第28話「伝説の余波」
最近、村に見知らぬ人が増えてきた。
商人や旅人、中には貴族らしき人もいる。みんな、村を見て回っている。畑を見たり、温泉を覗いたり、村人に話を聞いたり。
最初は気にしていなかったけど、だんだん数が増えてきて、少し気になるようになった。
ある朝、畑仕事をしていると、見知らぬ男性が近づいてきた。立派な服を着ていて、商人のような雰囲気だ。
「失礼します。あなたが、アキト様ですか?」
と男性は丁寧に聞いてきた。
「はい、アキトですけど」
「お会いできて光栄です。私、王都で商いをしておりまして」
男性は深々と頭を下げた。
「ぜひ、あなた様の村の産物を、私に卸していただけないでしょうか」
「産物?」
「はい。この村の野菜や、温泉水など。王都で大変な評判になっておりまして」
男性は興奮した様子で話し続ける。でも、俺は困った。別に、売るために作っているわけじゃない。ただ、食べるために作っているだけだ。
「すみません、そういうのは村長に聞いてください」
「村長様にですか」
「はい。俺は、ただの村人なので」
男性は少し残念そうな顔をしたけど、頷いて村長の家に向かっていった。俺はホッとして、また畑仕事を続けた。
昼過ぎ、温泉に入っていると、村長が来た。彼は少し疲れた顔をしている。
「アキト、大変なんだ」
と村長は言った。
「どうしたんですか?」
「最近、村に訪問者が多すぎる。対応しきれないんだ」
村長は湯船に浸かりながら、ため息をついた。
「商人は商売の話を持ってくるし、貴族は視察だと言って来るし、旅人は『奇跡の村を見たい』と言って来る」
「そんなに来てるんですか」
「ああ。今日だけで五組だ。このままでは、村の生活が乱れてしまう」
村長の言う通り、確かに村は騒がしくなっている。以前は静かで穏やかだったのに、今は人の出入りが激しい。それは、少し居心地が悪い。
「何か、対策はあるんですか?」
「それが......」
村長は考え込んだ。
「何か規則を作らないといけないと思うんだが」
「規則?」
「ああ。訪問を制限するとか、立ち入り禁止区域を作るとか」
村長の提案は、もっともだと思った。このままでは、村の平和が壊れてしまう。
その夜、村の集会が開かれた。村人全員が集まって、訪問者の問題について話し合う。村長が前に立って、現状を説明した。
「皆さん、最近の訪問者の増加について、どう思われますか?」
村長の問いかけに、村人たちが次々と手を上げた。
「正直、困っています」
と年配の男性が言った。
「畑仕事をしていても、話しかけられて集中できません」
「私も」
と若い女性が続けた。
「洗濯をしていたら、『どうやって洗っているんですか』と聞かれて」
「温泉も、最近は人が多くて落ち着かない」
と別の男性が言った。
みんな、困っている。村の平和が、訪問者によって乱されている。村長は頷いて、言った。
「では、これから規則を作りたいと思います。訪問者の数を制限し、立ち入り禁止区域も設けます」
「賛成です」
と村人たちが声を揃えた。それから、具体的な規則について話し合いが始まった。
訪問は月に数回まで、事前に許可が必要、アキトの小屋周辺は立ち入り禁止、温泉の利用も制限する。色々な案が出て、最終的にまとまった。
「これで、村の平和を守れると思います」
と村長が言った。
「でも、一つ問題があります」
「何ですか?」
と俺は聞いた。
「アキト、お前のことだ」
村長は真剣な顔で俺を見た。
「訪問者の多くは、お前に会いに来ている。お前が『奇跡の人』として有名になっているからだ」
「俺に......」
「ああ。だから、お前の小屋周辺は特に厳重に守る必要がある」
村長の言葉に、村人たちが頷いた。
「アキト様の静かな生活を守るのが、私たちの役目です」
と年配の女性が言った。
「そうです。アキト様には、これまで通り穏やかに過ごしていただきたい」
と若い男性が続けた。
村人たちの温かい言葉に、俺は胸が熱くなった。みんな、俺のことを考えてくれている。
「ありがとうございます」
としか言えなかった。村長は微笑んで、「では、明日から新しい規則を実施します」と宣言した。
