第十一話:作業着の聖女
「セレナさーん! こっちの魔導ポンプ、また異音がするんです!」
「はい、ただいま行きます! 六角レンチの十ミリを持ってきてください!」
かつて神の代弁者として崇められていたセレナは、いまや街のあちこちで名前を呼ばれる、最も身近な「街の修理屋さん」になっていました。
彼女が身に着けているのは、純白の法衣ではなく、湊から支給された紺色の作業着。
袖をまくり、頬に少しばかり機械油をつけた彼女の姿は、住民たちにとってどの奇跡よりも頼もしい光景となっていました。
「……よし。バルブのパッキンを交換しました。これで明日まで水位は安定するはずです」
作業を終えたセレナが額の汗を拭うと、周囲の住民たちから大きな歓声と拍手が沸き起こります。
「さすがセレナさんだ! 聖女様の『お直し』は、祈ってもらうよりずっと効くぜ!」
「これ、お礼に食べて。今日採れたてのリンゴだよ」
住民たちから次々と差し出される食べ物や感謝の言葉に、セレナは照れくさそうに微笑みます。
聖都では、人々は彼女の前に跪き、遠くから祈りを捧げるだけでした。
しかしここでは、人々は彼女の隣で共に汗を流し、直接その手を握って感謝を伝えてくれます。
「……マスターが仰った通りですね。手が覚えた技術は、直接誰かの笑顔に繋がる」
セレナは、リンゴを一口かじりながら、街の中央に立つ湊の銅像……ではなく、彼が今もせっせと調整を続けている核融合タワーを見上げました。
湊は、セレナが町に馴染んでいることを、遠くのモニター越しに確認していました。
「……リュミエ、セレナの作業効率はどうだ」
「飛躍的に向上しています。彼女の『聖なる魔力』は、微細なクラック(ひび割れ)を見つけ出すセンサーとして極めて優秀です。今や、彼女が通った後のラインは、初期不良ゼロと言われています」
リュミエの報告に、湊は満足げに頷きました。
「信仰心を『品質管理』に転換したか。……上出来だ」
そんな平和な日常の裏で、街の広場では、三千体の少女兵士たちが、セレナから「読み聞かせ」ならぬ「整備マニュアルの講習」を受けていました。
「皆さん、いいですか? このボルト一本の重みが、一人の命を支えているのです」
聖女の凛とした声が響き、三千の少女たちが真剣な眼差しでメモを取る。
信仰と技術、そして日常の幸福が混ざり合うこの街は、大陸のどこよりも輝いて見えました。
しかし、その輝きが強まれば強まるほど、外の世界で「神の奇跡」を独占しようとする者たちの影もまた、色濃くなっていくのでした。
【後書き】
第十一話をお読みいただきありがとうございます。
聖女セレナが、街の人気者として「現場」で輝く日常を描かせていただきました。
彼女にとっての「聖女としての務め」が、祈りから「直接的な修理」へと昇華されたことで、彼女自身の心も救われていく様子を感じていただければ幸いです。
湊の教育方針である「信仰を技術に変換する」という試みは、予想以上の成果を上げ、街のQOL(生活の質)を爆発的に高めています。
次回、この平和な街に、聖王国家からの「正式な使節」という名の刺客が訪れます。
湊が守るこの日常を、彼らがどうかき乱そうとするのか。そして湊がそれをどう「修理」するのか、ご期待ください。




