王都ナミハ7
ひき潰す訳にもいかず『幾百の星霜亭』に連れ込まれた。
最後にレティシアの思い出深い場所で食事をするのもいいかと思い、タケル、アルラ、レティシアはエルウッドと1階に入ってテーブルを囲んだ。
グレイヴはさっさと寝ていたし、ヒミコは食事の必要がないため装甲車の見張りに残った。
「探しましたよ。まさか城の中にいたとは、街中探しても見つからないわけですね」
「別に隠れてはいなかったけれど、よく見つけたもんだな」
「まったくです。どの宿屋にも泊まっていないし、あれだけ目立つ馬車なのにどこにもいない。ただ、城に入った珍しいエルフの馬車を見た人がいたので、城しかないと思ったのですよ。傭兵団登録をここで見ればすぐ分かると思っていたのに、傭兵団ではなく冒険者チームで登録してたなんて。しかも日本ではなくジャパンで登録してあるし、探すの苦労したんですよ」
「わるかった。人手が足らなくて突然登録をお願いされたんで、チーム名を変えてたんだ」
「おかげで、あなたたちが私から逃げてるんじゃないかと勘繰ってしまいましたよ。ですがこうやって見つけた以上、ここが年貢の納め時です。観念して下さい」
そう言って金貨の詰まっているであろう袋を差し出してきた。
その言葉を年貢を納める側が使うのは初めて聞いた。
袋の中には金貨がぎっしりと詰まっていた。
たしかこの世界での金貨一枚って旧日本での価値に換算すると5~10万円くらいだったよな。
じゃあ、この袋の価値は数百万円はあるはずだ。いくらなんでも貰いすぎだ。
「今更『こんなにはもらえないなんて』言わないでくださいよ」
「こんなにはもら……」
見事に機先を制されてしまった。
「私自身と『商品』の命の価値です。これでもまだ安いくらいですよ」
死んでしまえばこの金も使えなかったわけだから、そう言われてしまうと確かにそうなのだが。
ただ、ダメ元で聞いてみたいことがあったので、調度良いから交渉してみることにした。
「エルウッドはなんでも扱う商人なんだよな? じゃあこの金で買いたいものが幾つかあるんだけど調達してもらえないか?」
エルウッドはその言葉を聞くと嬉しそうに笑った。
「それはいい! それこそ私に出来る恩返しの真骨頂です。なんでも言って下さい!」
「ツクシかノルムの暖かいとこの土地って幾らくらいで買えるんだ?」
「そういうことならばツクシ鎮西国でしょう」
暖かい土地で、こちらの希望する植物を育てて収穫する農家と契約したいという希望を伝えると、エルウッドは考え込みながらもそう答えた。
「ノルムでは契約という概念自体あやふやですし、交渉相手を見つけることが困難です。ただツクシにしても、農民は土地を持っているわけではありませんから、貴族に交渉して貴族の土地で育ててもらうしかないでしょうね。ですが、他の作物よりも高い値をつけなければ見向きもされないでしょうし価格交渉が難しいところですね」
「育てるのは木で手間もかからないし、収穫も別に伐採するわけでもないから手間はかからない。畑や田んぼのように土地を造る必要もないから、余ってる土地でいいんだ。あとは見守る人手だけだから」
「ふむ、それなら交渉の余地はありそうですね。心当たりの貴族を当たってみましょう。他には?」
「情報が欲しい。それによって欲しいものが変わるかもしれない」
「何の情報が欲しいんですか?」
「船が遠くに行けない理由が知りたい。海運がないわけではないし、海賊もいると聞いているが、なぜ海の向こうへ行く船がないんだ?」
「そんなことですか。それなら特別な情報でもないのでお代はいりません。理由は2つあります。1つは危険な土地だからです。ツクシの北方とカムイの北方にまだ土地が広がっていることは分かっていますがどちらも呪われた土地でした。調査に行った冒険者たちの報告では森が深く野生動物や怪物がうごめく土地で人の存在は確認できなかったそうです。しかも、その地には死者の呪いがあり、上陸した者たちはアンデッドへと変貌し仲間を襲いだしたと言われています。逃げ帰った者たちの中にも、後にアンデッドとなった者がいたらしく、以降、その地への渡航は禁止されています」
九州の北方と北海道の北方ということは、朝鮮半島と樺太やロシアのことか。その環境なら人類の生存はなさそうだ。いまだウイルスの脅威も存在しているという事なのだろう。
「もう1つの理由は、洋上や呪われた土地には魔力が存在しないという事です。この国の陸地が見える範囲ならばかろうじて魔力は存在しますが、数キロも離れればなくなります。魔法が使えない状態では風を操ることも出来ませんし、その先が呪われた土地の可能性があるのに、戻れないほど遠い場所へ行く者などいないという事です」
