まさかのダブルすぽん! 掃除機と共に産声をあげた、餅太郎誕生
すべての始まりは、27年前の元旦だった。
当時63歳だった父・轟寅次郎(現90歳)が喉にお餅を詰まらせ、家族総出の試行錯誤の末、掃除機を使って奇跡的に「すぽん!」とそれを取り出したのだ。
一時は呼吸が止まり、生死を彷徨うほどの壮絶な修羅場だったという。
まさに、その同じ瞬間。連動するように病院の分娩台では、母の股の間から「すぽん!」とこの世に飛び出した者がいた。
その赤ん坊こそが、轟餅太郎(27歳)である。
信じがたい生と死のシンクロニシティ。
父はお餅を取り出したことで死を免れ、そのまさに同じ瞬間に、新たな命が誕生した。
父はこの「運命」のような出来事へ大いなる感謝を込めて、我が子を「餅太郎」と名付けたのであった。
そんな数奇な運命のもとに生まれた餅太郎も、今や27歳となったのである――。
「おい、餅太郎! 強靭かつ健康で、身体の丈夫な男であることをどんどん売り込んで、かわいい嫁っ子を貰うんだぞ! ワシが元気なうちに、早いこと孫の顔を見せてくれ!」
御年90歳になる父の熱い激励を胸に、餅太郎は人生初の婚活パーティーへ参加していた。
そうして、ついに訪れたフリータイム。一人の可憐な女性が、餅太郎の前に立って微笑んだ。
「あの、轟餅太郎さんですよね? プロフィールを見たんです。私、新庄梨花と申します。ご実家が大手自動車メーカーなんですね。
お父様が社長ということで、私、そちらのメーカーの車に乗っているので、なんだか親近感が湧いちゃって。少しお話できませんか」
出発前、90歳の父・寅次郎から言われた言葉が脳裏をよぎる。
『餅太郎や、身上書には実家が大手自動車メーカー「タイガー自動車」であると書いておけ!
そこから婚活の真実、女性の真実、生身の人間とはどんなものなのか――
すべての真実が見えてくる。そしてお前は、ただ直球で前に進んで行け! 行くのだ! 猪突猛進でブチ抜いてこい!!』
「なるほど、これが父の言っていた『婚活の真実』の入り口なのか」
と、感じた餅太郎。ただ、今の時点では何が真実なのか、さっぱり分からないままである。
生真面目で馬鹿正直、そして極めて天然な餅太郎は、父の熱い思いをしっかりと胸に抱きつつ、100%の善意と満面の笑みで答えるのみであった。
「初めまして新庄さん。本日はよろしくお願いいたします。私、轟餅太郎と申します。27歳です。まずは、我が社の車に乗っていただき、ありがとうございます!」
「ええ、うちは私が生まれる前からずっと、餅太郎さんのご実家のタイガー自動車なんですよ。今日も車で父に送ってもらったんです。
まさか、婚活パーティーでご子息にお会いできるとは思わず感動しちゃいました! なんだか、運命を感じてしまいますね」
ドキリ! 餅太郎の胸が跳ねた。
そう、餅太郎は「運命」という言葉に極めて敏感であり、同時に、狂信的なまでの「運命」崇拝者であった。
なぜなら、27年前のあの元旦、父の喉から餅が抜けて生還した奇跡、それと同時刻にこの世へ自らがリリースされた奇跡、そしてこの誇らしい「餅太郎」という名前――すべては、あの「掃除機」が手繰り寄せた、大いなる「運命」であると、誰よりも強く信じているからだ。
婚活の場に身を置いたのも、ひとえに「運命の相手」を探すため。
その最中に、まさか彼女の口から飛び出した「運命」という聖なる言葉。
打算まみれの計算など1ミリも届かない全きピュアさで、餅太郎の胸は熱く、激しく高鳴るばかりであった。
「運命って、素敵な言葉ですよね。僕も新庄さんに運命を感じています。お互いに幼少期からタイガー自動車に乗り、育てられた。
似たような景色や環境に触れた人間同士ということになりますよね。そして今、この場所で出会った。これはまさに奇跡、運命そのものなのかもしれません!」
餅太郎が熱を込めてそう伝えると、彼女の目の色が変わった。
それはまるで、獲物を確実に仕留めようとする野生動物のそれであった。
「そうですよね! こんな偶然って、なかなかないと思います!
