第8話「商人と取引と誤解」
翌朝。
いつものように目を覚ます。
鳥の声。
窓から差し込む朝日。
「今日も、普通の一日だな」
そう思った。
でも、違った。
朝食を終えて畑に出ると、村長が待っていた。
その隣に、商人グラド。
「おはようございます、アキト殿!」
グラドは大げさに帽子を取った。
「昨日はゆっくりお話できませんでしたので、改めて!」
「あ、おはようございます」
村長が言った。
「アキト、グラド殿と取引の話をしたい」
「取引?」
「ああ。この村の野菜を、王都で売りたいそうだ」
「王都……」
「はい!」
グラドは目を輝かせた。
「これほど素晴らしい野菜、王都の貴族たちが放っておくはずがない!」
「そんな大げさな……」
「大げさではありませんぞ!」
グラドは畑を指さした。
「この人参をご覧ください!色艶、大きさ、申し分ない!」
「普通の人参ですけど」
「普通?いやいや!」
グラドは人参を一本抜いた。
「こんなに甘い香り!葉も生き生きしてる!」
確かに、立派な人参だ。
でも、俺にとっては普通だ。
「私、三十年商人をやってますが」
グラドは真剣な顔をした。
「こんな野菜、初めて見ました」
「……そうですか」
「ええ。これは奇跡です」
またそれか。
「奇跡じゃないですよ」
「いいえ、奇跡です!」
グラドは人参を掲げた。
「あなた様が、この野菜に祝福を与えているのです!」
「与えてません」
「謙遜なさらずとも!」
村長が苦笑した。
「グラド殿、アキトはそういう性格なんだ」
「ほほう」
グラドは俺を見た。
「本当に謙虚な方だ」
「謙虚とかじゃなくて……」
「素晴らしい!」
グラドは俺の手を握った。
「こんな方が、この村におられるとは!」
「あの……」
「ぜひ、取引させてください!」
結局、村長の家で話し合うことになった。
テーブルに、俺と村長とグラド。
ユイもお茶を淹れに来てくれた。
「失礼します」
「おお、これは!」
グラドは立ち上がった。
「美しいお嬢さんだ!」
「あ、ありがとうございます」
ユイは少し困惑してる。
「この方は?」
「ユイさんです。村で料理を作ってます」
「料理を!」
グラドは目を輝かせた。
「では、この野菜を使った料理を!」
「はい」
「ぜひ、食べさせていただきたい!」
「え、今からですか?」
「できれば!」
ユイは俺を見た。
俺は頷いた。
「……分かりました」
ユイは厨房に向かった。
しばらくして、料理が運ばれてきた。
野菜のサラダ。
人参のグラッセ。
玉ねぎのスープ。
シンプルだけど、色鮮やかだ。
「おお……」
グラドは感動してる。
「美しい」
「どうぞ、召し上がってください」
ユイが言った。
グラドはフォークを取った。
まず、サラダを一口。
「……!」
固まる。
「どうかしましたか?」
「これは……」
グラドはゆっくり噛む。
飲み込む。
「美味い」
「ありがとうございます」
「いや、美味いなんてものじゃない!」
グラドは立ち上がった。
「こんなに瑞々しく、甘く、そして深い味わい!」
「そんなに……」
「野菜の味が、こんなにも濃い!」
グラドは次々と料理を口に運ぶ。
人参のグラッセ。
「甘い!でも、砂糖の甘さじゃない!野菜本来の甘さだ!」
スープ。
「玉ねぎの旨味が染み出てる!体の芯から温まる!」
グラドは涙を流していた。
「素晴らしい……本当に素晴らしい……」
「大げさですよ」
「大げさではない!」
グラドは俺を見た。
「これは、間違いなく祝福された野菜だ」
「だから、祝福なんて……」
「いいえ!」
グラドは力強く言った。
「普通の野菜では、こんな味は出ない!」
食事が終わって、取引の話に戻った。
「村長殿」
グラドは真剣な顔をした。
「この野菜を、王都で売らせてください」
「どれくらい必要だ?」
「まずは、月に一度。荷馬車一台分」
「一台分……」
村長は考え込んだ。
「村で使う分を残して、それくらいなら出せるだろう」
「ありがとうございます!」
「値段はどうする?」
「通常の野菜の三倍で買い取ります」
「三倍!?」
村長は驚いた。
「それは高すぎないか?」
「いいえ!むしろ安いくらいです!」
グラドは言った。
「この品質なら、王都では十倍の値段で売れます」
「十倍……」
「ええ。貴族たちは、美味しいものには金を惜しみません」
グラドは笑った。
「これは、間違いなく商機です」
