旅路5
間があいてしまってすみませんでした。
思ったより長くなってしまったので2つに分けて投稿します。
次話は加筆して明日にでも投稿する予定です。
ツクシへ向かって出発した一行だったが、その旅は王都までの旅に比べるとなんともゆっくりとした行程だった。
その理由は、エルウッドが自前の2頭立ての4輪馬車で随伴してきたからだ。
さすがに普通の馬車を連れていては、高速移動や深夜の強行軍を行うわけにはいかない。そんな事をすればエルウッドか馬か、どちらかが疲労で潰れてしまうだろう。いや、もしかしたら馬車が壊れるほうが早いかもしれないが。
ではなぜエルウッドに馬車での随伴をさせているのかと言えば、単純に人が増えたからだった。
移動だけに限って言えば、100式装輪装甲車は運転手の他に完全武装の乗員を10名まで運ぶことが出来る。だが、あくまで運ぶ事が可能なだけで、中はかなり窮屈になる。3名までなら中で寝るという無理もできたが、4名を超えれば車内での寝泊りは難しい。
そのような事情で、ここからようやく、この世界基準での普通の旅のスケジュールとなる。
馬の疲労を軽減するため、野営の道具などの嵩張るが重量は軽い物はエルウッドの馬車に積み、水や食料など重量物は装甲車へ積んだ。
その甲斐もあってか、街道を進むスピードは普通の馬車に比べればかなり軽やかで、日に50キロ程度の速度で進めた。途中の関所や巡視兵も、ルフナに貰った通行許可証のおかげでフリーパス状態だったため余計な時間も取られなかった。
この世界の街道沿いにある町や村は、徒歩の旅人が一日に移動する距離を考えて宿場町としての機能を果たすべく栄えているのがほとんどなので、タケルたちは幾つかをすっとばしながらも、そろそろ日が落ちるかという頃には宿場町の近辺にいることが多かった。
だが街中で宿に泊まる事は、ヒミコが強硬に反対し、グレイヴもそれに賛成したので、寝泊りは町の外での野営となった。しかし、野営と言っても、その最適地をヒミコが先に衛星からの事前情報で偵察済みのため、わざわざ場所を探す必要はなかった。
野営中も衛星、装甲車のセンサー、スレイプニルのセンサー、必要ならばドローンの配置で、何重にも監視網が張り巡らされている上に、ヒミコがスリープ状態で寝ずの番(?)をして、生体センサーとでも言うべきグレイヴが番犬ならぬ番竜として装甲車の上で寝ていたので、世界一安全な野営だった。
そして意外なことに、このメンバーの中で最も野営の経験があったのはレティシアだった。
テキパキと野営の準備を進める彼女を見て意外に思ったのだが、考えてみれば冒険者経験3年の彼女である。街に泊まる事の多い商人や、エルフのお姫様に比べれば、年齢はともかく経験を見ればベテランであろう。竜、ロボット、引き篭もり、などの経験とは比べ物にもならない。
食料の中から、足の速い物から順に食材に使った料理を作り、タケルがそれに舌鼓を打つと、無口ながらも「ヨシッ」と小さくガッツポーズをキメたりしていた。
それを見て複雑な表情のアルラ。明日の夕食は自分が調理をしようと心に決めた様子だったりした。
旅は旧山陽道を瀬戸内海を左手に見ながら西へ進むのだが、瀬戸内海を見てタケルは一つ発見をする。というより、すでに衛星からの観測で予想はしていた事態なのだが。
ただ、おそらく皆には何のことやらなので、口には出さずにヒミコにだけ電脳リンク回線で呼びかける。
『ヒミコ、やっぱり橋はなくなってるみたいだ』
『確認しています。本州四国連絡橋は3ルートとも全て存在していません。同じく本州と九州をつなぐ関門橋も同様でしょう』
『台風の通り道だし、理由はやっぱり経年劣化での崩壊なのかな?』
『そうですね。本州にある高速道路などの高架や鉄道などもなくなっているので、メンテナンスがなかったために自然災害や経年劣化で崩壊したというのが可能性としては高いでしょう。ただ、橋だけはもしかすると人為的に落とされた可能性もありますが』
『というと?』
『日本でも例のウイルスのパンデミックが起こっていたならば、どちら側からかはわかりませんが、隔離の為に橋を落とす可能性もあったのではないかと推察します』
『そこまでしなきゃいけない事態になっていたとは考えたくないけれど、あれだけの災害が連続してれば、流石の日本でもパニックになった可能性は高いよな』
