第15話「聖地となった村」
調査が始まって一週間が経った頃、村に大きな知らせが届いた。
朝、村長の家に呼ばれた。ルシウスとセシル、そして村の主要な人たちが集まっている。
何か重要な話があるらしい。俺は椅子に座って、話を聞く準備をした。ユイも隣にいる。
「皆さん」とルシウスが立ち上がった。「教会本部から、正式な通達が届きました」
ルシウスは羊皮紙を広げた。金色の封蝋が施されている。正式な文書だ。
「リーヴ村は、神の加護を受けた聖地として、正式に認定されました」
村長は目を見開いた。
「聖地……」
「はい。この村で起きている数々の奇跡は、神の意志によるものと判断されました」
ルシウスは俺を見た。
「そして、アキト殿。あなたは、神に選ばれし者として記録されます」
「いや、だから俺は……」
「謙虚なお方だ」
とルシウスは微笑んだ。
「それもまた、聖人の証です」
もう何も言わない。何を言っても無駄だから。俺はため息をついた。
「これより、この村には巡礼者が訪れるでしょう」
とルシウスは続けた。
「教会は、村の保護と支援を約束します」
「ありがとうございます」
と村長が深々と頭を下げた。
「村を代表して、感謝いたします」
会議はそれで終わった。村人たちは喜んでいる。村が聖地として認められた。これで、村はさらに豊かになるだろう。でも、俺には複雑な気持ちだった。
その日の午後、村の入口に看板が立てられた。
「聖地リーヴ村」
大きな文字で書かれている。教会のマークも刻まれていた。村人たちが集まって、看板を見ている。子どもたちは、はしゃいでいる。
「すごいな、聖地だって」
「アキトさんのおかげだ」
「俺たちの村が、聖地に……」
みんな、嬉しそうだ。俺は少し離れたところから、その様子を見ていた。セシルが隣に来た。
「アキト様」
「セシルさん」
「どう思われますか?村が聖地になったこと」
「……よく分かりません」
本当だ。よく分からない。俺はただ、普通に生きてただけだ。なのに、村が聖地になった。
「皆さん、喜んでおられます」
「そうですね」
「それは、アキト様のおかげです」
セシルは俺を見た。その目は、以前とは違っていた。崇拝するような目じゃなく、もっと柔らかい目だ。
「でも、私は思うのです」
「何をですか?」
「あなた様は、本当に神に選ばれた方なのか、それとも……」
セシルは言葉を探している。「ただ、優しい人なのか」
「優しくなんてないですよ」
「いいえ」
とセシルは首を振った。
「あなた様は優しいです。洗濯を教えてくれて、一緒にお茶を飲んで、子どもと遊んでくれて」
セシルは少し顔を赤くした。
「そういう、普通のことをしてくれる。それが、嬉しいのです」
「……そうですか」
「はい」
セシルは微笑んだ。
「私、最初はあなた様を神の化身だと思っていました」
「今は違うんですか?」
「……分かりません」
とセシルは空を見上げた。
「でも、あなた様といると、心が温かくなります。これが信仰なのか、それとも……」
セシルは言葉を止めた。それ以上は言わない。俺も、何も聞かなかった。
夕方、巡礼者が村に到着した。
最初のグループは五人ほど。旅装束を着て、杖を持っている。みんな、疲れた顔をしているけど、目は輝いていた。
「ここが、聖地リーヴ村……」
「本当に、緑が豊かだ」
「奇跡の村だ」
巡礼者たちは村を見回して、感動している。村長が出迎えて、案内している。畑を見て、温泉を見て、花畑を見て。そのたびに、驚きの声が上がる。
「素晴らしい……」
「神の加護が、確かにある」
俺は小屋の前で、その様子を眺めていた。ユイが隣に来た。
「始まりましたね」
「うん」
「これから、もっと増えるでしょうね」
「そうだろうね」
ユイは俺を見た。「アキトさん、大丈夫ですか?」
「何が?」
「その……色々、変わりますよね。村が聖地になって、人が増えて」
「まあ、仕方ないかな」
俺は肩をすくめた。「村のためだし」
「でも、アキトさんの静かな時間が……」
「大丈夫だよ」
と俺は笑った。
「森の昼寝場所があるし」
「そうですけど……」
ユイは心配そうな顔をしている。俺は彼女の頭に手を置いた。
「ユイさんがいてくれれば、大丈夫」
「え?」
「ユイさんといる時間が、一番落ち着くから」
ユイは顔を赤くした。
「もう、何言ってるんですか」
「本当のことだよ」
「……ありがとうございます」
ユイは嬉しそうに笑った。その笑顔を見ると、こっちも嬉しくなる。村がどう変わろうと、ユイがいてくれれば大丈夫だ。そう思えた。
その夜、村長の家で歓迎会が開かれた。
巡礼者たちを迎えて、村人総出で食事会だ。長いテーブルに料理が並べられている。野菜のスープ、焼き肉、サラダ、パン。どれも村で採れた食材だ。
