何十にも重なった。

 膨大な魔力が使われる感覚は、深傷を負い血が流れ落ちる時と酷似している。

 もしも魔力を使いすぎていれば、失敗に終わる。私の命も、終わる。失敗の代償だ。

 魔王が詠唱を邪魔しようと暴れたが、傑作の魔法道具は暴れるほど締め上げ、激痛を走らせる。翼も動かない。尻尾も治癒が終わっていない。口も開かない。


「"汝の名は我のもの、汝の力は我のもの、汝の力は我のもの"」


 背中から魔王の目を見つめながら、唱え続ける。

 眠ってしまいそうなほど、穏やかさを感じた。

 それでも、魔王を見据えた。

 魔王は黒の炎の魔法を発動させたらしい。煮えるような赤と黒の炎が、広間を塗り替える。とかすような熱さも感じた。

 しかし、そんなものは私の魔力の光で眩んで見えなくなった。


「"我に囚われよ――"」


 詠唱の終わりは、勝利の宣言。

 光に包まれながら、私は笑った。


 ◆◇◇◇◆


 魔王封じの魔法。

 それは千年前に、強者の仲間とともに勇者が使った。初めて成功させた英雄達。

 不死身の魔王を封じる不変の牢獄は、完成すると余波を放つ。禍々しい魔力を持つ魔物は、追い払われる。

 魔王の城を中心に、光の輪が世界に広がった。雲をも打ち消し、晴らした空を朝焼け色に染める。

 そして、遥か先にある魔王の城の位置を示す黒い雲も、消えたことを世界は知った。

 世界中が、知るのだ。

 魔王が封じられた。

 平和が訪れた。

 新たな英雄が、誕生した。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