なるほど、まだこの日本の中ですら未開の土地があるのに、わざわざそんな危険を冒して遠くへ出る必要はないということか。だが、まだ到達できていないという事は、カナダやオーストラリアに人類が生存している可能性も残っているという事だな。同じ島国という事を考えると、ヨーロッパが壊滅していたとしてもイギリスは残っているかもしれないな。
「どうです? こんな話でお役に立ちましたか?」
「ありがとう、十分だ。じゃあツクシに行くには船の手配が必要なんだろう? 定期船でも出ているのかな?」
「物資の運搬には船が使われていますが、人や馬車の往来はトンネルでできますよ。ノルムの海賊が出没するので、船より時間はかかりますがトンネルを使う旅の方が一般的ですね」
なんと、関門海峡の海底トンネルはいまだ健在らしい。それならこのまま行くことも可能か。装甲車を積み込める船がない場合、最悪、装甲車は本州側に置いていくことも考えていただけに、それは朗報といっていいだろう。だが築千年にもなろうかという海底トンネルを通るのは怖いものがあるな。
「ツクシに行くのですか?」
「ああ、遺跡探索の旅に出るんだ。船を手配してもらおうと思っていたけれど、陸路で行けるなら問題なさそうだな」
「では、良かったら私も同行させてもらえませんか? さっき言っていたツクシの土地の話もツテのある貴族に交渉する必要もありますし、あなた方と一緒なら護衛を雇う必要もないでしょう」
「それは、こちらから頼んだことだから構わないけれど、いいのか? 仕事とかあるんじゃないのか?」
「一仕事終えたところですし、私は流れの商人ですから問題ありませんよ。特に私の勘が、これはビジネスチャンスだと告げています。先行投資ですよ」
「ならいいんだが……、あとは、傭兵って、雇う場合はどのぐらいかかるものなんだろうか?」
エルウッドは不思議そうな顔をしてタケルを見る。
流れるような会話が一瞬止まる。その不思議そうな気持ちは分かる。傭兵団が傭兵団を雇う場合の値段を聞いているのだから。
だが、タケルはこれも手段としてはアリだと思っている。時間がない現状、人数を集められるなら、一時的に傭兵団を雇うこともアリだと考えたのだ。
「どういう意図で聞いているのか分かりませんが、質と数にもよりますね。有名どころの傭兵団を一回の会戦で雇う場合、金貨千枚は必要でしょうし、街の防衛などに雇う場合は、月に金貨100~200枚は最低でも必要になります。ですが質の低い傭兵の場合は冒険者を護衛で雇う感覚と変わりませんから、一人当たり金貨一枚か、それ以下でも雇えるでしょう」
それなりの金はかかるか。それでも、即戦力が揃うというのは魅力的だ。
「なんや、儲け話ならワシも一枚噛ませてーや」
当然のような顔をしてサイファーがテーブルの空いた席に腰を下ろした。
「うわっ、ここでメシ食ってると現れるな。ホントはメシが目当てなんじゃないだろうな?」
「そんなわけあるかい。忙しい中、わざわざにぃちゃんの姿が見えたから来たんやないか。そもそも、傭兵団の話やったら、そんな胡散臭いヤツよりワシに聞いた方が専門やないか」
いや、胡散臭さで言えば、サイファーもいい勝負だと思うが、口には出さないほうが良さそうだ。
メシが目当てではないと言いながらも、既にテーブルの上の料理に手をつけている。
「胡散臭いとは心外ですね。私はれっきとした商人ギルドの交易商人ですよ」
「はっ、普通商人ギルドの交易商は冒険者ギルドにソロ登録なんざしねぇよ。チャンスメイカーさんよ」
「別に悪いことではないでしょう。必要とあれば人の役に立つための手続きの一環です。あなたこそ勝手に行動して良い立場じゃないでしょう。奈落の雷鳴のマークスマンさん」
エルウッドとサイファーはテーブルを挟んでバチバチと火花を散らしそうな勢いで対峙している。
アルラは何故か顔を紅潮させワクワクした目で成り行きを見守っている。また視線が少しずれているような気がする。
レティシアは我関せずで、黙々と食事を摂っている。
仕方ない、仲裁役は自分しかいない。食事は楽しく摂らないとな。
「落ち着け二人とも。なに肩肘張ってるんだ。食事は楽しく食べないとダメだぞ」
二人ともタケルの声で浮かしかけた腰を落とす。
「なに? そのチャンスメイカーとかマークスマンとかいうのは?」
傭兵団の名前といい、いちいちカッコいいな。……別に悔しくなんかないけど。
そういえばエルウッドは最初会った時にその名前で山賊から呼ばれてたよな。
エルウッドがそれに答えて説明する。
