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ジュゲムレポート

ジュゲムレポート


目覚めると世界が崩壊していた。

比喩でも暗喩でもなく言葉通りの意味だ。

世界が一変していた。

地下から出た私が見たものは、廃墟と化し、歳月をかけ大自然に飲み込まれようとしていた建物群だった。


あまりの予想外の事態に混乱していて、精神安定剤にでも頼りたいところだが、思考力が鈍るかもしれない愚は冒せない。

最初から思い出してみよう。



21世紀も終わりが見え、人々が22世紀を意識しはじめた頃、科学は人類の生存領域を海底にまで広げ、月面にも僅かながらの基地を作り住むまでになっていた。

しかしながら私の病気には科学のメスは切り込めずにいた。

先天的な遺伝子異常による、緩やかな死を待つだけの存在。それが私だった。

医者からは10歳まで生きられるかどうか、と余命宣告されていたらしい。

しかし、私はその倍以上の年齢まで生き延びた。

何故か?

それは私が生きながらにして、献体としての登録に承諾したからだ。勿論、まだ判断能力のない子供の時だったので、実際に承諾したのは両親だが、成長した私は両親の判断に異を唱えるつもりはこれっぽちもない。むしろ感謝しているぐらいだ。

とはいえ、献体となってからは両親に会っていないので、その感謝を伝える機会はなかったし、もう両親の記憶はほとんどないのだが。


献体となった私は、一応治療名目で扱われていたが、まぁ実験動物よりはマシな扱いだったろう。

治療のため、免疫力を抑えられていたので、隔離病棟から出ることは出来なかったが、ネットには自由に接続出来たし、テレビだって見れたし、欲しいものは取り寄せることが出来た。そのほとんどは本であったのだけれど。なにせ、病棟から出れないのだから、他のものは使い用がなかった。


私は自分のことをジュゲムと呼んで貰っていた。

長い名前をつけることで、少しでも死から逃れようとしている様が、私自身のように感じられたからだが、医師や看護師たちは当惑しつつも従ってくれた。彼等も非人間的な数字で呼ぶことに多少は抵抗と罪悪感があったのかもしれない。

それとも死を前にした人間に対する憐れみか。

そう、ジュゲムは人である以上、死から逃れ得たわけではなく、先延ばしにしているだけなのだから。


その、私の死を先延ばしにしてくれている治療の主たるものが、脊髄に埋め込まれたナノマシンプラントだ。

成長に合わせて、何回か埋め直され、バージョンアップされてきたそれは、私の体が欠損している体組織の構成物質や、栄養素の代替となるナノマシンを生成して、私の命を繋いでくれているのみならず、技術の進歩により、体外からプラントに指令を出すことによって手術を要する問題にも対処出来るようになっていった。

また、身体の状態を正確に監視するため、延髄部分に情報のアウトプットとインプット機器が埋め込まれた。

これもナノマシンプラント同様に何度も埋設手術をされ、バージョンアップしていった。

ただ、この技術の進歩というものは、私の結果をフィードバックした結果だったので、持ちつ持たれつ、ギブアンドテイクだったと思う。

何度も身体を切り開かれ中枢部分を弄られる苦しみに堪え、幸運にも良好な結果を残せたのは、実験動物としての面目躍如だったのではないだろうか。

その甲斐あってか、いや、勿論最も誇るべきは医療従事者や技術者だとは分かってはいるのだが、日本はその分野では他を圧倒する進歩を遂げていたらしい。

私という人体実験の成果として。


その結果、最初は体内の機器はその動作のために一部屋分ものバックアップ機材が必要で、まさに機械に繋がれた息をするだけの存在だった私を、小型化、高性能化という福音で、徐々に病棟内を自由に動き回れる「人間」にしてくれた。

