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キミへ囁くしば桜  作者: いすみ 静江✿
第五章 授産
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第二十六話 記憶の花

 しば桜公園の持田伯父さんが、私に六百円と入場券を握らせてくれた。まだ入場前なのに、チケットを彩る美しい花の絨毯が匂ってくるようだ。早く入りたい気持ちを抑えて、伯父さんの話を待つ。


「さくらさんは櫻絵ちゃんを連れて梨園まで来てくださったんだよ。さくらさんも綺麗でね、お嬢さんの櫻絵ちゃんと同じ判子みたいだっぺえな」


 だっぺえなとは耳に懐かしい響きだ。


「おっと、ついお国訛りが出てしまったっぺ」


 伯父は口を手で覆った。


「以前は、母もだっぺを連発していましたよ。寛ぐとそうなります」

「さくらさんも同じなら、安心してもいいっぺか」


 母は繕って話しているので、言葉がふらふらだ。


「寧くん。祖母のご葬儀でお会いした、母からしたら十八歳上の姉が和伯母さんと言うのね」

「ご紹介いただいたよ。お人柄の良さそうな方ですね」

「伯母さんは戦後すぐに思い立ったのか、持田大伯父さんとの良縁を大切にして嫁いで行ったのよ」

「初めまして。申し遅れました。櫻絵さんと今春ご結婚させていただいた――」


 彼がポケットを叩きながら困っている。


「緊張したのかしら」

「櫻絵さん、左手を見せて。僕達も結婚指輪を交わせました」


 伯父がほうほうと頷いている。


「どこでか手違いがありまして、同じプラチナなのですが」

「私が八角形のものなのに、彼のはつるっと丸いのですわ」

「印字は合っているのですがね」


 ひょうと伯父は息を吸い込んだ。


「間違いがあったとは大変だっぺ。早い内に交換した方がええっぺ」

「縁を切るような縁起を気にしてね、二人とも二個目を買うつもりですわ。新しくお揃いのマリッジリングにしたいと思っているの」


 私は虫歯が痛むポーズで悩む。伯父は拳を掌に打った。


「おーい、母さん」


 大伯父さんが携帯電話に向かって大きな声を出している。


「うーん、うーん。聞こえっぺよ」


 微笑ましくて、つい口元に手を当てて小さく笑ってしまった。


「家内がこちらに向かっているっぺ。折角だから公園でお茶して行ったらいいっぺな」


 園内案内のリーフレットをいただいた。


「縁起をよくするなら、えにしの花壇、めぐみのトチノキに手を合わせるとええっぺ。公園の真ん中にあるから」


 私達は目を合わせる。


「本当に素敵だわ。縁や恵があるのね」

「持田の伯父さん。僕達は神社にお参りをしてきました。神頼みでも縁起担ぎでも縋りたいことがありまして」


 受付の内側からドアが開く音が聞こえた。伯母だった。


「よくきたこと。櫻絵ちゃん、元気だったかい」

「元気……。まあまあみたいよ」


 私はポーラスターで写真を撮られたことを伝えなかった。女の体を弄び、私の愛を傷つけられたあの日のことは忘れられない。あのオトコを早く心の闇から抹殺したい。


「伯母さんも公園の管理を時々任されているの」

「伯母さんは働き者ね」


 和伯母さんとはいつも話し易くて可愛がって貰った。オルゴールや人形も贈ってくださった。持田家にお子さんがいらっしゃらないからかと後で思うようになるが。


「食べて行く為だけではないの。好きでしていることだから、大さんにも感謝しているわ」

「おいおい」


 伯父さんが口元をむず痒く動かしている。鼻の下を長くするものかと納得した。


「素敵な伯父さんと伯母さんですね」

「私も同感だわ。昭和も恥ずかしい位前ね、四月八日に私が産まれたと聞いて、伯母さんは日本画をくださったの。ボタニカルアートがお好きで得意な伯母から、私の誕生花のシバザクラをくださったわ」


 寧くんになら自慢してもいいだろう。


「うん、さくらお義母さんは、櫻絵さんの為に家でシバザクラを育てているのかも知れないね」

「ああ、ちょっと気が付かなかったわ。うっかりぽんすけ。てへ」

「ぽんすけって誰だろう?」


 彼が抑え気味に笑う。


「では、しば桜の絨毯をご覧ください。迷子に気を付けてついてきてください」

「どういう冗句ですか」


 私は秒で突っ込みを入れた。


「櫻絵ちゃんが大学から最寄り駅までよく迷ったと、さくらちゃんから聞きましたよ」

「くすくす。黒い歴史があったとはね。僕がメトロまで送迎したら迷子もなくなったよね」

「私にも色々とあるんですよ」


 方向音痴に対しては意固地になってしまう。


「過去に縛られないよ、櫻絵さん」

「一緒にいたら、寧くんナビがいるものね」


 お喋りに夢中になって、視野を疎かにしていた。伯母さんが止まって体の向きを変える。


「ここからの眺めが伯母さんのお気に入りですよ」


 元梨園にしば桜が描く広大な虹のシャワーが注がれている。


「綺麗だね、櫻絵さん」

「うん、絶句していたわ」


 遠くから見ると、小粒な花だと感じさせずに健気に咲いていた。一つ一つが小さな命で、風に微かに身を任せている。


「不思議、しば桜の声が聞こえないみたい」


 独り言ちをした。


「さて、縁の花壇と恵のトチノキへ行きましょうね」

「僕達の為にお時間を割いていただき、申し訳なく思います」

「素直にお願いしましょう。後でお礼をしますね。伯母さん」


 左右にしば桜がうねる。どこを見ても美しいと讃えたい。十数分すると、特段に手入れをされた白と薄桃の花壇に辿り着いた。大きさは卓袱台位だ。


『フクさんのお孫さんね。そっくりね』

『私達の記憶の声を聞いてください』


 私は驚いて高い声を漏らした。記憶の声とは、どんなものだろうか。縁の花壇に迫る。

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