第13話「巫女と誤解」
第13話「巫女と誤解」
神官たちの観察が始まって三日目。少しだけ慣れてきた。慣れたというか、諦めた。何をやっても誤解されるし、何を言っても信じてもらえない。だから、もう気にしないことにした。
朝、畑仕事を終えて井戸を掘っていた。村の東側に新しい井戸が欲しいと村長に頼まれたのだ。スコップで土を掘り返す。地味な作業だけど、やってみると意外と楽しい。土の中から、たまに石が出てくる。それを取り除いて、また掘る。汗が出るけど、悪くない。
「これも、神聖な儀式なのでしょうか」とルシウスが後ろで呟いている。もう気にしない。好きに言わせておく。
二メートルほど掘ったところで、土が湿ってきた。水脈が近い。もう少しだ。さらに掘り進めると、底から水が湧き始めた。
「出た」
冷たくて、透明な水だ。綺麗だ。これなら飲める。俺は井戸から這い上がって、村長に報告した。
「水が出ました」
「本当か!ありがとう、アキト」
村長は井戸を覗き込んで、満足そうに頷いた。「これで、東側の畑にも水をやりやすくなる」
「よかったです」
そう言って、俺は汗を拭った。背後で、神官たちが何やら話し合っている。また何か誤解してるんだろう。もう気にしない。
その日の午後、村に新しい馬車が到着した。
いつもより小さい馬車で、白と金の装飾が施されている。教会のマークが描かれていた。また教会から誰か来たのか。もう勘弁してほしい。
馬車から降りてきたのは、若い女性だった。銀色の髪が肩まで伸びていて、青い瞳が印象的だ。白い修道服を着ていて、清楚な雰囲気がある。年齢は十八か十九くらいだろうか。真面目そうな顔つきだ。
「ルシウス様」と女性が神官たちに近づいた。
「セシル、よく来てくれた」とルシウスが言った。
セシル。この人が、追加で派遣された巫女か。村長から話は聞いていた。教会本部が、さらに詳しく調査するために派遣したらしい。
「報告書を読みました」とセシルは真剣な顔で言った。「信じられないことばかりでしたが、全て事実なのですね」
「ええ。この目で見たことです」
「では、本当にあの方は……」
セシルは周りを見回した。その視線が、俺に止まった。俺は井戸の近くで、タオルで汗を拭いていた。セシルは目を見開いて、固まった。
「あの方が……」
「そうです。アキト殿です」
セシルはゆっくりと俺の方に歩いてきた。近づいてくるにつれて、その表情が変わっていく。驚き、畏敬、そして確信。
「あなた様が……」
セシルは俺の前で立ち止まった。それから、ゆっくりと膝をついた。
「え、ちょっと……」
「あなた様こそ、神の化身……」
セシルは深々と頭を下げた。「お会いできて、光栄です」
「いや、あの……」
困った。また、こういう人が来た。俺は神の化身なんかじゃない。ただの人間だ。でも、それを言っても信じてもらえないんだろう。
「立ってください。膝をつかなくていいです」
「しかし……」
「お願いします」
セシルは顔を上げた。青い瞳が、じっと俺を見ている。真剣で、純粋な目だ。この人、本気で信じてるんだな。
「……分かりました」
セシルは立ち上がった。でも、まだ俺を見ている。その視線が、なんだか重い。
その日の夕方、セシルも観察に加わった。神官たちと一緒に、俺の後をついて回る。四人になって、さらに視線が増えた。気まずい。
「アキト様は、今から何をなさるのですか?」とセシルが聞いた。
「井戸の仕上げです。石で囲いを作ります」
「それも、神聖な……」
「ただの作業です」
俺は石を運び始めた。井戸の周りに、石を積んでいく。崩れないように、バランスを見ながら慎重に積む。単純だけど、集中力がいる作業だ。
「美しい……」とセシルが呟いた。
「何がですか?」
「その所作です。一つ一つの動きに、無駄がありません」
「慣れてるだけですよ」
「いいえ」とセシルは首を振った。「これは、長年の修行の賜物です」
「修行なんてしてないです」
「謙虚なお方……」
また、そのパターンか。俺はため息をついて、石を積み続けた。セシルは熱心に見ている。その視線が、背中に刺さる。
一時間ほどかけて、井戸の囲いが完成した。石が綺麗に積み上がって、しっかりしている。これなら崩れない。
「完成です」
「素晴らしい……」とセシルは感動した顔をした。「まるで芸術品のようです」
「ただの石積みですよ」
「いいえ、これは神聖な建造物です」
セシルは井戸に近づいて、石に手を触れた。それから、目を閉じて何かを感じ取ろうとしている。
「この石には、祝福が込められています」
「込めてないです」
「込められています」
もう何も言わない。何を言っても無駄だから。
夜、小屋に戻ろうとしたら、セシルがついてきた。
「あの、俺は一人で大丈夫ですけど……」
「お守りさせてください」
「守る?」
「はい。あなた様のような尊い方を、一人にはできません」
「いや、だから俺は……」
「お願いします」
セシルは真剣な顔をしている。断りにくい。というか、断っても無駄な気がする。
