第九話:聖女の視察
「……これが、かつてのガルマ帝国だというのですか?」
国境の検問所に降り立った少女は、信じられないものを見るかのように呟きました。
彼女の名はセレナ。
大陸の反対側に位置する、信仰と魔導の国「聖王国家ルミナス」から派遣された聖女であり、留学生という名目の視察員でした。
彼女が目にしたのは、泥にまみれた兵士ではなく、白銀の作業服をまとい、整然とインフラ整備に励む旧帝国兵たちの姿でした。
空を見上げれば、かつて恐怖の象徴だった魔導艦隊が、今や巨大な物資運搬船として、核融合の静かな音を響かせて飛び交っています。
「ようこそ、聖女様。……おっと、今は留学生だったな」
出迎えたのは、腰に工具袋を下げた真柴湊、その人でした。
数ヶ月前まで一介の整備士だった男は、今や大陸最強の国の主となっていましたが、その佇まいは以前と変わらぬ「現場の人間」のままでした。
「あなたが……世界を数ヶ月で作り変えたという、異界の調律師」
セレナは、湊から溢れ出す圧倒的なエネルギーの奔流に気圧されました。
聖王国家が誇る「聖なる魔力」とは根本的に異なる、原子の火がもたらす物理的な熱量。
「作り変えたんじゃない。不具合を直して、最適化しただけだ」
湊は歩き出し、セレナを都市の中央へと案内しました。
そこでは、三千体の少女兵器たちが、市民と共に新しい住居を組み立て、壊れた機械を瞬時に修理していく光景が広がっていました。
「聖王国家では、奇跡は祈りによってもたらされると教わりました」
「ですが、ここでは……奇跡が、数式とボルトによって量産されているのですね」
セレナが目にしたのは、病を治す魔導医療器、枯れた大地を蘇らせる核融合灌漑システム。
それらはすべて、湊の「メンテナンス」によって、魔法の限界を超えた効率を発揮していました。
「セレナと言ったか。お前の国では、祈りだけで腹が膨れるのか?」
「……いえ。救われるのは、選ばれた信徒だけです」
「俺の国では、正しく動く機械が、全員を救う。……祈る暇があるなら、レンチを握れ。それがここのルールだ」
湊の言葉は無愛想でしたが、その背後に広がる街の活気は、どの聖都よりも幸福に満ちていました。
セレナは、自分の手に持っていた聖典を強く握りしめました。
彼女が学びに来たのは、魔法の奥義ではなく、この男がもたらした「理不尽なまでの合理性」でした。
「……教えてください、マスター・ミナト。この世界を、どう『調律』するつもりなのですか?」
湊は、建設中の巨大な塔……全大陸へ無制限の電力を送る「核融合送信塔」を見上げました。
「まずは、エネルギーの格差を解体する。……神の奇跡に頼らなくても生きていける世界。それが、俺の工程表の終着点だ」
聖女セレナの留学生活は、彼女が信じてきた「神の理」を根底から揺さぶる、激動の始まりとなりました。
【後書き】
第九話をお読みいただきありがとうございます。
数ヶ月の月日が流れ、湊の国が「魔法の奇跡」すらも技術で凌駕していく様子を描きました。
新キャラクターの聖女セレナは、湊の合理主義とは対極にある「信仰」の世界から来た存在です。
彼女の目を通して、湊の築いた技術帝国の異質さと、その圧倒的な豊かさを浮き彫りにしています。
聖女ですら、祈るよりもレンチを握らざるを得ない湊の「現場主義」。
次回は、セレナを交えた技術実習、そして彼女を追ってきた聖王国家の刺客との衝突を描く予定です。
科学と信仰の対立を、湊がどう「修理」していくのか、ご期待ください。




