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 九太郎は元気でやっているのかなあ……。

 ショーケースにプリンを並べながらもため息が出てしまう。

 もしかして、次の住人にいじめられていたら、どうしよう。 


「観月さん、ため息なんかついちゃってエロいですねー。彼女のことでも考えていたんですかぁ?」


 気付くと、茶色の髪がフワフワしたバイトの女の子がすぐ真横にいた。小さなケーキ屋の店内は狭い。本当はショーケースにプリンを補充するのは彼女の仕事だ。きっと、髪だけじゃなく、脳みその中までフワフワなんだろう。


「彼女なんかいないよ」


 不機嫌にいってしまって、この脳みその中までフワフワ頭(以下、フワフワ頭)にどうでもいい個人情報を教える必要はなかったなと思う。


「えー、観月さん彼女いないんですかぁ? 意外ですう。あ、髪留め新しく買ったんですよ、可愛いでしょ?」


 髪留め?

 それは、この前の僕の発言に対してのものなのだろうか。

 三日前、フワフワ頭はこともあろうに注文のあったバースデーケーキ―僕が作り上げたばかりの純白のそれ―に、ご自慢の長い茶髪を落とした。そして、それを長い魔女のような爪でつまもうとしてクリームを深くえぐりとったところで僕が気が付いた。

「……何してるの?」

「髪の毛が落ちちゃってぇー」

 てへっとした顔で言われて、僕はぶち切れた。

「そのケーキは廃棄しろ! 髪ぐらい結んで、その魔女みたいな爪も切れ!」

 そういうと、爪はつけ爪なんですぅ、と教えてくれた。

 普段温厚といわれる僕だけど、仕事になると、どうもいけない。


 彼女はニコニコしながら新しい髪留めに手をやってこちらをみている。

 そんなことより接客しろよ、接客。

「いらっしゃいませ」

 店に入ってきたお客に愛想よくいってから厨房に引っ込んだ。


 今日は雨のせいか客が少ないし、ケーキが売れ残ってしまうかもしれない。

 九太郎はどしゃ降りの日が大好きだった。

 僕が売れ残ったケーキを持って帰る確率が高いから。


 以前、僕は今住んでいるアパートからそう遠くないワンルームマンションに小さなお化けと一緒に住んでいた。僕が引っ越してきたときには、お化けはすでにそこに住み着いていたのだ。小さなお化けには名前がなかったので、九太郎という名前をつけた。昔見たアニメにそんなような名前のお化けが出てきたから。

 九太郎は甘いお菓子が大好きだった。

 飽きもせず毎日お菓子をねだった。そして、僕も飽きることなくお菓子を作っていた。僕にとって、お菓子作りは人生だ。職場でお菓子を作り、休日も家で試作を重ねる。九太郎は僕のまわりをうろちょろし、ときに邪魔もしながら、お菓子を本当に嬉しそうに食べた。最高の相棒だったのだ。


 快適な毎日ではあったけれど、一つだけ難点があった。ワンルームマンションのキッチンがとても狭いのだ。仕方なく安くてキッチンの広いアパートに引っ越すことにした。もちろん九太郎も一緒に連れて行くつもりだった。

 ちょうどそのころ、付き合いかけていた彼女がいた。彼女が初めて家に遊びに来たとき、九太郎もいた。運の悪い事に彼女は霊感?があったらしく、透明で姿が見えないはずの九太郎の存在に気が付いた。

「この部屋、何かいる」

 彼女が気味が悪そうに部屋を見回していうので、九太郎の事を説明しようと思った。

「姿は見えないけれど、悪いヤツじゃないよ。むしろ可愛いっていうか。九太郎っていうんだ」

 彼女は怯えた顔で僕を見た。

「あの、怖いヤツじゃないから」

 いくら説明しても無駄だった。最後は、あなた、おかしいんじゃない? 取り憑かれてるのよ、二度と連絡しないでとわめいて帰ってしまった。僕達のやりとりを黙って聞いていた九太郎は、じっと固まっていた。

 結局、その一件が原因で僕は彼女と別れる事になった。

 引っ越しの日、九太郎にいくら一緒に行こうといっても、頑固に首を横に振るばかりでついてこなかった。そのくせ泣きそうな顔(透明だから表情はわからないけれど)でうなだれて。あの出来事を気にしているのは確かだった。

 そんな九太郎が今、どうしているのか……。

 寂しがり屋で甘えん坊のくせに。



 職業柄太りやすいので、毎日ジョギングをすることにしている。

 前住んでいたワンルームマンションと職場であるケーキ屋、今住んでいるアパートをぐるりと走ってだいたい30分。仕事が終わって、軽く夕食を食べた後に走っている。


 ジョギングのコース上に九太郎と暮らしたワンルームマンションが見えてくる。201号室に今も九太郎はいるのだろうか。最近、201号室に新しい住人が入居したらしく、明かりがついているのをみかけた。つい、立ち止まって201号室を見あげてしまう。今日はまだ住人は帰っていないようで、部屋は暗いままだった。


 ふと気がつくと、仕事帰りらしいスーツを着た綺麗なお姉さんがこっちを不審そうに眺めていた。夜道にジャージ姿でボーっとつっ立っている僕。いけない、これでは不審者だ。いつまでも立ち止まっているわけにもいかず、僕はまた走り出した。


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