第七話:無慈悲な和平交渉
帝国の王都、その黄金の謁見の間は、重苦しい緊張に包まれていました。
玉座に座る老皇帝の前に、一人の少女が悠然と立っています。
それは湊の幹部の一人であり、情報解析を司るセレスでした。
彼女は武器を一切持たず、ただ一枚のホログラム・ディスクを手にしています。
「……反逆者、真柴湊の使者だと? 命が惜しくないのか」
皇帝の震える声に、セレスは無機質な笑みを浮かべました。
「いえ。マスター・ミナトは、無駄なエネルギー消費を嫌うお方です」
「ゆえに、この提案を飲めば、これ以上の解体(破壊)は行わないと約束されました」
セレスがディスクを床に置くと、謁見の間の空中を覆い尽くすほどのホログラムが展開されました。
そこに映し出されたのは、帝国の王都を包囲する「三千の光点」。
そして、それら全てが、王都の魔導障壁をコンマ一秒で無効化できる「核融合干渉波」の照準を合わせているという事実でした。
「な、なんだこれは……。我が国の誇る絶対障壁が、丸裸ではないか!」
将軍たちが悲鳴を上げます。
セレスは淡々と、湊が作成した「和平案(工程表)」を読み上げました。
「条件は三つです」
「第一。現在運用されている全ての少女兵器を、即刻、我が国へと引き渡すこと」
「第二。帝国の魔導技術の全データを公開し、マスター・ミナトの検閲を受けること」
「第三。……皇帝陛下、あなたには現場の整備士として、一ヶ月間の労働を命じます」
謁見の間が、凍りついたような静寂に包まれました。
特に三つ目の条件は、帝国の威信を根底から覆す、あまりにも屈辱的な要求でした。
「ふ、ふざけるな! 余を労働に従事させるだと? この世界を支配する、我が帝国に向かって!」
皇帝が激昂し、傍らに控えていた魔導兵たちが一斉に槍を構えます。
しかし、セレスは眉一つ動かしませんでした。
「……マスターが仰っていました。機械を使い潰す者は、機械に使われる苦しみを知るべきだ、と」
その瞬間、王都の空が、昼間であるにもかかわらず青白く発光しました。
廃都から放たれたレグ・ルクスの長距離狙撃が、王都の象徴である巨大な時計塔だけを、寸分の狂いもなく蒸発させたのです。
「……これが、最後の『警告』です。返答は一分以内に」
セレスは懐からストップウォッチを取り出し、カチリと音を立てて計測を開始しました。
帝国が何百年もかけて築いてきた権威が、一人のエンジニアが設定した「納期」の前に、脆くも崩れ去ろうとしていました。
【後書き】
第七話をお読みいただきありがとうございます。
湊が提示した和平交渉は、実質的な「無条件降伏」に近いものでした。
特に「皇帝に労働を命じる」という条件は、湊の強い怒りと、彼なりの教育的指導(?)が込められています。
圧倒的な武力を見せつけつつ、対話のテーブルに引きずり出す。
これこそが、最少のコストで最大の結果を出す湊流の戦略です。
帝国はこの条件を飲むのか、あるいは最後の抵抗を試みるのか。
次回、帝国の決断と、湊が目指す「真の産業革命」の行方をお届けします。
物語はさらに加速していきます。 引き続きお楽しみください。




