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HeArT-lEss  作者: 乙丑
第四章
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第四章・無垢・五


 薄闇の中、崩山は日土筆病院へとやってきていた。

 病院というのは、急患などを受け入れるため、自動ドアは夜中も開いている。

 もちろん、その場合は事務当直がいるものなのだが、


「崩山さん、いいですよ」


 と、病院から出てきた築山は、崩山を見やる。


「もしこれが成功したら、くれるんだろ? 一億」

「ええ、一億くらいワケがないわ」


 崩山は病院内へと入っていき、脇目もふらずに、ただある部屋へと向かった。



「しかし、どうしてあなたはこんなことをするんですかね?」

「できることなら私だってしたくはありませんよ。でもね、世の中には表沙汰にしないといけないことだってあるんです」


 崩山は、部屋のドアノブを捻る。


「彼女を殺すということですか?」

「――あの子は事故に遭った。それで死んだと思わせればいいんですよ」


 医療器具に繋がっている神代優奈を見下ろしながら、崩山は呟く。


「それにね、ここの院長は……、わたしの大切な弟を殺した人間を、あろうことか匿っていたんですよ」


 崩山の言葉に、築山は怪訝な表情を浮かべる。


「だからこれは復讐なんですよ。わたしの弟を人間としての弟を殺した犯人に対しての見せしめなんですよ」


 崩山は、ゆっくりと、神代優奈に付けられている管を外し始めた時だった。



「そういうことだったのか」


 突然部屋の電気が点き、崩山と築山は、その眩しさに、思わず腕を顔に添えた。


「こ、菰田先生? それに田之中さんも?」


 目の前にいる、菰田と田之中に、崩山は驚く。

 田之中は家がここなのだからわかるが、そこに菰田がいるとは思っていなかったのだ。


「崩山先生、神代さんから離れてっ!」


 好子は、崩山を睨みながら言った。


「崩山っ! お前がやってきたことは全部わかったんだ。さきほど交番に雄ケ原妙子と一緒に消えていた力也が、血まみれの状態で訪れたという連絡を受けて、部下に彼が言っていたという、妙子が監禁されているところに向かわせた」


 菰田は、崩山たちを見据える。


「崩山先生、どうして? どうしてこんな酷いことが平気でできるの?」

「平気? これのどこが平気だって言うの?」


 崩山は、物悲しそうな目で菰田と好子を見やる。


「平気なわけないでしょ? こうしている間にも、世の中にはいじめで自殺している子がいっぱいいるの。表沙汰になるのは、ほんの一握り。可笑しいでしょ? それって……」

「だが、お前のやっていることは全部間違っている!」

「間違ってるのはそっちじゃない! 自分たちが悪いくせに、自分たちが殺したも同然のくせに、それを反省もしないで、ただ揉み消すしか脳のない馬鹿ばかり」


 崩山は、言葉を捲し上げる。


「それにね、元々の原因は……、あんたよ田中良子っ!」


 崩山は田之中を指さす。


「あんたが弟を助けなければ、弟はもっと執拗ないじめに遭わなかったかもしれない。あんたさえいなければ、あんたが弟を助けなければ、弟は自殺しなかったかもしれないのよ」


 その言葉に、田之中はその場に跪いた。



「私が、やっぱり私が悪かったんだ」

「それは違うぞ。君がやったことは正しい」

「正しい訳ないでしょ? できもしないくせに、本当に守れもしないくせに友達を助けようとしたあんたのやったことは、結局自分が優越感に浸りたいがためにやったことなのよ。それが結果的に殺してるんだからね」


 崩山は小さく笑みを浮かべる。


「それじゃぁ、どうして田中良子だけを殺さなかったんだ? 今思えば、まったく関係のない……」


 菰田は言葉を詰まらせる。


「まさか……、崩山、貴様がやっていたことのすべては、いじめに遭っていた末に自殺した弟を死へと追いやった人間への復讐ではなく、いじめそのものに対する行為をしていた人間に対する復讐だったということか?」


 菰田の言葉に、


「ええ、そうよ。だってそうでしょ? 弟はいじめていた人間に殺されたの。いじめっていうのはね、感染するのよ。みんなその一人をいじめだしたら、まるで狂ったように群がっていじめるの」

「だが、お前のやっていることは全部間違っている」

「間違ってるのはそっちでしょ? いじめがあることをわかっていてそれを止めようとしない。だからいじめによる自殺が後を絶たないのよ」

「だが、それでも人を殺すというのは」

「私はね、子供のやっていたことを権力でもみ消そうとした親も殺したかったのよ」

「だから、雄ケ原くんのお父さんを殺したり、お母さんを監禁したんですか?」


 田之中の問いに、崩山は笑みを浮かべた。


「でも、土師野尾先生や、神代さんはどういうことなんですか? だって、二人とも……」

「土師野尾先生はね、私に脅しをかけていたの」

「――脅し?」

「ええ、私の弟が自殺したことを誰かから聞いたみたいでね、こっちは触れられたくないことなのに、あいつは執拗に聞いてきた」

「それであの写真か」

「そうよ。あとはそれを土師野尾が盗撮したものとすれば、あいつは人間として殺される。プライドの高い土師野尾からすれば、それはもう精神を崩壊させるのも時間の問題だったわ」


