報酬はあなたの愛のお話で
「フン!お前なんか愛するつもりは無い!私から愛されようなどと思うなよ!」
「⋯⋯そうですか」
「私は愛するリラの元で過ごす。親戚がうるさくて断りきれなかったから結婚したが、お前とは白い結婚だ!フン!」
私コレットは本日、ベネディクト侯爵家のクレマン様と結婚しました。これから初夜を迎えるはずでしたが⋯⋯
「凄いですね。こんなにも典型的な定型文を使われるとは」
お前を愛するつもりはない!とか白い結婚だ!とか。実際に言われると⋯⋯
「凄い感動しましたよ。これはリラさんへの愛ゆえの発言ですかね?」
――コンコン――
「コレット様、失礼します。首尾はいかがでしたか?」
「順調よエリゼ、あなたの方はどう?侯爵家の人達は?」
「そうですね、よく言えば給料分は働きますが、それ以上でも以下でも」
「丁度いいわね。煩わしくなくて。じゃあ私は影薄なひ弱妻でいくわ」
「そうですか。それも良いですね。では奥様のお部屋へ参りましょうか。ここで寝るより良いでしょう」
「ええ」
ベネディクト侯爵家での生活が始まりました。さすがは筆頭侯爵家です。王都の中心部にあるにも関わらず広い土地を持ち、図書室には驚くほどの蔵書量、完璧に整えられた庭、数々の美術品。お飾りの妻には仕事も与えられませんし、楽しみにしていた嫌がらせもなく⋯⋯ある意味最高な環境ですけど、そろそろ動きましょうか。
「あ、あの⋯⋯今日もクレマン様はお屋敷にお帰りには⋯⋯」
「ご主人様はお忙しい方です。こちらには戻られませんね」
「で、でも2週間もお会いしてないですし⋯⋯」
「奥様と違ってお仕事が沢山あるのですよ。我が儘おっしゃらないで下さい」
「はい⋯⋯すみません。部屋に戻ります」
「エリゼ聞いた?あの執事の言ってた事」
「随分と態度の大きな執事ですね。何が仕事ですか。実際は愛人と遊び惚けているのでしょう」
「そうじゃなくて、典型的なお飾り妻への定型文を言ってたわ。さすがクレマン様の執事ね。
で、この侯爵家に関するすべての運営はあの執事で間違いない?」
「間違いございません。侯爵のサインもヤツがしておりますし、帳簿もヤツが管理しております」
「さて、こちらも典型的に執務室あたりから探りますかね。エリゼはヤツの背後を探って頂戴」
気弱妻の印象も認知され始めましたし、私への警戒も緩んできました。頃合いですね。
「奥様お出かけですか?」
「あ、はい。一月も外へ出ていなかったので⋯⋯少し劇場にでも行って来ます」
「そうですか。侯爵家の品位を落とすような事はされませんように」
「⋯⋯もちろんです」
侯爵家から王都劇場へはとても近くて便利です。ですが人間の貴族らしく一応馬車で参ります。
「全くあの執事は目ざといわね。昨日は屋敷内を歩いてただけで文句言われたわよ。今日だって出かけるなんて一言も言ってないのに突然玄関ホールに現れて驚いたわ!」
「よく訓練されているのでしょう。遅れなくてようございました。あの方をお待たせさせる訳にはまいりませんから」
程なくして王都劇場に着いた私たちは、三階のボックス席へ向かいます。
「コレットでございます。お待たせさせてしまいましたか?」
「いや、今来た所だから気にするな。まぁ座れよ。飲み物はシャンパンでいいか?」
「ありがとうございます。では『乾杯』乾杯」
まもなく歌劇が始まりました。さすが特等席ですね。舞台からの歌声がこちら目掛けて響いてきます。
「それで?」
「えぇ。筆頭執事のジュディスがすべてを管理しております。帳簿ですが、当たり障りのない物ばかりで。慎重な質なのでしょう。もう少し時間がかかるかと。」
「そうか。まあまだ一月だ、焦る必要はない。せっかくだから歌劇を楽しもう」
それからしばらく経ったある日
「お前まだいたのか?私達はしばらくこっちに滞在する。お前はこの部屋から出ろ。ここはリラの部屋にする。そうだ、お前にはあの女の部屋を与えようじゃないか。ジュディス案内してやれ」
「かしこまりました。コレット様こちらです」
「⋯⋯はい」
クレマン様は2か月ぶりに愛人のリラ様を連れて王都の邸宅へ帰宅されました。
そして私はクレマン様の隣の部屋から大分離れた一階の角の小部屋へ追いやられてしまいました。
