第二十四話 伽と償い
私は東京のポーラスターを引き払って、本格的に茅葺の家で寧くんと暮らす支度をした。いざとなるとテキパキと引っ越しできるものだ。三人で暮らせるようになって三日目の晩になる。湯上りにペアルックを楽しむ。私は薄桃ので彼は水色のチェック柄をパジャマにしていた。
「ミミちゃんの布団は、もう捨ててしまったわね」
私の部屋を夫婦の部屋にしていた。寧くんの寝具には白いシーツとカバー、私には薄桃のを選んだ。
「早まったかしら。いい想い出だってあったのに」
寧くんが困った顔をしている。
「ミミちゃんとさようならをしたのは、心の痛さが辛かった訳ではないの」
「櫻絵さん、話さなくてもいいよ」
深みにはまって行きそうな私を止められた。私も宣言したいと思う。
「けじめ。けじめなのよ」
私は意固地だ。
「僕は、抱き締めるように愛したいよ。でも、儀式のようにするのは考え直した方がいいと思う」
「寧くん……」
抱き合いたいのかと思い、私から背中に引っ付いた。
「僕は獣ではないんだ」
「そんな風に思っていないわよ。いつでも真摯でいてくれたわ」
彼の胸を腕で囲むと、私の指が届かなかった。大きな背に呼吸を合わせる。
「落ち着いたときでも遅くないよ」
「我慢強いのね」
さっきのお風呂の香りがする。珍しく乳頭温泉郷のわくわく温泉を入れた。寧くんも私もお風呂でいい味出している。だから、妻をいただきます位のことをどうして言わないのか。
「獣ではないって」
「さっきの繰り返しよ」
「いや、大切なことは幾度確認してもいい。愛しているから」
焦ったら下品なのは、よく分かっている。
「あのオトコとは真逆ね」
「忘れてほしい」
私はリスみたいに頬を膨らませた。
「誰にも肌を見せないで、寧くんに捧げる筈だったのよ」
「辛かったのはよく分かる。僕が忘れさせたい位なのに、力不足ですまない」
この辺りで乗って来ないだろうか。引っ付き虫をやめて離れる。
「らぶらぶする?」
「櫻絵さんらしくない」
即答でぶりっこ櫻絵は叩かれた。悔しくて自分の薄桃布団に潜り込む。
「むう、お堅い櫻絵さんが好きなの? 淫らな私は嫌いなの?」
口ごもった声で責めたようになってしまった。
「……僕は試されているの?」
彼が唸っている。潜り込んだ薄桃の布団からちらりと顔を見せた。寧くんの男性の割に太過ぎない眉が小さく動く。眉根を寄せて再び困り顔になった。
「ごめんね」
傷付けたかも知れないから、私から素直に言の葉が出た。
「謝らないでほしいな」
彼は頭を掻き、白の布団に正座した。
「どうにでもなりたいのよ……」
さっさと終わらせたかった。儀式とやらを。
「忘れるんだ。投げやりはいけないよ」
「……辛くないと言えなくて」
図星だったので、憎まれ口を叩いた。嫌な自分だと辟易している。
「悪夢を引き摺って一晩過ごすのかい」
「無謀だわ」
自分の気持ちが傾いだままではいけない。薄桃の布団からがばりと抜け出した。
「仲良くしようよ。お祝いのときに誓い合ったろう」
「うん。ごめんなさい」
しおれたしば桜のようだ。
「謝らないの。頭ぽんすけするぞ」
「ぷ。ぽんすけ!」
私は、二、三分も楽しく笑っていた。
「可笑しくないですよ」
「はい。すみません」
本当にぽんすけとされてしまった。心から寄り添いたいと思う。言い合いをしていたのは、私の気持ちに整理が付かなかったからだろう。
「お願い……」
寧くんの首に手を回す。
「本当にいいのかい?」
彼が白い布団に私をゆっくりと寝かす。
「もう、怖くないから……」
口づけを一つ。唇を舐めるように、もう一つ。
「愛している? 愛しているからよね」
「宇宙一だよ」
お揃いのパジャマが、羽ばたきそうになる。二人の色が混ざり合った。拙くも私の体をあたためてくれた彼の全てを受け入れたい。
「ヘソの上に痣があるんだね。紫堂氏の話は本当だったのか」
「ごめんなさい。不用心だった私が悪いのよ。一生、償うから」
「償いなんて思い詰め過ぎだ。僕も恋することに不慣れですまなかった」
寧くんが脂汗を掻き、額を拭った。自分を責めていないだろうか。
「く……」
彼の様子がおかしい。私の痣などなければよかった。アイツが黙っていれば済んだのに。
「上手くできない……。僕は男性ではないのだろうか」
「大丈夫よ。海より深い女でいるわ」
私の目元に、彼の涙が落ちて来た。
「難しいものなのよね。私はどうしたらいい?」
繊細なのだと感じる。
「僕が情けなくて」
「情けなくないから」
奮闘した挙句、私達はしっかりと手を繋げた。繋いだ手があたたかくて、胸の鼓動が止まらない。――愛。口にすれば安っぽくなるけれども、真実の気持ちがあるのなら、至上の愛は存在する。
「真の愛って、落ち着くものなのね」
「僕と結婚したんだ。僕とだ」
独占欲が東京タワーの上を行っている。私達は夜が明けるまでお互いの心を離さなかった。
「――ありがとう。寧くん」
おでこに唇を当てられて、前歯が当たった。
「痛いわ。いいムードだったのに、やーだー」
「恥ずかしいなあ」
寧くんは、ぶつかった所をもう一度口づけてくれた。
「優しくされると困るわ」
私の償いはできていない。一生、ごめんなさいを続けて行くしかないだろう。心は焼け出された。晴れて夫婦の契りを交わしたのだから、哀しい筈はない。けれども、自然と胸に込み上げるものがあった。お風呂にくべた薪が、ぱちりぱちりと音を立てていたのを思い出す。愛の花が開くように。
『お幸せに』
『お幸せに』




