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05 召喚獣



 少女は、召喚獣を全て召喚した。

 契約を交わした者達は、この戦いが来ると理解していた。契約通り、力を貸す。

 たった一人で魔王を倒す少女のためだけに――――



 妖鬼は誇り高い戦闘種族。故に負かした少女をいつか超えるために、戦いをともにしたいと懇願した。

 ――妖鬼、ネシア。

 錆び付いた城の巨大な門を腕力だけでこじ開ける。そして、わらわらとなだれ込む魔物の兵達を凪ぎ払って道を作った。

 空を飛び回る蝙蝠の翼を持つ魔物の兵の軍勢が襲い掛かろうとしたが、ルアリスの召喚獣となった霊鳥が食い止める。

 ネシアは道を開けて、ルアリスを先に行かせた。

 ルアリスは宙を駆ける聖獣とともに突き進み、城の中に飛び込んだ。

 躊躇なく、突き進むルアリス。

 先を見据えるような鋭い眼差しは、崇めたいほどに強い。

 初めて出会った時も、ルアリスは自分の四倍はある鬼のネシアと対峙しても鋭い眼差しを向けてきた。

 四年も前の話だが、ちっとも変わっていない。

 ルアリスの旅の目的が魔王の退治だと知った時は、高らかに笑ったものだ。

 いくらネシアを倒せた少女であっても、不死身の魔王に敵うはずはない。

 笑われてもルアリスは怒ることはなかった。とうの本人もわかっていたのだ。

 今は勝てない。

 しかし、勝てるほど強くなる。

 魔王を超える。それがルアリスの目的だった。

 遥か遠くの空のように、高望みすぎるものだが。ルアリスならば、掴める気がしていた。

 命さえも削って強くなっていく少女ならば、不死身の魔王にも勝てる。


「魔王を倒したお前を倒すのは、このわしだ!! 死ぬなよルアリス!!」


 ネシアはその背中を見送ることなく、魔物の兵を捩じ伏せた。

 ともに戦い磨き上げた力を全て使い果たすように、雄叫びを上げて、兵を潰しにかかった。


 ◆◇◆


 妖魔は、城の中の魔物の兵を幻で惑わせて足留めした。

 常に妖艶な美女の姿で現れるが、惑わし好き故に真の姿ではないとルアリスに疑われている。

 ――妖鬼、アリリス。

 羽織だけを着ているような服装で、胸元も首筋も晒している。髪は長く、ルアリスとお揃いの白銀色。瞳は、アメジスト色。

 ルアリスがボムを使って、扉も罠も吹き飛ばして、ひたすら進む。聖獣とアリリスとともに進んだ。

 門付近の兵とは比べ物にならない魔物達が立ちはだかる。

 魔王の側近だ。


「魔王を倒したご褒美に、ちゅーしてあげるわ。ルアリス」


 アリリスは強力な幻を使い足留めをし、ルアリスを先に行かせた。

 そして、美女の姿をした魔物と対峙する。

 艶やかなダークレッドの髪を持つ魔物は、蜘蛛だと有名な魔王の側近だ。

 漆黒のフリルドレスを身に纏い、豊満な白い胸元を惜しみ無く晒す。

 彼女の黒いフリルの袖から放たれた蜘蛛の糸が、アリリスを拘束した。


「妖魔アリリス! 何故貴様ほどの妖魔が、小娘ごときに手を貸す!?」


 アリリスも、また有名。

 口紅を塗ったような赤い唇をつり上げて、アリリスは笑う。そして、煙になったかのように、蜘蛛の拘束から消える。


「あなたにわからなくていい。あたしはわかっている」


 蜘蛛女の背後から現れ、耳元で艶かしく囁く。

 大きく飛び退いてから、また蜘蛛女は糸を放つが、とうにアリリスの姿はない。

 戸惑う蜘蛛女を、アリリスは天井に座るようにして見下ろし笑う。


 アリリスは、こういう妖魔だ。変幻自在に姿を変えて、惑わして嘲る。

 ルアリスは、そういう妖魔だと知るなり、視覚を閉じた。目を閉じて、惑わせられないようにしたのだ。

 目を閉じて戦うとは、どうぞ殺してくれと言っているようなもの。