「……分かりました」
セシルは嬉しそうに微笑んだ。それから、俺の後をついて小屋まで来た。
小屋の前で、ユイが待っていた。いつものように、夕食の準備をしてくれるつもりだったのだろう。でも、セシルを見て少し驚いた顔をした。
「あの、この方は……」
「セシルさんです。教会から来ました」
「初めまして。セシルと申します」
「ユイです。よろしくお願いします」
二人は挨拶を交わした。ユイは少し戸惑っているように見える。セシルは、ユイをじっと見ている。
「あなたも、アキト様のお側にいる方ですか」
「え、あ、はい。料理を作ったりしてます」
「そうですか」とセシルは頷いた。「あなたも、選ばれた方なのでしょう」
「え?」
「アキト様のお側にいられるということは、それだけで祝福です」
ユイは困った顔をして、俺を見た。俺は首を横に振った。気にしないで、という意味だ。
「あの、夕食作りますね」とユイは話題を変えた。
「手伝います」とセシルが言った。
「え、いいですよ。お客様なのに」
「いいえ、手伝わせてください。アキト様のためです」
セシルは譲らない。ユイは俺を見た。俺は肩をすくめた。好きにさせるしかない。
三人で小屋に入って、料理を始めた。ユイが野菜を切り、セシルが火の番をしている。俺はテーブルを拭いたり、食器を並べたり、できることを手伝った。
「アキト様が、家事を……」とセシルが驚いた顔をした。
「これくらい、普通にやりますよ」
「なんと謙虚な……」
またそれか。俺はため息をついた。ユイが苦笑している。
料理が完成して、三人で席についた。今日のメニューは野菜のシチューとパンだ。いつものユイの味。美味い。
「美味しいですね」とセシルが言った。
「ありがとうございます」とユイが嬉しそうに答えた。
「この野菜も、アキト様が育てたものですか?」
「はい、そうです」
「なるほど……」とセシルは野菜を見つめた。「だから、こんなに美味しいのですね」
「普通の野菜ですよ」と俺は言った。
「いいえ、普通ではありません」とセシルは断言した。「この野菜には、祝福が宿っています」
ユイが困った顔をしている。俺も困っている。どう答えればいいんだろう。
「セシルさん」とユイが言った。
「はい」
「アキトさんは、本当に普通の人なんです」
「普通?」
「はい。優しくて、のんびりしてて、美味しいもの好きで」
ユイは俺を見て微笑んだ。「少し変わってるかもしれませんけど、普通の人です」
「……そうでしょうか」
セシルは納得していない顔をした。でも、少しだけ表情が柔らかくなった気がする。
「でも、あなたはアキト様を信頼しているのですね」
「はい。とても」
「そうですか」
セシルは少し考え込んだ。それから、また野菜を食べ始めた。
食事が終わって、ユイとセシルは帰っていった。やっと一人になれた。俺は小屋の中で、ベッドに倒れ込んだ。
「疲れた……」
今日も、色々あった。新しい井戸を掘って、セシルが来て、また観察されて。セシルは、神官たちよりも熱心だ。あの目は、本気で信じてる目だ。
「どうしよう……」
呟く。このままだと、セシルもずっと俺のことを誤解したままだろう。でも、どうすればいいのか分からない。何を言っても、信じてもらえない。
窓の外を見る。星が出ている。いつもの星空。変わらない、静かな夜。
「まあ、いいか」
そう言い聞かせた。今はもう、考えるのをやめよう。明日、また考えればいい。
目を閉じる。でも、なかなか寝付けなかった。セシルの青い瞳が、頭に浮かぶ。真剣で、純粋で、確信に満ちた目。あの目で見られると、なんだか落ち着かない。
「……はぁ」
ため息をついて、寝返りを打った。明日から、セシルも一緒に観察するんだろう。さらにめんどくさくなる。
でも、仕方ない。村のためだ。我慢するしかない。
やがて、眠りが訪れた。浅い眠りだったけど、それでも眠れただけマシだった。
その夜、村長の家では神官たちとセシルが話し合っていた。
「いかがでしたか、セシル」とルシウスが聞いた。
「……素晴らしい方です」とセシルは答えた。「報告書で読んだ以上に」
「でしょう」
「あの謙虚さ、あの所作。全てが神聖です」
セシルは手元の羊皮紙を見た。今日一日の観察記録だ。井戸を掘る姿、石を積む姿、家事を手伝う姿。全てが記録されている。
「間違いありません」とセシルは言った。「アキト様は、神の化身です」
「私もそう思います」
「本部に、詳しい報告をしなければ」
「ええ。明日、手紙を書きましょう」
セシルは窓の外を見た。星空が広がっている。その向こう、小屋の方を見つめる。
「アキト様……」
小さく呟いた。胸が、温かい。なぜだろう。神への信仰とは、違う感情のような気がする。
でも、セシルはその感情を理解できなかった。ただ、アキトのことを考えると、心が温かくなる。それだけは、確かだった。
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