04 魔王の国
黒の女神が、私の命を、魔力に変えてくれた。
それは数日、苦痛を味わうものだった。悶えながら、湿った草原を転がる。血を吐きそうな痛みではあるが、損傷は何一つない。ひたすら、激痛が走るらしい。
いつになったら、解放されるんだ。
いつになったら、楽になれるんだ。
魔王を倒す。その道のりは決して楽なものではない。
けれども、他の生き方よりは楽だと感じていた。これが一番、楽だった。前を向いて、進めるからだ。
自分が孤独だとか、どうやって生きればいいかとか、そんな考えが少なくて、楽だったんだ。
この道を突き進むこそが、生きるということだった。死に急ぐことでもある。
でも、孤児院にいた時よりも、ずっと、生きていると感じた。
世界は、美しく見えた。
呼吸をすることが気持ちよかった。
この道を進んでよかった。幾度も思った。
迷いながらも、苦しみながらも、これからも進んでいくんだ。
もう少し耐えろ。まだ耐えろ。あと少し耐えろ。
言い聞かせながら、苦痛に耐えた。
妖精グミが片時も離れず、起き上がることもできない私を世話した。他の妖精達も、私を見つめている。
見守られていることに、少し涙が落ちた。グミはそれを拭き取る。
そんな風に何日も世話をされながら激痛に耐えていれば、痛みが消えた。
意識が朦朧として、痛みというものがなにかわからなくなってしまったのかと思ったが、違う。
苦痛は終わったのだ。
私が笑えば、妖精達が歌い始めた。祝うように、賑わう。
様々な妖精が、宙を舞う。虫の羽ばたきや、鈴の音色を鳴らしながら、軽やかに飛び回る。
儚くも美しい妖精達の舞いを眺めながら、宴が始まることを期待した。
ここ数日、口にしたのは木の実のみ。肉が食べたい。
期待して待っていれば、蛙のような皮膚を持つ小太りの妖精達に担げ上げられた。かと思いきや、泉の中に放り込まれる。
グミの指示らしく、数日の分、身体の手入れをされるはめとなった。
「お腹が減ったの、もういいでしょ」
「まだです!!」
グミの手入れは、さながら硝子かなにかをピカピカにしたいみたいに、念入りで時間がかかる。
逃げようと泉から這い出ようとすれば、顔に薬をべちゃりと投げ付けられた。
私を泉に落とした首の座った小太り妖精達だ。ゲラゲラと笑いながら、二発、また私にぶつけてきた。
妖精のお手製の石鹸。身体にいいが、食べられるようなものではない。
「……この!!」
掌で掬って投げ返してやれば、笑いながら短い足で逃げ惑う。
「遊ばないでくださいませ!!」
グミや他の妖精に押さえ付けられ、仕返しができなかった。
代わりに、風の魔法を使って小太り妖精達を泉に落としてやる。仕返し、すっきり。
手入れをされてすっきりしたあとは、妖精達が編み込んだ布を巻き付けたワンピースを着せられた。
落ち着かないが、料理が用意されていたので、文句を言わずにかぶり付く。
「行儀が悪いです!!」と礼儀正しく食べろとグミがすぐそばで声を上げる。口煩いな。
黒の女神は既に酒を飲んでいて、上機嫌だった。
そんな彼女から、私の剣を差し出される。
「魔法を相殺する加護を与えておいた。使うがいい」
「まほほおふうふぁい?」
「口にものを入れたまま喋ってはいけません!」
グミに突進させられたが、ダメージはない。口の中のものは、噛んでから飲み込んだ。
私の剣は、自分で作った。通常は短剣だが、魔法により長剣にもなり、二つの短剣にもなる。強度も切れ味も自信作。素材はエルフから拝借したのだから当然だけれど。
名は、コルカルド。
その剣に、黒の女神はついでのように加護を与えてくれたのだ。
今後、戦う中で心強い武器であり、楯となる。私は感謝した。
「与えすぎじゃない?」
「生きて戻れよ」
本当にこの女神に、この妖精達に気に入られたものだ。
私は返事をせず、ただ笑い返す。
約束はできない。生きて戻れる保証なんて、どこにもないのだ。いい加減な約束はしない。
黒の女神の深い森を、グミと一緒に出た。
魔王の国に入れば、魔物の遭遇が多くなり、油断ならない日々。
多くなった魔力と、魔法を相殺する剣を使いこなすためには、都合がよかった。
