10 名封じ
突然魔王が封じられ、誰の仕業かわからない中に、それらしき男を保護した。持ち帰らなかった国宝を首飾りを軍が取りに向かったが、その首飾りを手に素性のわからない娘が現れた。挙げ句には妖精が、この娘こそが魔王を封じたと声を上げて告げた。
混乱の極みだろう。
やっと真実を公表できて、グミは満足そうに鼻を高くした。
妖精の登場と、娘こそが本物と称されて、その場の者達は驚いた表情をしている。
「妖精……」
魔術師は妖精を凝視する。妖精が法螺吹きをしないと、わかっているはず。だが、妖精自身が騙されていると疑っているかもしれない。
「リューベルだと? あの聖獣が召喚獣……バカらしい! 小娘一人が魔王を封じたなど、信じられるか! まだあの男の話の方が真実味がある!」
リューベルの名は逆効果で、騎士は二階の男を指差して怒声を上げた。
「わたくしは二年前からルアリス様のそばにいました!! 魔王と戦う姿をこの目で見ました!! ルアリス様はこの偽者が白状することを待ってあげているのです!!」
グミは空中で地団駄踏んで言い返すと、偽の英雄を見上げる。
「あなた!! 早く嘘だと告白なさい!!」
「グミ、落ち着け」
偽の英雄に突進する前に、私は掴んで止めた。
二階にいる者達も、偽の英雄に注目してはざわめいている。偽の英雄の顔は真っ白だが、白状しそうにもない。
ふと、一人だけ、全く動揺をしていない男に、目が留める。上質な身形からして、貴族だろう。
ルビーのような赤い髪と、美しく整った顔。リヴェッシュ並みの美しい男。その男の眼差しは強く、私を見据えているようだった。
「魔王を封じ、そして首飾りを手にして、ここへ来た……事実なら、納得ですね」
魔術師の声に反応し、私は目を向ける。信じてくれそう。
「納得できるわけないでしょう! こんな小娘一人! 不死身の魔王と戦って勝ったなど、あり得ない!」
騎士の方は、拒絶した。
グミが反論しようとしたが、人差し指で口を塞ぐ。これ以上厄介にするな。
階段にいる騎士達が、少し動き出した。一人が耳打ちすると、騎士の男がしかめっ面を深くする。
「……お前、五年前に軍の部隊とともに魔物の群れと戦った勇者か?」
睨みながら問われたことに、私は天井を仰ぎたくなった。
勇者。それは人々を魔物達から救う者に、与えられる称号。
私も名乗るなら、その称号が当てはまる。しかし、私は人々を救うために旅をしていたわけじゃない。だから、今まで勇者とは名乗らなかった。
でも、勇者と呼ばれて軍の部隊と戦うことを求められたことが、一度だけある。
「五年前、部隊を阻んだ白銀髪の少女――――お前のことだな!?」
今にも剣を抜こうとする騎士を見ながら、心の中で頷く。私のことだな。
「ルア様、一体なにをしたのです!?」
グミがもがいて声を発する。グミが言わずとも、更に厄介になってしまった。
「その部隊とやらの指揮官が、目に余る指揮をしていたから、下がらせただけ。兵達に突撃しろと叫ぶだけで、周りが見えていなかった。魔物にどうぞ部下を殺してくれと差し出しているようなもので、不快な光景だったから全員魔物から引き離して、一人で殲滅した」
「五年前から最強ですか、あなた様は!!?」
人間の国に入り込んだ魔物の群れは、ただのしたっぱだ。五年前でも、強力な詠唱魔法を二つ使って倒せた。
「愚弄するか、小娘! 我らは命懸けで戦ったんだぞ!」
耳打ちしていた男が、顔を真っ赤にして叫んだ。
当時いた兵か。顔をまじまじと見てみたが、誰一人覚えていないので考えても無駄だ。
「ルア様も命懸けで魔王むぐぐ!」
グミが言い返す前に、口を塞ぐ。
「部隊の戦い方に理解はありません。ただ鍛え足りない兵に先を行かせ、みすみす死なせる戦いを見ていられず、無駄死にを防いだだけです。責められる謂れはありません」
「無駄死にだと!? 騎士を愚弄して無事で済むと思うなよ! 小娘でも許さんぞ!」
騎士の誇りを逆撫でしてしまったらしく、全員が剣を抜く構えをして私を睨み付けた。
「弱いから無駄死にする。弱い者は、強くしてから戦いに出せ」
謝るつもりはない。弱いなら、強くなれ。当然のことだろう。弱い者を束にしたところで、たかが知れている。弱いまま死なせるより、ずっといいに決まっているだろう。
強さを求め続けた私の言い分は間違っていない。
「っ! 貴様許さん!!」
男が剣を抜く前に、騎士が手を出して止めた。
「聞くところによれば、詠唱魔法で地を抉って部隊を壁の外に出したとか。そして、氷の詠唱魔法で動きを封じ、雷の詠唱魔法で仕留めながら残りを斬ったとか」
