ケサランパサラン
今から十五年前。僕と彼女は幼稚園でであった。僕が子犬に怯えてフェンスに登り、降りられなくて泣いていたら助けてくれた。
今から十年前。僕と彼女は離ればなれになった。父の都合で僕が引っ越したからだ。この時既に彼女が好きだった僕は、わんわん泣いた。
今から五年前。僕は彼女と再開した。僕は社会人で彼女は大学生。どちらも親元を離れていた。再開が嬉しくて思わず涙ぐんでしまった。
今から一年前。僕は彼女に告白した。初恋を十年以上引きずるような男を、彼女は受け入れてくれた。嬉しくて僕はまた泣いた。彼女は僕を優しく抱き締めてくれた。
今から一ヶ月前。僕は彼女にプロポーズをした。
今、僕は幸せの最中にいる。12月25日の夜、僕は彼女と腕を組んできらびやかな街を歩いていた。街を彩る電飾や、行き交う人の喧騒が、まるで全てが僕達を祝福してくれているかのように感じていた。
ふと、空から何か降ってきた。小さな白いなにか。はじめは雪かとも思ったが、この地方では12月に雪は降らないし、分厚い手袋で受け止めたそれは溶けることもなく手袋の上で不思議に留まっている。
大きな綿毛にも見えるそれを、彼女はケサランパサランだと言った。白粉を与えると育てることが出来る、妖怪の一種なのだそうだ。
妖怪と聞いて、僕は思わず身を引いてしまった。だって妖怪と言えば怖いものというイメージが、厳然としてあったから。そんな僕の様子を見て、彼女は小さく笑った。ケサランパサランは怖い妖怪ではないのだそうだ。むしろ幸運を呼ぶと言われる、ありがたい存在なのだと、彼女はそう言って僕の手を覗きこんだ。
幸運を呼ぶ。
なるほど、そう言われてみれば、ふわふわしていて可愛らしい。幸運のひとつやふたつ、運んできそうだ。
僕と彼女を引き合わせてくれたのは、お前かい? そう声に出さずに問いかける。もしそうだとしたら、感謝してもしきれない。本当にありがとう。
ふわ、と、ケサランパサランが僕の手から浮き上がった。風に乗ったのか、自力で飛んだのかはわからない。ふわふわと夢のように飛んでいく。彼女は、いいの? と聞いてきた。近くにいれば幸運を呼んでくれるのに。
僕は、いいよ、と微笑んだ。幸運は、もう充分もらったから。
彼女は、そう、とはにかんだ。組んだ腕に力がこもる。うっすら赤い頬がいとおしい。これ以上なんて望んでいない。僕は今、間違いなく幸せだ。
サンタクロースに扮した売り子から小さな箱を貰った。そのサンタクロースは、通りかかる人に忙しなく箱を配っていく。中身はなんだろう。ケーキ屋の前だから、試食のカップケーキかなにかだろうか。
それなに? と、彼女が顔を近付けた。その瞬間、まるで狙い済ませたかのように、
箱が内側から爆発した。
わけかわからなかった。突然の破裂音と、焼けるような痛みと、回りで繰り返し起こる破裂音と、倒れ行く彼女と、僕はどれに反応すればよかったのだろう。
後日、この一件はケーキ屋のバイトの男が起こした事件だと報道された。
バイト先の上司が気に入らず、店に迷惑をかけるつもりで小型の爆弾を配ったのだと。爆発の中には小さな鉄球をつめたらしい。殺傷力を上げる目的で。
運が良ければ一人くらい殺せると思った。男はそう供述した。
僕は生き、彼女は死んだ。
彼女だけが死んだ。
ケサランパサランが、幸運を呼んだせいで。