村長は俺を見た。
「アキト、どう思う?」
「俺に聞かれても……」
「お前が育ててるんだから、お前の意見も聞きたい」
「……村が豊かになるなら、いいんじゃないですか」
「そうか」
村長は頷いた。
「では、グラド殿。取引させていただこう」
「ありがとうございます!」
グラドは深々と頭を下げた。
「必ずや、この野菜を王都に広めてみせます!」
その日の午後。
グラドは村の畑を見て回った。
俺も付き合わされた。
「素晴らしい……」
グラドは一つ一つの野菜を見て、感嘆してる。
「どれも完璧だ」
「普通ですよ」
「いいえ、普通ではありません」
グラドは人参を掘り出した。
「この形、この色。まるで芸術品だ」
「そんな……」
「アキト殿」
グラドは俺を見た。
「あなたは、本当に何も特別なことをしていないのですか?」
「してないです」
「種を蒔いて、水をやるだけ?」
「それだけです」
「肥料は?」
「村にあるものを使ってます」
「魔法は?」
「使えません」
「……」
グラドは首を傾げた。
「では、なぜこんなに……」
「分かりません」
本当に分からない。
俺はただ、普通にやってるだけだ。
「不思議だ」
グラドは呟いた。
「でも、それがまた素晴らしい」
「え?」
「あなたは、自分の力を理解していない」
グラドは笑った。
「無自覚の聖人だ」
「聖人じゃないです」
「いいえ、聖人です」
グラドは断言した。
「自分では気づいていない。でも、周りに幸せを与えている」
「……」
「それこそが、真の聖人の姿です」
グラドは空を見上げた。
「王都で、この話をしなければ」
「え?」
「あなたのことを、みんなに知らせなければ」
「ちょっと待ってください」
「大丈夫です。誇張はしません」
グラドは笑った。
「ありのままを伝えるだけです」
「ありのままって……」
「辺境の村に、謙虚な聖人がいる、と」
「だから聖人じゃ……」
「野菜に祝福を与え、村を豊かにし、それでも自分の功績だと思っていない、と」
「違います!」
「素晴らしい!」
グラドは俺の肩を叩いた。
「こんな方に出会えて、私は幸運です!」
夕方。
グラドは村を出発した。
荷馬車に、野菜を積んで。
「では、また来月!」
「気をつけて」
村長が手を振る。
グラドも手を振り返した。
「アキト殿!あなたの名は、必ずや王都に響き渡ります!」
「いや、それは……」
「ご期待ください!」
そう言って、グラドは去っていった。
小屋に戻る。
疲れた。
ユイが待っていた。
「お疲れさまでした」
「ああ、疲れた」
「グラドさん、すごい人でしたね」
「すごいというか……大げさというか」
「ふふ、でも悪い人じゃないですよ」
「そうだね」
確かに、悪い人じゃない。
ただ、
「話が大きくなりすぎる」
「そうですね」
ユイは笑った。
「でも、アキトさんのことを理解しようとしてましたよ」
「してた?」
「はい。本当に不思議がってました」
「……まあ、俺も不思議だけど」
なぜ野菜がこんなに育つのか。
なぜ村が豊かになったのか。
分からない。
でも、
「結果が出てるなら、いいか」
呟く。
ユイが頷いた。
「はい。それでいいと思います」
その夜。
一人になって、星を見る。
「王都、か」
グラドは、そこで野菜を売る。
そして、俺のことを話す。
「どうなるんだろうな」
分からない。
でも、きっと。
また、めんどくさいことになる。
「……まあ、いいか」
村は豊かだ。
村長も喜んでた。
ユイもいる。
それで十分だ。
噂がどう広がろうと、
俺は俺のペースで生きる。
美味いもん食って、気持ちよく寝る。
それだけだ。
「明日も、いつも通りにしよう」
呟く。
目を閉じる。
すぐに、眠りが訪れた。
その頃。
王都への道を進むグラドは、馬車の中で呟いていた。
「素晴らしい方だった」
野菜の袋を見る。
鮮度は落ちていない。
むしろ、採れたてのような瑞々しさだ。
「やはり、祝福されている」
グラドは笑った。
「王都の連中が、どんな顔をするか楽しみだ」
「辺境の奇跡」
「謙虚な聖人」
「無自覚の救世主」
「どう呼ばれるようになるか」
馬車は、夜道を進む。
星空の下を。
噂は、さらに広がっていく。
アキトの知らないところで。
確実に。
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