表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミへ囁くしば桜  作者: いすみ 静江✿
第四章 恵愛
24/48

第二十四話 伽と償い

 私は東京のポーラスターを引き払って、本格的に茅葺の家で寧くんと暮らす支度をした。いざとなるとテキパキと引っ越しできるものだ。三人で暮らせるようになって三日目の晩になる。湯上りにペアルックを楽しむ。私は薄桃ので彼は水色のチェック柄をパジャマにしていた。


「ミミちゃんの布団は、もう捨ててしまったわね」


 私の部屋を夫婦の部屋にしていた。寧くんの寝具には白いシーツとカバー、私には薄桃のを選んだ。


「早まったかしら。いい想い出だってあったのに」


 寧くんが困った顔をしている。


「ミミちゃんとさようならをしたのは、心の痛さが辛かった訳ではないの」

「櫻絵さん、話さなくてもいいよ」


 深みにはまって行きそうな私を止められた。私も宣言したいと思う。


「けじめ。けじめなのよ」


 私は意固地だ。


「僕は、抱き締めるように愛したいよ。でも、儀式のようにするのは考え直した方がいいと思う」

「寧くん……」


 抱き合いたいのかと思い、私から背中に引っ付いた。


「僕は獣ではないんだ」

「そんな風に思っていないわよ。いつでも真摯でいてくれたわ」


 彼の胸を腕で囲むと、私の指が届かなかった。大きな背に呼吸を合わせる。


「落ち着いたときでも遅くないよ」

「我慢強いのね」


 さっきのお風呂の香りがする。珍しく乳頭温泉郷にゅうとうおんせんきょうのわくわく温泉おんせんを入れた。寧くんも私もお風呂でいい味出している。だから、妻をいただきます位のことをどうして言わないのか。


「獣ではないって」

「さっきの繰り返しよ」

「いや、大切なことは幾度確認してもいい。愛しているから」


 焦ったら下品なのは、よく分かっている。


「あのオトコとは真逆ね」

「忘れてほしい」


 私はリスみたいに頬を膨らませた。


「誰にも肌を見せないで、寧くんに捧げる筈だったのよ」

「辛かったのはよく分かる。僕が忘れさせたい位なのに、力不足ですまない」


 この辺りで乗って来ないだろうか。引っ付き虫をやめて離れる。


「らぶらぶする?」

「櫻絵さんらしくない」


 即答でぶりっこ櫻絵は叩かれた。悔しくて自分の薄桃布団に潜り込む。


「むう、お堅い櫻絵さんが好きなの? 淫らな私は嫌いなの?」


 口ごもった声で責めたようになってしまった。


「……僕は試されているの?」


 彼が唸っている。潜り込んだ薄桃の布団からちらりと顔を見せた。寧くんの男性の割に太過ぎない眉が小さく動く。眉根を寄せて再び困り顔になった。


「ごめんね」


 傷付けたかも知れないから、私から素直に言の葉が出た。


「謝らないでほしいな」


 彼は頭を掻き、白の布団に正座した。


「どうにでもなりたいのよ……」


 さっさと終わらせたかった。儀式とやらを。


「忘れるんだ。投げやりはいけないよ」

「……辛くないと言えなくて」


 図星だったので、憎まれ口を叩いた。嫌な自分だと辟易している。


「悪夢を引き摺って一晩過ごすのかい」

「無謀だわ」


 自分の気持ちが傾いだままではいけない。薄桃の布団からがばりと抜け出した。


「仲良くしようよ。お祝いのときに誓い合ったろう」

「うん。ごめんなさい」


 しおれたしば桜のようだ。


「謝らないの。頭ぽんすけするぞ」

「ぷ。ぽんすけ!」


 私は、二、三分も楽しく笑っていた。


「可笑しくないですよ」

「はい。すみません」


 本当にぽんすけとされてしまった。心から寄り添いたいと思う。言い合いをしていたのは、私の気持ちに整理が付かなかったからだろう。


「お願い……」


 寧くんの首に手を回す。


「本当にいいのかい?」


 彼が白い布団に私をゆっくりと寝かす。


「もう、怖くないから……」


 口づけを一つ。唇を舐めるように、もう一つ。


「愛している? 愛しているからよね」

「宇宙一だよ」


 お揃いのパジャマが、羽ばたきそうになる。二人の色が混ざり合った。拙くも私の体をあたためてくれた彼の全てを受け入れたい。


「ヘソの上に痣があるんだね。紫堂氏の話は本当だったのか」

「ごめんなさい。不用心だった私が悪いのよ。一生、償うから」

「償いなんて思い詰め過ぎだ。僕も恋することに不慣れですまなかった」


 寧くんが脂汗を掻き、額を拭った。自分を責めていないだろうか。


「く……」


 彼の様子がおかしい。私の痣などなければよかった。アイツが黙っていれば済んだのに。


「上手くできない……。僕は男性ではないのだろうか」

「大丈夫よ。海より深い女でいるわ」


 私の目元に、彼の涙が落ちて来た。


「難しいものなのよね。私はどうしたらいい?」


 繊細なのだと感じる。


「僕が情けなくて」

「情けなくないから」


 奮闘した挙句、私達はしっかりと手を繋げた。繋いだ手があたたかくて、胸の鼓動が止まらない。――愛。口にすれば安っぽくなるけれども、真実の気持ちがあるのなら、至上の愛は存在する。


「真の愛って、落ち着くものなのね」

「僕と結婚したんだ。僕とだ」


 独占欲が東京タワーの上を行っている。私達は夜が明けるまでお互いの心を離さなかった。


「――ありがとう。寧くん」


 おでこに唇を当てられて、前歯が当たった。


「痛いわ。いいムードだったのに、やーだー」

「恥ずかしいなあ」


 寧くんは、ぶつかった所をもう一度口づけてくれた。


「優しくされると困るわ」


 私の償いはできていない。一生、ごめんなさいを続けて行くしかないだろう。心は焼け出された。晴れて夫婦の契りを交わしたのだから、哀しい筈はない。けれども、自然と胸に込み上げるものがあった。お風呂にくべた薪が、ぱちりぱちりと音を立てていたのを思い出す。愛の花が開くように。


『お幸せに』

『お幸せに』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