第27話「それぞれの道」
王都から戻って一週間が経った。
村の生活は、相変わらず穏やかだ。朝は畑仕事をして、昼は温泉に入って、午後は昼寝をする。そんな日々が続いている。
でも、最近少しだけ変化を感じるようになった。それは、三人の様子だ。
ユイは相変わらず料理を作ってくれるけれど、最近は村の他の人たちにも教えるようになった。
村長の家の前に、小さなかまどを作って、そこで料理教室を開いている。朝、畑仕事をしていると、ユイの明るい声が聞こえてくる。
「火加減は、こうやって調整するんですよ」
「お肉は、焼く前に塩を振っておくといいです」
若い娘たちが集まって、真剣にユイの話を聞いている。ユイは教えるのが上手だ。分かりやすくて、優しくて、みんなが楽しそうに料理を作っている。
ある日の昼、温泉に入っていると、村長が話しかけてきた。
「アキト、ユイさんのことなんだが」
と村長は言った。
「隣の村から、料理を教えてほしいと依頼が来ているんだ」
「隣の村から?」
「ああ。ユイさんの料理の噂が広まっていてな。ぜひ、うちの村でも教えてほしいと」
村長は嬉しそうだ。ユイの料理は、本当に評判がいい。シンプルで、優しくて、心がこもっている。それが、多くの人に伝わっているんだろう。
「ユイは、何て言ってるんですか?」
「まだ本人には伝えていない。お前に相談してからと思ってな」
「俺に?」
「ああ。ユイさんは、お前のことを一番に考えるだろう。だから、お前から背中を押してやってくれ」
村長はそう言って、温泉から上がっていった。
俺は湯船に浸かったまま、考えた。ユイが隣の村に行く。それは、いいことだ。ユイの料理を、もっと多くの人に知ってもらえる。
でも、少し寂しい気もする。毎日一緒に食べていた食事が、少し減るかもしれない。
夕方、ユイの家に行った。扉をノックすると、ユイが笑顔で出迎えてくれた。
「アキトさん、どうしたんですか?」
「ちょっと話があって」
居間に通されて、お茶を出してもらった。ユイは俺の向かいに座って、不思議そうな顔をしている。
「村長から聞いたんだけど、隣の村から依頼が来てるんだって」
「あ......はい」
ユイは少し困った顔をした。
「村長さんから聞いたんですね」
「うん。でも、まだ返事してないんでしょ?」
「はい。まだ、どうしようか迷ってて」
ユイは視線を落とした。彼女は、何かを悩んでいる。
「どうして迷ってるの?」
「だって、隣の村に行くと、アキトさんとご飯を食べる時間が減るかもしれません」
ユイは顔を上げて、俺を見た。その目は、少し不安そうだ。
「私、アキトさんと一緒にご飯を食べる時間が、一番好きなんです」
その言葉に、胸が温かくなった。ユイは、俺とのこの時間を大切にしてくれている。それが、すごく嬉しい。
「ユイ、俺は大丈夫だよ」
と俺は言った。
「ユイの料理を、もっと多くの人に知ってもらいたい。それに、隣の村に行っても、一緒に食べる時間は作れるよ」
「本当ですか?」
「うん。週に何回か、一緒に食べよう。それで十分だから」
ユイは少し考えてから、微笑んだ。
「分かりました。じゃあ、引き受けます」
「うん。頑張って」
「はい!」
ユイの笑顔は、いつもより明るかった。彼女は、自分の道を歩み始めようとしている。それを、俺は応援したい。
翌日、リズが小屋に来た。彼女は何か、真剣な顔をしている。
「師匠、相談があるんだ」
「どうした?」
「冒険者ギルドから、講師の依頼が来た」
リズはそう言って、手紙を見せてくれた。近隣の街にある冒険者ギルドからの手紙だ。内容を読むと、新人冒険者の育成を手伝ってほしいとのことだった。
「講師か。リズなら、できるよ」
「本当に?」
リズは不安そうな顔をしている。
「俺、教えるのとか、得意じゃないんだ」
「大丈夫。リズは優しいし、強いし、みんなに慕われてる。きっと、いい講師になれるよ」
俺の言葉に、リズは少し照れたように笑った。
「師匠がそう言うなら、やってみるよ」
「うん。頑張れ」
「でも、師匠。俺、時々村に帰ってくるから」
「もちろん。いつでも帰ってきていいよ」
「ありがとう、師匠」
リズは嬉しそうに笑った。彼女も、自分の道を歩み始める。それは、俺にとっても誇らしいことだ。