「むしろ好都合ね。あれもここにあったのね。と言う事はここが前侯爵夫人の部屋なのかしら?全く酷いわね」
「どんなに探しても見つからない訳です。こんな物置にあったなんて⋯⋯価値がわからないのですね」
「でもまだここにあって良かったじゃない。善は急げよ?伯爵に連絡して頂戴」
「かしこまりました」
「おい!お前!この優しいリラがお前をお茶に誘ってくれたぞ!感謝しろよ?」
「あ、はい⋯⋯」
「クレマン様~いつもお一人で可哀そうな奥様を励まして差し上げたいんです!奥様~二人でお茶しましょうね?」
「フン!天使なリラに感謝しろよ!」
またしても典型的なお飾り妻の冷遇を終え、私達は外の東屋で二人っきりのお茶会をしています。
「コレット様お久しぶりです。私達、領地の方に滞在していたのですよ。探し物は見つかりましたので、こちらに参りました。後ほどお届けいたしますね」
「お久しぶりですね。お元気そうで何よりです。あれらが見つかってホッとしました。あの方もお喜びになられるでしょう」
「その暁には⋯⋯」
「ええ。あの方も好きにして構わないとおっしゃっていました」
「まぁ!ありがとうございます」
「早く実現させる為にも、出来るだけクレマン様と執事のジュディスを外出させて下さい」
「お安い御用ですよ!はー楽しみです」
「さ、お茶が冷めますよ?」
「コレット様、クレマン様達が外出されました。執事も同行しております」
「ではエリゼは残りを探して。私は絵画展へ向かいます。入れ替えは済んでますね?」
「えぇ先日。あの執事の休日につつがなく終えております」
王立美術館では季節ごとに一部の展示物を変え、新しい観覧者を集めています。国内最大規模ですし、一日では回り切れない程の広さです。また来る機会があったらじっくり観覧したいものですね。
「お待たせいたしました。ロイター伯爵」
「いえ、時間ならいくらでもありますから。それで例の物は⋯⋯」
「先ほど美術館の者に頼み、個室へ運んでもらいました。ご確認下さい」
美術館の商談用の個室へロイター伯爵を案内します。
「こちらの絵画でお間違えないでしょうか?」
「ああ⋯⋯これだよ。これこそ彼女が愛した絵だ⋯⋯すまない。こんなおじさんが泣いてしまってね」
「⋯⋯」
「すまぬ。感情的になってしまって。それでいくらだろうか?」
「事前にご用意いただいた、この絵画の贋作とすり替えただけですし、お金は結構です。その替わりに伯爵の涙の理由とこの絵画についてお聞きしても?」
「こんなおじさんの話を聞きたいのか?つまらない話だが、では⋯⋯」
ロイター伯爵は前ベネディクト侯爵家の奥様であったマーガレット様と婚約していたそうで、結婚式を1年後に控えた時、その幸せに横やりを入れたのがベネディクト侯爵家。前ベネディクト侯爵はマーガレット様の美しさを見初め、ロイター伯爵家に圧力をかけ始めたそうです。ロイター伯爵家の主な産業は酪農です。ロイター領から王都へ輸送するにはベネディクト侯爵領を通過しなくてはならないそうですが、その時の通行料を信じられない額に引き上げられ、ロイター領の乳製品や肉は毒があるなどの風潮被害を流されました。徐々に赤字を出し始め、領民の生活をこれ以上苦しめられないと、婚約を解消せざるを得なったそうです。
「私達は政略ではなかった。ずっと恋人同士だったんだ。結婚式を楽しみにしていた。私が特に許せないのは、私から奪ったくせに彼女を冷遇し続けた事だ」
ロイター伯爵からマーガレット様を奪い結婚した前ベネディクト侯爵は、すぐに結婚生活に飽きたのか愛人を侍らし始め、マーガレット様を冷遇し始めそうで。
「あんなに元気だった彼女が結婚後五年で他界した。そして社交界へ出始めた現ベネディクト侯爵は彼女の産んだ子ではなかった。きっと平民の愛人が産んだ子を侯爵家の子として届けたのだろう。この国では貴族同士の子でしか貴族とは認められない。その為に貴族の妻が必要だったのだ。届を出した後は用済みとして消されたのかもしれない⋯⋯」
「そうですか⋯⋯純愛ですね」
「すまないね、こんな話。この絵は彼女との思い出なんだ。彼女はこの絵が好きでね。ここに親子がいるだろ?こんな家族が理想だと言っていたよ」
