第24話「勅令という名の騒動」
雨が降ってから五日後の朝、村に豪華な馬車が到着した。エドワードの時より、さらに立派な馬車だ。金の装飾が施されていて、王家の紋章が描かれている。護衛の騎士も十人以上いる。ただごとじゃない雰囲気だ。
俺は畑仕事をしていたけど、村の入口が騒がしくなったので様子を見に行った。馬車の前には村長が立っていて、困った顔をしている。馬車から降りてきたのは、五十代くらいの男性だった。立派な服を着ていて、威厳がある。王都の高官、という感じだ。
「村長殿、お久しぶりです」
と男性が言った。
「これは、レオナルド様。ようこそおいでくださいました」
村長は丁寧に頭を下げた。レオナルド、という名前に聞き覚えはないけど、村長が敬語を使うということは、かなり偉い人なんだろう。俺は少し離れたところから見ていたけど、レオナルドの視線がこっちに向いた。
「あの方が、アキト殿ですか」
「はい。アキトです」
村長が俺を呼んだ。仕方なく前に出て、頭を下げる。
「初めまして。アキトです」
「初めまして。私はレオナルドと申します。王都の宰相を務めております」
宰相。つまり、王様の次に偉い人だ。そんな人が、なんでこんな辺境の村に来たんだろう。嫌な予感がした。
「お話があります。村長殿の家で、よろしいでしょうか」
「もちろんです。どうぞこちらへ」
村長の家に案内された。レオナルドと村長、それに俺の三人が居間に座る。レオナルドは護衛に何か指示を出してから、俺たちに向き直った。
「単刀直入に申し上げます」
とレオナルドは言った。
「アキト殿、王都にお越しいただけないでしょうか」
「王都?」
「はい。国王陛下が、ぜひお会いしたいと仰っておられます」
レオナルドは懐から書類を取り出した。金の封蝋が施されている。
「これは、正式な招聘状です」
「招聘状……」
村長が横から覗き込む。
「これは……勅令ですね」
「はい。国王陛下直々のご命令です」
レオナルドは俺を見た。
「アキト殿、あなたの功績は王都でも有名です。村を豊かにし、奇跡を起こし、人々を救う。その功績を讃え、国王陛下は直接お会いしたいと願っておられます」
「……」
俺は黙っていた。王都に行く。国王に会う。そんなの、考えたこともない。というか、行きたくない。
「恐縮ですが、お断りします」
俺の言葉に、レオナルドは眉をひそめた。
「お断り、ですか」
「はい。俺は、ここにいたいんです」
「しかし、これは勅令です。国王陛下のご命令を拒むことは……」
「それでも、行きたくないです」
俺は真剣な顔をした。
「俺は、この村が好きです。ここで、みんなと一緒に暮らしたい」
レオナルドは困った顔をした。村長も、どうしたものかと考え込んでいる。その時、扉が開いて、ユイが飛び込んできた。
「アキトさんを、行かせません!」
「ユイさん?」
「私も反対です」
とセシルが続けて入ってきた。
「師匠は、俺たちのものだ」
とリズも来た。
三人とも、真剣な顔だ。レオナルドを睨んでいる。レオナルドは驚いた顔をした。
「あの、皆さん……」
「アキトさんは、この村に必要な人なんです」
とユイが言った。
「連れて行かないでください」
「私たちが、アキト様をお守りします」
とセシルが続けた。
「王都なんかに、行かせるかよ」
とリズが言った。
三人の迫力に、レオナルドは少したじろいだ。でも、すぐに冷静さを取り戻して、言った。
「お気持ちは分かります。しかし、これは国王陛下のご命令です。個人の感情で拒否することは……」
「でも、アキトさんが行きたくないって言ってます」
とユイが反論した。
「それに、アキト様はここで多くの人を救っておられます」
とセシルが言った。
「王都に行けば、この村の人々は困ります」
「師匠がいないと、俺たちはダメなんだ」
とリズが言った。
レオナルドは困った顔で、村長を見た。村長も困っている。俺は、三人を見た。みんな、俺のために怒ってくれている。俺のために、戦ってくれている。胸が熱くなった。
「レオナルド様」と俺は言った。
「はい」
「俺は、王都には行けません。でも、年に一度、報告に行くことならできます」
「年に一度?」
「はい。村の様子とか、色々報告します。それじゃ、ダメですか?」
レオナルドは考え込んだ。しばらく黙っていたけど、やがて頷いた。
