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貴方のお世話にはなりませんから!~公爵家に嫁いだ男爵令嬢は自立したい~

掲載日:2025/11/23


 国内で一番の格式を誇る、バルキリアン公爵家の巨大な屋敷の門が開く。


 馬車に揺られる私の心は、どんよりと重たい曇り空のようだった。


 私の名前はエレーナ。


 十六歳の、どこにでもいるような末端男爵家の娘だ。


 背中まで伸びた栗色の髪は、無理やり結い上げられていて頭皮がやや痛い。


 意志の強そうな緑色の瞳は、今は不安で揺れている。


 着ているのは、父が必死にかき集めた金で買った、少し流行遅れのデザインの純白のドレスだ。


 馬車が止まり、扉が開けられる。


 目の前には、この国の誰もが憧れるであろう青年が立っていた。


 レオリオル・バルキリアン公爵。


 十四歳という若さで家督を継ぎ、十八歳になった今では国を支えるほどの才覚を示している。


 輝くような銀色の髪を短く整え、涼しげなアイスブルーの瞳は、宝石のように美しく、そして冷徹な光を宿しているように見えた。


 身長は高く、仕立ての良い紺色の礼服が、鍛えられた体に完璧にフィットしている。


 彼は私に手を差し伸べ、優雅に微笑んだ。


「ようこそ、我が妻となるエレーナ」


 その笑顔を見た瞬間、私は確信する。


 これは罠だ。


 一ヶ月前のパーティで、私がたまたま彼の視界に入ったらしい。


 父は「公爵家の若君に一目惚れされたぞ!」と喜んでいたが、そんなわけがない。


 公爵家が、私のようなみすぼらしい男爵家の令嬢に関心を持つはずがないのだ。


 きっと彼は、身分の低い私を玩具のように扱い、飽きたら捨てるつもりに違いない。


 いわゆる、性の奴隷というやつだ。


 私は震える手で彼の手を取り、馬車を降りた。


 屋敷の中は目がくらむほど豪華だった。


 案内されたのは、私の実家がすっぽり入りそうなほど広い寝室だ。


 ふかふかの絨毯、天蓋付きの巨大なベッド。


 レオリオル様は、部屋の中にいた数人の侍女たちに目配せをする。


「彼女の世話を頼むよ」


 優しげな声だが、私には「逃がさないように監視しろ」と聞こえた。


 借金まみれの父は、結納金に目がくらんで私を売り飛ばしたのだ。


 けれど、私はただ泣いて終わるつもりはない。


 幼い頃から野山を駆け回り、父に剣術を叩き込まれた私は、そこらの令嬢とは違う。


 私はドレスの裾を握りしめ、レオリオル様を睨みつけた。


「貴方のお世話にはなりませんから!」


 部屋に響き渡る私の宣言に、レオリオル様も侍女たちも目を見開いて固まる。


 私はその隙に、侍女たちの背中を押して部屋の外へと追い出した。


「えっ、あ、あの、奥様?」


「出ていってください!自分のことは自分でやります!」


 バタン、と重厚な扉を閉め鍵をかける。


 これで安全地帯は確保した。


 私は腕まくりをすると、まずは部屋の点検を始めた。


「ふん、どうせ監視カメラの魔道具とかがあるんでしょ」


 ベッドの下を覗き、窓枠の桟を指でなぞる。


 埃一つない。


 さすがは公爵家だ。


 悔しいので、私は持参したハンカチで、ピカピカの窓ガラスをさらに磨き始めた。


 男爵家の安っぽい濁りがこびり付いた気がした。


 一通り掃除の真似事を終えた頃、お腹がグーと情けない音を立てた。


 朝から緊張で何も食べていないことに気付いた。


 それを察知したかのように、扉の向こうから控えめなノックの音がする。


「エレーナ、食事を用意させたんだが?」


 レオリオル様の声だ。


「いりません! 餌付けして手籠めにするつもりでしょう!」


「え……?」


 困惑する気配がするが、私は無視をした。


 しかし空腹は限界だ。


 私は父から餞別としてもらった小銭入れを握りしめる。


 これがあれば何か買えるはずだ。


 私は窓を開け、庭木を伝ってスルスルと地面に降りた。


 令嬢にあるまじき身軽さで、私は屋敷の裏門を抜け出した。


 街の大通りは活気に満ちていた。


 いい匂いに誘われて、露店で串焼きを買う。


 はしたなく歩き食いをしていると、背後にじっとりとした視線を感じた。


