第20話「日常という名の幸せ」
穏やかな日々が続いていた。
朝は畑仕事をして、昼は温泉に入って、午後は森で昼寝をする。夕方にはユイ、セシル、リズの誰かが来て、一緒に過ごす。夜は星を見ながら、一日を振り返る。そんな日常が、当たり前になっていた。
ある日の朝、村長が慌てた様子で小屋にやってきた。珍しいことだ。村長はいつも落ち着いているのに、今日は違う。
「アキト、大変だ」
「どうしたんですか?」
「村の東の森に、魔物が出たらしい」
「魔物?」
「ああ。巡礼者の一人が遭遇したそうだ。幸い怪我はなかったが、このままでは危険だ」
村長は困った顔をしている。「冒険者ギルドに依頼を出すつもりだが、到着まで数日かかる」
「そうですか」
「それまで、村人には森に近づかないように言ってあるが……」
村長は俺を見た。「アキト、お前なら何とかできないか?」
「え、俺?」
「ああ。お前がいれば、魔物も近づかないかもしれない」
村長の期待に満ちた目。断りにくい。でも、魔物と戦う方法なんて知らない。
「……行ってみます。でも、何ができるか分かりませんけど」
「それでいい。頼む」
村長は深々と頭を下げた。
準備をしていると、三人が集まってきた。
「師匠、俺も行く」とリズが言った。
「私もです」とセシルが続けた。
「私も一緒に行きます」とユイが頷いた。
三人とも、真剣な顔だ。心配してくれてるんだろう。
「でも、危ないかもしれないよ」
「だから行くんです」とユイが言った。「アキトさん一人じゃ、心配です」
「私も、アキト様をお守りします」とセシルが言った。
「師匠を守るのは、弟子の役目だ」とリズが笑った。
三人とも、譲らない。俺は困ったけど、結局許可した。
「分かった。でも、無理はしないで」
「はい」と三人が同時に答えた。
東の森に入った。木々が鬱蒼と茂っていて、薄暗い。鳥の声も聞こえない。静かすぎる。なんだか、不気味だ。
「師匠、気をつけろ」とリズが警戒している。彼女は木剣を持っている。
「魔物の気配を感じます」とセシルが小声で言った。
ユイは俺の後ろにいる。少し怯えているみたいだ。俺は彼女の手を握った。
「大丈夫。すぐに終わるから」
「……はい」
ユイは少し安心した顔をした。
森の奥に進むと、開けた場所に出た。そこに、魔物がいた。大きな狼みたいな生き物だ。黒い毛並みで、赤い目をしている。牙が鋭い。威嚇するように唸っている。
「あれが、魔物……」とユイが呟いた。
「デカいな」とリズが構えた。
「気をつけてください」とセシルが言った。
魔物は俺たちを見て、さらに唸る。敵意がある。襲ってくるつもりだ。どうしよう。戦い方なんて知らない。でも、逃げるわけにもいかない。
「……めんどくさいな」
ぼんやり呟いた。本当に、めんどくさい。こういうのは苦手だ。できれば、平和的に解決したい。
魔物が動いた。襲いかかってくる。リズが前に出た。
「師匠、下がってろ!」
でも、俺は動かなかった。ただ、魔物を見つめた。なんでこんなことしてるんだろう、この魔物は。何か理由があるはずだ。
魔物が俺の目の前まで来た。その時、魔物の目を見た。赤い目。でも、その奥に何かが見える。恐怖?痛み?
「……怪我してるのか?」
小声で呟いた。魔物の足を見ると、血が滲んでいる。罠にでもかかったのか。痛くて、怖くて、それで攻撃的になってるのかもしれない。
「大丈夫だよ」
俺はゆっくり手を伸ばした。魔物は唸る。でも、襲ってこない。俺は魔物の頭に手を置いた。温かい。心臓の音が聞こえる。速く打っている。怖がってるんだ。
「もう大丈夫。誰も傷つけないから」
魔物は静かになった。唸るのをやめた。それから、俺の手に頭を擦り付けてきた。まるで、犬みたいだ。
「え……」とユイが驚いた声を出した。
「マジかよ」とリズが呆然としている。
「奇跡です……」とセシルが呟いた。
魔物は俺の前に座った。もう、敵意はない。ただ、じっと俺を見ている。
「足、見せて」
魔物は素直に足を出した。傷を見ると、深い。罠の跡だ。痛そうだ。
「これ、治さないとな」
俺は持ってきた水で傷を洗った。それから、ユイが持ってきた布で包帯を巻く。魔物は大人しくしている。
「これで、少しは楽になるはずだよ」
魔物は俺の手を舐めた。お礼を言ってるみたいだ。
「もう、村には近づかないでね。人を襲わないで」
魔物は鳴いた。それから、森の奥に消えていった。もう、戻ってこないだろう。
四人で村に戻った。
村長に報告すると、驚いた顔をされた。
「魔物を……懐柔した?」
「懐柔っていうか、手当てしただけです」
「手当て……」
村長は呆れたような、感心したような顔をした。「お前という奴は……」
「怪我してたんです。痛くて怖くて、それで攻撃的になってただけで」
「そうか……」
村長は笑った。「お前らしいな。戦わずに解決するなんて」
「戦う理由がなかったので」
「そうだな」
村長は満足そうに頷いた。「ありがとう、アキト。助かった」
その夜、四人で丘に登った。
村が見下ろせる場所だ。星空が綺麗だ。満天の星。天の川がくっきり見える。四人で並んで座って、星を見上げる。
「今日は、すごかったですね」とユイが言った。
「ああ」とリズが頷いた。「まさか、魔物を懐柔するとは」
「アキト様は、やはり特別な方です」とセシルが言った。
「特別じゃないよ。ただ、怪我してるのが分かっただけ」
「でも、誰もそれに気づきませんでした」とユイが言った。「アキトさんだけです」
