サイファー
男のエピソードを書くのが面倒だとか面白くないとか、そんな理由で短いわけではないです。多分。
「世直しではなく世作りか」
何をバカな、と一笑に付していい妄言かもしれない。
少なくともいい大人が真面目に言うような内容ではない。
王や貴族が言うのならまだしも、市井の一冒険者の戯言だ。
だが、そこに何故、こんなにも惹かれてしまうのだろう。
自分には守るべきものがある。
生まれ育ったこの村、家族、部下。
未来がなくとも、今を守るために戦うしかないと思っていた。
だが、本当にそうだろうか?
未来を諦めていたのではないだろうか?
言った本人は照れていたが、照れるという事は、本当だという事だ。
そして、その妄言を、なぜあの男の仲間は、あんなにも自然に受け入れられるのだろうか。
あの時の彼らは、本当に輝いて見えた。
羨んでしまった。
「どないしたんや。珍しく悩み事かいな?」
「兄貴か……」
「銃を三丁も回収してきた割には浮かない顔しとるな。恋煩いか? それならめでたい事なんやけどな」
「なぁ、兄貴はワシより頭もいいやろ。教えてくれ。ワシは村のみんなを守れとるんやろか? 終わりを先延ばしにしとるだけなんと違うやろか?」
サイファーの兄は弟に似た無骨な顔を、少し驚いたようにした後、楽しそうに笑って言った。
「今日はなんぞいいことでもあったんか? お前が思い悩むようないい出会いがあったんか?」
「面白い男に出会うたんや。甘っちょろいくせに冷静で、信頼できて、得体が知れんのに温かいし、そのくせ敵には非情で苛烈なんや。そして…………コイツならって夢を見させてくれるんや」
サイファーは兄に今日あった事を全て話した。
「出会うてしもうたんやな。それはいい事やけどな。寂しゅうなるな」
サイファーの話を聞き終えて、兄はポツリと感慨深げに呟いた。
サイファーは兄を指して頭が良いと言ったが、兄は全く逆の考えだった。
一族の中でサイファーほどの天才はいないと考えている。
サイファーの出す答は常に正しい。サイファーはそれを口に出して説明するのが苦手なだけなのだ。だからいつも説明が面倒だから軽口で誤魔化している。だが、弟の中ではその答を導き出した確固たるものがあるのだ。でなければ、奈落の雷鳴隊の百銃長など出来るものではないし、リクルーターを任せられはしない。
事実、戦場では何度もサイファーの勘という名の結論に助けられてきたし、サイファーが連れてくる団員に見込み違いはなかった。
何より、昔語った、この村の将来に対する危惧を、サイファーは自分の考えで心配していた。
「なぁ、サイファー、この村ははぐれ者の集まりや。いま辛うじて存続できとるのは傭兵団としての収入があるからに過ぎん。毎日ギャンブルして、いい目を出し続けとるようなもんや。稼ぎがあろうがなかろうが、税は払わないかんし、王国の良い土地は全て貴族に押さえられとる。傭兵家業でできたコネクションで、いろんな貴族に打診はしとるが、ヤツらは傭兵としての価値しかみとらん。自分の土地を削ってまで村ごと抱えようなんてヤツはおらん。やからな、サイファー、その男が、お前の眼鏡に適うて、この村の将来を考えてくれる言うんやったら、部下も含めて、お前の好きにしたらええ。この村の事を思うてお前がそう結論を出したんなら、それが正解なんや」
「部下も連れていくんか?」
「でないと傭兵団として売り込めんやろう?」
サイファーの疑問に兄は切り返すが、実際には別の理由もあった。
良くも悪くも、サイファーの隊はサイファーでなければ指揮できない。他の指揮官では使いこなせないだろう。天才ゆえの弊害というやつか。
「お前は村の将来を考えた上で、それがええと思うたんやろう? ならそれをすればええ」
「そうなんやけどな……、何よりも、あいつらと居ると楽しそうなんや」
サイファーの向ける笑顔に釣られて笑顔になった兄は、これだけは言っておかねばと口を開く。
「お前のおらん穴ぐらいは埋めといたるわ。けどな…………せめて最低料金くらいは貰うてきてくれな」
サイファーの兄、奈落の雷鳴隊の団長は最も大事なことだというように鹿爪らしい顔でそう言った。