 振り返ると二人の男が慌てて物陰に隠れようとしている。


 一人は黒髪で真面目そうな騎士、もう一人は茶髪で優男風の騎士だ。


 公爵家の護衛だろう。


「ふん、連れ戻そうとしても無駄よ!」


 私が睨みつけると、彼らは困ったように顔を見合わせ、手を出してくることはなかった。


 内心恐れをなしたか!と得意気になっていたが、恐らくだが手荒な真似は禁じられているのだろう。


 今はまだ……。


 お腹が満たされる。


 やはり今後のことが不安になってきた。


 いつまでも父の小銭に頼るわけにはいかない。


 自立するためには、お金が必要だ。


 私は目の前にあった建物を見上げる。


 冒険者ギルド。


 ここなら、私の特技が活かせるかもしれない。


「たのもー!」


 純白のドレス姿で扉を開けると、中の冒険者たちがギョッとして私を見た。


 私は構わず受付に行き、登録用紙にエレーナとだけ記載した。


 登録を済ませると、次は装備だな。


 そう考え、近くの雑貨店に飛び込む。


「一番安い冒険者服と、中古のロングソードを一本!あと丈夫な鞄も頂くわ!」


 店主が目を丸くしながら商品を出してくれた。


 私は試着室に飛び込みドレスを脱ぎ捨てる。


 地味な茶色のチュニックとズボンに着替え、腰に剣を差す。


 脱いだドレスは鞄に詰め込んだ。


「よし、行くわよ!」


 私はそのまま、街の外れにある初心者向けの迷宮へと向かった。


 薄暗い洞窟の中、湿った空気が肌にまとわりつく。


 記念すべき第一戦目の相手は、緑色のスライムだった。


「せいっ!」


 剣を一閃させる。


 核を正確に斬り裂かれたスライムが、水たまりになって消えた。


「意外といけるわね!」


 幼い頃、父にしごかれた剣技は錆び付いていなかった。


 次はゴブリンだ。


 棍棒を振り回してくるが、動きが遅い。


「蠅が止まってしまいますわ!」


 懐に飛び込み、その首を刎ねる。


 私は次々と魔物を倒し、魔石や素材を鞄に詰め込んでいった。


 公爵家に飼われるだけの人生なんて真っ平だ。


 自分の食い扶持は自分で稼ぐ。


 その高揚感が、私をさらに奥へと突き動かす。


「グルルル……」


 迷宮の深部で、狼の群れに囲まれた。


 迷宮狼だ。


 五匹もいる。


 さすがに冷や汗が流れた。


 影からこっそりついてきていた護衛の二人が、すっと剣に手をかけるのが見えた。


「手出し無用!」


 私は彼らを一喝する。


「横取りする気!?これは私の獲物よ!」


 護衛たちがビクッとして手を引っ込めた。


 私は狼に向き直る。


 一匹が飛びかかってきた。


 紙一重でかわし、カウンターで胴を薙ぐ。


 返り血が頬に飛ぶが、構っていられない。


 二匹、三匹と襲いかかる牙を、転がりながら避ける。


 ドレスのような窮屈さはない。


 私は獣のように動き、最後の一匹の眉間を突き刺した。


「はぁ、はぁ……、勝ったわ!」


 全身泥と血まみれだったが、鞄はずっしりと重かった。


 ギルドに戻り、素材を換金する。


 カウンターに置かれた銀貨の輝きは、どんな宝石よりも美しく見えた。


 これで(平民感覚で)二週間は食べていける。


 私はその足で市場に行き、日持ちのする干し肉やパンを買い込んだ。


 公爵邸に戻った頃には、夕焼け空になっていた。


 正面玄関から堂々と入る。


 出迎えた初老の執事長が、私の姿を見て悲鳴を上げそうになって口を押さえた。


「お、奥様……なんと嘆かわしいお姿に……!」


「ただの汚れよ!」


 私は執事長をスルーして、浴場へと早足で向かう。


「湯汲を準備させます!」


 背後で執事長が叫んだが、私は構わずに大浴場の扉を開けた。


 驚いてやってきた侍女たちを睨みつける。


「入ってこないで!」


 侍女たちを追い出し、中から鍵をかける。


 私は服を脱ぐと、シャワーを出して、泥だらけの冒険者服をじゃぶじゃぶと洗い始めた。


 公爵家のシャワーで洗濯をするなど前代未聞だろうが、知ったことではない。


 洗い終わった服をシャワーヘッドに引っ掛けて干す。


 ようやく自分も湯船に浸かった。


「あー、極楽……」


 筋肉痛の予感がする体に、お湯が染み渡る。


 やっぱり、働いた後のお風呂は最高だ。