ヘッドギアで仮想現実のネット世界へダイブする技術も、私の延髄からの神経接続情報が寄与したという事実は誇らしい。

それがゲームという分野で大きく発展して行ったというのはいかにも日本らしいと思うが。


そんな私に転機が訪れた。

私が27の誕生日を迎える頃、ヒト遺伝子への操作が容認の方向へ大きく動き出していたのだ。


馬鹿馬鹿しい話だが、私の病気の治療が困難だった最も大きな理由は、ヒト遺伝子への操作という行為が、モラル的に問題があるから、という共通認識にあった。

比較的、宗教的な問題の少ない日本ですら、世界の常識という名の同調圧力に従っていた。

命の掛かっている身からすれば、ふざけるなと声を荒げたくなるところなのだろうが、世界とはそういうものだと納得もしていた。


遺伝子異常による命の危機に瀕しているものは少ない。

何十万、何百万に1人という数だ。

専用の医療機器も薬も、開発と販売のコストが割に合わないため進歩しない。

ましてや、その分野がタブー視されているなら尚更だ。

そんな極々少数の者のために、世界の国や宗教を敵に回すなんて誰もしない。

そう、この時までは。


数年前から出生者の遺伝子異常率が有り得ない上昇を示していたらしい。

原因は、遺伝子操作食品、ウイルス、大国による環境破壊、宇宙放射線、発電衛星のマイクロウェーブ、果ては静かなテロ説まであったが、原因は特定されていなかった。

ただ、このまま増加傾向が続けば、種としての存亡にかかわりかねない事態であるとWHOはレポートを出した。

そのため、国連主体で研究機関が設立された。

国連主体なのは、今までタブーであった領域のため、反対勢力の反発を各国が忌避した結果らしい。


かくして、私の治療、今までのような対処療法ではなく、根治の道が拓かれたわけだが、そこに喜びはなかった。

私は逆に不安になった。


私は薄々とだが勘づいていた。

私はここに監禁されているのだと。

確かに私の免疫力は薬で抑えられているが、今ではナノマシンが問題のない代替物質になってくれているし、私自身の身体も運動機能上問題のない状態になっている。

にもかかわらず、隔離病棟から出さないのは、おそらく、人体実験に進んで協力してくれる稀有な存在だからだ。

悪く考えると、私を繋ぐために、わざと根本の病気の治療にかからず、対処療法に専念していた、いや、流石にそれは穿ち過ぎだろうが。


私は現状に満足していた。

たまにデータを取られ、数年に一度、身体を開かれ苦しい思いをするが、身体は普通に動かせるし、自由にネットに接続できる。何の不満があろうか。

たとえそれが、死の回避のための、長い名前や、布団を回すような一時凌ぎにすぎない砂上の楼閣であろうが、この病棟に満足していたのだ。

しかし、これからは遺伝子異常の治験者は大量にいる上に、その権利は全て国連の組織が独占する事になる。


結果、私は二者択一を迫られた。

国連の機関に移るか、この病棟で行われる新しい実験に参加するか、だった。

聞いていて露骨なほど、国連機関のデメリットと、この病棟の実験のメリットを言い募った。

国連機関は実績がない、被験者は若年者が殆どだ、日本ほどの保障はない、研究には時間がかかる、エトセトラ、etc。


では実験とは何か。

それは冷凍睡眠である。

体内にナノマシンが行き渡っているからこそできる延命措置であり、遺伝子の治療法が確立してから解凍措置を行えばいい。せいぜい10年程度だろう。


その説明に、私の実験動物としての役目が終わった事を知る。

おそらく、最後にリスクの高い実験をしてみようと言うことだろう、と判断する。

まだメリットや意義を並べる説明は続いていたが、しかし、私の心は決まっていた。

続きのあるドラマや連載中のマンガ、小説など、それにネットゲームなんかも心残りではあったものの、10年後に続きを探して読めばいいか、とあっさり諦める事が出来た。

今まで全て生還してきた強運の実験動物の意地を見せてやろう。


地下に安置された私専用の棺桶のような冷凍ベッドに、腰と首にチューブを挿してから横たわった。