 崩山は、ケラケラと嗤った。



「土師野尾先生のことはわかりました。でも神代はどうなんだ?」

「あれはただの見せしめよ? 下校中ボーッとしていた彼女が、猛スピードで走っている車に気付かず轢き殺された」

「それで、崩山先生は、自分が神代さんに暴行を加えるよう、雄ケ原くんたちに命令した証拠をなくした」

「ええ、そうよ。だって彼女が死ねばすべては曖昧になるからね」

「崩山、お前はひとつだけ考え違いをしたな」

「考え違い? 菰田先生、それはどういうことですか?」


 意外な言葉に、崩山は首をかしげる。


「神代はまだ生きている。今も必死に生きたいと願って頑張っているんだ」


 菰田の言葉に、崩山は小さく笑みを浮かべた。


「これだけ瀕死の状態なのに、なにが生きてるですか? 苦しい思いをさせたくないでしょ? だからこうやって、彼女を楽にさせに来たんですよ」


 崩山は、神代優奈に付けられた管に指を掛ける。


「だが、お前がやっていたことがすべて無駄になる可能性だってあるんだぞ?」


 菰田がそう言うや、崩山は視線を彼に向けた。



「どういう意味?」

「お前は、学校でいじめがあったことを表沙汰にしようとした。だが、それは果たしてうまくいくだろうか。学校というのは評判が命だ。事件があったとすれば、その学校に通っている生徒のの親御さんはどう思うかな?」


 菰田はゆっくりと崩山に近付く。


「だったら、ほかの、いじめのない平和な学校に行けばいいのよ」


 崩山は、菰田を見ようとするが、できなかった。


「そんな夢の様な学校があると思うか? 否あるわけがない。社会というのは、現実というのはそういうものだ。かならず人間は誰かに見下ろされる。だからこそ彼女のような人を思いやれる人間がいなければいけないし、いじめに屈しない強い心が必要なんだ」

「それじゃぁ、弟は弱いって言いたいの?」

「ああ。だがもっと弱いのは、人を殺したり、陥れようとして、望んでもいない復讐をしようとしたお前だ。崩山っ!」


 菰田は崩山の頬を力強く叩いた。



「崩山、後は署でしっかりと聞かせてもらう」


 菰田は懐から手錠を取り出し、崩山の手首にハメた。


「てめぇ」


 築山がナイフを取り出し、それを菰田に刺そうとしたが、


「先生っ!」


 田之中が、築山の手を蹴り上げ、更にはその腕を掴むや、まるでバレエのような、靭やかな動きで、築山を背負投げた。


「あがぁっ!」


 さすがに、菰田も田之中がここまで強いとは思っていなかった。


「ありがとう。助かったよ」


 その礼に対して、田之中はちいさく笑みを浮かべた。



 神代優奈は、ゆっくりと目を覚ました。

 見覚えのない場所にいる。

 彼女は最初そう思った。

 体を動かそうとしたが、全身が砕けるように痛く、なにもできない。


「先生、菰田先生」


 声が聞こえ、優奈はそちらに目をやる。


「気がついたのか? よかった。田之中くん、先生は神代くんの両親に連絡を入れるよ」


 そう言って、菰田は集中治療室から出て行った。



「神代さん?」


 田之中が優奈を覗きこむ。


「た、田之中さん?」


 優奈がそうつぶやくと、


「うん。よかった。本当によかった」


 田之中はちいさく笑みを浮かべる。


「わたし、田之中が言おうとしてたのは、雄ケ原くんたちに復讐させようとしたんじゃなくて、それに立ち向かわせようとしたんだよね。だからわざとカッターを見せて、私に殺すようにそう言った」


 優奈がそうたずねたが、田之中はなにも云わない。


「でも、もしそうなっていたら、私は――」


 優奈はそれ以上云わなかった。


 雄ケ原たちを殺していたかもしれない。

 そう言いかけたのだ。

 だからこそ、そんなことをしてほしくないと思っていた田之中の思いに、優奈はそれ以上言えなかった。



「人を殺すってのはね、その人だけを苦しめるんじゃないの。その人を大切に思っている人も苦しめるし、自分だって苦しめる」


 田之中は、ちいさく呟いた。


「だから、私……あの時、神代さんが暴行を受けているのを知ってたのに、助けることができなかった。助けなきゃって思ってても、あの時みたいに、またみんなに捨てられるんじゃないかって、自分のことばかり考えててて」


 田之中は肩を震わせた。

 優奈は、そんな彼女を優しく抱きしめる。



「元々は私が悪いの。先生に貸したはずのCDを、どうして雄ケ原たちが持っているのかって、そのことに気付いていればよかったのかもしれないって……だから」


 優奈は田之中に、こう囁いた。



「田之中さんはなにも悪いことなんてしてないよ」


13/10/07:文章修正

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