<赤い瞳の少女Ⅱ>
終わり方がさっそく微妙になってしまいました。
「アイリスじゃ……ない……?」
エルナードの目の前にいる少女は鋭い目付きで確かにいった。『私はアイリスじゃない』と。
それならば、洞窟で聞いた声は彼女のものだったのか、それとも別の誰かだったのか、あるいは本当にアイリスだったのか。それを知る術はないのだが。
しかし、ニーナという少女は、どこから見てもアイリスと瓜二つなのだ。
唯一違うことといえば、その瞳の色だけだった。すんだ黒をしたものとは打って変わって、燃えるような赤い色をしているのだ。しかし、それ以外、見た限り差はない。
あと変わっていそうなのは性格やらの内面的なものくらいだが、まだ目を覚ましたばかりで、まったく分からない。
「わかった。じゃ、とりあえずいまはゆっくりしててくれ。まだ、体が本調子じゃないだろ?」
エルナードはそっと微笑む。
「――わからない」
「えっ?」
「どうして私がここにいるのか、いままで何をしていたのか、いままで何を思ってきたのか。考えたけど、わからなかった」
エルナードだけではない。他の人間も、そろえて口を広げて、言葉につまった。「まさか、記憶が……ないのか?」
ニーナがコクりと頷く。
皆現実が信じられなかった。エルナードは大切な家族に、センスたちは真実へたどり着くヒントに、スルリと離れられてしまったのだ。
「そんな……こんなことって」
皆俯き沈黙する。
そしてすぐ、それをエルナードは打ち破った。
ドンッという松葉杖の音が響き、エルナードにすべての視線が集まる。
「オレは諦めないからな。絶対に諦めない! 記憶がないなら取り戻せばいい、作ればいい!」
エルナードはニーナの手をとる。
「ニーナ、オレが絶対にお前の記憶を取り戻す! だから約束してくれ。お前の記憶が戻ったときは、全部話してくれるって」
エルナードがすべてを言いきり、ニーナは口を開けておおいに驚いていた。そして、涙も流れた。
ニーナはその涙を空いている手で拭うと、それを不思議そうな顔で眺めて、口を開いた。
「なんで、そんなに私のために頑張るの? どうして……」
ニーナはエルナードの手を払う。
「――家族だからだよ。どうしてって言われても、そう答えるしかない」
エルナードはそっと微笑んだ。
「私はあなたの言っている人じゃないわよ?」
「それでも、あのとき声が聞こえたという事実だけは変わらない。オレのなかで君は、あのときからもう家族なんだ」
ニーナの表情が変わった。そして、自らエルナードの手をとり、頭の上にのせる。
「勝手にしなさい。私は好きなようにやるから」
(性格は案外似たようなもんなんだな)
エルナードは苦笑した。
「――さて、話も大体まとまったところで、今後について話すとしようか?」
紺色の髪をはらって、ベッドにて横たわるセンスが話を切り出した。
「そうね。そうしましょう」
後ろで髪を束ねながら、ユマが返す。
エルナード松葉杖を置くと、はニーナのベッドに座った、
「今後のはなしかぁ。オレはいま言ったとおり、ニーナの記憶を取り戻すためにあちこちいくつもりだけど、センスたちはどうするつもりなんだ?」
センスは考えた。しかし、なにも答えようとはしない。
「まぁとりあえず、1回ギルドに帰らないといけないんだし、この話はその時でも――」
「――いや、」
いきなりセンスが口を開いた。
「エルナード、僕らはギルドには戻らないよ。このまま、別の仕事にいく。ユウカさんには、そう言っといてくれ」
「は?」
エルナードはセンスのいきなりの言葉に戸惑った。そして、頭のなかでその意味を処理しようとすると、具体的な意図がつかめず、困惑した。
「なんでだ?」
挙げ句聞き返した。
このエルナードの返しに、センスはひとつため息をつく。
「あのだね、エルナードだけでも重傷なのに、そのうえ僕がいたりしたら、ユウカさんがとんでもなく騒ぐとおもうんだ。この間エルナードが怪我をしたときだって、テーブルクロスまで作っちゃったろう? あまり迷惑をかけたくないんだ。重荷になるのも嫌だ。だから、僕らはしばらくギルドには戻らないよ」
なるほど。と、エルナードはコクりと頷いた。センスの言っている事は当たりすぎているのだ。
ということで、センスたちの行く先もなんとなく決まった。エルナードたちの行く先もとりあえずギルドだとして、最後に残る問題は、ニーナのことをどうするかだ。
ギルドに連れて帰ったとして、部屋は空いていない。さすがのエルナードも、2人部屋にしかも男1人に対して女2人というのは気が引けた。
「どうしようか……」
この問題が地味に難問なのだ。少しでも間違えればユウカが可笑しなアイディアを出しかねない。それこそ、『3人で住め』とか言い出しそうなものだ。
エルナードはココに来て現れた思いもしない強敵に、苦笑するしかなかった。その様子にセンスたちも同じように口元を歪め、気持ちを共感した。
「とにかく、僕らは明日ココを出るから。しばらくお別れだ」
「あ、ああ。そうだな。またいつか、だな」
そうして、なんとも言いがたい微妙な空気の中で、男達は約束を立てたのだった。
――道が別れていてもゴールは同じ。枝道がつながるその時まで、また、いつか――
非常に眠いです……;