 しばらくして、私はお風呂から上がった。


 体を拭き、鞄からくしゃくしゃになった白いドレスを取り出して着る。


 下着は一緒に洗ってしまったので、今は穿いていない。


 スカートの中がスースーする。


 濡れた髪のまま、大浴場の扉を開けた。


「エレーナ」


 そこには、仁王立ちしたレオリオル様が待ち構えていた。


 彼は泣きそうな表情で私に対し真っ直ぐに視線を向ける。


「どうしてこんなことをするんですか?僕の稼ぎでは不安だというのだろうか?」


 彼は私の手を取った。


 その手は温かくて、大きかった。


「私は一目見たあの瞬間から、君しかいないと決めていたのだ!」


 彼は熱のこもった瞳で私を見つめ、愛おしそうに囁く。


「君は僕の光だ。君がいない世界なんて考えられない。愛しているんだ、エレーナ。頼むから、僕の側でただ笑っていてくれないか?」


 蕩けるような甘い言葉だ。


 普通の令嬢なら、ここでうっとりと頷くのかもしれない。


 でも私は騙されない!


 これは私を油断させ、カゴの中の鳥にするための策略だ。


 私は彼の手を振り払った。


「貴方のお世話にはならないと、言ったはずですわ!」


「エレーナ……」


「私は自分の力で生きていけるんです。今日もしっかりと自分の食い扶持は稼いできましたわ!」


 私は握りしめていた銀貨数枚を見せた。


 レオリオル様は、がっくりと肩を落とす。


 後ろに控えていた護衛の二人が、主に報告をしている。


「奥様は……、その、凄まじい剣技でした……」


「狼の群れを単身で壊滅させていました」


 レオリオル様は目を見開き、それから深くため息をついた。


「とりあえず、部屋で話を聞かせてくれないか。怒らないから」


 根負けした彼の様子に、私は少しだけ譲歩することにした。


 部屋に戻り、私は今日の冒険の一部始終を話した。


 スライムの感触、ゴブリンの間抜けな顔、狼との死闘。


 話しているうちに楽しくなってきて、身振り手振りが大きくなる。


 レオリオル様は、最初こそ心配そうな顔をしていたが、次第に前のめりになっていった。


「へぇ、そこでカウンターを合わせたのか」


「そうなの!こう、ガッとやってズバッと!」


 私の拙い説明に、彼は楽しそうに笑った。


 氷のような瞳が、春の日差しのように溶けていくのが見えた。


 話し終える頃には、夜も更けていた。


 レオリオル様は満足そうに頷いた。


「わかった。君の強さと意志は本物だ」


「認めてくれるの?」


「ああ。ただし、条件がある」


 彼は真剣な顔で私を見つめる。


「怪我だけはしないでくれ。それと、護衛をつけることを許してほしい。彼らは手出ししないと誓わせるから」


「まあ、見ているだけなら」


 こうして、私の公爵夫人兼冒険者としての生活が認められた。


 翌日からも、私は毎日迷宮へ潜った。


 朝は公爵家の豪華な朝食を「借金として帳簿につけておきます」と言いながら食べ、昼は魔物を狩り、夜はレオリオル様に武勇伝を語る。


 私が稼いだ小銭で買ってきた安酒を、彼が嬉しそうに飲むのが最近の定番だ。


 レオリオル様は相変わらず甘い言葉を囁いてくるし、隙あらばプレゼントを贈ろうとしてくる。


「このドレス、君に似合うと思うんだ」


「動きにくそうなので結構ですわ!」


「じゃあ、この新しい短剣はどうかな?」


「そ、それは少し気になりますけど、自分で買います!」




 エレーナが公爵家に嫁いで数か月。



 いまだに彼女の勘違いはまだ解けていないし、彼の初恋が実る気配もない。


 けれど彼女は、この奇妙な同居生活は、意外と悪くないかもしれないと思い始めていた。


 もちろん、お世話になるつもりは毛頭ないようだが。




 公爵家に嫁いだ男爵令嬢は、公爵家に見守られながら、冒険者として自立していたというお話



 おしまい


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― 新着の感想 ―
男爵と公爵じゃ裏があると思っても仕方がない。二人に幸せが訪れるのはまだ先・・・って、意外に今の状況が幸せなのかもしれませんね。
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