第23話「降らない雨と祈り」
エドワードが去ってから一週間が経った頃、村に異変が起きていた。雨が降らない。この時期なら週に二度は降るはずの雨が、もう十日以上も降っていなかった。空は毎日快晴で、雲一つない。最初は良い天気だと思っていたけど、日が経つにつれて問題が見えてきた。
朝、畑に行くと土が乾いている。いつもなら適度に湿っているはずの土が、カラカラに乾いていた。人参の葉っぱも、少し元気がない。
このままでは、枯れてしまうかもしれない。俺は井戸から水を汲んで、畑に撒き始めた。一つ、また一つと、丁寧に水をやっていく。でも、畑は広い。全部に水をやるには、何往復もしなければならない。
「めんどくさいな……」と呟きながら、また井戸に水を汲みに行く。
腕が疲れてきた。腰も痛い。こんなに水やりが大変だとは思わなかった。普段は雨が降るから、こんなに苦労しない。雨って、ありがたいんだな、と改めて思った。
昼過ぎ、ユイが心配そうな顔でやってきた。手には空の桶を持っている。
「アキトさん、井戸の水が減ってきてるんです」
「え、本当?」
「はい。このまま雨が降らないと、水不足になるかもしれません」
ユイの言葉に、俺は不安になった。水不足。それは深刻だ。飲み水がなくなれば、村人は生きていけない。畑どころの話じゃない。
「村長には伝えた?」
「はい。村長も心配してました。節水するように、村人に伝えるそうです」
「そっか」
二人で井戸を覗き込む。確かに、水面が低くなっている気がする。普段より、二メートルくらい下だろうか。これは、まずい。
「雨、降ってくれないかな」とぼんやり呟いた。でも、空は相変わらず快晴だ。雲一つない。降りそうな気配もない。
その日の夕方、セシルが広場に村人を集めていた。何かと思って近づくと、彼女は祭壇のようなものを作っていた。花と果物が供えられている。
「セシルさん、これは?」
「祈りの儀式です」とセシルは真剣な顔で答えた。
「雨を降らせるための」
「雨を?」
「はい。神に祈れば、雨を降らせてくださるはずです」
セシルは村人たちに向かって言った。
「皆さん、一緒に祈りましょう。神に、雨を授けてくださるように」
村人たちは頷いて、セシルの周りに集まった。手を合わせて、祈り始める。セシルも目を閉じて、真剣に祈っている。その姿は、神聖で美しかった。
俺も手を合わせた。別に信仰心があるわけじゃないけど、みんなが祈ってるなら、俺も祈ろう。雨が降りますように。畑が枯れませんように。村のみんなが、困りませんように。
でも、空は変わらなかった。雲は現れない。風も吹かない。ただ、静かな夕焼けが広がっているだけだった。
祈りが終わって、村人たちは少し落胆した顔で散っていった。セシルも、肩を落としている。
「セシルさん、大丈夫?」
「……すみません。私の祈りが足りなかったのかもしれません」
「そんなことないよ」
「でも……」
セシルは涙ぐんでいた。彼女は本当に、心から祈っていたんだ。村のために、みんなのために。
「明日も、祈ります」とセシルは顔を上げた。
「きっと、神様は聞いてくださるはずです」
「うん。頑張ってね」
セシルは頷いて、教会の方に向かっていった。俺は空を見上げる。夕焼けが綺麗だ。でも、雨の気配はない。
翌日も、雨は降らなかった。畑の土はさらに乾き、野菜の元気がなくなっていく。俺は朝から晩まで水やりをしていた。腕が痛い。腰も痛い。でも、やらないわけにはいかない。野菜が枯れたら、村の食料が減る。それは避けたい。
昼、リズが手伝いに来てくれた。
「師匠、一人でやってたのか」
「ああ。まあ、仕方ないよ」
「俺も手伝う」
リズは桶を持って、水を汲み始めた。二人で作業すると、少し楽になる。でも、それでも大変だ。
「なあ、師匠」
「ん?」
「雨って、いつ降るんだろうな」
「分かんない。でも、そろそろ降ってほしいね」
「だよな」
リズは空を見上げた。
「この空、雨降りそうにないけどな」
「だね」
二人で苦笑した。でも、笑ってる場合じゃない。水やりを続ける。一つ、また一つ。
夕方、また祈りの儀式があった。今日はもっと多くの村人が集まっている。みんな、真剣な顔だ。セシルが先頭に立って、祈りを捧げる。俺も参加した。ユイもリズも、みんな手を合わせている。
「神よ、どうか雨を降らせてください」
セシルの声が響く。
「この村に、恵みの雨を」
みんなが、それに続く。「恵みの雨を」
祈りが終わっても、空は変わらなかった。村人たちは、さらに落胆している。このままでは、本当にまずい。水不足だけじゃない。みんなの心も、疲れてきている。
