表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キミへ囁くしば桜  作者: いすみ 静江✿
第三章 切情
14/48

第十四話 地の覚醒

 白いベッドに朝日がちらちらと注ぐ。ポーラスターにいると気が付き、伸びをした。


「昨日は彼の会社まで押し掛けてしまったのよね」


 夕べは興奮気味で寝付けなかった。私を起こしてくれた出窓を眺める。日差しが揺れているのは、しば桜が囁いているからだろう。私に不安が少ないときは寡黙になるようだ。


「白と薄桃の株は、お父さんとお母さんからのもの。一人暮らしは寂しいだろうと新幹線のホームで渡してくれたわ」


 土の表面が乾き気味だから、少々多めに水遣りをした。緑が潤っていい感じだ。鉢の土作りは通気性がよく肥沃な培養土が合う。父の話では、赤玉土と腐葉土と堆肥を六対二対二に加え、元肥がいいようだ。本来、しば桜は地植えで楽しむと色とりどりの波ができて美しい。しかし、私には小ぶりの彼女らが丁度いいようだ。


「うん、お陰で寂しくないわ。四月には花を堪能できるわね」


 群青の水には、しば桜と私の気持ちを綴るつもりだ。


「ねえ、私の話を聞いてくれるかしら?」


 白と薄桃とは長話になると思い、飲み物を用意する。迷ったけれども、灰を集めた色の益子焼で緑茶をいただくことにした。


「仔犬の澄んだ瞳にやられたのよね。勿論、寧くんよ」


 白と薄桃が揺れる。


『櫻絵ちゃん、〝忍耐〟で私から応援するよ』

『私からは、〝誠実な愛〟よ。きっと心から結ばれる人がいると思うの』

「ありがとうね。寧くんもずっと忍耐して来て、誠実な愛を育ててくれているのよ」


 暫くして、気持ちの奥底に眠っていた涙を見出した。


「だから、優しいのよ。私もそろそろ決めないと」


 しば桜がざわつく。


「やっだー。迷子だった恋の行方よ」

『櫻絵ちゃん、自分で決めると後悔しないわ』

『櫻絵ちゃんが実を結ぶのなら、応援するよ』


 ◆◆


 日曜日となる。三時と約束してその時間に来る寧くんではないだろう。早めにちらちらと窓から覗いていた。花が歩いている。下の花屋さんとは違う所で大きな花束を用意したのだろうか。


「寧くん」

「こんにちは。お洒落しても可愛いね」

「やーだー。ピンクのワンピースで春を先取り気分ですよ」

「ふふ、似合うのが一番だよ」


 照れまくった。はぐらかそう。


「ええっと。展示場、すぐに分かったかしら」

「そうだね。一階が花屋さんで、階段を上がった所にあるのかな」

「そうよ。外階段から上がりましょう」


 私が先導して、花束と寧くんは二段下から来た。木目調の戸に飾った『五人展・五つの花びら』をノックする。ポスターが扉と共に外側に引かれた。


「こんにちは。お客人を呼んでみたりして。橘寧さんです」


 私は照れ隠しをしながら、彼に入室を促す。


「こんにちは、橘さん」


 四人の声が揃う。私はお友達を紹介した。


「西田さんと岩下さん、山木さんに増岡さんよ」

「よろしくお願いいたします。あの、生原さんも誘ってくださってありがとうございます」


 近くにいた増岡さんに、寧くんが頭を垂れて花束を渡した。


「お気遣いいただいてすみません」

「増岡さん、大丈夫よ」

「生原さんとは、上野美大から親しくさせていただいております」


 四人には土曜日の飲みでちょっとだけ彼氏の話をしてあった。上野美のミンナに比べたら、根掘り葉掘り聞いたりしないし、優しいお祝いの言葉をいただいたりした。


「ゆっくりして行ってください」


 西田さんが微笑みながら挨拶をする。


「これからも、よろしくお願いいたします」

「ふふ。私からもお願いね」


 四人の作品をゆっくりと鑑賞して回った。アロエが萌える大きな絵、仔犬の昼寝、サルバドール・ダリを匂わせる時計、ワシリー・カンディンスキーを彷彿とさせる明るい配色と踊る形状が新鮮だった。


「皆、がんばっているわね」

「櫻絵さんの作品をまだ見てないよ」

「この窓際のよ。予定とは違う作品を描いたのよ」

「あ……!」


 寧くんが声を消した。


「白いカーテンと溶け込むようにレースを纏った女性が、こんなにも愛おしそうにお腹を――」

「これはね、『はは』と題したわ。詳しくはリーフレット『群青の水』に綴ってあるから」


 声を殺したまま、私の想いをリーフレットから読み取って行く。


「明治からの女系で苦労をされて来たのですね」

「お祖母さんと母に私ね」

「しば桜が、私達を見守ってくれたとか。僕には分からないことだけれども、寄り添って行けたらいいと思うよ」


 小さな展示場に二時間もおり、寧くんは、置いてあったノートに、全ての作品へのご感想を書いて行ってくれた。

「僕には絵のことが分からなくて申し訳ないけれども、本当にいい作品と出会わせていただき、ありがとうございます」

「あれ? 寧くんは、鶯谷大学大学院うぐいすだにだいがくだいがくいん美術研究科びじゅつけんきゅうか修了よね」


 彼から肘で突かれてしまう。内緒にしてほしいとのことか。


「ありがとうございました。花束までいただきまして。生原さんをよろしくお願いいたします。友達の大切な方は私達にとっても大切ですから」


 四人ともお見送りに来てくれた。


「僕には学ぶことの多い五人展でした。こちらこそありがとうございます」

「やややや。そんな、あれよあれ。私は明日も来ますね」

「またねー」


 四人の笑顔が焼き付いた。よかった。参加してみて、じんわりとありがたみが分かる。


「疲れてないかな。櫻絵さん」

「うん、大丈夫よ。駅前に喫茶店があるけれども、公園のベンチがいいかな」

「寒いといけないから、お店の中がいいかも知れないね」


 喫茶ランランの戸を潜る。海の生き物が揺れるモビールのシャランとした音で出迎えられた。勧められた席に着くと、寧くんはコーヒーフロートを頼んだ。


「寒くないのかしら」

「僕は暑いよ」

「私はレモンティーをホットで」


 五人展の話ばかりをしていた。


「やはり、櫻絵さんのが白眉だと思うよ」

「やーだー。身贔屓だわ」


 寧くんは、群青の水については触れない。それが優しさなのだろう。


「そろそろ、東京駅に行こうか」

「そうね」


 七時からレストランだからと、腰を上げた。私が払おうとしても寧くんに奢られてしまう。


「ごちそうさまでした」

「遠慮しないで」


 東京駅に着く。


「構内から『レストランあまだ』のある大都会だいとかいビルまですぐなのよ」


 白いエレベーターに並んで乗った。


「三十六階が最上階よ。私達が行くのがまさにそこなの」

「櫻絵さん。楽しそうだね」

「だって、ねえ」


 レストラン街のある三十階までは止まらない。ワンピースの足元がすうっとするのが変な感じだ。幸せに向かっている所だった。予約席に着いたら大切な話をしなければ。


「櫻絵さん!」

「ね、い……?」


 ――突然、立っていられなくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