眠りは一瞬で訪れた。私の世界は一時暗転する。



どれだけの時間が過ぎたのだろうか。

目覚めた私が最初に行ったのは、考える事だった。実際には、それ以外のことが出来なかったのだ。

暗闇で思考すること数十分、記憶の混乱を整理し終え、冷凍睡眠までの記憶を取り戻す。そして、異常を認識する。

私が目覚めているのに、誰も私を見に来ないなど有り得ない話だ。これではまるで埋葬後の目覚めではないか。

棺桶の内側を爪が剥げるまで引っ掻き続けて窒息していく、昔読んだ恐怖小説のような妄想に怯えつつ、身体を動かしてみる。

ナノマシンは正常に働いてるようで、徐々に身体の機能は戻ってきていた。

眠る前の説明を思い出しつつ、内部の開閉ハンドルを操作する。

軋みつつ気圧差により冷気を吹き出しながら冷凍ベッドの扉が開く。

まだうまく動かない手で慎重にチューブを外す。

外は予想に反して真っ暗だった。明かりがないため、記憶を頼りにフラフラと手探りで部屋の出口を目指す。

扉は自動ドアだったはずだが、開かない。やはり、電気の供給が断たれているようだ。苦労して力づくでドアをこじ開ける。

医療機関で電力供給が断たれているのはかなりの異常事態だ。

エレベーターは端から諦め、階段に向かう。非常口の明かりすらない闇の中、心が騒ぐ。しかし、思い過ごしであってほしい。

階段を逸る心と裏腹にゆっくり、ゆっくりと上っていく。

そして、見てしまう。

知ってしまう。

世界が崩壊したという事実を。

自分がひとりぼっちかもしれないという可能性を。



ショックを受けていたのは事実だが、そこからの立直りも早かった。

狭い世界で育ったためか、それとも生来のものか、私は知識欲が強かった。なぜこうなったのか、自分の知らない間の出来事に対する好奇心が抑えきれなかったのだ。それが、私をショックから立ち直らせてくれた。

とはいえ、私が最初に行ったことは、飲食物の探索だった。

何年冷凍されていたのかわからないが、私は冷凍される前に、体内の異物は可能な限り除いたので、空腹なはずだったと思い出したのだ。


生きてきた年数のほとんどを過ごした場所なので、隔離病棟内の構造は把握していた。保管場所から防災用品を一式持ちだし、食堂の食料庫から調理しなくていいような缶詰を出して、荒れ果てた食堂で食べた。

水道を確かめてみたが、水は出なかった。


さて、何が起こったかを調べるため最も重要なことは、電力を復旧させることだった。

あらゆるものが電化されているため、それができなければ何もできない。どころか、一階と二階の外界とつながる場所は全て非常用のシャッターが降ろされていて、外に出ることすら出来ない。(そのため、外を見るため階段で三階まで上る必要があった。)

自家発電は2系統あったはずだ。古いタイプの発動機型と、常時稼働の太陽光発電だ。

予想では、太陽光発電に何らかの問題が発生したのではないかと。そのため、電力を供給されなくなった冷凍睡眠装置が、強制的に私を目覚めさせたのではないか。

であれば、太陽光発電のトラブルを解決できるだけの知識は私にはないので、太陽光発電が設置された屋上に向かっても意味はない。それよりは、燃料さえあれば稼働させられる発動機に向かう方が懸命だろう。

そして、この判断は間違ってはいなかった。


電力を復旧させた私は、病棟の集中管理室でコンピュータを起動させた。ネットに接続しようとしたが、仮想空間はおろか、あらゆる信号が確認できなかった。

仕方なく、管理用コンピュータを通常操作してライフラインの供給を確認したところ、全て断絶していた。

諦めつつ、一つ一つを復旧できないかチェックしていると、電力供給ラインの1つから反応が返ってきた。

期待を込めてそのラインをオンにする。

すると、電力よりも待ち望んでいたものが返ってきた。

「そこに誰かいるのですか?」


スピーカーから響いた声に、情けなくも私は涙していた。

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