日本は自然災害に頻繁に襲われる国土だったが、その都度、秩序だった行動で混乱からいち早く脱し、驚異的な速度で復興を成し遂げてきた。地震、台風、津波、噴火、あらゆる自然災害を経験してきたが、それは政府や国民同士への信頼というものがあったからこそ成し遂げられたものだろう。
だからこそ、災害時にもパニックや暴動を起こさず、一見すれば遅いと感じられても、指示に従い列を作るほうが結果として効率が良いと信じて行動できるのだ。自然災害に襲われる土地に住む者ならではの国民性なのだろう。
だが人の悪意から引き起こされた災害は勝手が違ったのであろうことは想像に難くない。
その信頼すべき救助や隣人が、いつ襲ってくるかわからないのだ。
どんなに災害慣れしていたところで、その根底が覆されれば秩序だった行動はできなかっただろう。
タケルは最近、自分が今まで記憶している世界の方が夢だったのではないかと思う時がある。
もちろん夢などではない。ヒミコや自衛隊基地など、過去が現実だったと証明するものは十分にある。
しかし、病棟から出ることなく過ごしてきたタケルには、その現実感が乏しい。
今、自由に旅をしている事実、この現実の前には、過去の記憶が夢だったと言われれば納得してしまいそうな自分がいた。
そこに直接連なる知人がいないためだろうか、過去の悲惨な災害に思いを馳せても、現実味のある感情につながらないのだ。
結局、過去の世界でも、この世界でも、自分は異分子なんだなあという孤独感に苛まれそうになる。
そんなタケルの陰鬱さが顔に出ていたのだろう、正面に座るアルラが声をかけてくる。
「ねぇ、フィロシマも泊まらずに通り過ぎるの? シュバンティン公爵の居城のある街よ。この行程なら明後日か明々後日には着くと思うけど」
「寄らなきゃマズイかな?」
「うーん、公式にはもう特使としての訪問ではないから必要はないけれど、この馬車は目立つから、確実に招かれるとは思うわよ。ほら、ベルツェビエ公爵があからさまに親しいのをアピールしたでしょ。だから他の公爵は面識を持つためにもアプローチしてくるわ」
「うへぇ。またハタ迷惑なことしてくれるなぁあのタヌキ親父は」
最初の訪問で毒入り料理の歓待を受けたものだから、タケルは貴族の招待というものにあまりいい印象がない。そして何より面倒に思っている。
「貴族っていうのは面倒なんだなあ。レティシアの所も躾とかが厳しかったから無口になったとか?」
きょとんとした顔でレティシアが答える。
「無口? 誰が?」
驚いた。レティシアは自分で無口な自覚がないらしい。
「ルフナ殿下やアルラ姫と比べられても困る。三公爵も含めて、貴族の頂点みたいなもの。私は領地もない名前だけの貴族の家柄。だからこうして旅をしていられる。むしろその大貴族と面識のあるご主人様が異常」
確かにレティシアの言う通りなのだろう。
だが、アルラとの付き合いが普通のタケルには、既にその感覚が麻痺してしまっている感がある。そもそも身分階級などとはほぼ無縁の800年前の日本の知識しかなく、その世界ですら人との直接の付き合いは医者と看護師しかなかったタケルにしてみれば、身分の考え方は「偉い人」か「そうでない人」かの2通りしかない。そして最初に接した社会が、身分による制度の薄いエルフで、その中でも種族差別意識の薄いアルラだったのが、タケルの階級に対する意識の希薄さを異常として認識しなかった原因でもある。
階級を知識として知っていても実感としては薄い、というところだろうか。
しかしこの世界に生きる人にとっては重大な異常である。
なぜなら厳しい階級社会で、その身分や階級に対して無頓着であるというのは、山菜取りをする者が毒草の知識がないのと同様に、死に直結する知識の欠如だからである。下手に貴族の名誉を傷つけようものなら、知らなかったでは済まされない。ある意味、レティシアが今ここにいるのも、階級社会というシステムゆえと言う事も出来るのだから。
「そう言うな、ちっこいの。タケルが強きに阿おもねるようであれば、我はタケルを友とはしておらん。異常は異常かもしれんが、タケルの様な異常ならば我は大歓迎だ」
タケルの横に座るグレイヴがタケルを擁護する。あまり言葉としては擁護している感がないが。
「ちっこいのじゃない。レティシア。でっかいの」
「ほう?」