集会は終わり、村人たちはそれぞれ家に帰っていった。俺も小屋に戻ろうとしたとき、ユイが声をかけてきた。
「アキトさん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
「訪問者が多くて、疲れてませんか?」
ユイは心配そうな顔をしている。
「少し疲れたけど、みんなが守ってくれるから」
「はい。私たちが、アキトさんを守ります」
ユイは力強く言った。その言葉が、すごく嬉しかった。
翌日から、村の入口に看板が立てられた。
「訪問には事前許可が必要です」
「立ち入り禁止区域があります」
「村の平和を守るため、ご協力ください」
看板を見て、訪問者の数は確実に減った。それでも、時々許可を得て訪れる人はいる。でも、以前ほど騒がしくはない。村は、少しずつ静けさを取り戻していった。
ある日の午後、昼寝をしていると、誰かが近づいてくる気配がした。目を開けると、商人グラドが立っていた。
「やあ、アキト殿。お久しぶりです」
「グラドさん、どうしたんですか?」
「実は、提案があって」
グラドは笑顔で言った。
「この村を、観光地にしませんか?」
「観光地?」
「そうです。『奇跡の村』として、多くの人に訪れてもらう。そうすれば、村は繁栄し、経済も潤います」
グラドの提案は、一見良さそうに聞こえる。でも、俺には合わない気がした。
「それは......」と言いかけたとき、村長が現れた。
「グラド殿、それはお断りします」
村長の声は、珍しく厳しかった。
「村長殿?」
「この村は、観光地にはなりません。私たちは、静かで穏やかな生活を望んでいます」
「しかし、経済的には......」
「必要ありません」
村長はきっぱりと言った。
「私たちは、今のままで十分に幸せです」
グラドは驚いた顔をしたけど、やがて理解したように頷いた。
「分かりました。では、この話はなかったことに」
「ありがとうございます」
村長はそう言って、グラドを見送った。グラドが去った後、村長は俺に向き直った。
「アキト、すまなかった。勝手なことを言う商人がいて」
「いえ、ありがとうございます」
「この村は、お前のような人が穏やかに暮らせる場所であるべきだ。それを守るのが、私の役目だから」
村長の言葉に、俺は深く頷いた。
それから数日が経った。村は、以前の静けさを取り戻していた。
訪問者はほとんど来なくなり、村人たちはいつも通りの生活を送っている。畑仕事をして、料理を作って、笑い合っている。
俺も、いつも通りだ。朝は畑仕事、昼は温泉、午後は昼寝。そんな日々が、また戻ってきた。
三人が小屋に集まった。
ユイが料理を持ってきて、リズが薪を運んできて、セシルがお茶を淹れてくれた。四人で食事をしながら、最近のことを話した。
「最近、人が来なくなりましたね」
とユイが言った。
「ああ。村が、規則を作ったからな」
と俺は答えた。
「よかったです。アキトさんが、静かに過ごせるようになって」
「うん。みんなのおかげだよ」
「でも、師匠」
とリズが言った。
「外では、師匠の伝説がどんどん広がってるぞ」
「伝説?」
「ああ。『世界を救った聖人』とか『神の化身』とか、色々言われてる」
リズは笑いながら言った。
「街に行くと、みんな師匠の話をしてるんだ」
「それは......」
俺は少し困った。そんな大げさな話、誰が広めているんだろう。
「でも、本人は知らないんですよね」
とセシルが微笑んだ。
「アキト様は、今日も昼寝をしていた、と」
「それが、一番面白いところだな」
とリズが笑った。
三人は楽しそうに笑っている。俺も、一緒に笑った。外でどんな噂が広がっていても、ここでは関係ない。この村で、いつも通りに過ごせればいい。それが、一番大切なことだ。
「アキトさん、明日は何するんですか?」
「明日?畑仕事して、昼寝して、温泉入るよ」
「相変わらずですね」
とユイが笑った。
「それが、いいんだよ」
とリズが言った。
「はい。変わらないでください」
とセシルが微笑んだ。三人の言葉に、俺は頷いた。変わらない。それが、俺の役割だ。
食事を終えて、外に出た。
