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 あ……ここか。

 休日、なんというのか、敵情視察というのか、なんとなくあの男が働いているケーキ屋さんまで来てしまった。駅前の洒落た小さなケーキ屋さんはけっこう流行っているようだ。

スイーツにうるさい友人もあそこのケーキは美味しいと言っていた。イケメンのパティシエ王子がいるとも言っていた。王子とか何それ馬鹿みたい。

 店の戸を開けると、カロンとドアチャイムが鳴った。


 他の客は慣れたように、次々にケーキを注文し、包んでもらうのを待っている。私は宝石のようにデコレートされたたくさんのケーキを前にぼーっと立っていた。


「お決まりのお客様、ご注文をうけたまわります」


 可愛らしい店員さんの言葉に、ショーケースをもう一度見直す。


 オバケちゃんが好きなのは、プリンと、えーとイチゴのババロアだっけ? 

  プリンは売り切れ……なのかな。

 ガラスのショーケースを見て迷っていると、厨房から白衣に白い帽子をかぶったあの男―観月晃―が出てきた。ショーケースに手早くプリンを並べるのをぼんやりと見ていると、いきなり観月晃が私をみてニッコリした。


「玲ちゃん、来てくれたの?」

 れ、玲ちゃんいうな。馴れ馴れしい。


「えーと、おば……九太郎がプリン食べたいって……」


 しどろもどろにいうと、観月晃は嬉しそうに笑った。


「ありがとう。九太郎にはイチゴのババロアか、今なら『季節のケーキ』もオススメだよ」


 そういうと、厨房に引っこんだ。


 厨房の一部がガラス張りになっていて、ケーキを作っている観月晃の横顔が見えた。

 真剣な表情で流れるように作業をしている。

 職人なんだな。

 その道一筋の人というのは、動きも、眼差しも、潔くて綺麗だと思う。

 いいなあ……。

 一つの事に精進し、極めていく。

 そこには揺るぎの無い何かがあるような気がする。


 人に楽しい時を与える仕事。ケーキはお祝いやプレゼントなど嬉しい事といつも一緒だ。

 自分の研究が無駄とは思わないけれど、毎日の仕事に追われていると、何が何だかわからなくなるときがある。製薬会社は大きく見れば人の健康を守る大切な会社のはずだけれど、金と倫理と命と化学を天秤にかけた危うい側面もある。健康を売る立場のくせに、仕事のストレスで胃がキリキリと痛む毎日。

 でも、そんな毎日がちょっと変わった。家は今まで会社の延長だった。明日会社に行くために休む場所だったのが、オバケちゃんと一緒にくつろぐ場所に変わったのだ。


 あのひとは、オバケちゃんとどんな毎日を過ごしていたのだろう。

 ケーキの箱を手にしたまま流れるような作業に見とれていると、観月晃がふと視線をあげ、笑顔になってこちらにヒラヒラと手をふったのがわかった。

 きまり悪くなってちょっと会釈して、あわててケーキ屋を飛び出した。



「わあい、プリンとケーキ!」


 オバケちゃんは飛び上がって喜んだ。

 文字通り、ぴょわんぴょわんと元気なボールのように跳ねるのだ。

 コーヒーを淹れてイスに腰掛ける。

 プリンはともかくとして、イチゴのババロアはイチゴやゼリーでティアラのように美しく飾り付けされていて、宝石のようだ。デザートのたったひと時のために、ここまでやるんだよな。あの人は。ぼんやりとあの人のことを考えている横で、オバケちゃんはあむん、とババロアを一口でのみこんでしまった。結構高かったのに。


「ああもう、オバケちゃんは一口で食べちゃうの? せっかく綺麗なのにもったいない」


 オバケちゃんはきょとんとした顔で首をかしげた後、プリンも一口であむん、と食べてしまった。


 本当は、あの人にお礼を言いたかったんだけれどな。いつも、オバケちゃんにケーキありがとうって。でも、仕事中で忙しそうだったし。

 ババロアを一口すくって食べる。

 おいし。


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