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エルソード  作者: 水前寺鯉太郎


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第6話

第6話:鉄を喰らうイーター


 廃墟となったコンテナヤードに、赤錆びた色の霧が漂っていた。

 動いている。

 霧は風に流されるのではなく、意志を持つように蠢きながら、コンテナの列の間を這い回っていた。鉄板に触れた瞬間、その表面が砂のように崩れ始めた。厚さ数センチの鉄板が、数秒で塵に変わった。

 剣は、物陰から息を潜めてその光景を見ていた。

 変身するべきか。

 右手の指先に、まだ昨日の感触が残っていた。黒い球体。かつてK-049という識別番号を持っていた何かが、一点に圧縮された成れの果て。あの力を使えば、霧ごと圧縮できるかもしれない。しかし——

 霧の端が、デリートソードのプラズマの光に反応するように、一瞬だけ散った。

 一瞬だった。見間違いかもしれなかった。しかし剣のバイザーは正直だ。

【記録:プラズマ光源接触域——ナノマシン密度、0.3秒間低下を確認】

 剣は、その数値を脳の片隅に留めた。

「……装着(電着)」

 ――バチッ。

 銀色の装甲が剣を包む。いつもの充足感を期待していた。しかしバイザーに表示された数値が、その期待を裏切った。

【警告:外部装甲に未知の干渉。右腕部装甲、結合強度低下を確認】

【分子分解率:0.04%……0.09%……】

「何だ……」

 物理的な衝撃はない。痛みもない。ただ、銀色の装甲の表面から、砂のように何かが剥がれ落ちていく。触れてもいないのに、削られている。

『早水剣』

 霧の奥から、歪な合成音声が響いた。複数の声が重なったような、しかし統一された意思を持つ声だった。

『我らは「イーター」。お前を護るその殻は、我らにとって最高のご馳走だ』

 霧が収束し、巨大な顎の形を成して剣に襲いかかった。

「デリートソード!」

 プラズマの刃を振り抜く。手応えがない。霧は斬れない。刃が通過した部分で霧が一瞬散り——しかし即座に戻ってきて、今度はエルソードの腕部を覆い始めた。

【右腕部装甲、分子分解率:1.2%……2.8%……】

 剣は腕を振った。霧は剥がれない。斬れば斬るほど細分化され、逆に隙間を塞いでいく。

『無駄だ。物理的な破壊は我らには届かない』

【LIMIT: 420s】

 七分。装甲が食われながら、時間も削られる。二重の消耗だ。

 剣はビームボウガンを構えた。霧の中で最も密度の高い領域——核と思しき部分を狙い、引き金を引いた。

 光の矢が霧を貫いた。

 一瞬、核の周辺でナノマシンが散った。しかし次の瞬間には補完され、欠損が埋まっていた。そして——光の矢が通過した軌跡の周辺で、霧が一瞬だけ、薄くなっていた。

 剣は、その軌跡を見た。

 プラズマ接触域。ナノマシン密度低下。先ほどバイザーが記録した数値が、頭の中で繋がった。

 光の熱だ。

 コンテナの鉄板が食われていた中で、溶接の跡——熱で変質した部分だけが、他より侵食が遅かった。あれは気のせいではなかった。ナノマシンは熱に弱い。分子を分解するシステムが、高温環境では機能低下する。

 しかし熱を出す手段は——デリートソードのプラズマだ。出力を最大にすれば、熱量は上がる。問題は、それが自分自身を焼くことになる、という点だ。

『お前の装甲が消えた時、残された生身をじっくりと分解してやろう』

【右腕部装甲、分子分解率:8.4%】

 内部の油圧回路が露出し始めていた。

 アルヴィスの言葉が、不意に頭を過った。

 ——「この宝が鋼鉄に飲み込まれぬことを切に願う」

 鋼鉄が、文字通り飲み込まれかけている。

 剣は、デリートソードの出力調整ダイヤルを、限界まで回した。

「食わせて——たまるか」

 プラズマが白熱した。剣自身が、一つの巨大な熱源になった。

【WARNING:機体過熱。内部回路に高負荷】

【外装表面温度:推定1,200℃】

 霧が悲鳴のようなノイズを上げた。

 ナノマシンが、熱から逃げるように散り始めた。核が崩れ、統一された意思が分断されていく。集合知性が分散すれば、戦術的な判断ができなくなる。霧は霧に戻り、ただ漂うだけのものになった。

 剣は、その霧の中を歩いた。プラズマの熱が霧を蒸発させながら、道を開いていく。

 二分後、コンテナヤードに静寂が戻った。

【LIMIT: 64s】

 剣は変身を解いた。

 装甲が消える瞬間、冷たい外気が皮膚を刺した。右腕に、低温火傷の痛みが走る。スーツを過熱したツケが、生身の体に来ていた。

 地面に、銀色の破片が落ちていた。

 虫食いのように黒ずんだ、エルソードの装甲の一部だった。ナノマシンに食われた跡が、表面に無数の小さな穴を開けていた。

 剣は、しゃがんだ。

 その破片に、手を伸ばした。

 触れる寸前で、止まった。

 拾わなかった。

 雨が降り続いていた。銀色の破片が、泥の中でゆっくりと水に濡れていった。

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