数日後、セシルが小屋を訪ねてきた。彼女は少し緊張した顔をしている。
「アキト様、お話があります」
「どうしたの?」
「教会から、戻ってくるよう指示がありました」
セシルはそう言って、手紙を見せてくれた。教会長からの手紙だ。内容を読むと、村での任務は終了したので、本部に戻るようにとのことだった。
「そうか......」
俺は少し寂しくなった。セシルがいなくなるのは、やっぱり寂しい。でも、彼女には彼女の役割がある。仕方ないことだ。
「いつ出発するの?」
「それが......」
セシルは少し言いづらそうにした。
「私、断ろうと思っています」
「え?」
「ここに、残りたいんです」
セシルは真剣な顔で言った。
「この村が好きです。アキト様と一緒にいたいんです」
その言葉に、俺は驚いた。セシルは教会の巫女だ。教会の指示に従うのが、彼女の役割のはずだ。
「でも、教会は......」
「説得します。アキト様のおそばで、私にしかできない役割があると。この村で、神の教えを広めることができると」
セシルは微笑んだ。
「それに、もう決めたんです。私の居場所は、ここだって」
その決意に、俺は何も言えなくなった。セシルは、本気だ。彼女も、自分の道を選ぼうとしている。
「分かった。じゃあ、応援するよ」
「ありがとうございます、アキト様」
セシルは嬉しそうに微笑んだ。彼女の笑顔は、とても穏やかで、温かかった。
それから数日が経った。
ユイは週に三回、隣の村に行くようになった。朝早く出発して、夕方には帰ってくる。帰ってくると、いつも楽しそうに話してくれる。
「今日は、スープの作り方を教えました」
「みんな、すごく真剣に聞いてくれるんです」
「アキトさん、今度一緒に行きませんか?」
ユイは生き生きとしている。彼女は、自分の道を楽しんでいる。それを見ていると、俺も嬉しくなる。
リズは週に一度、街のギルドに行くようになった。新人冒険者たちに剣の使い方や、魔物との戦い方を教えている。最初は不安そうだったけど、今では楽しそうだ。
「師匠、今日はすごかったぞ」
とリズは報告してくれる。
「新人の一人が、初めて魔物を倒したんだ」
「俺が教えたことを、ちゃんと実践してくれて」
「なんか、嬉しかったな」
リズの笑顔は、自信に満ちている。彼女は、立派な講師になっている。
セシルは教会に手紙を送った。村に残りたいという意思と、その理由を丁寧に書いた手紙だ。
返事が来るまで、少し時間がかかった。でも、やがて教会長から返事が届いた。内容を読んだセシルは、涙を流して喜んでいた。
「許可が出ました」とセシルは言った。
「村に残って、活動を続けていいと」
「よかったな」
「はい。本当に、よかったです」
セシルは村の巫女として、正式に活動することになった。村人たちに神の教えを伝えたり、困っている人を助けたり。彼女は、自分の役割を見つけた。
ある日の夕方、四人で温泉に入っていた。女性陣は別の時間に入るけど、今日は貸し切りにしてもらって、みんなで話すことにした。
もちろん、タオルで仕切りを作って、男女は分かれている。でも、声は聞こえるから、会話はできる。
「最近、みんな忙しそうだね」
と俺は言った。
「はい。でも、楽しいです」
とユイが答えた。
「料理を教えるのって、すごく楽しいんです。みんなが喜んでくれるのを見ると、嬉しくて」
「俺も、講師の仕事が楽しい」
とリズが言った。
「新人たちが成長していくのを見るのは、なんか誇らしいんだ」
「私も、村での活動が充実しています」
とセシルが続けた。
「神の教えを伝えることで、人々が笑顔になる。それが、私の喜びです」
三人とも、それぞれの道を歩んでいる。それぞれの場所で、輝いている。俺は、それが嬉しかった。
「でもさ、アキト様」
とセシルが言った。
「私たち、変わりましたけど、アキト様は変わらないですね」
「え?」
「ええ。相変わらず、畑仕事をして、昼寝をして、温泉に入って」
とユイが笑った。
「それが、アキトさんらしいです」
「師匠は、そのままでいいんだよ」
とリズが言った。
「俺たちが変われたのは、師匠がいたからだ。師匠が変わらないでいてくれるから、俺たちは安心して変われる」