「二つ名ですよ。冒険者ギルドではある程度依頼をこなして有名になったり、難易度の高い依頼をこなせる冒険者に、分かりやすいように二つ名をつけるんです。そこの人は傭兵団なのに、勝手にソロ登録もしてふらふらと依頼をこなしていってるから二つ名が付いちゃってるんですよ」
冒険者としてみれば、二つ名が付くくらい依頼を遂行している有能冒険者という評価だが、傭兵団としてみれば、それだけ勝手に傭兵団以外での仕事を請けている職務放棄の悪名ということか。確かに百人の部下を預かる隊長としては褒められた行為ではない。
サイファーは痛いところを突かれたように、苛立たしげに舌打ちをする。
「ワシはそれが仕事の一環やからそれでええんや。小言程度で済んどるしな」
小言は言われてんじゃねぇか。
「ワシと違うて、そっちのチャンスメイカーは実際悪名やからな。機を見るに敏。いつでも相手の隙を伺っとって、隙が見えたところから切り崩していきよる。善悪関係なしに、依頼契約しか目にはいっとらん。そんなヤツと付き合うとったら、隙を見せた途端に食いつかれるで」
「契約の重みを知らない者が、結果に文句を付けているだけですよ。私は後ろ暗いことなんて全くしていませんし、そもそも冒険者ではなく商人ですから」
サイファーの非難にエルウッドが涼しい顔で答える。
それからエルウッドとサイファーの口喧嘩の中身を検討したところ、以前、傭兵団の脱走兵をサイファーが捕まえたところ、脱走兵が持ち出した流出武器をエルウッドが先に回収して売り飛ばしていた事があったらしい。
エルウッドは高品質の銃を納品して欲しいという依頼に応えただけで、脱走兵とも正式な契約で銃を譲り受けたという事だが、サイファーに言わせれば脱走兵が出るのを待ち構えていて、そこから買って横流ししたなら同罪だというのだ。
それを聞けば心情的にはサイファーの味方をしたいが、エルウッドは善意の第三者であることも否定できない。この場合エルウッドが多少は知っていた可能性が高いが。
「サイファーはこの前も銃の回収に熱心だったけど、サイファーのとこの銃って他の銃と何か違うのか?」
「ワシらの傭兵団はお抱えの鉄砲鍛冶がおって、常に新しいアイディアを試しとるから、他の銃よりは普通の銃でも高品質なんや。命中精度も他のに比べればええしな」
『サイファーの回収していたマスケットは銃口内にライフリングが刻まれていました。他のマスケットより命中精度と射程は優れていると思われます』
ヒミコ先生からのワンポイント解説がカットインしてきた。
「傭兵団って鉄砲を作るところまでやってるのか。すごいな」
「有名どころは似たり寄ったりやろうな。有名なだけに所帯も大きいしな。ワシらも最初はただの開拓村やったんやけど、ここが農耕には全く向かんとこでな、幸い硝石が採れたんでそこから銃の製造を始めて、村のもんが銃の扱いに慣れとるから傭兵での出稼ぎを始めて、いつの間にか傭兵団になっとった」
タケルは、あれ? 日本って硝石が自然に採れたっけ? などと思いながらも800年もあればそのぐらい変わるかもな、と考えを改めた。
「それよりも、傭兵団の手助けが必要なら、まずワシを頼ればええやろ。にぃちゃんやったら格安で引き受けたるわ」
「いや、それは悪いし。それに格安って言ったって有名どこなんだから高いだろ」
「そんなことないで。ウチの隊だけなら特別に金貨100枚でええで」
「安っ!」
100人隊を金貨100枚って、一人頭1枚じゃないか。さっきの話だと質の低い冒険者並みじゃないか。
すかさず、エルウッドからツッコミが入る。
「そんなわけないでしょう。絶対裏がありますよ。そんなんじゃ赤字も良いとこですし、そもそもあなたにそんなの決める権限はないはずでしょう?」
「ごちゃごちゃ煩いのう。ワシとにぃちゃんは友達やから友達価格っちゅうやつや。ただ、ちょっとばかし友達のお願いゆうやつがあるだけや」
「明らかに胡散臭いじゃないですか! よくもまあ人の事を胡散臭いとか言えるものですね。それって詐欺の手管ですよ。騙されてはいけませんよ。大体、さっきも言ったようにこの人に価格を交渉する権限なんてないはずです。それがここまで話が出来るってことは、そもそもあなたに売り込む気で団長の内諾を得ているって事です。偶然じゃなくて探してたんですよ、あなたを」
理路整然とまくし立てるエルウッドにサイファーが苛立たしげに頭を掻き毟る。
「あーもう! 煩いな! その通りや! ワシが見込んだ男や。味方してやりたいからワシが団長に話付けたんや! もうこれやから商人はいけすかんねん。別に難しい話やない。にぃちゃん、金額はそれでええ。ただ、約束して欲しいものがあるんや」
「なにをだ?」
サイファーは声を潜めて真剣な眼差しで言う。