 バカな小娘だと息の根を止めようとしたが、攻撃は当たらなかった。

 視界を得ない代わりに、気配を把握したルアリスは、まるで踊るようにかわして、そして剣を振るう。

 手も足も出なかった。トドメをさされると思ったその時、ルアリスは目を開く。

 勝利を確信したルアリスの浮かべた笑みに、アリリスは心が囚われてしまったのだ。

 ルアリスのためならば、世界中を惑わすことだってやってやろう。


「はあん……ルアリスの美しさには、ぞくぞくするわ」


 これから魔王を倒しに行くルアリスの美しさには見とれてしまう。


「貴様は男じゃなかった?」

「あら、なんのことかしら」

「貴様の立派なものに突き上げられて、昇天したという女達の話を聞いたのだけれど」

「人違いじゃなくて?」

「ふん、煙の(あやかし)風情がっ!」


 笑みを深めて嘲るアリリスに、蜘蛛女は牙を剥き出しにして声を上げた。


 ◆◇◆


 聖獣は、ルアリスに背を向ける。

 アリリスの強力な幻だけでは足りない。この先は魔王しかいないと気配でわかり、ルアリスだけが進み、追っ手が来ないように足止めをすることにした。

 ルアリスは一度視線を向けるだけで、なにも言わずに離れていく。

 感謝の言葉もかけない。全く無礼な少女だ。


 ――聖獣、リューベル。

 身体は細身の馬のようで、顔は狼のような風貌。白と青色の毛並みで、美しい青の聖獣。

 空を駆けるリューベルは、目にすることが出来れば幸運が訪れると人間達に崇められている存在。


 にも関わらず、出会ったルアリスは剣を抜いて、強いのかと問うた。無礼だ。

 五年も前で、今より小さかった娘を懲らしめようとしたが、何度倒れようとも立ち上がった。圧倒的な力を見せ付けようとも、ルアリスは立ち向かった。

 リューベルは油断で、少女が使うとは到底思えない強力な魔法によって負けた。

 何故強いものに立ち向かうのかと訊ねれば、ルアリスは魔王を超えたいと答えた。

 次の瞬間、リューベルは罵っていた。勝てるわけがない。馬鹿なのか。

 ルアリスは、気にした風もなく、ただ生きる理由だと答えた。

 今は勝てないからと立ち止まっては、いつまでも進めない。

 遥か先を見据えているような眼差しで、ルアリスは告げた。

 たった一人で魔王を倒すつもりの少女に、気付けば契約を求めた。力を得たいならば、貸してやる。

 するとそこで、初めてルアリスは笑った。あどけない笑み。

 リューベルはつい、余計な助言をしてしまった。ルアリスを生かすためには、女神や精霊から力を与えてもらえ、と。

 生き残るための力を得た。

 しかし、命を削ってまで、力を得た。

 そして、ここまできた。

 これ以上、ルアリスの命を削られてたまるか。生かすために、力を貸してきたのだ。


「死ぬことは許さん!」


 もう声が届かなくとも、リューベルは低い声を響かせた。


「奴を殺めるつもりの輩は、何人たりとも許さん!!」


 ルアリスの死など、許さない。

 不死身の魔王に立ち向かうがいい。何度倒されようとも、立ち上がるのがルアリスだろう。

 ならば、何度でも立ち上がり、挑め。

 死ぬな。勝て。生きろ。

 決してルアリスの耳に届かなくとも、リューベルは心で叫んだ。


 ◆◇◆


 魔王の城の外には、魔王軍の援軍が迫っていた。

 国に魔物を退治している人間が侵入して、警戒していたのだ。

 侵入者の人間を、仕留めようと城へ前進していた。

 それを阻むのは、一人の鬼だ。

 ルアリスの召喚獣ではない。だが、ルアリスの味方だ。

 ルアリスの知らぬところで、勝手に手を貸しているだけ。

 鬼族の中でも、最強で気高き鬼。肉よりも血を啜ることを好むため、別名――吸血鬼。