綺麗な庭の絵です。その中に確かに後ろ姿の女性と子供がいますね。
「彼女とはもう会えないけど、この絵とまた再会出来て嬉しいよ。本当にありがとう」
「お帰りなさいませ。コレット様、いかがでしたか?」
「まあまあね。エリゼの方は?」
「巧妙に隠されてましたよ。全く。ただの人間には見つからないでしょうね。古典的な本棚のからくりでした」
「そこまで古典的なのね!感動するわ。ではそれらとリラから届いた物をあの方へ渡して頂戴ね」
「かしこまりました」
そしてそれから数日後――
「おい!俺の愛するリラが妊娠した。この子は侯爵家の子とする!非常に不愉快だが母親はお前だ」
「そ、それは詐称ではありませんか?リラさんは平民ですし⋯⋯」
「うるさい!黙って従えよ!お前も前侯爵夫人の様に殺されたいのか?!」
「こ、殺されたのですか?マーガレット様は⋯⋯」
「は?知らなかったのか?この侯爵家に逆らうヤツには制裁を加えるんだよ」
「へぇ⋯⋯わかりました」
「いやぁ~凄い話だね。前侯爵夫人殺害、現侯爵夫人への脅迫、出生の詐称、罪の無い者への私的制裁の日常化⋯⋯」
「第三王子?!何故ここに?!」
「おや?ここは我が母上の生家だよ?たまには訪ねる事もあるさ。しかし凄い場面に出くわしたものだ。場所を変えてゆっくり話を聞こうか、従弟殿?騎士よ、侯爵を捕らえよ!」
「ち、違うぞ!あの女を殺したのは父だ!俺じゃない!」
「はは⋯⋯まだ質問すらしていないのに自供を始めるとは。それと執事やメイドからも話を聞きたい。全員一緒に来てくれ」
「完璧な瞬間に現れたわね。これも古典的かしら」
「いえ、あの方はここ数日この屋敷を張ってましたからね。粘り勝ちです」
「コレット、今回の件は大変大儀でございました」
私、コレットとエリゼは王妃様に招かれ、王宮の美しいお茶会室にいます。
「それでコレット、対価に何をあなたは求めますか?」
「金銭ではなく、今回のあらましを裏表なく聞かせていただけますか?」
「本当にそうおっしゃるのですね。よいでしょう。コレットとその子女以外下がりなさい」
「私がベネディクト侯爵家出身なのは知ってますね?あの家は――」
王妃様は長い間一人っ子でした。お母さまはなかなか第二子を妊娠しなかったので、王妃様が侯爵家を継ぐ為の厳しい教育を施されたそうです。
「それが私が15の時、弟が生まれたのです。両親はやっと産まれた跡継ぎを溺愛しました」
今までの厳しい教育は一瞬にして無意味となり、我が家に婿入り予定だった婚約者も婚約解消され、見えない今後について考えていると、目の前が真っ暗になったそうです。
「そんな時、前王妃様が他界されました」
前王妃様はご病気で急死されました。そこで婚約者おらず、厳しい教育を受けて来た王妃様に白羽の矢が立ったのです。その後ご成婚され、前王妃との間にまだお子がなかった国王ですが、現王妃が王子を三人産みました。
「でもね、ふとした瞬間に実家が気になるのよ。自分が継ぐ家だと思って何年も努力してきたし、色々あったけど、私が産まれ育った場所だもの」
気になっていた実家が両親の他界後、能無しの弟のせいで徐々に傾いて、期待していた甥っ子も能無しで⋯⋯豊かだった侯爵領も活気を失い⋯⋯
「それにあの甥っ子は愛人の子だったのよ。容赦はいらないと判断して、裏社会で有名なあなたに頼んだの。ちょっと怖かったけど、アレが関わっているならこちらは表立って動きにくくてね」
「そうでしたか。王妃様の予想通り、前侯爵の愛人はあの国の工作員でしたね」
前侯爵は結婚後、我が国を水面下で狙う隣国の工作員に落とされました。元々親から甘やかされ、教育のされていない阿呆でしたし、工作員の女性は容姿端麗で男性を虜にさせる教育を叩き込まれています。あんなに望んだマーガレット様への気持ちも簡単に消え失せるのですから怖いものです。
「そして愛人の子を次期侯爵に据え、邪魔な前侯爵夫人を殺害。次期侯爵もあの国の傀儡とする為、まともな教育も受けさせず、領地経営にも興味を持たせないように育てた」
「そうね。気づくのに遅くなってしまったわ。国民に申し訳ないわ⋯⋯」