「……分かりました。その案で、国王陛下にお伝えします」
「本当ですか?」
「ええ。ただし、必ず年に一度は来ていただく。約束してください」
「約束します」
レオナルドは安堵のため息をついた。
「では、その旨を書面にまとめます。村長殿、お手伝いいただけますか」
「もちろんです」
村長とレオナルドは書類を作り始めた。俺は三人と一緒に、外に出た。
外に出ると、ユイが俺の腕を掴んだ。
「アキトさん、本当に行かなくていいんですか?」
「うん。ここにいたいから」
「……よかった」
ユイは涙ぐんでいた。
「アキトさんがいなくなったら、私……」
「大丈夫。どこにも行かないよ」
俺はユイの頭に手を置いた。セシルも、ホッとした顔をしている。
「よかったです。アキト様がいなくなったら、私たちは……」
「大丈夫。ここにいるから」
リズは少し照れたように笑った。
「師匠、俺たち、ちょっと出しゃばりすぎたかな」
「いや、嬉しかったよ。ありがとう」
三人は笑顔になった。それから、小屋に戻って、お茶を飲むことにした。
小屋の前で、四人でお茶を飲む。ユイが淹れてくれたお茶は、温かくて優しい味がする。
「でも、年に一度は王都に行くんですね」
とユイが言った。
「うん。まあ、それくらいなら」
「私も一緒に行きます」
とセシルが言った。
「俺もだ」
とリズが続けた。
「私も行きます」
とユイが頷いた。
「え、みんなで?」
「当然です」
とセシルが言った。
「アキト様を一人にはできません」
「師匠が、変なことに巻き込まれないように見張る」
とリズが笑った。
「それに、王都も見てみたいです」
とユイが微笑んだ。
三人とも、本気みたいだ。俺は苦笑した。
「じゃあ、みんなで行こうか」
「はい!」
と三人が同時に答えた。
しばらくして、村長の家から出てきたレオナルドが、こっちに向かってきた。書類を持っている。
「アキト殿、書類ができました」
「ありがとうございます」
書類には、年に一度の報告義務が書かれている。俺はそれにサインした。
「では、これを国王陛下にお渡しします」
とレオナルドは言った。
「来年、お待ちしております」
「はい」
レオナルドは馬車に乗り込もうとして、振り返った。
「アキト殿」
「はい」
「あなたは、本当に変わった方ですね」
「変わってますか?」
「ええ。国王陛下のお召しを断る方など、初めてです」
レオナルドは笑った。
「でも、それがあなたの魅力なのでしょう」
「魅力なんて……」
「いいえ、あります」
レオナルドは真剣な顔をした。
「あなたは、本当に大切なものが何か、分かっている。それは、素晴らしいことです」
「……」
「では、また来年」
レオナルドは馬車に乗り込んで、去っていった。豪華な馬車が、村の入口を出ていく。村は、また静かになった。
「やれやれ」
と俺は呟いた。
「疲れましたね」
とユイが言った。
「ああ。でも、なんとかなった」
「師匠、よく頑張ったな」
とリズが笑った。
「いえ、みんなのおかげです」
と俺は言った。
「みんながいてくれたから、断れた」
「当然です」
とセシルが微笑んだ。
四人で笑い合った。それから、また小屋の前に座る。風が吹いて、心地いい。静かだ。平和だ。
「でも、来年は王都か」
と俺は呟いた。
「どんなところなんでしょうね」
とユイが言った。
「楽しみだな」
とリズが笑った。
「はい。でも、すぐ帰ってきましょうね」
とセシルが言った。
「もちろん。ここが一番いいから」
三人は頷いた。そうだ、ここが一番いい。この村が、この日常が、一番大切だ。
その夜、一人で星を見ていた。今日は色々あった。勅令が来て、断って、妥協して。でも、結果的にはよかった。ここにいられる。みんなといられる。
「めんどくさいけど、まあいいか」
呟く。年に一度の報告。めんどくさいけど、それくらいならできる。それで、ここにいられるなら。
窓の外から、三人の笑い声が聞こえてくる。ユイの家で、お茶を飲んでいるみたいだ。楽しそうだ。
「よかった」
そう思いながら、ベッドに横になった。今日も、いい一日だった。明日も、きっといい日になる。
目を閉じる。すぐに、眠りが訪れた。
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