……あの、いきなり唐突なことを聞いて申し訳ないのですが、やっぱり、餅太郎さんは「タイガー自動車」の次期社長になられるんですよね?」
(あ、またか……)
という想いが、餅太郎の脳裏をよぎる。
餅太郎は幼少の頃から、必ずと言っていいほど、周囲の人間から「次期社長になるのか?」と尋ねられるのであった。
そして、これは自分に強いられた宿命の問いであると受け入れ、真っ直ぐに答えることこそが自分の業であると、確信していた。
そしてこの問いに対して、餅太郎はまるでコピーペーストのような回答を、あらかじめ脳内に用意しているのであった。
毎回、伝える事実に大きな変化があるわけでもなく、いちいち文言を変える必要性も感じていない。
しかし、だからといって感情が無になり、心が消えてしまわぬよう――
そのコピーペーストされた言葉を、あえて「心を込めて読み上げるように伝える」ことこそが餅太郎の優しさであり、自分を律するための最低限のマナーなのであった。
餅太郎は小さく深呼吸をしたのちに、メガネをクイっと持ち上げ、脳内のコピーペーストを、一言一言に魂を込めて読み上げた。
「タイガー自動車の後継者、つまり次期社長は、現在61歳になる僕の腹違いの兄・胡麻之助に決まっております。また、専務には次男の海苔次郎(58歳)、監査役には三男である鰹三郎(55歳)が控えているため、四男である僕が会社に入る余地は一切無い状況です。
──ですが、ご安心ください!」
餅太郎は、満面のピュアスマイルで胸を張った。
「僕は現在、世の中の流れを知るために、そして人のお役に立つため、コンビニでアルバイトをしております!
日々のお買い物から公共料金のお支払い受付、ホットスナックや中華まん、たっぷりお出汁のおでんの管理、さらにはゴルフバッグの発送受付まで。
現代日本のすべてのライフラインを担っていると言っても過言ではありません! こんな素晴らしいお仕事、他にはないですよ! 非常にやりがいのある、誇らしい仕事だと感じております!」
「……あはは、そうですか。頑張っていらっしゃるんですね。あの、私、ちょっと、お手洗いに行ってきますね」
新庄さんの笑顔がぴきりと凍りつき、眼球からは光が失われていた。
そして彼女はお手洗いへと消えていったのだ。
そうして、それっきり。
先ほどまでお互いに「この出会いは運命!」と熱く伝えあったはずの女性が、餅太郎の元へ戻ることは二度となかったのである。
婚活を終えた後は必ず、父親である寅次郎の元へ報告することが決まっているのであった。
「バカモン! 餅太郎! 情けないぞ! つまり、大企業の次期社長でないと分かった途端に、逃げられたということだろう!
なぜ、彼女を追いかけていかなかったのだ! ワシなら追い回して交際を迫るがなぁ。もしくは、どうして姿を消したのか徹底的に追及する!
これだから、昨今の若いもんは根性がない! 諦めが早い! 反省せえよ餅太郎!」
「父さん、追い回そうにも、お手洗いからもういなくなっていたんですよ。どうしようもなかったんです。
でも、僕はこんなことで落ち込んだり諦めたりはしません! もちろん、次の婚活へと向かいますよ!」
「そうだ! その気概だ! 餅のように粘れ! 粘って粘って、どこまでも突き進め! 猪突猛進、餅太郎!
いいか、よく聞くんだ餅太郎。大企業の息子や次期社長という肩書きでなく、コンビニのアルバイトをしている、剥き出しのお前を、丸ごとそのまま愛してくれる女性を見つけるのだ!
この世にはそういう女性が必ずおるものだ。それこそが運命!!惑わされるんじゃない!!真実の愛を手にするのだぞ、餅太郎!」
90歳の父は何を隠そう、恋多き男であった。
四人の兄弟は全て腹違いの母親であり、結婚と離婚を幾度も繰り返し、餅太郎の母親ともすでに離婚している。
しかし、その離婚の理由についてだけは、頑なに話そうとしない父・寅次郎。
そして驚くべきことに、90歳になった今また、新たに恋をしているという。
恐るべきは、餅太郎の父・寅次郎。その尽きることのない生命力であった。
そうして自室に戻った餅太郎は、小さなバッグから、古びたクマのぬいぐるみを取り出した。
餅太郎が1歳の誕生日のとき、産みの母親が手作りしてくれたというクマのぬいぐるみ──名前は、明太郎。
毎晩眠る前に、このめんたろうに一日の出来事を話しかけることもまた、餅太郎の欠かせぬ日課であった。
「めんたろう、今日もお疲れ様。君はカバンの中から一部始終を見ていたから、分かっているだろう。
……おそらく僕は、新庄さんに振られたんだ。だけど、僕はここで終わるような男じゃあない。必ず運命の女性を見つけて、結婚してみせるよ。
そして、幸せな家庭を築くんだ。どこにでもあるような、普通の、温かい家族。誰一人として欠けることのない家族を、僕は作りたいんだ。めんたろう、もちろんお前もその一員だよ」
大企業の末っ子として生まれ、数奇な運命に振り回されてきた轟餅太郎。
彼が心の底から渇望する「ふつうのしあわせ」と「ふつうの家族」を求めて──今、孤独な青年の胸の中で、婚活のファンファーレが高らかに鳴り響く。
そう、餅太郎の婚活は、まだ始まったばかりなのだ。