その夜、一人で小屋の前に座っていた。星が綺麗だ。でも、雨の方がいい。星なんて、いつでも見られる。今は、雨が必要だ。
「雨、降らないかな」
ぼんやり呟いた。本当に、降ってほしい。畑のためにも、村のためにも。みんなのためにも。
その瞬間、風が吹いた。冷たい風だ。それから、空気が変わった気がする。湿った空気。まさか、と思って空を見上げると、雲が現れていた。黒い雲。厚い雲。そして、
ポツリ。
顔に、水滴が当たった。雨だ。
ポツリ、ポツリ。
雨が降り始めた。最初はゆっくり。それから、だんだん強くなる。ザアアアと、雨の音が聞こえる。
「降った……」
呆然と立ち上がる。雨だ。本当に、雨が降った。
村の方から、歓声が聞こえてきた。みんな、外に出て喜んでいる。
「雨だ!」
「降った!」
「神様が、聞いてくださった!」
ユイが駆けてきた。雨に濡れながら、笑顔で。
「アキトさん、雨です!雨が降りました!」
「うん、降ったね」
セシルとリズも来た。二人とも、嬉しそうな顔をしている。
「奇跡です」とセシルが言った。
「神が、私たちの祈りを聞いてくださったんです」
「師匠が、さっき何か言わなかったか?」
とリズが聞いた。
「え?」
「雨、降らないかなって」
「……言ったかも」
リズは呆れた顔をした。
「やっぱりな。師匠が言った瞬間、降り始めた」
「偶然だよ」
「偶然が、こんなに続くかよ」
リズは笑った。セシルも、ユイも笑っている。四人で、雨の中に立っている。冷たいけど、気持ちいい。久しぶりの雨だ。
「畑、大丈夫かな」
と俺は言った。
「見に行きましょう」とユイが言った。
四人で畑に向かった。雨に濡れながら、走る。畑に着くと、野菜たちが雨を受けている。生き生きとしている。元気を取り戻している。
「よかった」
俺は安堵のため息をついた。これで、野菜は枯れない。村の食料も大丈夫だ。
「アキト様」
セシルが言った。
「ん?」
「やはり、あなたは神に愛されています」
「そんなことないよ」
「いいえ」
セシルは真剣な顔をした。
「あなたが願った瞬間、雨が降った。これは奇跡です」
「偶然だって」
「偶然ではありません」
セシルは微笑んだ。
「でも、いいんです。あなたがそう思ってるなら」
ユイとリズも笑っている。三人とも、濡れた髪を気にせず、笑顔だ。
「帰ろうか」
と俺は言った。
「このままだと、風邪引くよ」
「そうですね」
とユイが頷いた。
四人で村に戻る。雨はまだ降り続いている。でも、もう心配はない。畑は潤う。井戸も満たされる。村は、また元に戻る。
小屋に戻って、タオルで体を拭いた。それから、温泉に行くことにした。雨の中の温泉も、たまにはいい。
温泉に着くと、すでに何人かの村人が入っていた。みんな、嬉しそうに話している。
「雨が降ってよかったな」
「ああ、本当に」
「これで、畑も安心だ」
俺も湯に浸かる。温かい。雨に濡れた体が、じんわりと温まる。気持ちいい。
しばらくして、リズも入ってきた。男性用の浴場だから、気兼ねなく話せる。
「師匠、やっぱりすげえな」
「何が?」
「雨、降らせるなんて」
「降らせてないって」
「でも、師匠が願った瞬間に降った」
リズは笑った。
「やっぱり、師匠は特別だ」
「特別じゃないよ」
「まあ、いいけどな」
リズは湯に沈んだ。
「とにかく、雨が降ってよかった」
「うん、本当に」
二人で、しばらく黙って湯に浸かっていた。外では、雨が降り続いている。その音が、心地いい。
湯から上がって、小屋に戻る頃には、雨は小降りになっていた。ユイが夕食を持ってきてくれた。
「今日は、雨の日特製スープです」
「雨の日特製?」
「はい。温かくて、体が温まります」
四人で、小屋の中で食事をする。雨の音を聞きながら。スープは美味しくて、体が温まる。パンも、柔らかくて美味い。
「雨の日も、いいもんだね」
と俺は言った。
「そうですね」
とユイが微笑んだ。
「はい」
とセシルが頷いた。
「だな」
とリズが笑った。
四人で、ゆっくり食事を楽しんだ。外では雨が降り続けている。でも、ここは温かい。みんながいてくれる。それだけで、幸せだ。
食事が終わって、三人は帰っていった。俺は一人、窓の外を見る。雨が、しとしとと降っている。静かな雨だ。
「降ってよかった」
呟く。畑も潤った。村も安心した。みんなも喜んでいる。それが、何より嬉しい。
ベッドに横になる。雨の音が、子守唄みたいだ。心地いい。目を閉じる。
「雨の日も、悪くないな」
そう思いながら、眠りについた。
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