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 玲ちゃんがお店に来てくれた。

 僕に会いに来たわけじゃなくて、九太郎のためにケーキを買いに来ただけだとわかっているけれど、ちょっと嬉しい。


 定休日の火曜日。

 わらびもちが作ってみたくなって、材料を買い込んだ。ちょっとゆるっとしたわらびもち。

 なかなか美味しくできた。

 こんなとき、食べさせたくなるのはもちろん九太郎だ。

 それから、玲ちゃん。

 玲ちゃんは九太郎ほど甘い物好きではなさそうだけれど、わらびもちは好きな気がする。いや、絶対好きだと思う。こういう勘は外さない。どうでもいいミニ特技だ。


 迷ったけれど、わらびもちを持って九太郎と玲ちゃんのマンションへ向かう。

 夜の9時半。たぶん、これぐらいの時間には帰ってくる。


 そう思ってマンションの前をウロウロしていると、玲ちゃんが帰ってきた。


「オバケちゃんに差し入れ?」


 玲ちゃんは僕をチラリとみていう。


「うん。わらびもち。たぶん玲ちゃんも好きだと思うんだけれど……」


「あー……そうね、ちょうどよかった。ちょっと寄っていってもらえる?」


 思わぬ玲ちゃんからのお誘いだった。

 玲ちゃんは僕を見ずにさっさと歩きだしたので慌てて後を追った。


「玲ちゃんお帰りなさい!」


 扉を開けると同時に九太郎が玲ちゃんに飛びついてくる。


「オバケちゃん、ただいま。観月さんだよ」


「あ! 大家さん!」


 九太郎は僕をみると嬉しそうに手をふった。相変わらず玲ちゃんお手製の「服」を着ている。


 玲ちゃんがお茶を淹れてくれて、三人でわらびもちを食べた。


 おいし。

 玲ちゃんが小さくつぶやいて、小さな口にわらびもちを運ぶのをそってみていた。

 やっぱりね。

 玲ちゃん、わらびもちは大好きなようだ。

 僕は嬉しかった。


「おいしかった。ごちそうさま。観月さんは何でも作れるんだね。洋菓子も和菓子も」


 玲ちゃんは淡々とした感じでいった。相変わらず、スーツ姿のまま、着替えもせずに。タイトなスカートからはスラリとした足がのぞいている。


「あのね、観月さんにお願いがあるの。出張で2週間家を空けるから、オバケちゃんを預かってほしいの」


 ああ、なるほどそういうことか。

 九太郎は食事をしなくても生きていけるので、2週間くらい誰もいなくても特に困らない。でも、九太郎が寂しがると思ったのだろう。


「もちろんいいけれど。出張2週間も大変だね」


「んー研修とかでちょっとね。ところで、オバケちゃんって、この部屋から出られるの? この部屋に憑いていてここから動けないとかないよね?」


玲ちゃんがちょっと首をかしげて九太郎を見て、九太郎も首をかしげて僕を見た。以前、九太郎を自転車のカゴに乗せて外をお散歩したこともあるから、それは大丈夫なはずだ。


「九太郎、玲ちゃんがお出かけの間、僕のアパートで一緒に暮らそうな」


九太郎はしばらくじーっと僕を見た後、うん、と頷いた。


「えーと、連絡先交換しておいた方がいいかしら」


玲ちゃんがスマホを出してきたので、慌てて自分の携帯を出した。


玲ちゃんの電話番号とメールのアドレスがわかってしまった。

なんだか嬉しい。

うん、九太郎のためだとはわかっているけれど。

玲ちゃんはちょっと慌てたように付け加えた。


「研修から帰ってきたら、オバケちゃんは返してよ」


「うん、ちゃんと返すよ。九太郎の事はまかせて。玲ちゃんも研修頑張ってね」

僕がいうと、玲ちゃんはそっぽをむいたままうん、といった。



・・・・・・・・・・・・・・


研修中、たまに観月晃からメールが入った。


「九太郎にいつものあわあわはないの? ときかれました。あわあわって何ですか? 淡雪のことですか?」

とか、

「九太郎は元気にしています。今日は玲ちゃんまだかなあといっていました」

とか、

「玲ちゃん研修大変ですか? スーツ姿の玲ちゃんは何かかっこいいです。がんばってください」

とか。


メールを打ち返していると、会社の人に彼氏?と聞かれた。

オバケちゃんの代理人。

正直、オバケちゃんは今まで付き合ったことのあるどの男よりもよっぽど大事な存在だ。会社の人には「秘密」と答えておいた。



・・・・・・・・・・・・


玲ちゃんが出張で出かけてしまい、九太郎と我が家で暮らすようになって3日目。久々に九太郎と過ごせると思うとついつい甘やかしてしまう。さっそくケーキを。


ケーキを見ると一瞬で食いつくはずの九太郎が、ケーキを前にジッとしている。


「九太郎、どうしたの?」

もしかして、お腹でも痛くなったのかと心配した。


「玲ちゃんがね、とっても綺麗で美味しいケーキなんだから、一口で食べちゃうのはもったいないから、食べるときはよーっく観察して、よーっく味わって食べなさいっていうの」


僕の方をちらりとも見ない玲ちゃんが、そんなことを?


「……で、よーく観察してるの?」


「うん」


 九太郎は重々しく頷いた。そして、なおもジーッとケーキをみていた。もっとも、その後で一口でパクリとケーキを食べてしまったが。


「玲ちゃんと二人でケーキを食べたの?」


「うん」


 ちょっと嬉しかった。もちろん、九太郎一人で全部食べてもらっても全然かまわないけれど、玲ちゃんも食べてくれるといいな、と思って九太郎の好みではないビタースィートのチョコレートケーキも入れておいたことがあったのだ。


「あのね、玲ちゃん泣いてたの。会社でムカつく事があったんだって。だから、ケーキあげたの。ぴんくいやつ」


 ぴんくいやつはイチゴのババロアで九太郎一番のお気に入りだ。


「泣いてたの? 玲ちゃんが?」


 あの、気の強そうな玲ちゃんが。よほど嫌な事があったのだろう。


「そうなの。それからケーキ食べてね、元気がでたぜコンチクショウっていったの」


「玲ちゃん、元気でたのか」

 そしてコンチクショウなのか。ちょっと笑えた。


「うん。その後鼻歌うたってた」


 僕のケーキを食べて鼻歌を歌う玲ちゃんが、ちょっと可愛いかった。会えば冷たい態度しかとってもらえないけれど。



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