その言葉に、俺は少し驚いた。俺は、何も変わっていない。ただ、いつも通りに過ごしているだけだ。でも、それが三人にとって大切なことなのかもしれない。
「そうか。じゃあ、これからも変わらないでいるよ」
「はい。お願いします」
と三人が言った。
温泉から上がって、小屋の前で星を見た。四人で並んで、空を見上げる。星は相変わらず綺麗で、静かで、穏やかだ。
「アキトさん、これからも一緒にご飯食べましょうね」
とユイが言った。
「もちろん」
「師匠、また修行つけてくれよ」
とリズが言った。
「うん、いつでも」
「アキト様、これからもよろしくお願いします」
とセシルが言った。
「こちらこそ」
三人は、それぞれの道を歩み始めた。でも、この村に帰ってくる。この場所が、みんなの原点だから。
そして、俺は変わらず、ここにいる。畑仕事をして、昼寝をして、温泉に入る。それが、俺の役割なのかもしれない。
「明日も、いい日になるといいな」
と呟いた。
「なりますよ、きっと」
とユイが微笑んだ。
「なるさ」
とリズが笑った。
「神のご加護がありますから」
とセシルが言った。四人で笑い合った。静かで、穏やかな夜。こんな時間が、ずっと続けばいい。そう思いながら、星を見ていた。
翌朝、いつも通りに畑仕事を始めた。土を耕して、種を蒔いて、水をやる。
シンプルで、気持ちがいい。作業をしていると、遠くからユイの声が聞こえてきた。料理教室をしているみたいだ。
「はい、次は野菜を切りますよ」
「包丁は、こう持つんです」
明るい声が、風に乗って聞こえてくる。
昼過ぎ、リズが村に帰ってきた。
「師匠、ただいま」
「おかえり。どうだった?」
「うまくいったぞ。新人たちも、だいぶ強くなってきた」
リズは満足そうだ。彼女は、講師の仕事を楽しんでいる。
「それはよかった。昼寝するか?」
「ああ、する」
二人で木陰に横になった。風が心地よくて、すぐに眠くなる。
夕方、セシルが村の広場で祈りを捧げていた。村人たちが集まって、一緒に祈っている。
セシルの声は穏やかで、優しくて、聞いているだけで心が落ち着く。
「神よ、この村に平和を。この人々に幸せを」
祈りが終わると、村人たちは笑顔でセシルに感謝を伝えていた。セシルも、嬉しそうに微笑んでいる。
夜、四人でユイの家に集まった。ユイが夕食を作ってくれる。今日のメニューは、シチューとパン、それにサラダ。シチューは野菜がたっぷり入っていて、温かくて、優しい味がする。
「美味しい」と俺は言った。
「ありがとうございます」
とユイが微笑んだ。
「今日、隣の村で作ったレシピなんです」
「そうなのか。みんな喜んだだろうな」
「はい。すごく喜んでくれました」
食事をしながら、色々な話をした。リズの講師の仕事のこと、セシルの村での活動のこと、ユイの料理教室のこと。みんな、それぞれの場所で頑張っている。そして、この村に帰ってくる。この時間を、大切にしている。
「アキトさん、明日は何するんですか?」
とユイが聞いた。
「明日?畑仕事して、昼寝して、温泉入るよ」
「相変わらずですね」
とユイが笑った。
「それが、アキトさんらしいです」
「師匠は、そのままでいいんだよ」
とリズが言った。
「はい。変わらないでください」とセシルが微笑んだ。
三人の言葉に、俺は頷いた。変わらない、か。確かに、俺は何も変わっていない。でも、それでいいんだろう。三人が変わっていく中で、俺は変わらない。それが、バランスなのかもしれない。
食事を終えて、外に出た。星が綺麗だ。四人で並んで、空を見上げる。
「今日も、いい一日だったな」
と俺は呟いた。
「はい」と三人が答えた。
こんな日々が、ずっと続けばいい。みんなが幸せで、穏やかで、笑顔でいられる日々が。それが、俺の願いだ。
「じゃあ、また明日」と言って、小屋に戻った。
ベッドに横になると、すぐに眠くなった。
今日も、いい一日だった。明日も、きっといい日になる。そう信じながら、目を閉じた。
窓の外から、三人の笑い声が聞こえてくる。温かくて、優しい声。この声が、ずっと聞こえますように。そう願いながら、眠りに落ちていった。
読んで下さりありがとうございました!
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