グレイヴがレティシアを見据える。レティシアも睨む。だがレティシアは睨んでも全く威圧感がない。むしろ微笑ましい。
どうやらレティシアは小さいことを気にしているようだ。
「我はちっこいのとは友になった覚えはないのでな。その辺の有象無象の名前なぞ覚えておられんのよ」
「大男、総身に知恵が回りかね」
ぼそりとレティシアが呟く。
「よく言ったな小娘。たかが人間の分際で!」
キレるのはやっ! ロリとはいえそこは秀才のレティシアさん。数少ない言葉で的確に反撃している。そうか、必要な言葉だけしか言わないので無口に見えているのか。どうやら口喧嘩ではレティシアに軍配が上がりそうだ。しかし鎧の大男が少女を脅す図はどう見ても通報ものだ。仲裁に入らねば不味いだろう。
「まてまて、なに喧嘩してんだ」
「タケル、こやつが我の事を……」
お前が泣きついてくるのかよ。
「いや、今のやりとりは先に突っかかったグレイヴが悪いだろ。レティシアはこう見えても、魔法学院を飛び級で卒業するほどの秀才なんだから、仲間として認めてやれよ」
「ふん、人間の魔法なんぞ我には効かぬし、大した力もなかろう。そんなものでは認められぬ」
「じゃあ何すれば認められるんだよ。あああ、レティシアはおもむろに魔法を唱えようとするの止めろ。落ち着け」
「そうだな。我の仲間と言うなら、我と握手ぐらいは平気でしてもらわねばな」
にやっと獰猛さを隠し切れない嫌な笑顔。
こいつまた無茶振りを。
レティシアは自分の手が握り潰されるとでも思ったのか、右手をグーパーしながら華奢な手を見ている。
「それができたら文句は言わないな?」
「我に二言はない」
「よし、じゃあレティシア、今から言う通りにして握手してくれるか?」
そういうとタケルはレティシアに耳打ちした。
「まあ、約束だ。仕方なかろう。レティシアも我の友だ」
不承不承といった顔で了承するグレイヴ。
タケルは王都での国王御前会議の準備の時に、レティシアが使える魔法について粗方教えてもらっていた。その時に聞いた中に精神防御という魔法があった。いつか実験しようと思っていたのだが、そのチャンスがやってきたのだった。
レティシアに精神防御をかけさせてから握手をさせたのだった。
結果は予想通り、レティシアは恐怖に慄くこともなく、普通に握手していた。
これによって幾つかの事が明らかになる。
精神防御は魅了や恐怖や支配や読心術、さらには眠りまでをも含むあらゆる精神干渉系の呪文に対抗する防御呪文であるらしい。ただ、相手の呪文効果の発動よりも先にかけておかねばならないらしく、そういう意味では使い手の判断能力が試される呪文だ。
ドラゴンの畏怖すべき存在に精神防御が有効であったという事は、両者が同じ原理で働いているという証左である。
更に、ドラゴンの畏怖すべき存在はエレクトリックロケーションという電気的な干渉が原因だとヒミコが分析していた事から、精神干渉系の呪文は電気的な信号を相手に与えるものであり、精神防御とは、その電気的信号を受けないようにする魔術=技術だと考えられる。
ということは、それはイコールでタケルの精神防壁と同じ原理であるという事。
これは、魔法が理解不能の現象ではなく、以前にヒミコが推測したように、1つの同じ原理、魔力にアクセスする能力の結果であるという事を裏付ける有力な証拠となりえる。
もしかすると、種族だけでなく、魔法というものも、誰か、もしくは何かの影響で存在するようになった…………
タケルがとても重要な、世界の考察に没頭していると、目の前では醜い争いが繰り広げられていた。
握手をしたまま、グレイヴが何食わぬ顔で力を加え、レティシアが抜け出そうと苦しんでいた。
タケルは思わずスパーンとグレイヴの頭をはたく。
「子供かお前は!」
レティシアの手がグレイヴのガントレットからすぽんと抜ける。
グレイヴの頭部はヘルメットなので実際にははたいたタケルの手の方が痛いのだが、グレイヴは頭をさすりながら言う。
「いや、まあ、そう直接的に指摘されると否定できぬが、子供だな」
ああ、そう言えば、グレイヴはまだ成竜ではないんだったな。
コイツの偉そうな喋り方と見た目に惑わされるが、まだ幼竜なんだよな。
「そういえば聞いてなかったが、グレイヴって何歳なんだ?」
「我はそうだな、今年が産まれてから11年目だ」
まさかの最年少だった。