「美味しい!」
「こんなに美味しい野菜、初めて食べた」
巡礼者たちは感動している。村人たちも嬉しそうだ。賑やかで、温かい雰囲気だ。
俺は隅の方で、静かに食事をしていた。できるだけ目立たないようにしている。でも、巡礼者の一人が気づいた。
「あの方が……」
「噂の……」
「アキト様……」
巡礼者たちがこっちを見ている。俺は内心、ため息をついた。また、こうなる。
「お会いできて光栄です!」
巡礼者の一人が駆け寄ってきた。中年の男性だ。
「私、王都から三日かけて参りました」
「そうですか。お疲れさまです」
「あなた様のお話を聞いて、どうしても会いたくて」
「いや、俺は特に……」
「謙虚なお方だ」
と男性は感動した顔をした。
「噂通りだ」
他の巡礼者も集まってくる。質問攻めだ。疲れる。でも、断るわけにもいかない。俺は笑顔を作って、できるだけ丁寧に答えた。
しばらくして、セシルが助けに入ってくれた。
「皆さん、アキト様もお疲れです。少し休ませてあげてください」
「あ、すみません」
巡礼者たちは引き下がった。セシルは俺に微笑みかけた。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう。助かった」
「これからも、こういうことが増えるでしょうね」
「そうだろうね」
「でも、私がお守りします」
セシルは真剣な顔をした。
「あなた様が静かに過ごせるように」
「ありがとう、セシルさん」
「いえ」
セシルは少し照れたように笑った。その笑顔が、可愛らしかった。
宴が終わって、小屋に戻った。一人になって、やっと落ち着いた。ベッドに座って、窓の外を見る。星が出ている。いつもの星空。変わらない、静かな夜。
「聖地、か」
呟く。村が聖地になった。これから、もっと人が増えるだろう。賑やかになる。俺の静かな日常は、少しずつ変わっていく。
でも、悪いことばかりじゃない。村人は喜んでいる。村は豊かになる。それは、いいことだ。
「まあ、いいか」
そう言い聞かせた。変化は避けられない。なら、受け入れるしかない。それに、ユイがいる。セシルもいる。村長も、村人も。みんながいる。
一人じゃない。それが、一番大きい。
「明日も、いつも通りにしよう」
呟く。村が聖地になろうと、俺は俺のペースで生きる。美味いもん食って、気持ちよく寝る。それだけだ。
目を閉じる。今日一日のことを思い出す。看板、巡礼者、宴会、セシルの笑顔、ユイの心配そうな顔。全部、温かい記憶だ。
やがて、眠りが訪れた。深くて、静かな眠り。明日への活力を蓄えるための、大切な眠り。
その頃、村の別の場所では――。
ユイは自分の部屋で、窓の外を見ていた。アキトの小屋の方を。灯りは消えている。もう寝たのだろう。
「アキトさん……」
小さく呟く。今日、アキトは「ユイさんがいてくれれば大丈夫」と言ってくれた。嬉しかった。でも、同時に不安もある。
セシルが来てから、アキトとセシルが一緒にいる時間が増えた。洗濯をしたり、お茶を飲んだり、子どもと遊んだり。それを見るたびに、胸が痛い。
「私、どうしたんだろう……」
自分の気持ちが分からない。アキトは大切な人だ。でも、それがどういう意味なのか。友達として?それとも……。
ユイは頭を振った。考えても仕方ない。今は、アキトの側にいること。それだけを考えよう。
セシルも、自分の部屋で考えていた。
今日、アキトは「ありがとう」と言ってくれた。優しい声だった。その声を思い出すと、胸が温かくなる。
「これは、何なのでしょう……」
信仰とは違う。それは分かる。でも、何なのか分からない。アキトといると、楽しい。嬉しい。守りたいと思う。
「アキト様……」
呟く。最初は神の化身だと思っていた。でも、今は違う。アキトは、ただの優しい人だ。人間らしい、温かい人だ。
そんな人を、もっと知りたい。一緒にいたい。
セシルは胸に手を当てた。心臓が、いつもより速く打っている。
「これは……恋、なのでしょうか」
小さく呟いた。でも、答えは出ない。ただ、アキトのことを考えると、心が温かくなる。それだけは、確かだった。
村は変わり続けていた。聖地として認められ、巡礼者が訪れるようになった。賑やかで、活気に満ちている。
でも、アキトは変わらない。いつも通り、畑仕事をして、温泉に入って、昼寝をして。普通に生きている。
そんなアキトを、二人の少女が見守っている。ユイとセシル。それぞれの想いを抱きながら。
物語は、新しい章へと進んでいく。
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