夫である魔王の元に、勇者様がやってきました。
リア=ロレット、19歳。
一か月前まで、普通の田舎に住んでいた、普通の人だった。
現在の地位は、なんと魔王のお妃様。
ちなみに、魔王である夫との年齢差、300歳です。外見は若々しくてかっこいいけど。
そして魔王にはちゃんとした名前があるらしく、“ヴァイシャ”と呼べと言われた。
それが、彼の本名らしい。
魔王……ヴァイシャは私から両親を奪った元凶で、いつの日か復讐しようと、彼の命を狙い続けている。
――――もっとも、この一か月のうちに3度も夜襲を仕掛けたのに、失敗しているけど。
*
魔国には似合わないほど、青い空、白い雲、囀る鳥たち。
そんな晴れ晴れとした日に、彼はやってきた。
きらきらの金髪に、空のように青い瞳、腰に聖剣を携えた―――――勇者。
この300年、一度も現れなかったのに。
魔王城に現れた勇者様は、お約束通り、魔王に剣を向ける。
「……お前は」
冷たい声で、勇者様に言う魔王。
それは、彼の敵ではない(?)私もぞくっとするような、冷酷で、残酷で、非道な魔王の声。
でも、さすがは勇者というべきか、金髪の彼はヴァイシャを恐れずに、
「我が名はクシャトリア! アーリア国より、貴様を倒すために来た!」
そう、名乗った。
貴様を倒すために来た。そう言われても、顔色を全く変えないヴァイシャ。
「ふん、勇者か、つまらん」
ぼそっと吐き出された言葉。
な……ッ!? と、逆上するクシャトリア。そんな彼に構わず、ヴァイシャは続ける。
「私を倒すなどつまらん。リアを奪いにきた恋敵とやらなら、戦う気も起きるのに」
……え、何よそれ。
貴方は“魔王”でしょうが。勇者と戦いなさいよ。
そして……ごめん、我が夫ながら、勇者に倒されて欲しい。
「く……、魔王め、勇者であるこの私を馬鹿にして! そもそもリアとは誰だ!」
頭に血の上った勇者がそう叫ぶ。
するとなぜか、今度はヴァイシャの顔が赤くなった。
「なんだとっ!? 貴様、隣国の者なのにリアを知らんのか! 愚か者が!」
「なぜ貴様などに愚か者と言われねばならないんだ!」
「クシャ……なんとか! リアは隣国出身の素晴らしい娘であり私の妃だ!」
「名前ぐらい覚えろ間抜け! それに、リアだなんて私が知る筈がないだろう!」
「私はこのように良い娘を二人と見たことが無いぞ!」
「魔王、お前のことなど知るか!」
なんだか、訳の分からない口げんかを続ける二人。
あれ、喧嘩してるのは魔王と勇者様なのに、なぜ私がこんなに恥ずかしいの……?
とうとう耐え切れなくなって、ヴァイシャの腕を掴んだ。
「ねぇヴァイシャ、やめてよ。聞いてるこっちが恥ずかしい。私の話はいいから……っ!」
「何を言う。私は事実を言っているだけだ」
「事実じゃないし、それにとりあえず魔王の責務を果たしなさいよっ」
「……魔王の責務?」
……いやいやいや、きょとん、とした顔で私を見ないで。
「知らないの? 魔王の責務」
「お前を愛することではないのか?」
「違うでしょうがっ! 勇者が来たんだから、魔王の貴方は戦うべきでしょっ!」
私は勇者様を応援するけど!
最後の言葉は、心の中で叫ぶ。
「ああ、なるほど。良いだろう、お前は望むなら、私は誰とでも戦うぞ」
そう言って、勇者様に向き直るヴァイシャ。
ふっ、と、勇者様が不敵に笑った。
「やっと戦う気になったか、臆病者め。魔王! お前は今日、この勇者クシャトリアが倒す!」
「ふ、若造が戯けたことを」
余裕で構える魔王に、一気に間合いを詰める勇者様。
魔王は私の夫だけど……、私が応援する方は決まってる。
「ふれーっ、ふれーっ、勇者様ぁーっ!!」
だって、勇者様が魔王を倒してくれたら、私の敵討ちも出来るもんね。
ヴァイシャには悪いけど、私は心の底から勇者様を応援させてもらおう。
ただ……、私が勇者様を応援した瞬間、ヴァイシャの表情が変わった。
「私のリアに応援されるなど……、許さんっ!!」
鬼のような顔で、魔力を開放する魔王。
え、ちょっと、何本気出しちゃってるのよ。そう心の中で思った瞬間、黒い塊が勇者様を覆った。
まさに、“魔王”の力。“悪”の力。
そして、黒い塊が消えたとき、そこに勇者様の姿は――――なかった。
「あああっ、勇者様!!」
貴方が私の唯一の希望の光だったのに!!
つか、魔王、強すぎ……。
あからさまにショックを受ける私を見て、ヴァイシャはふん、と鼻を鳴らす。
「そんな顔をするな。お前が望むなら、勇者など何度でもこの城へ呼んでやるぞ」
いやいや、魔王がそれもどうかと思うけど。
それに……。
「でも、ヴァイシャがすぐに倒しちゃうでしょ」
「当たり前だ」
「一度でいいから倒されなさいよっ!」
「嫌だ。それではリアと逢えなくなってしまう。それに、お前は私の妃だろう。そんなことを言うな」
「私が貴方を殺したいと思ってるのを知ってて妃にしたんでしょう!?」
「ああ、もちろんだ。私はお前の全てを愛しているからな」
大真面目な顔でそう言うヴァイシャ。
まったく、どこのドMだ。
「気持ち悪いこと言わないでよ。もう……」
はぁぁ、と深いため息をつく。
仕方ない。次の勇者様が来るまで待つことにしよう。
きっと、次の勇者様は魔王を倒してくれるはず――――――!!
魔王の名前と勇者の名前と国の名前。
ヴァイシャとクシャトリアとアーリア。
これ、実は繋がってます。全部、ある国の古代史の中に出てくる名前です。
ただ、正確には「クシャトリア」じゃなく「クシャトリヤ」かな?
…でも、作中とはなんの関係もありません。←