「五年前でそれほどの詠唱魔法が使えたならば……今は更なる魔法の使い手ですね」
騎士が見据えながら五年前の戦いを口にすれば、魔術師は目を見開いて私を見る。
「見た目に反して実力はあるとはわかった。魔物の国に入り込んだ点も、あながち嘘じゃねーかもしれない」
階段を降りながら、騎士は私に告げた。
「一人で魔王を倒したと言うなら、このオレを倒せるはずだろう? 事実だと言うなら、実力で示してみろ!!」
にやりと口をつり上げて笑う。実力の証明と称して、騎士の怒りを買った私に剣を振り下ろす機会を得たいだけだ。
一戦を交えて勝てば、それが私の証明となる。手っ取り早い。
だが、一番は偽の英雄が白状すること。期待できないから、もう戦うか。
私は腰のポーチから、ルボルを一本取り出してから、騎士の元に歩み寄る。警戒して剣をいつでも抜けるよう構えた彼の目の前で、ルボルをへし折った。忽ち、中から粉が散り、魔方陣の形になる。それに触れていた私と騎士は、瞬きした次の瞬間には城の外に出た。
騎士は戸惑うが、私は門に向かって歩く。城の中から、魔術師達が追い掛けて出てきた。
「瞬間移動の魔方陣の形状を記憶した粉を、棒の中に詰めたことで、折ると吹き出して発動する道具……一体どこで手に入れたのですか?」
「私のお手製です」
驚いている魔術師に答えながら、マントを脱ぐ。
通常、瞬間移動の魔方陣の粉は、周りに撒いて発動させる。私は戦闘中にすぐ使えるように工夫しただけ。
「小細工が得意そうだな……だが、小細工だけでは魔王には勝てねぇ」
騎士は私の腰のポーチを睨みつつ、剣を抜いた。
「グミ、首飾りを」
グミに布ごと首飾りを持って、離れてもらう。
「アマルフィテラス王国、近衛騎士団長! キリエル・トーリオン!」
マントを脱ぎ去り、騎士は高らかに名乗った。
近衛騎士とは、国王を警護をする騎士達のことか。それを束ねる隊長となれば、実力は相当か。
少し興味が沸くが、瞬殺する魔法が頭に浮かんだ。要は負かせればいい。
「ルアリスと申します」
私が剣を抜くことを待っているキリエルに、さっさと来いと左手の指先でクイクイと招く。
「いざ参る!!」
挑発と受け取ったキリエルは、太い刃の剣を握り、私に向かう。
「"汝を名で縛る。キリエル・トーリオン"」
「!?」
「"止まれ"」
私の左肩に振り下ろされる剣が、ピタリと止まった。
魔力を感じる。刃の部分には、雷の魔法紋章が刻まれていた。
その剣で私の肩を裂こうとキリエルは力を込めているが、動けずに顔を歪ませている。
「な、なにをした!?」
「名だけで相手を拘束する魔法! 沈黙の谷の精霊だけの魔法を、何故っ?」
「その精霊から与えられたものです。"キリエル・トーリオン。跪け"」
キリエルは知らないみたいだが、魔術師の方は知っている。答えながら、私はキリエルに膝をつかせた。
あれは黒の深い森に入る前、力を得ようとあちらこちらから足を踏み入れていた三年前。
沈黙の谷に、誰も受け入れない精霊が住み着いていた。その精霊が訪れる者を追い返していたから、静まり返って谷はそう呼ばれるようになった。
精霊は名を知るだけで、操ることが出来た。必要なのは、その者の本名。
私は名前を名乗ったが、家名は知らない。縛るには不足していて、追い返せずに精霊は嘆いた。
私は単に休憩として居座っていたのに、名封じの魔法を与えるから出てくれと泣き付かれた。貰えるならと、名封じの魔法を習得して谷を出た。
こういう厄介な人間をあしらうには、ぴったりな魔法だ。魔王の名を知ることが出来れば、圧勝できただろう。使う気はなかったが。
「く、そっ! 小癪な! 卑怯だぞ、正々堂々戦え!!」
青筋を立てて、キリエルは私を睨み上げた。
私は笑ってしまう。
「正々堂々戦え? 魔王が人の姿となり、剣だけで戦ってくれるとでも? 私は魔王を倒すべく得た力を使って、あなたに勝っただけのこと」
魔王を倒した実力を示すための戦いであり、剣と剣で戦うとは聞いていない。
私が魔王なら、容赦なく首を切る。死だ。負けだ。
「こんな勝ちでは納得いかないのならば、いいでしょう。名封じの魔法を使わず、剣で戦いましょう」
悔しそうに顔を歪めたキリエルを、名封じの魔法から解き放つ。
そして、剣を抜いた。キリエルは下がって距離を開ける。
「ルールは剣を先に手放した方が負けとしましょう。魔法は互いに使わない」
「魔法を使わずして勝てるとほざくか……生意気な。ならば、剣の腕前、確かめさせてもらう!」
近衛騎士隊長と、剣の決闘を挑む。




