第10話「豊かな村の夕暮れ」
第10話「豊かな村の夕暮れ」
村に来て一ヶ月が経った。季節は初夏から真夏へと移り変わり、畑の野菜は次々と実をつけていた。
朝、畑に水をやっていると、村長がやってきた。いつもより上機嫌な顔をしている。
「アキト、いい知らせだ」
「何ですか?」
「今年の収穫量が、例年の三倍を超えそうだ」
「三倍……それはすごいですね」
「ああ。これも全部、お前のおかげだ」と村長は畑を見渡して言った。「それでな、村のみんなで収穫祭をやろうと思ってる」
「収穫祭?」
「ああ。豊作を祝って、みんなで食事をするんだ。もちろん、お前が主賓だ」
「いや、それは……」と言いかけたけど、村長は手を上げて制した。
「断るな。これは村の伝統だ。それに、みんなお前に感謝してる。顔くらい出してやってくれ」
村長の真剣な顔を見て、断れないと悟った。「……分かりました」
「よし!じゃあ、明日の夕方からだ。楽しみにしててくれ」
村長は満足そうに笑って去っていった。俺は畑に残って、ため息をついた。祭りか。賑やかになるんだろうな。
翌日の午後、村は準備で大忙しだった。広場に長いテーブルが並べられ、村人たちが料理を運んでいる。子どもたちは駆け回り、大人たちは笑いながら飾り付けをしている。活気に満ちていた。
「アキトさん!」
ユイが手を振りながら走ってきた。エプロンをつけて、少し汗をかいている。
「手伝ってもらっていいですか?料理が追いつかなくて」
「もちろん」
ユイに連れられて、仮設の調理場に向かった。大きな鍋が三つ、火にかけられている。いい匂いが漂ってきた。野菜のスープ、肉の煮込み、焼き野菜。どれも美味そうだ。
「この鍋、見ててもらえますか?焦げないようにかき混ぜてください」
「分かった」
木べらを受け取って、鍋をかき混ぜる。グツグツと煮える音。湯気が顔にかかって、温かい。ユイは隣で別の鍋を見ながら、味見をしている。真剣な顔だ。
「ユイさん、すごいな。こんなにたくさん作って」
「村のみんなが楽しみにしてますから」とユイは笑った。「それに、アキトさんのためのお祝いでもありますし」
「俺のため?」
「はい。アキトさんのおかげで、村が豊かになったんですから」
「いや、俺は……」
「分かってます」とユイは優しく言った。「アキトさんは何もしてないって言いますよね。でも、結果は出てる。それだけで十分です」
ユイは鍋に香草を加えた。さっと香りが広がる。「それに、私は思うんです。アキトさんがここにいてくれる。それだけで、みんな幸せなんだって」
「……そうかな」
「そうですよ」とユイは笑顔で頷いた。「私も、アキトさんがいてくれて嬉しいです」
ユイのその言葉に、胸が温かくなった。何て返せばいいか分からなくて、ただ鍋をかき混ぜ続けた。
夕方になって、祭りが始まった。広場には村人全員が集まっている。長いテーブルには料理が所狭しと並べられていた。パン、スープ、肉料理、野菜料理、サラダ、デザート。どれも村で採れた食材で作られている。
「さあ、始めよう!」と村長が声を上げた。「今年は豊作だった。これも全て、我々の努力と、そして……」
村長は俺を見た。「アキトのおかげだ!」
「アキト様、ありがとうございます!」
村人たちが一斉に頭を下げた。子どもたちも、大人の真似をして頭を下げている。
「いや、あの……」と言いかけたけど、村長は続けた。
「では、乾杯!」
「乾杯!」
みんなが杯を掲げる。俺も仕方なく杯を掲げた。それから、宴が始まった。
テーブルの周りに座って、みんなで料理を食べる。どれも美味い。ユイが作ったスープは野菜の甘みが染み出ていて、肉の煮込みは柔らかくてほろほろと崩れる。焼き野菜は香ばしくて、パンは温かい。
「美味いな」とぼんやり呟くと、隣に座っていたユイが嬉しそうに笑った。
「よかった。頑張って作った甲斐がありました」
「ユイさんの料理、いつも美味いよ」
「ありがとうございます」
村人たちも楽しそうに食べて、飲んで、笑っている。子どもたちは広場を駆け回り、大人たちは昔話に花を咲かせている。賑やかだけど、嫌な感じはしない。みんなが幸せそうだから。
「アキト様!」
若い男が近づいてきた。顔が赤い。少し酔ってるみたいだ。
「本当にありがとうございます!俺の畑も、今年は豊作で!」
「いや、それは……」
「謙遜なさらずとも!」と別の男も加わった。「あなた様のおかげです!」
「本当に、村が変わりました」と老婆が言った。「孫たちも、毎日お腹いっぱい食べられるようになって」
次々と感謝の言葉が飛んでくる。俺は何て答えればいいか分からなくて、ただ頷くしかなかった。めんどくさいけど、みんなの笑顔を見ると、悪い気はしない。
宴が盛り上がってきた頃、ユイが俺の袖を引いた。
「アキトさん、少し席を外しませんか?」
「え?」
「ちょっと、静かな場所に行きましょう」
ユイに連れられて、広場を離れた。村の外れ、畑の向こうに小高い丘がある。そこに登ると、村全体が見渡せた。
広場では祭りが続いている。笑い声、歌声、子どもたちの声。灯りが揺れて、温かい光を放っている。その向こうには畑が広がり、さらに向こうには森が見える。空は夕焼けで、オレンジからピンク、紫へとグラデーションになっている。
