第1話
マケドニア帝国・軍事情報局 極秘調査報告書
対象コード:EL-SWORD
装着者:不明
現状評価:解析不能
装着所要時間:推定0.03秒以下(詳細メカニズム不明)
打撃力:推定3t超(装甲車貫通を複数事例で確認)
防御性能:既存の物理・光学兵器による損傷、一切なし。衝撃の消失メカニズム、解明できず。
駆動方式:未知。重力制御システムの可能性を排除できない。
総合判定:接触禁止。広域殲滅兵器の即時使用を推奨する。
第1話:0.03秒の銀光
エルフの村、ルナ・フェルナ。
陽光が木の葉に砕け、銀色の粉となって降り注ぐ午後だった。
早水剣は、その光の中で一人、木剣を振っていた。
尖った耳を持たない。魔力の波紋もない。十七年間、ここで生きてきたのに、剣はいまも「人間」だった。エルフの子供たちが無邪気に距離を取るのを、剣は笑って受け流すことを覚えた。笑い方を教えてくれたのは、大長老アルヴィスだった。
「剣よ、剣術とは相手を倒すためではない」
アルヴィスは皺だらけの手で剣の構えを直しながら、いつも同じことを言った。
「己の中心を守るためだ。中心さえ守れれば、何があっても、お前はお前でいられる」
その意味が、今日まで剣にはわからなかった。
鉄の臭いが、静寂を引き裂いたのはその直後だった。
爆音。次いで、地を揺るがす轟音。
空を見上げた剣の目に映ったのは、エルフたちが代々紡いできた魔法障壁が、紙細工のように引き千切られていく光景だった。マケドニア帝国の重装甲ヘリが、編隊を組んで降下してくる。砲口が、村へ向く。
「逃げろ! 全員、地下へ!」
誰かの叫びより先に、鉛の雨が降り始めた。
美しかった広場が、一瞬で黒煙と血の海に変わった。剣が幼い頃から知っている顔が、次々と地に伏していく。エルフの長老が。木の実を分けてくれた老婆が。剣を指差して笑った子供たちが。
剣の足が、石のように固まった。
「剣!」
アルヴィスの声が、その場所まで届いた。老いた体で人波を掻き分け、アルヴィスは剣の腕を掴む。手に血が滲んでいた。
「来い。時間がない」
「父さん、でもみんなが——」
「来い!」
初めて聞く、アルヴィスの怒声だった。
研究室の地下。普段は閉じられたままの石扉の奥に、アルヴィスは躊躇なく入っていった。積み重ねた書物の向こう、壁に埋め込まれたコンテナのロックを、震える指で解除する。
中から現れたのは——スーツだった。
中世の甲冑でもなく、剣が絵本で見たどんな「鎧」とも違う。有機的な曲面を持つ銀色の「肌」。無機質でありながら、何かが脈動しているような、奇妙な生命感があった。
「これは……」
「お前の父が、お前を守るために遺したものだ」
アルヴィスは振り返らずに言った。「私ではない。お前の、本当の父が」
それ以上の言葉は、続かなかった。
背後で爆発が起き、天井が鳴いた。石と土の塊が雪崩れ落ち、アルヴィスの小さな体を飲み込んだ。
「父さん——!!」
瓦礫の山。その端から、アルヴィスの右手だけが見えていた。力なく、しかし剣の方向へ向けて、開かれたままの手が。
「父さん、返事をして、父さん!」
叫びながら石をどかそうとした剣の耳に、階段を踏み鳴らす複数の足音が届いた。
「生存者確認。抹殺せよ」
機械のような声。鉄の足音。
地下に雪崩れ込んできたマケドニアの重装兵たちが、一斉に銃口を向ける。引き金に指がかかる。
死ぬ、と剣は思った。
ここで死ぬ。父の隣で。
その瞬間、剣の体の奥で、何かが「目覚めた」。
指示ではなかった。訓練でもなかった。骨の髄から湧き上がるような、抗いようのない衝動。剣は気づけば両の手のひらを、自分の耳へとかざしていた。
――バチッ。
青白い光が、体の輪郭に沿って走った。音というより、世界が一瞬、静止したような感覚だった。
【装着完了:0.03秒】
弾丸が銃身を出た。
わずかに空気を押した。
スーツの胸板に触れた。
キン——。
乾いた音を一つ立てて、鉛の塊が地面に転がった。傷一つ、ない。火花すら、ない。続いて放たれた数十発が、同じように、ただ落ちた。
兵士たちが後ずさる。
「な……なんだ、あれは」
剣は答えなかった。
バイザーの奥、見える景色が変わっていた。敵の位置、距離、質量——数字が視界に重なって流れる。頭が、冷えていく。まるで自分の感情が、遠い部屋に閉じ込められていくような感覚だった。
一歩、踏み出した。
コンクリートの床に亀裂が走った。
最初の兵士の胸元へ、剣の拳が届く。
ズドン、と低い音。三トンの質量が人体を直撃した結果は、語るに値しない。
それから後は、剣の記憶が途切れ途切れだった。
振った。倒れた。また振った。また、倒れた。
静寂が戻った頃、動いているのは剣だけだった。
血の海の中で、剣は自分の手を見た。
銀色の金属。微かな駆動音。
心臓は、確かに激しく打っているのに——泣けなかった。叫ぼうとしても、声が出なかった。感情が在る場所と、体が動く場所が、もう繋がっていないようだった。
「……俺は、何に、なったんだ」
返事はない。
アルヴィスの開かれた手が、瓦礫の下で静止したままだ。
地上から、増援の地鳴りが近づいてくる。
剣はゆっくりと立ち上がった。父の手から目を逸らすことも、向き合うこともできないまま、炎の中へ向けて一歩を踏み出した。
それが、すべての始まりだった。
一人の人間が英雄と呼ばれ——そして、自分自身を少しずつ失っていく、長い戦いが今始まろうとしていた。