途中で小休止を取った時に、改めて、レティシアとエルウッドにグレイヴがドラゴンであることを説明した。説明も長くなったので小休止という以上の時間がかかったが、納得はしてもらった。
とりあえず、証明のためにドラゴンブレスを吐いてもらったので、近場の岩が氷結して爆散したが信じてもらうには手っ取り早かったので仕方ないだろう。
一緒に旅をする以上、グレイヴの事を知っていてもらわないと面倒になる。特に畏怖すべき存在については知っておいて貰わないと、どこで問題が起こるかわかったものではない。
最初は冗談か何かの比喩だと思われていたが、真実と分かれば、驚愕するしかなかった2人だった。
面倒事を避けるためにも、一応は秘密にしている事も2人はすんなり納得してくれた。
ちなみに、ドラゴンを配下にしているという事で、レティシアとエルウッドに対してのタケルの株はストップ高で上昇しているのだが、本人はそれには気付いていない。
「フィロシマを避けるルートは2つあります」
エルウッドがタケルの質問に対して答えたのは、旅のルートを変えれば招かれないだろうという案だった。
「手前で船に乗りツクシの王都博多、もしくは手前の門司へ上陸するルート、もうひとつは、陸路を北上して開拓村や未開の地を踏破するルートです」
そう言うと、地図を広げてそれぞれのルートを指差した。
「海路のルートは行程は早くなりますが、海賊を警戒しなければなりませんが、ドラゴンが味方なら問題ないでしょう。陸路の迂回ルートは逆に行程は延びるでしょうし、未開の地の怪物や野生動物の危険に晒されます。文明圏最前線の開拓村には喜ばれるかもしれませんね」
なんでもシュバンティン公爵領は北半分、つまり旧山陰地方はいまだ未開拓エリアなのだそうだ。公爵領軍が定期的に遠征を行い、その討伐地に砦を築き、周辺に開拓村を作る、といった行為を繰り返し、徐々に版図を広げているらしいが、南の海賊被害も無視できず、北方の領土拡大はなかなか進まないらしい。
帝国からの圧力がなければ王国軍の力を借りる事もできるが、ミクリの陥落でむしろ逆にシュバンティン公爵領軍を貸し出さねばならなくなっている。
そういったわけで、このシュバンティン公爵領でも冒険者の需要は十分にあるらしい。
「船に関しては我を当てにしてもらっても困るぞ。海上で船に乗った状態ではブレス攻撃くらいしかできぬ。船を壊していいなら飛べるがな」
「船からは飛び立てないのか?」
タケルの疑問にグレイヴは答える。
「状況によるので絶対とは言えぬが、前に話したであろう。我らは魔力を使って飛んでおる。そして、海上の魔力は薄い。飛べぬ訳ではないが、その分を無理して力で補わなければならぬ。そうなれば、その足場となる船にも相応の負担がかかる。船を守るために飛び立った我が、船を潰す結果になってしまうやもしれん」
「そりゃ本末転倒だな。ドラゴンブレスは問題ないのか?」
「ブレスは我らの体内の魔力で撃つので問題はないが、効果はやや落ちるかも知れんな」
「じゃあ、海上を飛ぶときはどうしてるんだ?」
「そういう時は高度を取ってから飛ぶのだ。海上には魔力マナがないが、滑空だけなら問題ない。だが先に魔力のある土地があると分かっていない限り、海の先に飛ぼうなどという無茶はせぬな。いくら高度を取ろうと、滑空では無限に飛び続けられる訳ではないからな」
「なるほど」
レティシアが凄い勢いでメモを取っている。学費節約の為に卒業資格を取ったと言ってはいたが、そもそも学問が好きなのだろう。そのうちドラゴン学なる学問でも創設するかもしれない。なにせ、ドラゴンと生活を共にした人間など居はしないのだから。
「さて、ルートはどうしますか?」
エルウッドの問いにタケルは気まずそうに答える。
「いや、色々考えてもらって悪いけど、元のルートを行こうと思う。今は時間が大事だし、どうせここまでの道程も筒抜けだろうから、あからさまにルートを変えれば心証が悪くなるだろう。なに、私がちょっと我慢すればいいだけだし、遅れても1日くらいのものだろうから、元のルートが一番問題ないだろう」
「そうですね。下手に貴族の印象を悪くする必要もないでしょう。シュバンティン公は理知的な人と聞いていますから、会談を持っても厄介なことにはならないでしょう」
特に気にした風もなく、エルウッドはにこやかに答えた。
そうは言われても、タケルの重い心は晴れないのだった。