星が綺麗だ。四人で並んで、空を見上げる。
村は静かで、穏やかだ。風が優しく吹いて、木の葉が揺れる。こんな夜が、一番好きだ。
「今日も、いい一日だったな」
と俺は呟いた。
「はい」
と三人が答えた。明日も、きっといい日になる。そう信じながら、星を見ていた。
その頃、王都では商人グラドが酒場で語っていた。周りには、いつものように人だかりができている。
「それで、アキト殿の村に行ったんだが」
とグラドは言った。
「観光地にしようと提案したら、村長殿に断られてしまった」
「断られた?」
「ああ。『静かな生活を守りたい』と」
グラドは少し残念そうに言った。
「でも、その気持ちも分かる。あの村は、本当に穏やかで美しい場所なんだ」
「アキト殿は、どうしていた?」
と誰かが聞いた。
「昼寝をしていたよ」
とグラドは笑った。
「相変わらず、のんびりとな」
周りの人たちも笑った。
「さすが、アキト殿だ」
「伝説の人なのに、昼寝か」
「それが、また面白い」
人々は、アキトの話を楽しそうに聞いている。グラドは満足そうに酒を飲んだ。アキト殿の村は、このままでいい。静かで、穏やかで、美しいまま。それが、一番ふさわしい。
王宮では、レオナルドが国王に報告していた。
「陛下、リーヴ村の件ですが」
「うむ」
「訪問者が増えすぎて、村が対策を講じたようです」
「ほう。どんな対策だ?」
「訪問の制限と、立ち入り禁止区域の設定です」
レオナルドは報告書を差し出した。国王はそれを読んで、満足そうに頷いた。
「良い判断だ。あの村は、静かであるべきだ」
「同感です」
「アキトは、どうしている?」
「相変わらず、昼寝をしているそうです」
レオナルドは微笑んだ。国王は笑って、「それでいい。彼は、彼のままでいればいい」と言った。
貴族の間でも、アキトの噂は続いていた。サロンでは、彼の話題が絶えない。
「聞きましたか?アキト様の村は、今は訪問が制限されているそうですよ」
「まあ、残念」
「でも、それも彼らしいわ。静かに暮らしたいのでしょう」
「ええ。きっと、今も昼寝をしているのでしょうね」
貴族たちは、アキトのことを温かく語り合っている。彼の伝説は、ますます広がっていく。でも、本人は何も知らない。
教会でも、アキトの話題が出ていた。教会長が、セシルからの報告書を読んでいる。
「セシルは、村に残ることにしたか」
「はい」
と側近が答えた。
「それでいい。彼女の居場所は、あそこだ」
教会長は微笑んだ。
「アキトは、今も変わらずか」
「はい。相変わらず、昼寝をしているそうです」
「ふふ、それがいい。彼は、世界の安定そのものだ」
教会長は報告書を閉じて、窓の外を見た。
「彼が変わらないでいてくれる限り、世界は平和だ」
こうして、アキトの伝説は広がり続けた。王都で、貴族の間で、教会で。みんなが、彼のことを語る。
「奇跡の人」「神の化身」「聖なる男」。色々な呼び方で。でも、リーヴ村は変わらなかった。
静かで、穏やかで、美しい村。訪問者は減り、村人たちはいつも通りの生活を送っている。そして、アキトも変わらない。朝は畑仕事をして、昼は温泉に入って、午後は昼寝をする。
その日の夜、アキトは一人で小屋の前に座っていた。星が綺麗だ。最近、色々なことがあった。訪問者が増えて、村が規則を作って、グラドが提案を持ってきて。でも、結局は静かな日常に戻った。
それが、一番いい。「最近、人が来ないな」と呟いた。
「静かでいいな」
窓の外から、三人の笑い声が聞こえてくる。温かくて、優しい声。この声が、ずっと聞こえますように。そう願いながら、空を見上げた。
「明日も、いつも通りにしよう」
呟く。畑仕事をして、昼寝をして、温泉に入る。
それが、俺の幸せだ。伝説がどうなろうと、関係ない。この村で、みんなと一緒に。ずっと、こうしていたい。星が瞬いている。静かで、穏やかな夜。
「今日も、いい一日だった」
と呟いて、小屋に戻った。ベッドに横になると、すぐに眠くなった。明日も、きっといい日になる。そう信じながら、目を閉じた。
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