「にぃちゃんが将来、領土を得たら、そこの耕作可能な土地にワシら傭兵団の町を作らせてほしいんや」
「え?」
「さっきも言うたように、ワシらの村は傭兵団作るくらいしか稼げる方法がなかった。せやけどな、ワシらは別に信念があって集まったわけやない。村には家族もおれば女子供もおる。このままいって、戦争がなくなればワシらは仕事がなくなるし、そうでなくても、どっかの会戦で全滅でもすれば、それで村は終わりや。やからワシらはできるだけ町の防衛とかの全滅のリスクの低い仕事を選んどる。でもな、このままいけばジリ貧や。いつかは悪い目が出る。その前に、ワシらが養うとるもんをワシらがおらんでも生活できるようにしてやらないかんのや。こないだのにぃちゃんの話、実を言うと、久々に震えたわ。そうや、ないんやったら作ればええんや。やからな、にぃちゃんに賭けてみたいんや。そう言うて団長を説得したんや。頼む!」
サイファーはタケルに向かって頭を下げた。
タケルが返答しようとすると、その機先を制するようにエルウッドが口を挟む。
「なぜ、そんな賭けに出るんです? 逆に危険な戦場に投入されるかも知れないじゃないですか?」
エルウッドの問いに、サイファーは頭を上げるとニヤリと笑って答えた。
「ワシは自分の目を信じとる。このにぃちゃんはそんなことはせん。にぃちゃんの采配ぶりはしっかりと見させてもろうた。大金を積まれて堅固な要塞で無能な将軍の配下になるよりも、信じられる将の下で同じ夢を見ながら戦える方が、男にとっては本懐なんじゃ。金勘定が第一の商人には分からんかも知れんがの」
「そこまで言われちゃ断れないじゃないか。いいよ」
「契約成立やな」
サイファーがニカッと笑って握手をしてきた。
「仕方ないですね。契約書は後程作りますから、金貨100枚はその時に支払います。いいですね」
エルウッドが小さくため息をつきながらサイファーに言う。
「なぁ、なんでお前が仕切ってんだ?」
サイファーが疑問を投げかける。
「私は彼に恩義があります。そして、彼は仕入を依頼された取引相手でもあります。なにより彼は友人です。契約で困ることがないように力を貸すのは当然でしょう」
「あのチャンスメイカーが友人なんて言葉を使うとはね! にぃちゃん気をつけな、コイツ絶対何か狙ってやがる」
「当然です。彼といればビジネスチャンスがあると踏んでいるのです。この世界で初めての商品を私が扱えるかもしれない。この興奮はあなたのような人にはわからないでしょう」
「ほれみたことか。こいつは損得で動いてるだけだぞ」
「損得以上に信用できるものはないでしょう。商人の倫理を舐めてもらっちゃ困ります」
「あーはいはい、わかった、わかったから」
タケルは二人を制すると、懐からメモを取り出して、それにペンで何かを書き付ける。
破ったメモをエルウッドに渡す。
エルウッドはそのメモを読むと破顔して、自分の羽ペンとインク壷を出すと、さらさらと楽しげにその紙に署名した。
エルウッドはその紙をサイファーに見せると、大事そうに懐に仕舞い込んだ。
サイファーはその紙を見るとプッと吹き出して「それなら仕方ねぇな」と、おとなしくなった。
その紙には『契約書 エルウッドはヤマトタケルと友人である。これは双方の合意がなければ破棄できない』と書かれ、二人の署名が入っていた。
どの道、今からタケルたちはツクシに向かうため、サイファーにはナミハで待っていてもらう事にした。多分1週間か2週間くらいの内には戻ってくるので、戻る日程が分かったらレティシアから声送りでメッセージを送ると伝えた。
サイファーはツクシについてくるつもりだったようだが、それはタケルが止めた。
部下のある身がフラフラしてちゃ不味いだろうという常識的な判断によるものだった。
戻ってくるまではサイファーにまとめていてもらわなければならない。
エルウッドはサイファーと話し合ってまとめた契約書と金貨100枚を支払って、2階の受付で正式な契約として申請していた。
食事が終わったタケルたちも同席して、レティシアは冒険者ギルドの受付の女性と別れを済ませた。
ただ、レティシアがタケルを「ご主人様」呼ばわりして、アルラを除く全員の目が変態を見るような険しいものとなったので、タケルはそそくさと装甲車へ戻った。
なにはともあれ、エルウッドを加えたタケルたちはツクシへと向かって出発したのだった。
カクヨムに転載ついでに修正などを入れていたら、1話あたり20~30分もかかってしまい34話までで一旦諦めました。ルビは仕方ないにしても、文頭に半角スペースが入るのを削るのが面倒です。なんか楽な方法がないものか。