 容姿端麗の男の姿。奇怪な瞳は、黒と赤で縁取られた水色。白金髪は短くも美しく靡き、大きく血のように真っ赤な石のピアスとともに揺れた。

 貴族のように気品ある漆黒のコートから、蝙蝠が飛び立ち、軍を食い止める。

 鬼はただ佇む。圧倒的な力で軍勢を食い止めながら、ルアリスの勝利を待つ。


 ――吸血鬼、リヴェッシュ。

 ルアリスと出会ったのは、二年ほど前だ。一戦交わったわけではない。

 リヴェッシュが魔物を八つ裂きにしているところを、ルアリスが見ていたのだ。

 聖獣リューベルと、妖魔アリリスを従えていると、ごく一部で噂が広がっている人間だと一目でわかった。

 戦うのかと訊ねれば、勝てないからと笑って断った。リヴェッシュの力を目の当たりにしても、怯えて逃げ出すこともしない。

 それもそのはず。既にルアリスは深傷を負い、血を流していたからだ。

 溢れ出す血が勿体ないと傷口から、吸い付いてみれば美味。純潔の乙女の血は、なによりも美味なのだ。その純潔を奪うのも、また美味なもの。

 死なないうちに傷を治して、唇から頂こうとすれば、唇がすれ違った。そして喉元にがぶりと噛み付かれた。

 数え切れないほど噛み付いてきたリヴェッシュが、逆に噛まれるとは生まれて初めてのことだ。驚きで呆けたあと、屈辱にかられて、殺してしまおうとした。

 しかし召喚されたリューベルに阻まれ、一度身を引いた。

 屈辱を晴らすために殺すと決めて機会を窺っていたが、リヴェッシュはすぐに気付く。

 ルアリスの血を求めている。

 特定の血を求めてしまうと、他ではなかなか満たされない。それは酷い飢えを招く。

 だから、リヴェッシュは再会した際に、殺されたくなくば血を献上しろ、と告げた。

 強いものに挑むルアリスは、力の差を理解している故か、すぐに承諾したのだった。

 月に一度、リヴェッシュはルアリスの血を貰う。怪我をしていれば、治してやった。

 ルアリスの血を口にする度に、虜になっていくとわかっていながら、何度も会いに現れた。

 ある日、ルアリスが寿命を削ったと知り、怒りたかった。

 リヴェッシュは不老。老いることはなく、殺されなければ生き続ける鬼だ。

 ただでさえ、人間の生は短いというのに、ルアリスの血を飲めなくなる日が、更に近付いてしまった。

 旅が終われば、自分の城に住まわせるつもりだったのだ。森に居座る予定まで聞かされ、今すぐにでも連れ去ってしまいたくもなった。

 同時に、これほどまでルアリスに依存してしまったと気付かされた。

 それを認めて口に出すことは出来ず、連れ去ることも出来ず、リヴェッシュは興味のないふりだけした。


「……長引いたら、連れ去るか」


 今宵ばかりは、連れ去るつもりだ。

 幾度か、ルアリスの知らぬところで、手を貸していた。

 契約という拘束をされるのは、鬼としての誇りが許さなかったため、召喚獣にはならなかった。

 だから、こうして、ルアリスの目が届かない場所で救う。

 己のために、ルアリスを生かす。

 不死身の魔王と長期戦になれば、魔力切れで勝ち目がなくなる。

 その時は救い出して、城に連れ帰ると決めた。

 だが、しかし。

 不思議とそんな結末になる予感がしない。

 出会って一年経つと、ルアリスから戦いを申し込んだ。今なら勝てると嬉々とした表情は、可愛らしかった。

 リヴェッシュも、今ならルアリスに負ける予感がして、敗北の屈辱を味わいたくないがために、のらりくらりと申し込みを避けた。

 不思議と、ルアリスならば、不死身の魔王に勝てると思った。

 だから、口元を緩めて、後ろを見つめる。

 ルアリスがいるであろうその先を――――

 魔王の前に、たった一人で立つ少女を――――




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