魔王のいる城に近付くにつれて、魔物の強さは増していくようにも感じる。魔法を駆使して、次々と倒す。
逃げるような強敵には会わなかった。それは、私が強くなったからなのか。それとも、魔物はそれほど強くないのか。
契約を交わした聖獣を気まぐれで召喚すれば、こんな弱者相手に我を召喚するなと怒られるほどだった。
流石に数が多いと逃げると手段をとるが、全てが順調のように感じた。
たまに、召喚獣ではない聖獣に襲われる。
熊のような巨体、顔は狼のよう。毛並みは神々しく、美しい聖獣。
私は何度もその聖獣を打ち負かした。聖獣は勝つまで挑むつもりらしい。負ければ、潔く消える。
私にとって、いい戦い相手だ。腕力も放つ魔法も、強力。その聖獣のおかげで、早い段階で加護つきのコルカルドの扱いになれたようなものだ。
魔物は、大抵が禍々しい獣の姿をして襲い掛かる。邪悪な魔のもの。それが魔物だ。
時には人の姿を保ちながら攻撃を仕掛ける魔物もいる。その時は、魔法攻撃に優れているから要注意だ。
長い長い呪文を唱えなくてはならない詠唱の魔法を使うのは、人間だけだ。詠唱で発動する魔法は強いが、時間がかかることは命取り。
だから、獣の姿を相手することの方が楽勝だ。獣特有の攻撃が中心になるからだ。時に放つ魔法ごと、叩き切ることにも慣れてきた。
魔法はなにも詠唱ばかりではない。
魔力を込めれば、魔法の武器や道具だって使える。
戦いに必要な道具を、時間があれば作って補充をした。
使う際には魔力の消耗はない。
魔王と対決する時には必要不可欠だ。封印には膨大な魔力を使う。
だから、魔力を使わずに済む魔法は多いに役立つ。これを駆使する戦いも、極めた。
火薬と引火しやすい薬草を混ぜこんだものを、ビー玉サイズに魔力とともに丸めた。爆弾だ。衝撃で爆発する。投げるだけでいい。
それを衝撃を受けない袋にありったけ詰め込む。
種類は三つだ。
ただの爆発をするボム。
刃のように大きな棘となってから、爆発をするスピ。
一度爆発するとボムが飛び出し、大爆発を起こす大ボム。
三つの魔法の瓶には、液体が入っている。瓶から解放すれば、氷、炎、煙が飛び出して自在に操れる。
指の長さほどの細い棒は、へし折るだけで中から魔法の粉が散り、移動魔法の陣を瞬時に作り出す。目に届く範囲なら、自在に瞬間移動ができる。
その名は、ルボル。
二本折れば、更に遠くへ。三本折れば、また更に遠くへ。戦闘中に距離を詰めたり、離したり、逃げるために使う。
これだけでも多いに戦闘で役立つが、まだ足りない。
多少の魔法が防げるようにまじないをかけた服を着ている。
着るものは、グミが仕立てる。
「せめて女性とわかるように!!」と涙目で着せたのは、身体にフィットするタンクトップ。膨れてきた胸を支えるコルセット。常にマントで日差しを避け、正体を隠すから、女性らしい体型を露にする服を着てほしいとのことだ。
短パンと、そこまで届きそうな長く黒い靴下を履かされた。その上フリルスカートを巻かれたが、それは邪魔だと引き剥がす。大袈裟に嘆かれた。
靴下とブーツには、風の紋章を魔力を込めた銀で刻む。そうすることで、足は軽くなり脚力を増す。
グローブには、爪の紋様を刻んだ。鋭利な爪を出して、壁にしがみつくには便利。
口元を覆うように、ストールも常に巻いている。別の女神からの授かり物だ。羽根のように軽く、禍々しい空気は通さず、詠唱する口や喉を守る役目を担っていた。
準備は十全。
持っているもの全てを使い果す、そのつもり。魔力は封印のために取っておき、あとは使い果たす、そのつもり。
十八歳になった年の冬。
魔王の城に辿り着いた。
そこはいつも空は淀んだ黒い雲に覆われている。
禍々しい巨大な城を見上げ、なんとも言えぬほどざわめく胸で深呼吸。
妖精には、いつでも逃げろと告げた。
「生きて黒の女神様の元に帰るのです」
と言われた。
私は魔王を封じられなかったら、潔く殺されるつもりだ。それは言わない。
目的を果たしたそのあとに、行く宛があることに、嬉しさが感じて口元をつり上げたら、妖精に怒られた。
なにを笑っているのだと。本当に口煩い。
さぁ、これから私の生きざまを証明する時だ。