第4話
帝国軍機密ファイル
【排除対象:コード:ダークマスク】
用途:対エルソード用・重層殲滅型人造人間
全高/重量:210cm/472kg
パンチ力:約5t キック力:約10t
兵装——
サイコレールガン:対象の熱源および脳波を追尾する長距離精密加速砲。
ニアガン:近接用リボルバー。人造人間の握力を活かした超高圧弾丸を射出する。
解析コメント:感情を排し、効率のみを追求した「完成された兵器」。早水剣が「不完全」であるなら、これはその回答だ。
第4話:死線まで六百秒
視界の端で、数字が減り続けていた。
【BATTERY: 62% / LIMIT: 372s】
六分と十二秒。
早水剣は廃ビルの影で、自分の右手を見た。握って、開く。動く。今はまだ動く。だが指先の反応が、わずかに——ほんのわずかに、遅い気がした。気のせいかもしれない。気のせいであってほしかった。
一キロ先、高層ビルの屋上。漆黒のコンバットスーツを纏った巨躯が、微動だにせずサイコレールガンを構えていた。
ダークマスク。
三十分前、剣は最初の一撃を受けた。紫色の光軸がかすった、それだけで建物が崩れた。エルソードの盾は弾丸を弾いた。しかし衝撃の余波だけで、剣の体が十メートル吹き飛んだ。あれを正面から受けたら、無敵の盾がどこまで耐えるかわからない。
まず遠距離を潰す。剣はビルの影から身を乗り出し、ビームボウガンを構えた。エルフの狩人が風を読むように、光の矢を放つ。
命中した。
ダークマスクの右肩に、光が突き刺さった。
黒い巨躯は、止まらなかった。
肩から煙を上げながら、最適な射撃位置へ向けて、ただ静かに移動し続けた。剣が声をかけても、問いかけても、答えない。会話する必要を感じていないのか。あるいは——会話という概念が、そもそも存在しないのか。
もう一発。また命中した。また止まらなかった。
【LIMIT: 215s】
三分三十五秒。
剣は自分の走行データを確認した。現在速度、時速四十一キロ。出撃時は四十五キロだった。四キロの差。バッテリーの低下が出力を削り始めている。数字は小さい。しかしダークマスクとの速度差が埋まらない理由が、そこにあった。
遠距離は通じない。このまま逃げ続ければ時間切れになる。
近接しかない。
剣はブーストを全開にして跳躍した。十メートルの跳躍。一気に距離を詰め、デリートソードを抜き放ちながら、ダークマスクの首筋へ向けてプラズマの刃を振り抜く。
黒い死神は避けなかった。
カチャリ、と重厚な音。
ゼロ距離。ダークマスクの右手に握られたリボルバーの銃口が、エルソードの腹部に押し当てられた。引き金を引く動作に、一切の躊躇がなかった。
ドォン。
音というより、衝撃が先に来た。肺の空気が全部抜けるような感覚。視界が白くなる。剣の体が後方へ吹き飛び、廃ビルの外壁を背中から突き破った。コンクリートの破片が降り注ぐ中で、剣は天井を見ていた。
立て。
立てるか。
体が答えを出すより先に、バイザーが答えを出した。
【LIMIT: 60s】
六十秒。
警告灯が赤く染まった。視界の解像度が落ちる。センサーの反応が鈍くなる。指先に、さっきまであった微かな感触すら消えていく。スーツが死にかけている。中の人間ごと。
瓦礫を踏む音が近づいてきた。
ダークマスクが歩み寄る。急がない。急ぐ必要がないから。あと六十秒待てば、銀の装甲は解け、中から生身の人間が転がり出る。それを潰せばいい。それだけのことだ。
巨大な手が、剣のバイザーを掴んだ。持ち上げる。足が地面から離れる。
『非効率だった』
初めて、ダークマスクが口を開いた。
『逃走も、近接も、すべて最初から計算済みだ。お前の選択肢は、最初から存在しなかった』
剣は、ぶら下がったまま、その黒いバイザーを見た。
向こうに、目があるのかどうかもわからなかった。
【LIMIT: 10s】
十秒。
剣の脳裏に、映像が浮かんだ。あの地下室。崩れ落ちる天井。瓦礫の隙間から見えた、アルヴィスの手。開かれたまま、動かなかった手。
叫ぼうとした。声が出なかった。泣こうとした。涙が出なかった。ただスーツが剣を動かし続けた。演算が次の敵を探し続けた。あの瞬間に感じられなかった絶望が——
【LIMIT: 03s】
体の奥で、何かが動いた。
感情ではなかった。システムでもなかった。もっと深い場所の、ずっと前から眠っていた何かが——バッテリーの終わりに呼応するように、ゆっくりと目を開けた。
エルソードの胸部、その核心部で、封印された回路が脈動を始めた。
【WARNING:超重力制御システム——起動シーケンス検出】
【封印解除を試みています——】
ダークマスクの動きが、止まった。
その黒いバイザーが、初めて——計算外のものを見るように、剣の胸部へ向いた。
【LIMIT: 00s】
銀の装甲が、消えた。
しかし剣は落ちなかった。
エルソードがあった場所に、別の何かがあった。重力が——歪んでいた。