「そうだな」とリズが続けた。「師匠は、やっぱりすごい」
「私も、そう思います」とセシルが微笑んだ。
三人に褒められて、少し照れくさい。でも、嬉しい。
「みんながいてくれたから、できたんだよ」
「そうでしょうか?」とユイが首を傾げた。
「うん。一人だったら、怖くて逃げてたかもしれない」
「師匠が?」とリズが笑った。
「本当だよ。でも、みんながいてくれたから、落ち着いて対応できた」
三人は顔を見合わせた。それから、笑った。
「なら、お互い様ですね」とユイが言った。
「はい」とセシルが頷いた。
「だな」とリズが笑った。
しばらく、黙って星を見ていた。静かで、穏やかな時間。風が吹いて、心地いい。
「なあ、みんな」と俺は言った。
「はい」と三人が答えた。
「夢とか、あるの?」
「夢、ですか?」とユイが聞き返した。
「うん。これから、どうしたいとか」
三人は少し考えた。それから、ユイが口を開いた。
「私は、この村で料理を作り続けたいです」
「料理?」
「はい。みんなに、美味しいって言ってもらいたい」
ユイは微笑んだ。「そして、アキトさんと一緒に、ずっとここで暮らしたいです」
「……うん」
次に、セシルが言った。
「私は、この村に来て、本当の幸せを知りました」
「幸せ?」
「はい。アキト様と出会って、普通の日常が、こんなに幸せだと知りました」
セシルは俺を見た。「だから、これからもアキト様の側にいたいです。お役に立ちたいです」
「ありがとう、セシルさん」
最後に、リズが言った。
「俺は、師匠みたいに生きたい」
「俺みたいに?」
「ああ。強くなくても、自分らしく生きる」
リズは笑った。「そして、いつか誰かに、俺も同じことを教えられるようになりたい」
「……そっか」
三人とも、それぞれの夢を持っている。どれも、温かい夢だ。
「アキトさんは?」とユイが聞いた。
「俺?」
「はい。アキトさんの夢は?」
俺は少し考えた。夢、か。特に考えたことがなかった。でも、今なら分かる。
「この日常が、ずっと続けばいい」
「日常?」
「うん。みんなと一緒に、美味しいもの食べて、気持ちよく寝て、笑い合う」
俺は三人を見た。「そんな日々が、ずっと続けばいいなって思う」
「……それだけですか?」とセシルが聞いた。
「それだけ。でも、それが一番幸せだから」
三人は黙った。それから、笑顔になった。
「そうですね」とユイが言った。
「はい」とセシルが頷いた。
「だな」とリズが笑った。
四人で、また星を見上げた。静かで、温かい時間。こういう時間が、ずっと続けばいい。本当に、そう思った。
その夜、一人で小屋に戻った。
今日は色々あった。魔物が出て、手当てをして、みんなで星を見た。充実した一日だった。
ベッドに横になって、天井を見る。三人の言葉を思い出す。ユイの夢、セシルの願い、リズの目標。みんな、それぞれの想いを持っている。
「俺の夢は、日常が続くこと、か」
呟く。シンプルだ。でも、それが一番大切な気がする。特別なことなんていらない。ただ、みんなと一緒に過ごせれば、それでいい。
窓の外を見る。星が輝いている。その向こう、三人もそれぞれの部屋で星を見ているのかもしれない。
「この日常が、ずっと続きますように」
小さく呟いた。願いを込めて。
目を閉じる。心が温かい。幸せだ。みんながいてくれる。それだけで、十分だ。
やがて、眠りが訪れた。静かで、深い眠り。明日も、きっといい日になる。
その頃、三人もそれぞれの部屋で星を見ていた。
ユイは窓の外を見ながら、今日のことを思い出していた。アキトが魔物を懐柔した姿。優しく、穏やかで。そんなアキトが、好きだ。
「ずっと、一緒にいたい」
小さく呟いた。これからも、アキトの側にいたい。一緒に料理を作って、一緒に食べて、一緒に笑いたい。
セシルは手を合わせて、祈っていた。でも、祈っているのは神にではなかった。
「アキト様……」
彼のことを想う。一緒に星を見た。夢を語り合った。幸せだった。これからも、ずっと側にいたい。
「お役に立ちたい」
小さく呟いた。アキトのために、何かしたい。それが、自分の幸せだから。
リズはベッドに横になって、今日のことを考えていた。師匠は、やっぱりすごい。戦わずに解決した。強くなくても、生きていける。それを、また教えてもらった。
「ずっと、ついていく」
小さく呟いた。師匠の生き方を学びたい。そして、いつか自分も、誰かに教えられるようになりたい。
四人は、それぞれの想いを抱きながら、夜を過ごした。
明日も、一緒にいられる。それが幸せだ。
この日常が、ずっと続きますように。
四人とも、同じことを願っていた。
でも、世界は動き始めていた。
遠く離れた王都では、アキトの噂がさらに広まっていた。「魔物を懐柔した聖人」として。教会は、さらなる調査を検討している。貴族たちも、興味を示し始めている。
静かな日常は、いつまで続くのか。
それは、まだ誰も知らない。
でも、今この瞬間、四人は幸せだった。
それだけは、確かなことだった。
読んで下さりありがとうございました!
★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!
Youtubeにて作品公開中!
http://www.youtube.com/@mizukara-h2z
ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。