阿呆な前侯爵は愛人に骨抜きにされ、執事にすべての仕事をまかせました。愛人と毎日遊んで暮らし、愛人との子を愛でるだけ。侯爵家はあの国の工作員が執事やメイドとして入り込み、侯爵家を起点にこの国で徐々に力をつけてきました。
「豊かな侯爵領の農作物が信じられないくらいの安価であの国に流れてたわ。お金だけでなく、この国の美術品や伝統工芸もね」
あの国の人間がこの国の人間として商業、産業、そして貴族に取り入り政治にまで影響を与え始めていました。
「あなたの証拠のおかげで一毛打尽にできたわ。あなたと侍女のたった二人で怪しまれずに準備できたおかげよ。あいつら本当に尻尾を掴ませないんだから」
「母上、コレットとお茶をしていると聞きましたが⋯⋯」
「ごきげんよう第三王子アレクシス様」
「あら、あなた執務はどうしたの?」
「本日分は終わりましたよ。私もコレットにお礼をと思いましてね。コレット本当にありがとう。私からも何かお礼を⋯⋯」
「勿体無いお言葉でございます。しかし出来ましたら、今回の件をアレクシス様の視点からお聞きしたいです」
「そうだね、母上からすでに聞いてると思うが⋯⋯」
アレクシス様は第三子で二人の王子と年が離れてるせいか割と自由に育ったそうで、お母さまと過ごす時間が他の王子より長かった。なので自分の母が実家の事で悩んでいる事に一早く気づいたそうです。
「母上の実家について調べ始めたんだ。そしたらおかしい事ばかりでね。」
災害などなかったのに減った収穫量、どんどん上げる税率、人々から失われた笑顔⋯⋯
探ろうにも探れない。敵と味方の区別もつかない。
「侯爵が未婚なのに目を付けて、君をお飾りの妻として送り込んだ。そして君は十分過ぎる働きをしてくれたよ」
「それで?」
「もちろんこの国を少なからず救えたんだ、最高にうれしい。でもそれは少々建前だね。私は第三王子だ。この王宮から出る必要がある。でも王家には今直轄地がない。私が治める土地は無いんだよ」
婿養子に出るのが普通。しかしアレクシス様は母の実家である侯爵家に目を付けた。
「本来豊かな土地で、あの国の者を追い出せれば十分立て直せる。私だって侯爵家の血を引いているのだから侯爵になったっていいだろ?」
「なるほど。地元愛、自国愛、家族愛、それに欲?自愛かしら?あ、一つだけよろしいでしょうか?侯爵の身柄ですが――」
「わかっているよ。三日後ね」
「コレット様!本当にありがとうございました!!」
「いえ、いいのですよ。あなたが集めてくれた他国との不正の証拠品の数々が決め手となったのですから。それで、こらからどうするのですか?」
私達は今騎士団の裏手にいます。
「彼とずっと一緒に過ごします!もう私以外誰にも会わせませんし、私だけが彼の面倒を見ます!」
本来であれば、他国の間者との子であるクレマン様は処刑か一生牢獄でしょう。しかし私はアレクシス様に交渉して彼の身柄をリラに引き渡す事を認めていただきました。勿論一生外出は許されませんし、色々と制約はありますが⋯⋯今彼は睡眠薬で寝かされ、目の前の荷台で寝ています。
「ごめんなさいね。さすがに五体満足での釈放は無理でした。まぁ目が見えなくてもいいかしら?」
「むしろ他の女を見れなくなって最高ですよ!これから彼を一生愛でて過ごします!!ではコレット様、お元気で!!」
リラは荷台を引いて元気に去って行きました。
「独占欲も愛かしら?歪んだ愛ですね。お幸せに」
「コレット様今回は何を得ましたか?」
「そうね、あの古典的な定型文はあの国特有の文化よね。確か昔に流行った恋愛小説だったかしら?」
「そうですね。あの執事の若い頃に流行ったのでしょう。そしてその年代の者達がクレマンを教育したのでしょう」
「やっぱり人間って面白いわ」
「そうですね。悪魔族である我々は嫌なら殺すだけですし。まぁ人間になりたいとは思いませんけど」
「そうね。でもその弱さとか狡猾さが可愛いじゃない?あと愛ね!これに憧れるわ!」
「無い者強請りですね。まぁそれも良いのではありませんか?我々に愛など備わっておりませんし」
「ふふ、さて次はどの依頼にしましょうか⋯⋯」
私の出会った事のない愛の形がまだまだあるかもしれません。何、私は悠久の時を生きるのですから、飽きるまで探してみるつもりです。