「綺麗ですね」とユイが言った。
「そうだね」
二人で並んで、村を見下ろした。風が吹いて、髪が揺れる。心地いい風だ。
「アキトさん」
「ん?」
「私、思うんです」とユイは村を見ながら言った。「この景色が、ずっと続けばいいなって」
「……うん」
「豊かな畑。笑顔の村人。温かい食卓」
ユイは俺を見た。「そして、アキトさんがいる日常」
「俺がいる?」
「はい」とユイは頷いた。「アキトさんがいないと、この景色はなかったんです」
「それは……」
「分かってます。アキトさんは何もしてないって言いますよね」
ユイは微笑んだ。「でも、アキトさんがここにいてくれる。それだけで、村が変わったんです」
「……」
「だから、ずっとここにいてください」とユイは真剣な顔で言った。「この村で、私たちと一緒に」
「俺は……」と言いかけて、言葉に詰まった。何て答えればいいんだろう。この村は居心地がいい。ユイもいる。村人も悪い人たちじゃない。でも、ずっとここにいるのか?そんなこと、考えたこともなかった。
「無理に答えなくてもいいです」とユイは優しく言った。「ただ、私の気持ちを伝えたかっただけですから」
「……ありがとう」
それしか言えなかった。でも、ユイは笑顔で頷いてくれた。
しばらくそこにいて、それから広場に戻った。宴はまだ続いている。村長が歌っていて、みんなが手拍子している。賑やかだ。
「アキト、どこ行ってたんだ?」と村長が言った。
「ちょっと丘の上に」
「そうか。まあ、ゆっくりしてけ。今日は楽しんでくれ」
「はい」
席に戻ると、ユイがお茶を淹れてくれた。温かくて、優しい味がする。
「アキトさん」
「ん?」
「今日、楽しいですか?」
「……うん。楽しいよ」
本当だ。最初は面倒だと思ったけど、みんなの笑顔を見てると、来てよかったと思える。ユイと丘に登って、村を見下ろしたのも良かった。
「よかった」とユイは嬉しそうに笑った。「アキトさんが楽しんでくれてるなら、私も嬉しいです」
「ユイさんも楽しい?」
「はい。すごく」
ユイは村を見渡した。「こんなに賑やかで、温かい村。前は想像もできませんでした」
「……そっか」
「でも、今は違います」とユイは俺を見た。「アキトさんのおかげで、村が変わりました。みんなが笑顔になりました」
「俺は……」
「何もしてない、って言いますよね」とユイは笑った。「でも、いいんです。アキトさんがそう思ってるなら、それでいい」
ユイは空を見上げた。星が出始めている。「ただ、ここにいてくれるだけで。それだけで、私たちは幸せです」
宴は夜遅くまで続いた。子どもたちは眠ってしまい、大人たちもだんだんと静かになっていく。それでも、温かい雰囲気は変わらなかった。
「そろそろ、お開きにするか」と村長が言った。「みんな、今日はありがとう。そして、アキト。本当にありがとう」
「いえ……」
「お前がここに来てくれて、村は救われた。これからも、よろしく頼む」
村長は深々と頭を下げた。他の村人たちも、それに続いて頭を下げる。俺は何も言えなくて、ただ頷くしかなかった。
祭りが終わって、小屋に戻った。一人になって、ベッドに座る。窓の外には星空が広がっている。
「この日常が、ずっと続けばいい」
ユイの言葉を思い出す。この村で、この日常が続く。悪くない。むしろ、いいかもしれない。
美味いもん食って、気持ちよく寝て、ユイと笑い合う。それだけで十分だ。他に何がいる?
「……ここにいるか」
呟く。この村で、この人たちと一緒に。そう決めた。
目を閉じる。心が穏やかだ。温かい。今日一日の余韻が、まだ残っている。
「明日も、いい日になるといいな」
そう思いながら、眠りについた。
その頃、王都では――。
商人グラドは、王都の市場で野菜を売っていた。リーヴ村から持ってきた野菜は、あっという間に売り切れた。貴族たちが争うように買っていったのだ。
「素晴らしい野菜だ!」
「こんなに美味しいのは初めてだ!」
「また仕入れてくれ!」
グラドは満足そうに笑った。そして、市場の片隅で、貴族たちに話をした。
「この野菜は、辺境の小さな村で採れたものです」
「辺境?」
「はい。リーヴ村と言います。そこに、不思議な方がおられるのです」
「不思議な方?」
「ええ」とグラドは声を潜めた。「謙虚で、力があり、それでいて自分の功績だと思っていない。無自覚の聖人、とでも言うべき方が」
貴族たちは興味深そうに聞き入った。
「その方のおかげで、村は豊かになった。野菜は一晩で育ち、温泉が湧き、花が咲き乱れる」
「それは……奇跡ではないか」
「ええ。まさに奇跡です」
グラドは笑った。「近いうちに、その噂は王都中に広がるでしょう。そして、多くの人が、その方に会いに行くはずです」
噂は、確実に広がっていた。アキトの知らないところで。静かに、そして確実に。
やがて、その波は王都全体を包み込み、さらに遠くへと広がっていく。
次の章が、始まろうとしていた。
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